俺とあの子とdoors
お題:セクシーな太陽 必須要素:ドア 制限時間:30分
ドアを開ける。どんどん開ける。外に出るまでに、毎回こんなにも扉を開けなければならないのかと辟易するが、この家の構造上弱音を吐くことも不平を言うことも許されない。
もう何枚ドアを開けただろうか。慣れてくると一枚あたりにかかる時間は非常に少なくなる。動きに無駄がなくなり、洗練され、流れるような動作でもってドアを開けて、閉める。勿論鍵をかけるなんていう無粋なことはしない。一番外側のドアの鍵だけ閉めておけば何の問題もないからだ。
何故この家にこんなにも多くのドアがあるのか、それはわからない。しかし、学校に行くにはドアを開けて、閉めなければならない。普段の慣習となってしまったからかもしれないが、学校でも開けっ放しのドアを見ると無性に閉めたくなるのである。自分でも異常で病的だとは思うが、開いているドアを見ると「中途半端」とか、「未完成」という言葉が頭に浮かぶほどである。一度女子トイレのドアが開いていたので閉めに行こうとした所を生徒指導の教員に見つかり、反省文を書かされたこともある。その時は俺の好きなバンドの歌詞を3枚分書いておいた。
そろそろ中盤に差し掛かる頃だろうか。全く、いつでも玄関までの道のりは遠くて、長い。普通こんなにも連続してドアが続いていたら扉を開ける気も、ましてや外に出ようとする意欲も失せてしまいそうなものだが、それでも俺の心は折れない。…ギャグではないぞ。
俺の父も俺の兄も心折れて無職、引きこもりになってしまったが、俺だけは心折れる訳にはいかない。俺の祖母と母と姉は不屈の精神で外に出続けた。尊敬の念を禁じ得ない。彼女らが何故毎日の外界と我々を隔てる扉を物ともせずに外に向かい続けたのか、そして俺が扉を開け続けるのか。理由は単純にして明快、この世の絶対的真理及び個人的見解の中にある。
さあそろそろ玄関…そしてお待ちかねの外だ。最後の一枚を開け、そしてオルフェウスの如くに振りかえり、「行ってきます」と返答が無いと予め解っているにも拘わらず叫ぶ。何時迄も未練を残しているわけにはいかない。鍵を閉め、眩い陽光に目を細めーーー
「おはよう、橋下君」
太陽よりも眩しく輝き、妖艶に微笑む級友…にして俺の彼女が立っている。
「おはよう、嶋並さん」
俺は彼女の手を取って歩き出す。
俺が、外へと出続け、祖母も母も姉も毎日扉を開け続けた理由、お解り頂けただろうか?
全ては愛する人に会いたかったがためである。俺にとっては彼女に会えるならば、これしきの扉、何でもない。俺の愛を試すちょっとした試金石であり、俺の恋を燃え上がらせるとびきりの香辛料である。
真っ白な夏服を纏う嶋並さんは純粋なようで、何処と無くセクシーだ。
俺は彼女に見惚れるために、毎日扉を開け続ける。
壁ならば、乗り越えるしかないだろう。だが、扉ならば。
自分で開けることができるのだから。俺は弛む頰を引き締めながら、彼女と他愛もない話を続けた。