4章1話 勝手に目の敵
「よし、これで5階はほぼ回ったね」
「そうだにゃぁ、ナイトウルフも問題ない感じだにゃ」
「はい」
「みんなのおかげで僕も安全に経験が積めて助かるよ」
俺たちは授業の時間が許す限り、迷宮に潜り続けていた。
この迷宮は授業で使われるだけあって、敵やトラップも危険な物は少ない(即死しないと言う程度にはだが)し、間取りもさほど難しくはなかった。
しかしその分見返りとなる素材や宝などもたいした物は出ず、せいぜい骨や皮、たまに運が良ければ魔物の結晶のような物が出るぐらいだった。
「しかし、こんな迷宮、誰が作ったんでしょうね」
2階ぐらいまでは、荒く岩盤を掘り出しただけのような空間だったが、3階以降は削りだした岩を組み合わせた壁や床など、明らかに目的を持って作られた空間になっていた。
通路だけでもやたらに広く、狭いところでも4人並んで歩けるほどだ。
俺が不思議に思っていると、3人がきょとんとした顔でこちらを見てくる。おや?
「ラフ君は普段とても大人びているのに、たまに子供でも知っているようなことを知らないよね」
「当然魔物のボスが作ってるにゃよ」
タルーニャの話では、力を持った魔物が自分の巣として、配下の魔物を使役し、迷宮を築き上げるんだそうだ。迷宮を作る専門の魔物もいるらしい。
「え、じゃあここの迷宮にもボスが?」
「ここはだいぶ昔に倒されて、今はそれほど強くない魔物の巣になっているよ」
僕の手には余るけどねと、タロス先輩が少しおどけるように言う。
「どうしましょう、6階へ行っても良いですが、一旦戻っても――」
「なんだ?初級の連中がこんな所でなにやってるんだ?」
下に降りる階段の部屋で話をしていると、豪勢な鎧に身を包んだ総勢5人の一団が、部屋に入ってくる。
いや、一人鎧は着ずに杖を持ってる奴がいるな。
ちなみに、この迷宮に潜るとき、自分の級を示す腕章をするというルールがある。
「まったく、力もないのにこんな所に……ん?ウェンデールの田舎っぽい臭いがするぞ?」
臭いじゃなくて今ばっちり目があっただろ。
こいつの名前はワンリッチ・ド・パルウェア。迷宮に頻繁に潜るようになってから出会った、パルウェアのえ〜っと、5、6、7……11男ぐらいだったか。
歳は13歳だが、背が低く腹が出ており、短い黒髪を何故か7:3分けにしているせいで20歳ぐらいに見えなくもないと言うか、小さいおっさんに見える。
「ふん、相変わらずしょぼいパーティーだな。獣人を2人とか」何が可笑しいのかククククッと笑う。
「私はともかく、タルーニャとアイラを侮辱したのは許せません、謝って下さい」
「はは。たかが獣じゃないか。田舎者にはお似合いだよ」
そう言いながら、一団を伴い6階へ行く階段を降りていく。
「くそっ!」
「ラフ!わちし達は別に気にしてないからいいにゃ!」
俺が走りだそうとするのを、タルーニャが回り込んで押しとどめる。
タルーニャの方が背が高いこともあって、丁度胸のあたりに抱き止められる形になる。が、皮鎧を着ていることもあって、もふっとも柔らかくも何ともないのが残念だ。
「ラフが怒ってくれるだけでわちし達は嬉しいにゃよ」
後ろでアイラもふんふんと頷いている。
「タルーニャとアイラがそう言うならこれ以上言いませんが、困ったことがあれば何でも言って下さい」
「ありがとうにゃ」
そう言ってタルーニャに頭をぽんぽんとされる。
タルーニャの手は、猫の手を少し人寄りにした感じなのだが、肉球がある。前に触らせてもらったことがあるのだが、触った瞬間俺の中の迸る何かを押さえるのが大変だったほど、気持ちの良い物だった。
だから思わず
「もっと」
と声に出して言ってしまったが、タルーニャは「へ?」っと言いつつ少し困ったように笑いながら、頭を撫でてくれた。
なんだろう、すごく安心して落ち着く。エトナとケリーにお乳を貰っているときのようだ。
「よし、6階へ行ってみましょう」
タルーニャのおかげで気分も新たに、階段を下りる。
「この階から、各種属性のドレイクが出てくるようです。注意していきましょう」
「とりあえず、新しく障壁の魔法張っておくよ」
タロス先輩が、パーティーの周りにうっすらと目に見えるバリアのような物を張る。パーティーに向けられた害意のある攻撃を緩和する働きがある。
驚いたことに、タロス先輩は、回復や防御方面に限れば、中級クラスの魔法を使うことが出来た。
俺は学校の試験が、攻撃に偏っていることに疑問を持っていた。魔法使いと言えば戦向きな派手な攻撃魔法ばかり取りざたされるが、タロス先輩のような支援や回復特化型も重要なはずだ。
「あっちに何かいるにゃ」
十字路でタルーニャが一つの方向を示す。
獣人は元々感覚が鋭く、物音や気配、臭いなどにも敏感なのだが、タルーニャの感覚は獣人の中でも群を抜いていた。
「数はいる感じですか?」
「多分1匹。ナイトウルフよりも小型な感じがするにゃ……爬虫類系だにゃ」
「とすると、早速ドレイクですかね。手応えをみたいので、行ってみましょう」
タルーニャが示した部屋を顔だけ出して覗くと、表面の皮がごつごつしている肉厚のワニみたいな奴が、一心不乱に迷宮ネズミらしい獲物をかじっている。
アースドレイクだ。
「う〜ん、教科書によると、表皮が硬くて剣などの物理攻撃が通りにくいとの事ですが、これと言って特殊な攻撃も無さそうですね」
「目とか、お腹を攻撃できればいいんにゃけど……」
そう言いつつデカワニ、アースドレイクを見る。姿勢は低く地面に張り付いている様な状態で、普通に戦っては弱いお腹を晒すことは無さそうだ。
こういう時、魔力を持った剣とか、もしくは上位の剣士は自らの魔力を剣に流して切れ味を上げたり、軽くして速度を上げるという。この方法はハインから習ってはいたが、実戦では初めてで不安もあるなぁ。
「お!?ラフも気が使えるにゃ?」
俺が練習で剣に魔力を流して、少し振っているとそれを見たタルーニャが少し驚いたように見てくる。
というか、も?
「気というか、国にいたときに師匠から教えて貰った技なのですが、実戦では試したことがなくて。タルーニャも使えるんですか?」
「私の国では、子供の頃には気の操り方を親から学んで、狩りの仕方を覚えるにゃ」
「へぇー!それはすごいね、アイラ君もかい?」
タロス先輩に言われたアイラが、ふんふんと肯定と言うように頷く。
「ガルナでは剣とかに魔力を込めることを、気を操るって言うの?」
ガルナというのは、タルーニャとアイラの故郷だ。
「そうだにゃ。こっちでは気の事を魔力って呼んでるから、最初戸惑ったにゃ」
タルーニャの話では、最初に魔力を込めろと言われて、意味が分からなかったことも、ランクの下がる要因となったらしい。
「アレはやれそう?」
まだバリバリと骨をかみ砕く音を響かせている、アースドレイクを示す。
「岩トカゲは良く狩ったにゃけど、あのサイズは初めてにゃね」
別に気負った様子もなく「多分行けるにゃ」と笑う。少し得意そうにひくひく動いている髭がすごく可愛い。前に思わず触ってしまったら、少し怒られた。
「よし、初めての相手だし、慎重にやってみよう」
俺とタルーニャを前衛にして、少し広めの部屋に入る。
臭いで気が付いたのか、アースドレイクが先の割れた舌をちろちろと出しながら振り返る。顔はワニと言うより、コモドドラゴンだ。
「行きます」
俺が僅かにアースドレイクに向かって右に走り出すと、タルーニャも何もいわずに僅かに左へ走る。
そしてアイラはつがえた弓に気を送り込み、先制の一撃を放つ。
矢はアースドレイクの頭部、硬い表皮を削りはしたが、そのまま迷宮の壁に突き刺さる。
削られた表皮の下から、緑色の体液がにじみ出ているのが見て取れる。
(やれる!)
俺は尻尾に注意しながら、アイラの方に注意を向けたアースドレイクの、左前足膝辺りを切りつけてみる。
切りつける瞬間に軽く魔力を込めたが、硬い表皮を僅かにこそぎ落とすにとどまる。体液も出ていない。
「硬った!」
「ふっ!」
アースドレイクの気がアイラから俺に移るのを見たタルーニャが、鋭く踏み込んで横腹を切りつけると、派手に緑の体液が飛び散るのが見えた。
「フシャアァァァ!」
アースドレイクが激しく威嚇音を発すると、太く長い尻尾をタルーニャに向けて振る。
しかし切りつけて反応を確認する前には跳び退いていたタルーニャには届かない。
アースドレイクがタルーニャに噛みつこうと頭を上げると、そこにアイラの矢が正確に弱い首筋をとらえる。
矢を外そうとするかのように左前足を上げる。そこに見えた白い腹に、俺は前よりも強く踏み込み魔力を込めた剣を突き立て、さらに魔力を込める。
すると、剣の周囲30cmほどが一瞬赤熱し、香ばしい肉の焼ける臭いが漂う。
(殺った!)
そう思ったとき、アースドレイクが太くて硬い尻尾を、俺の方に向けて体をひねるようにぶつけてきた。
――「ラフエル様は、剣を打ち込んだ後に、気を抜いている時があります。打ち込んだ後こそ、お気を付けください」――
ハインの言葉が脳裏をかすめる。
剣を抜こうとして、障壁を張る動作が遅れる。
(やば、痛いかな)
「ラフ!」
タルーニャが跳躍し、気合いの声とともに剣が輝いたと思ったら、ラフエルに迫っていた尻尾が切断される。
「ちょ、ちょっと大丈夫にゃ!?」
驚いている俺の両頬を、柔らかくて温かいタルーニャの手が包み込む。
「あ、うん、ありがとう、タルーニャ、と、タロス先輩」
「いやいや、怪我がなくて良かったよ」
タロス先輩は、飛んでくるドレイクの尻尾を魔法で押しとどめてくれたのだ。倒したと思って気を抜いた。本当に一瞬だった。
「最後何をしたにゃ?ラフが剣を刺した瞬間、ドレイクのお腹が焼け焦げたにゃ。魔法かにゃ?」
「うん、こっちから見ててもすごかったよ。少し光ったと思ったら、火が出てたよね」
「あれは、剣を通して魔法を打ち込んだんです。ですが、タルーニャの方こそ、すごく強い力を感じました。あれが気を入れた剣ですか?」
「そんなたいしたものじゃないにゃ」
タルーニャが少し恥ずかしそうにと笑う。
「尻尾を切ってくれてありがとうございます。とても、その、綺麗でした」
タルーニャの両手を握ってお礼を言うと、毛が薄い耳の内側だけではなく、何となく顔全体が赤くなるのが分かる。
「なんというか、童話の中に出てくる獣人の女神、ヴィシールの様でした」
タルーニャが少し驚いたような顔をした後、今まで見た中で最上級の笑顔でにゃはっ!っと笑う。
うわ、可愛い。どうしよう。そう思ったとき、少し足に力が入らずよろめいてしまう。う〜ん、もう少し力を押さえるべきだった。まだ枯渇するレベルではないが、一気に出すと少し疲れる。
すると、タルーニャが俺を抱きしめ、また頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「ラフは良くやってくれてるにゃよ〜。わちしもアイラも、君には本当に助けられてるにゃ」
あぁ、硬い皮鎧が恨めしい、もふりたい、くんくん、皮の臭いしかしない……おのれ皮鎧。
そんな事を思っていたら体のだるさも消え、気分もとても落ち着いてきていた。
一度お礼もかねて、みんなをウェンデール館に招待してご馳走したいな。
「ありがとうございます、本当に」
「そ、そんなお礼なんて言いにゃ」
俺がまた手を握って全力の笑顔で見上げると、恥ずかしそうにあたふたとするタルーニャ。
「さて、せっかく倒したんですし、皮ぐらい剥いで行きたいですね。ドレイクの皮はそこそこ良い値段で買って貰えるはずですから――」
「うわああぁぁああああ!!」
俺がドレイクの皮を剥ごうと、短剣に持ち替えたとき、迷宮の奥から悲痛な叫びが聞こえてきた。




