3章7話 巣
「どちらへ向かわれるのですか」
何も言わずに俺の手を引きながら前を行くアプトに、ロプトルが声をかける。
「週末だけ、家に帰るんです!」
あー、アプトさん少しいらだってるなぁ。
実は学園に来てすぐの休みの日、アプトがホームシック気味になっていることに気が付いた。
教会圏の一週間は、4日働き1日休むという物だった。
聖家族教会の神にちなんで、子神の日、父神の日、母神の日、老神の日、そして休息日としていた。
アプトが、昼は授業夜は寮という、一人の時間が多い事をとても嫌がり、休息日の週末を出来るだけ俺と過ごそうとした。
だが、級が違う上に男女分けられた寮では、お互いの部屋に行くこともままならず、必然的に外へ出たり学内のラウンジにいたりしていたのだ。
しかし夜も一緒にいるわけにもいかないし、ロプトルやグラスドールの相手も面倒だった。
「こんばんわ!」
アプトが大きな声で門衛に挨拶し、そのままずんずんと中に入っていく。
「ど、どうも!」
俺も引きずられるようにしながら、何とか挨拶して通過する。
「失礼ですが、こちらの方々はお客様でしょうか」
そのままついてこようとしたグラスドールとロプトルを、門衛が押しとどめる。
「な、私はアプト殿の学友で、グラスドール・ド・ポートヴェイルという」
「同じく魔法学校上級のクラスメイトで、ロプトルと申します。以後お見知り置きを」
そして通り抜けようとする二人を、又押しとどめる門衛。
「申し訳ありません、まだ主より許可をいただいておりません故、お通しできかねます」
「「主?」」
二人の視線がアプトへ行き、視線を受けたアプトが俺を見たためか、二人も俺に注目する。
「あー、その、よろしければ、紅茶でも飲んでいかれますか?」
そう、ここは教都にあるウェンデール家の館だった。
当然ウェンデール家の3男(ハインとバルターにより、使用人などにも事情は周知徹底されていた)である俺が、今この瞬間の主と言うことになる。
「たいしたおもてなしも出来ませんが」
二人を客間に通し、対面に座るグラスドールとロプトルに紅茶を勧める。
銘柄は驚いたことに、俺とアプトが大好きなムルタラ産だ。バルターはこの辺の手配も細かいな。もしくはそれを受けてこの館を守る執事の手腕か。
グラスドールは優雅にカップを持って香りを楽しみ、一口飲むと「ほぅ」と小さく満足そうな声を出す。
対照的に、ロプトルは砂糖とミルクを多めに入れると、ぐるぐるかき混ぜてぐいっと飲んでいる。
「それで、そのう、何か御用でしょうか」
どうして付いてきたのかは、何となく分かっている。分かっているのだが、このまま居座られてもくつろげないので、さっさと用を済ませてお引き取りを願いたいのだ。
「用と言うほどの物でもない。何故アプト殿までここに来ているのか気になってな」
紅茶を飲んで一息付いたおかげか、少し興奮が収まったグラスドールが切り出す。
「わざわざこの様な所へ来なくとも、寮で十分快適ではないですか、アプトさん」
確かにロプトルの言うことも一理ある。
上級クラスの寮は、貴族が住むにも十分な広さと格と質が用意されているという。
「だって寮だとラフが遊びに来れないもん」
そう、これが問題だったのだ。
学校では、中級や上級など、下位の者が上位のクラスや寮などに、許可無く立ち入ることが禁止されていた。当然部外者も一部地域以外基本立ち入り禁止だ。
これは魔法学校の方が厳しく、部外者による生徒への過剰な勧誘などが問題となったのだ。
どこの国でも中級以上の魔法使いは、引く手数多だ。
「アプトさんはこれからさらに伸びる力を持っています。今からこのような身の振り方に拘るのは、得策ではありません。もっと広く世界を知ることで、見えてくることもあるでしょう」
ロプトルが諭すように言う。
「別に拘ってなんかないもん」
口をとがらせてぷいっと横を向くアプト。
「それになんだ、ラフ君。君はもう少し貴族らしい振る舞いや品位を身につけたらどうか。今日もそのなんだ、迷宮から帰ってきてちゃんと体は洗ったのか?」
「まぁシャワーで流しはしましたが」
「グラスは君が臭うと言っているのだ」
グラスとか呼んでるの?仲良いんじゃないのか?この二人。
そうじゃなくて。
「え、臭いますか?」
俺は慌てて自分の体を嗅いでみる。う〜ん、なんとなく、すえたような臭いがするような?
「多分迷宮ネズミの臭いだろう」
ロプトルの指摘に、今日のダンジョンでの狩りを思い出す。
一応洗い流したつもりなんだけどなぁ。下着類に臭いが染み着いていたかもしれない、そう思うと確かに恥ずかしくなってくる。
「ラフ、お風呂いこ」
アプトが俺の腕をつかんでソファーから立ち上がり、宣言する。
「なので今日はお引き取り下さい」
アプトが俺を引っ張って部屋の出口へ向かう。
「いやいや、ラフ君が一人で入ってきたまえ。我々はまだ少しアプト殿と話が」
ロプトルとグラスドールが少し慌てたように立ち上がる。
「一緒に入るの!」
そしてずんずんとお風呂に向かう。
あー、そのー、なんだ。一緒に入ってる宣言は少し恥ずかしい。
「まったく。何なんだろうねあの二人」
「ははは、アプトのことが心配なんだよ」
「私にはラフがいるからそんな心配いらないし、それに――」
服を脱いでいる途中で、アプトが俺の体の臭いをくんくんと嗅ぐ。
少しかびたような臭いだから、恥ずかしいよ。
「ラフは臭くないよ!」
いや、臭いよ?
お湯を体にかけ、椅子に座り石鹸を体につけて布でこする。
こっちの世界の石鹸はあまり泡立ちが良くなく、布も堅めなのできれいに洗えている感じがあまりしないが、湯上がりはさっぱりしているので汚れは落ちているようだ。
「背中洗ってあげるね」
「ありがとう」
俺が体を洗った後、アプトも洗い(当然背中を洗ってあげる)一緒に広めの湯船に浸かる。
「ふ〜。生き返る」
「あは、ラフったらおじさんみたいだよ」
「う〜ん、おじさん、かもね」
前世から考えれば、もう30歳半ば近い。今の年齢から見れば十分おじさんだろうな……
そう考えて一緒に湯船に浸かるアプトを見る。
犯罪だ。
いや、正直一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしている期間が長いせいか、最初の頃のようにドキドキしたりは無くなった。
自分の体がまだまだ子供なせいもあるのか、性的な欲も感じない。
ふと、いつまでアプトと一緒にいられるのだろうと、考えてしまう。
俺個人的にはこのまま大きくなって、アプトと一緒になるというのも考えないではない。アプロテとのこともその時考えればいいと思っている。
だが、アプトは俺のことをどう思っているのだろう。好意を持たれているのは間違いない。しかし、それは俺を一人の男としてなのかと、考えずにはいられない。
ただ単に恩人に対しての感謝から来る好意かもしれない。
「えい!」
「あいた!」
いきなりアプトから頭に手刀を叩き込まれる。
「また何か難しいこと考えてたでしょ」
「あぁ、うん。……今が幸せすぎて、少しだけ不安なんだ」
「よく分からないけど、そんなこと言い出したら、私なんてラフと出会ってから毎日が幸せだよ」
俺はその言葉に、心が洗われたというか、救われたようなそんな気がした。
「ありがとう、アプト」
「変なラフ。お礼を言うのはこっちなのに」
悩んでも仕方ない。日々を一生懸命生きよう。
そう、心に決めたのに、自分では何ともしがたいやっかい事は転がってくるわけで。
魔法学校なのに、模擬集団戦大会とか無いわ。
時間は少し戻って、部屋に取り残された二人。
「……ロプトル、どこかで食事でもしていくか」
「……そうですね、このまま帰っても寝付きが悪そうです」
アプトを挟んでから、意外に仲の良い二人だった。
継ぎの更新は時間が開きそうです。
緩くお待ちいただけたら幸いです。
次は幕間3です。




