1章7話 足を突っ込む
「さて、まずはあの子の家に行きましょうか」
俺は二人にそう言って広場に戻り、一つの路地へ入る。
「ラフ様、おわかりになるのですか?」
誰もいないのに、バレないように最初に決めた愛称で話しかけてくるハイン。律儀だ。様がついてはいるが。
「はい、風の標識を纏わせてあります」
標識の魔法。圧縮した魔力を相手の体に張り付かせ、移動すればその軌跡が魔力の筋となって残る。魔力自体1日は張り付いているが、軌跡として残る後は2、3時間もすると消えてしまう。まぁ、込める魔力を強くすれば、長く跡を残すことも可能だが。
しばらく路地を進む。
ここで少し意外なことが起こる。
俺としてはもっと外側の、言い方は悪いが、裕福ではない層が住んでいる所や、下手をすれば城壁の外に向かうと思っていた。
だが実際は、第1城壁のそばに広がる、比較的富裕層が住む方へ軌跡は続いている。
「そういえば、この街にあのような子供は他にもいるのですか?」
ストリートチルドレンと言いたかったのだが、同じ様な単語が思いつかなかった。
「いえ、捨て子や親を亡くしたりした子供は、すべて老神教会が引き取り、手厚く保護しています」
「お父様や街に住む貴族は老神教会に多額の寄付をしていますからね〜」
ハインの言葉にエトナが同意する。
老神教会。困った者すべてに手をさしのべる。そこには老若男女や罪を犯した者など、すべてのしがらみなく平等に。
そのため老神教会の建つ場所は比較的スラム寄りになることが多い。
老神教会への寄進はその罪を洗い流すとされており、進んで寄進する行為はとても徳が高いこととされていた。
その為、一番人気のある父神と並んで寄進が集まることでも有名だ。集まってもすぐに貧しい者のために消えても行くのだが。
「さっきの子は何で泥棒なんてしているんだろう」
「分かりませんが、もしかしたらそのような知識がないのかもしれません」
きっとそうなのだろう。だから家に行ってそれを伝えれば、盗みなんかしなくなるんじゃないか、そう思っていたのだ。
「この家、ですね」
大きくはないが、必要にして十分。現代に当てはめるなら、4LDKぐらいで、大きくはないが庭もある。
もう一度標識の軌跡を確認する。何度見ても、この家の入り口の中へ消えている。
「思ったより、良い家ですね?」
俺の思いをエトナが代弁する。もっとこう、木の板を組み合わせたような家や、橋の下とかを想像していた。
どうしたものかと三人で悩んでいると、家の中に二人連れの男が入っていく。
一人は年の頃は30半ばぐらいの、恰幅の良い商人風の男で、もう一人は背の高い軽薄そうな若い男。
俺は素早く伝達の魔法を軽薄な男に張り付ける。音を任意の場所に届ける魔法だ。
「邪魔するぞ」
家の中からバタバタと足音が聞こえてくる。
「来るな!お前等が来ると、母様の体調が悪くなる!」
「そう言われてもね坊や、こっちも仕事なんだよ」
「うるさい、帰れ!!」
何かがぶつかって割れる音。
「けほっ、けほっ……アプト、やめなさい」
「母様寝てなきゃ!」
「ロムロスさん、すいません、体調が戻り次第、お金は何とかしますから」
母親らしき女性がせき込む音。
「そうは言ってもね、返済が1ヶ月滞った上に、宛もないとなると、ね」
おそらく商人風の男の声。ねちっとしたいやらしい声。
「それは……けほっ」
「そこで良い案があるんですよ。とある貴族の方がね、奥さんの事を見初めておられましてね、その方と一度会われてみる気はありませんか」
「それは……」
「もし望まれるのであれば、そのまま、ね」
「母様にさわるな!」
「ぐえ!」
何かがぶつかる音と、カエルがつぶされたような声。やっちまえ。
「いててて……まぁ今日はそれだけを伝えにきたので、これで帰りますがね、次来たときは良い返事を聞かせていただければね」
「来るな!」
商人と付き人が家から出てくる。
「あと一押しって所ですかね?」軽薄そうな男が商人に話しかける。
「どうだろうな、これ以上粘られて、病気であの女の利用価値が下がらないことを祈るが」
路地を大通りに向かって離れていく二人。念のために伝達は張り付けたままで、標識も追加する。
「最低ですね」
後ろ姿を見送りながら、エトナがつぶやく。音量を上げて二人にも聞こえるようにしていたのだ。
「しかし、これだけではなんとも言えないですね」
この部分の会話だけを見ると、今はお金に困っているものの、老神教会へ駆け込むほどでもない、そんな感じにも見える。
実際お金に困って体を売る女性もいるのだ。あの商人をすぐに悪人だと決めるにはまだ早い気もした。次の言葉を聞くまでは。
「しかし、苦労して魔物をけしかけて旦那を殺したってのに、あの女が手に入らないんじゃ、困りましたね」
「あぁ、その事ですが、もう一つ良い案を思いついたんですね」
「お、無理矢理さらっちまいますか?」
「ドラスはすぐ力に頼りますね。頭を使いなさい」
「というと?」
「あの糞ガキを使うんですよ。借金の形に子供をって話をすれば、考えも変わりますよ。それでも駄目なら、お前の出番ですね」
気持ち悪い笑い声が聞こえてくる。
ハインが走り出そうとするのを、手で制止する。
振り返ったハインの顔が、仁王みたいだ。何故止めるのかと問いかけているようだ。
「今捕まえても証拠がないし、その証拠を隠されるかもしれない」
「では、どうしますか」
冷静な表情に戻ったハインが、何か考えがあるのかと顔を寄せてくる。
こういうとき、ハインラットとエトナは俺を子供扱いせずに、話を聞いてくれる。
「とりあえず、情報を集めましょう。ハインラットはあの商人を突き止めて下さい。出来れば配下の方も。僕とエトナはあの家族に何があったか聞き込みをします」
ハインラットがこの提案に顔をしかめる。理由は俺のそばを離れる事への不安だ。
「エトナもいてくれますし、僕も戦えます。今はあの商人を突き止める方が先決です」
そう言いつつ、ハインラットに魔法をかけ、軌跡の魔法を追いかけることが出来るようにしておく。
「じゃぁ、夕方に僕の部屋で」
ハインラットは商人を追いかけるために走って行き、俺はエトナと近所に聞き込みを開始する。
しばらく近所に聞き込みをして、得られた情報とは
・堅実に夫婦で穀物などを育てていた。
・最近土地を増やした。
・2ヶ月前に狼に襲われ旦那さんが亡くなったという事。
・ここ1ヶ月奥さんの体調が悪いらしいこと。
・老神教会に行く事を勧めたが、悩んでいるようだったという事。
狼?ロムロスの手下は魔物と言っていたけど……
ここまで情報を集めた後城に戻り、今度は商人の素性を調べるために、ゼレスの執事ダンテに相談をしてみる。
6歳まで城にいて分かったことだが、このダンテは恐ろしく優秀だった。その辺の下手な大臣など、ダンテの前に立てば何もしゃべれなくなるほどだ。
「ロムロス、ですか。確か城下にロムロス商会という商品を手広く扱う所がありますが。何かありましたかな?」
「何か妙な噂を聞いたりとか、誰かと繋がっているとか、ありますか?」
ダンテがじっと俺を見つめてくる。うっ、ちょっとつっこんで聞き過ぎたか。
最初は全部ゼレスにぶっちゃけて、任せてしまおうかとも考えたのだ。
だが、もしそうなった場合、結構な数の人間に情報が渡ってしまうだろう。
その時に、商人ロムロスと繋がっている人間の耳に入り、証拠を消されてしまう可能性を考えて、ある程度固めてから告発するつもりでいた。ハインラットの名で。
「ロムロス様は最近急激に勢力を伸ばされておいでとの話。大臣のヘルテージ様と懇意にされているようでございますな」
ほうら出た。ヘルテージと言えば、最近精力的に活動している貴族じゃないか。確か40ぐらいか?毎年誕生日に子供に似つかわしくない宝飾の入った剣や、服なんかやたら送りつけてくる。イリスにも送っていたから、多分兄たちにも送っているのだろう。
「ありがとうございます」
「いえいえ、ラフエル様、お困りのことがありましたらいつでもご相談下さい」
そそくさと自分の部屋に戻る。
「どうでした?」
エトナが洗濯された服をしまっている。
「ヘルテージ大臣と繋がっているようです」
「うわ、あのエロ大臣ですか」
「エロ大臣って、すごい呼び名ですね」
「廊下ですれ違う度にお尻触ってきたり、遊びに行かないかと誘ってきたり、とにかく気持ちの悪い人です」
「ヘルテージ死刑」
「いやいやいや、そんな事ですぐ死刑にしちゃ駄目ですよ?」
「次触られたら、父に言いつけると言ってやって下さい。もしくは、ハインラットをけしかけるとか……」
「ラフエル様、力の使い方も勉強しましょうね?」
いや、エトナのお尻を触るとか、絶対に許さない。
あのロムロスも許さない。
絶対に証拠をつかんでやる。
夜になり、ハインラットが帰ってくる。
「ラフエル様、あの二人は途中で別れたので、ドラスとか呼ばれていた下っ端の方を後をつけました。ロムロスの方は調べれば分かると思いましたので」
「ロムロスの方はダンテさんに聞いたら一発でした。それでドラスの方は?」
「ドラスは第二城壁の壁際の建物に入っていきました。しばらく確認した所、中にいるのは多くて4〜5人なのですが、妙なことがありました」
「妙なこと?」
「はい、仲間と思われる者がバケツで何かを運び込んでいたのですが、確認したところ、動物の臓物や肉の付いた骨などでした」
「食べるんじゃないですか?」
「それが、量が尋常じゃない上にこぼれた物を調べたら、僅かに腐臭すら放っておりました」
とても嫌な予感がしたが、とりあえず夕食の後にロムロスとヘルテージの繋がりをそれとなく調べ、金銭の繋がりが匂わせるような会計処理を見つけた。
だが、これだけでは弱い。
もう少し強い証拠を見つけ、まとめて追いつめるんだ。