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8章4話 戦いの前に

「予想より兵の数が多いですね」


 城壁を取り囲むように展開する敵の軍を、小高い丘の上から望遠鏡で観察する。


「う〜ん、中核となる部隊がどれか、よくわからないんですが」


 これは望遠鏡のレンズに使われるガラスの質の問題もあったが、単純に自分の知識の問題でもあった。


「借してみろ」


 グラスドールが俺の手から望遠鏡を取り上げる。

 というか、元々グラスドールの物だ。


「そうだな……これじゃない……あった、これだ。二匹の翼がある蛇が絡み合ったいやらしいエルスパイクの紋章、グルガの奴が直々に出ているな」

「直々に、国主自ら出陣ですか?」

「あぁ、ほらあれだ、城壁正面の大きめの天幕に、旗が掲げられているだろ?その紋章は本人がここにいるって(しるし)だ。息子も連れてきているらしいぞ」

「遠くてよく見えませんが」

「あぁ、すまん」

「いえ、大丈夫です」


 俺は自分の目の前に、空気の屈折を利用して作った、遠見用の20インチほどのテレビサイズの【窓】を作り出した。


「む?なんだそれは?」

「魔法で遠くをよく見えるようにしてるんですよ」

「そんな事が出来るのか!?む!すごくよく見えるな!」


 グラスドールが俺に頬をすり付けるようにして覗き込み、手を伸ばして窓を触ろうとすると、映像がゆがんで滲む。

 少し良い匂いがするのがなんか悔しい。


「あ、空気をかき回さないでください。繊細な魔法なんです」

「そ、そうか。それで、どうすればいい?」

「え、いくつか考えはありますが、それを私に聞きますか?」


 思わずグラスドールと目を合わせて見合ってしまう。


「む?お前が来たいと言ったのではないか、ラフエル」

「それはそうですが、私は魔法使いで、こんな戦況をどうすればいいのかなんて、全く教育されていません。グラスドール先輩の騎士学校とは全く違いますよ?。そもそも私にはここから見ただけでは、敵の規模も分からないぐらいです」

「ふむ。そういうものか。よし、その良く見える窓をもう少し大きくできないか?いや、そうじゃなくてだな、もう少し大きさを、そうそう」


 グラスドールが「もう少し右の方を、引いて、左」など俺に指示を出して、敵の全容を把握する。


「ふん、グルガの奴、かなり力を入れているな」

「といいますと?」

「まず、あっちに見える旗はエルスパイクのムーツ領、こっちのはソルトだ。おそらくエルスパイク全軍3分の2は来ていると見て良いな」

「ムーツとソルト……エルスパイクは確実に帝国と組んでいると見て、間違いないでしょうね」

「む?確かにそう予測することも可能だが、言い切る理由はあるのか?現時点で帝国はムルタラの東に兵を集めているという情報はあるが、今回の争乱に警戒しているだけの可能性もある。現に帝国よりの使者はその旨を教都に伝えてきているしな」

「ソルトはムルタラと接している州ですので、今回の参戦は理解できます」

「うむ」

「しかし、ソルトは参戦してきているのに、エルスパイクの他の州、ウィシガンとダレイクは参戦していません」

「……帝国側に接するムーツは参戦しているのに、教会圏側の戦力は、残している……裏で帝国とは密約が成立している、そう言いたいのだな?」

「はい。その二つの州ががら空きなら、逆にエルスパイクを攻めるという手もあったんですが」

「む、それは無理だな。そんな事をしていたら、ムルタラの救援が間に合わなくなるぞ……なんだ、その顔は」

「いえ、グラスドール先輩は本当にまっすぐですね」

「ふん。国に反面教師がいるおかげだな」


 ポートヴェイルを代理で治めているグラスドールの叔父と、父神騎士団の団長を務める父親、その2人の評判は控えめに言っても決して良いものではなかった。

 金に物を言わせて教会の地位を買い、派閥を持ち込んだ。

 それだけならまだしも、その手に入れた地位を利用して、今度は教都の内政にまで干渉を始めてもいた。


 グラスドールはそんな父と叔父を嫌い、反発していた。

 その結果、真面目であろうとしているというのは、何かの皮肉なのかとすら思う。


「では、現場も見たことですし、戻ってムルタラを助ける作戦を詰めましょうか」



 教皇と会ったあの日の後、1週間もせずに教会は新たに騎士団と教都アドレアの騎士団を併せた混成軍の派遣を宣言した。

 その軍を指揮しているのは、15歳で黒竜を退けた騎士、グラスドール。

 神の加護の元に、反乱を鎮めるための聖なる使命を帯びた軍……という風に、大々的に宣伝されていた。


 当然のようにアプロテとアプトは付いてくると言ったが、危険もあるのでかなり強めに言って辞退してもらった。

 そして、アイラとタルーニャも手を貸してくれると言ったのだが、交換留学生を戦争に参加させたとなれば、それこそ教会の恥となるため、こちらもお断りさせてもらった。



「グラスドール様、今後は御身自らの偵察はお控えください」


 離れた所に待機させている陣地に戻る頃には、日がすっかり落ちてしまっていた。


「む!?自らの目で見た物を信じよとは、お主の言葉ではないか、テイエル」

「それは……今は状況が違いますので」


 テイエルと呼ばれたグラスドールの副官が言葉に詰まる。

 歳は30手前だろうか、黒々とした長めの髪を、後ろで縛っている。

 くそっ、当然のようにイケメンだな。この世界の権力者は、美形が多すぎる。配偶者選び放題かよ!


「仮にも一軍の将としてここにいるのです。自重ください」

「ふむ。しかし、軍の指揮に纏わるほとんどはお前に任せきりだがな」

「雑務は人に任せればよいのです。今回は良い機会です。必要なことを学んでいただければそれで」

「わかったよ」

「それで、あちらはどのような様子でしたか」

「そうだな、ん?ラフエルもこっちに来いよ」


 2人のやり取りを、広い天幕の隅に置かれた椅子に座りながら眺めていたら、いきなり声をかけられた。


「まず、城壁の周りに敵の陣が引かれて、こんな感じだったなラフエル」


 机の上に広げられた、簡易的な地図に敵を表す簡易的な駒を配置していく。


「はい、あと、こっちにもなにやら資材を積んだ部隊が作業をしているようでした」

「ふむ。それはおそらく攻城のための物でしょう。投石機か攻城やぐらか」


 俺とグラスドールは、偵察で得た情報を、可能な限り地図上に再現していく。


「これでほぼ全部だと思う。どう思う、テイエル」

「ふむ。グルガ王は大分焦っているようですね」

「なぜだ?」

「おそらく、グルガ王はもっと早く戦を終わらせるつもりだったのではないでしょうか。それが思ったより強い抵抗にあって、今頃になってあわてて攻城用の装備を準備している。明らかに後手に回っています」

「なるほど。では、その辺をつつけば、あきらめて帰ると思うか?」

「さぁどうでしょうか。戦力的に向こうは2000人を越える部隊のようです。こちらはその半分に満たない部隊。グラスドール様なら、あきらめて帰りますか?」

「……あきらめる理由がないか」

「あきらめるどころか、死にものぐるいで戦ってくるかもしれませんよ」


 いきなり発言した俺に驚いたのか、グラスドールとテイエルが同時に俺を見てくる。


「あ、いえ、なんとなく、ですが」


 2人に見つめられて、思わず逃げ腰の言葉が出てしまう。


「かまいません。どうして、そう思われたのですか?」


 テイエルは俺をポラルトの第三王子としてだけではなく、グラスドールの友人としてとても丁重に扱ってくれている。

 少し壁を感じもするが。


「あぁ、その、おそらくなのですが、ムルタラを攻略した後のグルガ王の動向を考える限り、教会圏に戻るのは考えられないと思うのです」

「ふむ。確かにそうでしょうな。これだけのことをして、やっぱり教会圏にいたいって事は難しいでしょう」

「では、どこへ行くのでしょう?」

「どういう話になっているかは分からないが、帝国へすりよるんだろうな」

「なら、自分の領地をそのままにしたいのであれば、手土産が必要かと」

「なるほど。もし何も持たずに帝国にお願いすれば、良くて領地の割譲、悪ければ没収、そんな所でしょうな」

「ふん、あのグルガが自分の領土が減るのを黙ってみているわけはない、か。面倒、だな」


 そこで俺は一枚の文書を取り出す。


「そこでなのですが、こんな物を用意しておきました」

「手紙、か?」

「む!?教皇様との話の時に言っていたあれ、か?」

「はい。欲が深いのはグルガ王だけではない、そんな所でしょうか」

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