嗚呼、勘違い
お題:同性愛の犬 制限時間:15分
ジョンは、恋をしていた。
飼い主が恋をするが如く。
鯉ではない、故意でもない。恋だ。
それも、柴犬のカチローに。
ジョンの飼い主は小学六年生の女の子である。ジョンが恋するカチローの飼い主はその女の子と同じクラスにいる男の子である。飼い主の女の子が密かにその男の子に恋をしているのと同じくらいに密かに、否それよりも遥かに密かにカチローに恋をしていた。
女の子がジョンを散歩に連れて行こうと準備をしている時、ジョンは待ちきれなくて部屋の中をぐるぐるぐるぐると回ってしまう。そして叱られる。いつもの散歩コースを駆けて行くときは逸る気持ちと喜びを体全体で表現している。
いつもの公園でカチローと飼い主の男の子がフリスビーで遊んでいるのを見かけるとジョンの胸は高鳴る。恐らく飼い主の女の子も同じくらいに胸が高鳴っている頃だろう。
それから飼い主同士少々ぎごちない、それでいて他愛もない世間話をする。その間ジョンはカチローと一緒に遊ぶ。彼に恋心を悟られないように必死に。
公園に「遠き山に陽は落ちて」が流れ出すと、飼い主たちは名残惜しそうに別れる。ジョンもカチローのしゃんとした背を名残惜しく見つめる。そうして夜はカチローのことを考えながら眠るのだ。
ジョンは聡い犬だった。自分の恋心が叶わぬと犬なりに知っていた。それでもカチローを愛していた。
カチローを愛しすぎるが故に餌も喉を通らなくなり、飼い主の女の子は心配し始めた。家族会議で動物病院に行くことが決定したとジョンは朧げながらに知った。
彼が動物病院に行くと、果たしてそこにはカチローと飼い主がいた。
「君はどうしてここに来たんだい?」
カチローの飼い主が女の子に尋ね、彼女は飼い犬が餌を食べなくなったと答えた。
「どうして此処に?」
飼い主の女の子が尋ねかえす。男の子ははにかんで告げた。
「カチロー、妊娠したんだよ」