【番外編3】3人でデート・前編
瀬尾先生視点の「王子はランドセルな姫の幸せを願う」の完結記念に勢いで作りました。楽しんで頂けたら嬉しいです。
「若槻、土曜は暇か?」
放課後、人気のない図書館で時間をつぶしていたら、瀬尾先生が現れてそんなことを聞いてきた。
「はい暇です」
本当は秋吉さんを誘って、公園にでも行きたいなと思っていたのだけど、この日は用事があるからと申し訳なさそうな顔で断られてしまった。
「そうか。なら、俺と遊園地に行こう。ちょうど券があるんだ」
「連れて行ってくれるんですか?」
遊園地。その響きに、わたしは思わず目を輝かせて、身をのりだしてしまう。
一度も行ったことはないけれど、そこがとても楽しい場所だとは知っていた。
友達が行ったという話を聞くたびに、うらやましくてしかたなかった。
「よし、決まりだな」
「ちょ、ちょっと待ってください」
満足そうに笑う先生に、ストップをかける。
「なんだよ。ちゃんと親には俺から連絡いれておくから、心配しなくてもいいぞ?」
「それもそうなんですけど、どうしてわたしを遊園地に誘ってくれるんですか?」
いっぱいいる生徒の一人であるわたしに、先生がそこまでしてくれる理由がよくわからなかった。
瀬尾先生は、わたしが学校で一人でいるといつの間にか側にいて、寂しい気持ちを紛らわせてくれる。
頭をいっぱい撫でてほめてくれて。
気さくな先生だから、みんなにやっているのだろうけれど。
そんなに頻繁に優しくされると、まるで特別扱いされているみたいに思えてしまう。
「俺、言ったよな。前世で姫だった、若槻の婚約者の王子だって」
わたしの質問に、先生が何を言ってるんだという顔になった。
「それは聞きましたけど」
「じゃあ大切なところ、伝わってなかったんだな」
はぁと大げさに先生は溜息をついて、残念そうな顔をすると、座って本を読んでいた私の側にしゃがんだ。
じっと見つめてくる先生の瞳は、綺麗な明るい茶色をしていた。
「俺さ、若槻が好きなんだ」
たっぷり五秒ほど、わたしはその言葉の意味を考える。
目の前の瀬尾先生は、いつものからかうような笑みを浮かべてはいなくて。
今日のご飯何かなくらいの、さらりとした調子でそう言った。
「えっと……」
「もちろん生徒としてもだけど、それ以上に想ってるって意味だからな?」
戸惑うわたしを見て、くすっと笑いながら先生が付け足した。
すっと床に膝をついて、瀬尾先生はわたしに顔を近づけてくる。
逃げ道を塞がれた気がして、余計に混乱してしまう。
「俺が困ってたら、さりげなく助けてくれるとことか、こんな大人がウサギ怖いって震えてても笑わないでいてくれるとことか。前世の姫だったっていう部分も含めて、今の若槻が好きだ」
瀬尾先生は、さらりと指先でわたしの髪の毛先を弄ぶ。
ふんわりと微笑んだ顔が、一瞬何故かわたしよりも年下の少年のようにみえてしまった。
純粋で、子供っぽい顔。
いつもの先生は、本音を隠して見せてくれないから、貴重なものを見てしまったような気分になる。
「まぁ今は先生で生徒だからな。手も出さないつーか、出せないし、秋吉に預けておくことにしてるけど。ちゃんと俺の気持ちくらいは、知っておいて貰わなきゃな」
瀬尾先生は立ち上がって、普段の軽い調子で笑った。
「……からかってるんですよね?」
「若槻は酷いな。人が必死に愛の告白をしてるっていうのに。俺泣きそう」
尋ねたわたしに、瀬尾先生はよよよと涙を拭うような動作をする。
そんな風にされてしまうと、さっきの告白が本気なのか冗談なのか、わたしにはよくわからなくなってしまう。
「安心していいぞ。二人っきりっていうのは何かと問題があるし、秋吉もちゃんと誘っておいてやるから」
「でも秋吉さん、その日用事があるって言ってましたけど」
「大丈夫、大丈夫。例え用事があったって、俺が若槻とデートするって言えば、あいつ来るから」
瀬尾先生は軽く請け負う。
まるで、面白い見世物が始まるというように、うきうきした様子だった。
「さてそろそろ帰る時間だし、行くぞ」
そう言って先生は、図書館から出て行ってしまう。
慌てて本を借りて、わたしは先生の後を追いかけた。
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「いやー、今日は遊園地日和だな」
「晴れてよかったですね」
伸びをした瀬尾先生の言葉に、わたしは頷いた。
土曜日ということもあってか、開園前から遊園地の前には人が並んでいた。
朝の澄んだ空気の中、待っている時間さえも楽しくて、お腹のそこがうずうずとするのを感じていた。
今日の瀬尾先生は、ファッション誌に載っていそうな服装で、それがよく似合っている。
金の混じった茶髪と、爽やかな顔立ちでまるでモデルみたいだ。
その横には、むすっとした顔の秋吉さん。
白いシャツに紺色のジャケット、灰色のズボン。
黒のスーツや背広をきっちり着こなしてる印象が強かったから、シンプルなこういう服を着ていると、なんだか新鮮だ。
鎖骨が見えているせいか、いつもよりも筋肉質に見えるというか。
服のせいであまり意識したことはなかったけれど、秋吉さんはかなり男らしい体つきをしている。
そのことに気づいて、ちょっぴりドキドキしていたら、秋吉さんが小さく溜息をついたのが聞こえた。
「秋吉さん、もしかして遊園地行きたくなかった?」
「いえ、そんなことはないです。未来とどこかへ行くのは素直に嬉しいですから。ただちょっと」
そう言って、秋吉さんが睨んだ先には瀬尾先生の姿があった。
「なんでこんなことになっているのかと、思いまして」
低く恨みがましい声。
怨念をぶつけるような秋吉さんに対して、瀬尾先生は涼しい顔をしていた。
土曜の秋吉さんの用事というのは、元々先生との約束だったらしい。
待ち合わせ場所にわたしが現れて、秋吉さんはとんでもなく動揺していた。
きっと秋吉さんのそういう顔が見たくて、先生は何も言っていなかったんだろう。
普段は大人っぽいのに、先生には秋吉さんやわたしが驚く姿を見て喜ぶという、困った一面がある。
好きな子に悪戯して、その反応を見て楽しむクラスの男子みたいだ。
「まぁまぁそう怒るなって。俺たち前世からの仲間じゃないか」
「前世を信じていないと言ってませんでしたっけ」
「こんな可愛い子が俺の姫なら、前世が王子っていうのも悪くないなってね」
先生はともかく、秋吉さんは本気で腹が立っているみたいだ。
まとう空気がピリピリとしていた。
「二人とも喧嘩は駄目だよ。折角の遊園地なのに」
「……すいません、未来」
わたしがめっというように叱ると、秋吉さんがしゅんとうなだれる。
その横で先生が秋吉さんを見て、にやにやしていた。
「秋吉怒られてやんの」
「先生もです!」
怒鳴られてびっくりしたのか、先生は目を丸くする。
「ははっ、若槻に怒られた」
それから表情を崩して、何が楽しいのか先生は笑った。
本当に愉快だというように、子供みたいに無邪気な顔で。
これには、わたしの方が驚いてしまう。
「おっ、開いたみたいだぞ。ほら、行くぞ若槻。秋吉もちゃんと着いてこいよ!」
先生が私の手を引いて走る。
ぎょっとして出遅れた秋吉さんが、すぐに私達の隣に並んだ。
「なんであなたが未来と手を繋ぐんですか」
「ほらはぐれたらいけないし。お前、アトラクションの場所知らないだろ」
「っ……!」
秋吉さんは先生に抗議したけれど、言い負かされてしまって、少し悔しそうだった。
背の高い二人に挟まれながら、ちょっと走り辛いななんて考えていたら、ふいに体が持ち上げられた。
私の足の間には、秋吉さんの頭。
これって肩車というやつだ。一度はやってみたいと思っていたけれど、こんなの小さい子みたいだ。
一応四年生なのに。
「あ、秋吉さん。下ろして!」
「平気ですよ。落としたりはしませんから。それよりも、アトラクションが見えますか」
恥ずかしくて慌てる私に、秋吉さんはなんてことないように尋ねてくる。
「えっと、右の方に見えるけど……」
「わかりました。右ですね」
秋吉さんが地面を踏みしめるたびに、振動がわたしまで伝わってくる。
ふとももに感じる秋吉さんの体温が、ちょっと生々しいというか、変な感じがする。
短めの髪が手のひらに当たって、少しくすぐったい。
「まったく焼きもち焼きにもほどがあるだろ」
後ろから、瀬尾先生の呆れた呟きが聞こえた。
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まず最初にわたしが選んだのは、ジェットコースター。
もうすぐ順番がくると思うと、楽しみなのか、怖いのかよくわからなくなって、妙なテンションになってくる。
きゃーという悲鳴が聞こえ、秋吉さんが首を傾げる。
「なぜわざわざ怖い思いをするために、これに乗るのかいまいち理解ができないのですが」
秋吉さんは、ジェットコースターの楽しさがよくわからないといった様子だった。
「もしかして、秋吉さんも遊園地に行くのはじめてだったの?」
「……はい。恥ずかしながら」
少し視線を逸らして、秋吉さんはそう言った。
「そうそう。だから遊園地初心者の二人に、俺が楽しみ方を教えてやろうって思ったわけよ」
おわかり? というように先生は言う。
「俺には若槻に楽しんでもらうという使命があるからな。秋吉は一人でシートに座れ。若槻には俺が隣で楽しみ方を指導する」
「何を言っているのですか。いざというときにそなえ、私が未来の隣なのは当然でしょう」
また言い合いが始まった。
「埒があきません。未来に決めてもらいましょう」
「そうだな。どうする、若槻」
最終的に、二人がわたしに話を振って来る。
もちろん、選ぶのは自分だよなって顔だった。
「じゃあ……」
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「なんでこうなったんですか」
「いや秋吉のせいだろ。何が悲しくて、俺が秋吉と隣同士でジェットコースター乗らないといけないんだよ」
ぼそっとした秋吉さんの呟きに、先生が不満そうな声を漏らす。
二人には私の前の席に座ってもらった。
視界に二人がいれば、ちょっと怖くないような気がしたのだ。
コースターが発進して、ゆっくりとレールを進む。かくんと落ちたと思ったら、凄いスピードで風を切って。
あっと言う間の時間がすぎてあと、放心状態だったけれど、終わって後でじわじわと初めてのスリルが蘇ってきた。
「なんか、もう凄かったね!」
「だろ。癖になるよなー」
先生が拙い私の言葉に、うんうんと頷いてくれる。
言葉にできないこの興奮を、秋吉さんとも分かち合いたくて、そちらを見たら秋吉さんは真っ青な顔をしていた。
「あ、秋吉さん? 大丈夫?」
「いえ、平気です」
おかまいなくというように、秋吉さんはいうけれど。
眉間のシワが一つ増えて、気の弱い人なら何もしてなくてもつい謝ってしまいそうな目つきをしていた。
「ははっ。こいつ酔ってやんの。そういや前にスピード出して運転してたら、同じような感じになってたよな」
「先生、わかっていたならどうして乗せたんですか!」
「そう怒るなよ。遊園地きたら、これは絶対に乗りたいって前に秋吉が言ってたんだぜ?」
先生は肩をすくめた。
「そうなの、秋吉さん?」
「……はい。ですから気にしないでください」
どうやら本当のことらしい。意外だった。
「次はどれに乗りますか、未来」
「じゃあ、次は……」
秋吉さんに尋ねられて、考える。
スピード系じゃなくてゆったりと歩くようなものがいい。
思いついたのは、お化け屋敷だった。
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廃病院を再現したというお化け屋敷は、今にも崩れそうな迫力があった。
「お化けなんて非現実的ですね」
「もぅ、秋吉さん。気分が台無し」
「そうだぞ秋吉。つーか、前世がありならお化けもありだろ。どっちも非現実的なんだし」
秋吉さんの発言にわたしがむくれると、先生がよくわからない追撃をしてくれる。
「一緒にしないでください。お化けと違って、前世は確かにあったことです」
「過去の産物って意味では同じだろ。囚われるとロクな事がない」
「本当にあなたという人は……」
私を挟んで視線を交わす二人を引き剥がす。
「二人とも喧嘩するなら、わたし一人でいくよ」
「それは駄目」
「それは駄目です」
呆れた私の言葉に、二人の台詞が重なる。
本当に先生と秋吉さんは、仲がいいのか悪いのかよくわからないなぁと思った。