1章3話 甘い世界
ケリーは混乱の残る俺を連れて、城の廊下を進む。
いつも俺にお乳をくれる時の優しい顔ではなく、厳しい顔をして。
怯える俺の肩に、後ろから付いてくるエトナがそっと手を回して、優しくなでてくれている。
「ダンテ様、ラフエル様のことでゼレス様にお取り次ぎお願いします」
「かしこまりました」
年の頃は60歳ぐらい、白髪の神をオールバックにした執事ダンテが、父の執務室に入ると中から「入りなさい」とゼレスの声がする。
「失礼します」
ケリーが中に入り、一礼する。
「ラフエルがどうかしたか」ゼレスが一緒に付いてきている俺に気が付いて、少し顔を崩す。
「これを」
ケリーが手に持っていた初級の魔法書を差し出す。
「ん?これは、書庫の奥に鍵をかけてしまっておいたはずだが……これをラフエルが?」
自分でしゃべっていてピンときたのだろう、俺が勝手に持ち出したらしいと気が付いたらしい。
「はい、それだけではなく、光読みの儀式にも成功されたようです」
「なんと!!」
ゼレスが椅子を蹴って立ち上がり、本を持って前に出てくる。
俺は怒られると思ってからだがびくっとするが、後ろにいたエトナが頭をなでて気持ちを落ち着けてくれる。
「して、属性は!大きさと強さは!」
ゼレスの興奮は止まらない。
「それなのですが、強さはかなりのもので、大きさと合わせても灯台の明かりのようでした。眩しくて直視できません」
「なんと!そんなものは聞いたこともない」
「はい。そして属性なのですが……おそらく光です」
「真か……」ゼレスの目が見開かれる。
「灯台のような強さに、光……それが本当なら、きっちりと家庭教師をつけなければならんが」
ゼレスは考えるようにうろうろしていたが、ふと思いついたように顔を上げ、ケリーとエトナの方を見る。
「ケリーよ、お主は確か魔法が使えたはずだな」
「はい、そこまで強いものではありませんが、中級までなら」
この言葉に俺は衝撃を受ける。お乳をくれる優しい美人の乳母程度に思っていたのだ。
「そしてエトナも、だな?」
「はい」
さらなる衝撃。この世界魔法使いは少ないはず。そんなに都合よく二人も身近にいるものだろうか。
「ならば乳母としてだけではなく、ラフエルの魔法使いとしての教師にもなってもらいたい」
ケリーとエトナは困惑したように顔を見合わせる。
「しかし、きちっとした家庭きょーー」
「当然給金は倍は出そう」
「喜んでお受けします」ケリーが即座に返事をする。
「はい、ラフエル様、注目してください」
ケリーがいつもの乳母スタイルではなく、白衣を着て黒板の前に立っている。メガネもかけているが、目が悪いと聞いたことはなかったような……あ、レンズ入ってない。
「あの、ケリー」
「今は先生と呼びなさい」
めがねをくいっと上げる。
ゼレスの所へ行った翌日から、早速勉強が始まった。
「え……ケリー先生」
「はいラフエル様なんでしょうか」
「……魔法が使えるというのは、その、まずいのでしょうか」
「なぜ、そう思ったの?」
「ケリー先生が、まずいと」
「……あぁ」
ケリーが少し驚いた顔をし、部屋で光を見たときの言葉を思い出したようだ。
「あれはね、魔法が使えたことに対して言ったのではないのよ。あれは、そうね、なんの知識もなく、本に書かれているものをそのまま再現してしまっていた事に言ったの」
「良くないことなんですか?」
「良くない事よ。もし最初に試したのが光読みの魔法ではなくて、炎の魔法だったら、あそこはどうなっていたかしら」
俺は空中に巨大な炎が出現し、消すこともできずに呆然とする自分を想像する。
「大惨事、です」
「そう。何の知識もなく力を行使すれば、どんな事になるか解らない。だから、これからラフエル様は力の使い方を学ばなければなりません」
「はい」
俺は背筋を伸ばし、まじめに勉強を受ける事を決意する。まぁ、魔法なんて夢のようで言われなくても一生懸命練習する予定だったが。
「先生はどこで魔法を覚えたんですか?」
ケリーとエトナが2人とも魔法が使えることに驚いていた。本を読む限り、まともな魔法を使える人間というのは、かなり少ないようなのだ。
これが人の生まれ持っての能力によるものなのか、それとも知識的な物によるのかとても気になっていたのだ。
「ラフエル様、私達姉妹がシルエ族なのはご存じですよね?」
「……知りませんでした」
シルエ族。以前に読んだ本に載っていたな。
確か主に森に住む少数民族で、知的で長生き耳長いとエルフ的な種族だ。ほとんど森から外へでることはないと。
あ、本に基本的に魔法が使えるって書いてあったわ。
「シルエ族は、子供の頃から魔法を使えるんですか?」
「そうですね、ラフエル様ほど早くはありませんが、通常5歳ぐらいから習い始めて、才能がある子はそのまま魔法使いとして、無い子でも小さい火を出すぐらいは出来るようにはなります」
「おー!」
俺が素直に感心すると、ケリー先生は少し得意そうにメガネをくいっと上げる。んん、なんかぞくぞくする。
「では授業を始めます。まずはラフエル様がこの前使用された光読みの魔法ですが、あれでいろいろ分かることがあります」
「強さ、大きさ、属性ですね」
「そうです。ですが、それは眠っている潜在的な物を映し出しただけなので、今後その力を引き出せるかどうかは、ラフエル様次第になります」
……あれ、どこかで聞いたような気がする。
ケリー先生の授業は、基本鍵のかかった部屋に入っていた魔法の書をベースに進められた。
まずは比較的安全と思われる、水と風の魔法から練習を始める。
「まずこのコップの中の水をよく観察してください」
コップの中の水は光を浴びてゆらゆらと揺れている。
「中の水を飲んでください」
俺は言われるまま中の水を飲む。
「では、その飲んだ水をコップの中に戻すイメージで、手をかざして下さい」
目を閉じ、喉を流れていった水を、そのまま手から出すイメージをする。
すると、本当に体から何かが絞り出され、手から放出する感触が伝わってくる。
目を開けると、机の上が水に濡れて、コップの中に水が半分ほど入っている。どうみてもコップを外れ出た水の方が多いようで、エトナがあわてて机と床を拭いている。
「良くできました。ではもう一度同じ魔法を使うのですが、今度は目を開けてコップに丁度入るぐらいの水をイメージして下さい」
俺は言われたようにコップの中に入っている水を思い出す。
すると、さっきと同じように手から絞り出されそうになるので、蛇口を閉めるイメージで少し押さえる。
コップにかざした手のひらから、ちょろちょろと水が流れ出て、コップを満たしたあたりでイメージの蛇口を閉める。
今度はこぼさずに適量の水がコップの中で揺れている。
「……ラフエル様、昨日は本当に光読みの魔法しかっていませんか?」
ケリーが少し怖い顔でコップの水を見ている。
「はい、最初に出ていたのがあの魔法だったので……やっぱりだめでしょうか」
俺は少し怯えていた。やはり魔法使いは裁判に掛けられるのではないかと。
「いえ、疑って申し訳ありません。本当にすばらしい才能です。初めてでそこまで調整出来る者など、シルエ族でも見たこともありません」ケリーは驚いた表情から一転して笑顔になる。
「そうですよラフエル様。普通は水を溢れさせた後は慎重になりすぎてちょっとしか出なかったり、それ所か調整に魔力を使いすぎて気絶したりします。まぁ、私なんですけどね」エトナがえへへと笑って言う。
「ではもう先に進んで風の魔法もやってしまいましょう」
ケリーが火を起こすときに使うふいごを取り出す。アコーディオンみたいに空気を送り出す道具だ。
「この道具を使うイメージで、風を起こして下さい」
俺の中で風をイメージする。その時ふと、子供の頃に見ていたアニメを思い出す。忍術で風を起こして、スカートをめくるあれを。
「きゃぁあ!」
驚いて目を開けると、エトナがめくれあがるスカートを手で必死に押さえている。真っ白な太股と、それにつながるお尻を包む真っ白な下着。前世の世界と同じ白い布だ。あぁ、いいもの見れた!
「こら!ラフエル様!」
ケリーに怒られてびくっとした瞬間に、風がやみ、桃源郷がカーテンの向こうに消える。……あぁ。
「ラフエル様、練習でエトナのスカートをめくるのはかまいませんが、絶対に他の人はいけませんよ、エトナだけですよ」
「はいっ!!」
「良くありませんよ!なに今まで聞いたこともない良い返事をしてるんですか!」
エトナが抗議の声を上げる。
「ラフエル様、今度は先ほどの風をこの机の真ん中だけに通して下さい」
エトナの抗議を無視して、ケリーが細かく切った紙、紙吹雪のような物を、机の上に薄くばらまく。
「真ん中だけ、こちらかこちらへ一直線に」
俺は指定された線に沿って風を送るために、ふいごから送り出すイメージをする。エトナがスカートを押さえているが気にしない。
また手から何かが絞られるとともに、風が放出されていく。少し腕が重い。
だが、風は先にいくほど広がり、扇状に紙が飛び散ってしまう。
ケリーはまた紙を取り出し、机に並べてもう一度という。
今度はふいごから出された風を、道の両サイドから圧縮するイメージを追加し、何とか風を通すことに成功する。
だが、通したと思った瞬間、つきだしていた腕が重く持ち上がらなくなる。
「良くできました。体が重くなりましたか?」
俺が右腕をさすっているのを見て、ケリーが言う。
「はい、右手がとても重くて、しびれた感じです」
「それは魔力が切れかかっている感覚です。そのまま使い続ければ、意識がなくなりますから、その感覚を良く覚えておいて下さい」
「はい」
「それでは今日はこれまでとします。明日と明後日はこれを繰り返しますので、今日の感覚を忘れないようにしましょう。」
「はい」
「あと、魔力は限界はありますが、鍛錬すればするほど増えますので、暇があればエトナのスカートでもめくっていて下さい」
「はいっ!」
「だからなんでそこだけいい返事なんですか」
エトナが抗議の声を上げる
「ではラフエル様、お腹は空きましたか?」
教壇から降りてきたケリーは俺を抱き上げると、いつもの優しい表情を浮かべて、俺にお乳をくれた。
あぁー、ずーっとくれないかなぁ。