【番外編2】秋吉さんと未来ちゃん(秋吉さん視点)
思った以上にこの話が皆さんに愛されてるようなので、秋吉さん視点の話を書きました。本編の前半と対応するような話となってます。
「泣かないで。つらいことがあっても、笑ってたら良いことがあるから」
そう言って幼い女の子は、いきなり涙を零した私に、ハンカチを差し出してくる。
その小さな手から、ひよこ柄のハンカチを受け取った。
絶対に、一目会えばわかると疑いも無く信じていた。
大切な私の姫。
彼女の騎士になったあの日から、私の全ては彼女のモノだった。
それはたとえ、生まれ変わって、世界が変わっても変わりはしない。
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物心ついた頃から、自分には前世があると理解していた。
自分が小さな島国の姫君に仕える騎士だったということを、一度も忘れたことはない。
幼馴染でもあった姫・エリシアは、よく笑う芯の強い少女で。
そんな彼女が好きで、私は一生この人のために剣を捧げようと決めていた。
たとえこの恋が叶う事がなくても、エリシアが幸せでいられるように側で守ろうと誓って、嫁ぎ先まで着いていった。
姫はそこで王子と結ばれ、幸せになるはずだった。
王子は小さな少年だったけれど、素直ないい子で。
鍛え上げれば、姫を支えるにふさわしい男になった。
きっと、エリシアも彼の側で笑っていたし、彼なら姫を幸せにしてくれると私は思っていた。
けれど、それは叶わず。
姫は結婚式の前日に、病気で亡くなってしまった。
幸せを側で見届けようと思っていたのに、こんなにあっさりと。
失意の中帰った故郷で、私はすぐに病にかかって死んだ。
最後に思ったのは、姫のことだった。
それがいけなかったのか、私は秋吉創という日本人に生まれ変わっても、しっかりと前世を覚えていた。
私が生まれ変わっているのなら、きっと姫も生まれ変わってるんじゃないか。
当然のようにそう思った。
きっとこれは、神がくれたチャンスだと。
前世で結ばれなかった姫が、王子と結ばれて今度こそ幸せになるために、この舞台があるのだと思った。
誰もが皆、前世なんてないと否定したけれど、私は固く信じた。
そうじゃないと、心が折れそうだった。
前世なんて私の妄想なんじゃないかと思うこともあった。
そのたびに怖くなった。
けれど、その度に。
姫ともう一度会えることを、私は強く望んだ。
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大学で、前世の王子と出会った。
王子は残念ながら、前世を覚えてなかったけれど、彼の存在自体が、前世があるんだという証拠のようで嬉しかった。
昔と王子の性格は大分変わっていたけれど、底の部分は変わっていないように思えた。
遊び人のように見えるけれど、その実繊細で人をよく見ていて、根っこの部分は優しい子だ。
前世なんてないと否定しながらも、私に付き合ってくれたのがいい証拠だった。
王子が大学を卒業して後、私は偶然行った企業の会社訪問で、姫の生まれ変わりに出会った。
小学校に上がりたてくらいの、幼い外見をしていた。
くりくりとした瞳に、柔らかそうな髪。
ふっくらとした頬は赤く、まるで天使のようだと思った。
気がつけば私は泣いていた。
会えて嬉しいと、心が叫んでいた。
ずっと捜してきたと言いたかった。
けれど、実際会ってしまうと、私のことなんて知らないと言われるのが怖くて、何も口にできなかった。
王子に出会った時はあっさり言えたのに、自分が前世の騎士だと告白して、変な顔をされたらと思うと言えなかった。
そんな私に、彼女はハンカチを差し出してくれて。
泣いている事情もきかずに、励ましてくれた。
それだけでこれまでの苦労とか、辛さとか孤独とか。
私の中にあったありとあらゆる暗い感情が、解けて消えた気がした。
その時に、この少女がまぎれもなく私の愛する人で、一生を捧げる人なんだと、改めて思った。
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私は姫と出会ったあの会社で、バイトをする事にした。
あまり得意でないパソコンを駆使するような業務も多く、苦戦はしたが、努力でどうにかした。
会社には、姫の母上である若槻さんがいた。
姫の身内がいるだろうとは、あらかじめ予想していた。
こんな会社に子供がくることはめったに無い。
なら、従業員の家族だと考えるのが妥当だろう。
姫に出会った時に貰ったハンカチには、わかつきみくと書かれていた。
なので、会社内で唯一の若槻さんである彼女が、姫の母だとすぐにわかった。
若槻さんは違う部署だったが、同じ室内で仕事をしていて、歳は二十代後半から、三十代前半のようだった。
常に忙しそうにしていて、皆が帰った後も仕事をしている。
さりげなく休憩の品を差し出し、私は若槻さんから娘である姫の事を聞きだした。
若槻さんは母子家庭で、夫とはすでに離婚していた。
借金があるらしく、娘には迷惑をかけていると申し訳なさそうだった。
「私が苦労かけてるから、あの子歳のわりにしっかりしてるのよ。留守番だって一人でできるんだけど、やっぱり心配なのよね」
「そうなんですか」
他愛のない会話をしながら、私は若槻さんと仲良くなっていった。
大抵会話の内容は、姫のこと。
若槻さんは娘を溺愛しているようで、こっちが聞けばいくらでも姫のことを教えてくれた。
姫の名前は未来と書いて、みくと読むらしい。
未来に向かって行って欲しい。
そういう願いから、若槻さんが付けたらしい。
とても姫にお似合いの、よい名前だと思った。
未来は、料理を作るのが上手で得意料理は肉じゃが。
美容室に行くお金が勿体無いと、自分で髪を切っている。
通っている小学校に、好きなものから、嫌いなものまで。
未来のことを知るたびに、もっと知りたいと思うようになった。
別に帰り道というわけでもないのに、時々未来の小学校前を通って帰る自分がいた。
さっさと未来の前に名乗り出てしまえばいいのに、否定されるのが怖くて、どうしても躊躇してしまう。
自分はこんなに意気地のない男だったのかと、我ながら嫌になった。
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「最近小学校の近くに、不審者が出るみたいなのよ。あの子スーパーの夜のタイムセールに行ったりするから、心配でしかたないの」
二年ぐらい未来を遠くから見守る日々を続けていたら、若槻さんにそんな事を聞かされた。
「それは心配ですね。私もそのスーパーにはよく行くので、その時に目を光らせておきます」
「お願いね」
私の言葉に、少し若槻さんはほっとした顔になった。
もちろんスーパーによく行くのは本当だが、そもそもよく行く理由が、未来を影ながら護衛するためだった。
未来の母である若槻さんから正式に護衛の命を受けたこともあり、私は会社帰りではなく堂々と見守ることにした。
堂々と、といってももちろん隠れて、目立たないように影ならお守りするのだけれど、心持ちが少し違う。
久々に騎士の正装代わりであるスーツを着て、小学校へと出向く。
時には職務質問されることもあったが、それでも私は未来を見守り続けた。
そんなある日。
未来はもうあたりが暗くなっているのに家から出た。
行き先は予想がついていた。
近くにあるスーパーのタイムセールだ。
まったく未来は、無用心すぎる。
そう思いながら、未来に気づかれないように後ろを歩く。
「ん?」
ふと、変な気配がした。
こっちを見られていると思ったら、道の脇に車が停まっていた。
普段あまり車が停まらない場所だ。
窓ガラスは黒いフィルムが張られていて、中の様子はよくわからない。
気のせいかと思い、スーパーへと入っていく未来を追いかけた。
未来は無事に卵を手に入れられたようで、ご機嫌のようだった。
先に確保して、未来の手に渡るよう仕組んだのは私だったが、この様子だと気づいてはいないのだろう。
未来が嬉しいと、こちらまで嬉しくなる。
そんな事を思っていたら、先ほど道に停まっていた車から、男がいきなり飛び出してきて、未来を攫おうとした。
無我夢中で走って男を殴り、未来を助け出す。
「ありがとう」
「お怪我はありませんか、我が姫」
お礼を言った未来に、あんなに躊躇っていた言葉が、自然と口から出ていた。
幸い未来に怪我はないようで、大丈夫だと言われた瞬間に体の力が抜ける。
「よかった。姫に何かあったらどうしようかと思いました」
自然と、前世の姫にそうしていたように、未来の手をとって口付けをしていた。
ようやく話すことができた。
触れることができた。
そう、私の心が喜んでいた。
「あなたは前世、とある国の姫君だったのです。そして私はその騎士。この世でもあなたをお守りしようと、馳せ参じました」
そう言った私に、未来は驚いた顔はしたけれど、拒絶はされなかった。
それだけで、十分だと私は思った。
未来を攫おうとした不届き者を警察に渡し、未来を家まで送り届ける。
いつでも連絡がとれるようにと、前々から用意してあった携帯電話を渡す。
貰う理由がないと未来は言ったけれど、最終的には受け取ってもらえた。
それどころか、未来は私に夕飯を振舞ってくれた。
横でその手際を見せてもらったが、大したものだった。
前世の姫も食べるのが好きで、時々自分で料理をしていたのを思い出す。
用意された夕食は、前世の頃と料理は全く違うのにも関わらず、懐かしい味がした気がした。
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それ以来、私は未来の買い物に堂々と付き合うようになった。
スーパーの特売がある時は、小学校の校門前で待ち合わせをする。
私は未来の買い物を手伝う代わり、夕飯をご馳走になるというパターンが出来上がっていた。
ある日、未来が前世の話を聞きたいと言ってきた。
思い出したわけではなさそうだったけれど、興味を持ってもらえるだけで嬉しかった。
明るくて、しっかりとした姫であったという事。
少々お転婆なところもあったけれど、民から愛されていたという事。
私が姫の幼馴染で、姫の騎士だったという事。
それから、姫には将来を誓った王子がいたということと、結婚する前日に病気で死んでしまったという事まで、未来に話した。
「秋吉さんは、お姫様のこと好きだったんだね」
話を聞き終わった未来が言った一言に、おもわずむせる。
「す、好きとかそういうのでは。忠誠心というやつです」
「忠誠を誓っていても、嫌いだったら次の世界に来てまで守ろうとは思わないでしょ?」
「そういわれるとそうですが。言っておきますが、姫には素敵な王子がいるんです。姫と私では、身分も何もかも違いすぎる」
口にして後で、胸が押しつぶされるような気持ちになった。
未来には決められた王子がいる。
最初からずっと分かっていたことで、王子と姫が結ばれて幸せになることこそ、私の望みだった。
なのに、どうしてこんな気持ちになるのか。
答えは心のどこかでわかってはいたけれど、未練がましくて認めたくなかった。
「この世界では身分とかないし、アタックしちゃえばいいじゃん」
モヤモヤとしていたら、未来がいきなりそんな事を言い出した。
まるで私に告白しろと促しているように見えるけれど、この口ぶりからして、自分が姫だということをまだ自覚していないんだろう。
まるで他人事のように言ってくれる。
本当にそういうのは勘弁してほしい。
告白したら、受け入れてくれるつもりがあるんだろうかと、一瞬勘違いしそうになる。
「……あなたは、自分が姫だという自覚があって言ってますか? それはつまり、私にあなたを口説けといっているようなものなんですよ」
「あぁそっか。それってつまり、わたしが口説かれるってことになるのか!」
私の指摘で、未来はようやくその事実に気づいたというようだった。
「あなたは姫としての自覚が足りなさすぎる」
「そういわれても、前世の記憶とかないし」
「ですが、前世があったことを否定しないでしょう。その歳にしては大人びすぎていますし、本当は気づいているのではありませんか?」
期待をこめて、未来の目を見る。
もしかしたらという気持ちが、どこかにあったけれど、やっぱり未来は前世を全く覚えていないようだった。
「そうだよね、ちょっと犯罪だよね。わたしと秋吉さんじゃ、24の歳の差があるしね」
ふいに未来が話を戻す。
私が未来を口説くわけはないと、納得しているようすだった。
納得されるのも気に食わないし、何より未来が私を30代だと思っていることに愕然とした。
私はまだ23歳だ。
とりあえず前髪だけ下ろしたら、20代後半に見えると未来は満足そうだったけれど、正直精神的ダメージを受けた。
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夏になって。
もうすぐ未来の誕生日があると若槻さんに聞かされた。
そして、どうしても休めないので、私から未来にケーキを渡してほしいと頼まれてしまった。
未来は私と、自分の母上である若槻さんが知りあいだと知らない。
少し悩んだが、私はその役目を引き受けた。
私は、大学を卒業してから、バイトしていた会社にそのまま就職していた。
そして、未来と知り合ったという事を、若槻さんに報告していた。
未来は夜のタイムセールに行って、不審者に襲われたことを母である若槻さんに知られたくなかったようだが、不審者が逮捕された時点で明るみに出ていた。
若槻さんは未来に対して、夜の外出を禁止しようとしていたけれど、私が付いて行くのならとオッケーを出してくれていて、今の状態があったりする。
つまり未来の買い物に付き合うのも、家で一緒に夕飯を食べる事も、未来に言ってないだけで、若槻さんに了解はとってあるのだ。
ただし若槻さんには、同僚だということ未来に言わないよう口止めしてあった。
もしも知られてしまえば、不審者から守ったのが初めの出会いじゃなかったことが明るみになるだろう。
実は色々未来の事を調べていたのだと、知られてしまうのが怖かった。
今までの行動が、普通じゃないことくらい、私も理解はしていた。
少しストーカーのようだと自覚があった。
気持ち悪いと思われて、嫌われてしまったら。
それを想像すると、絶望の縁に叩き落されたような気分になる。
だから、できるだけ、未来には知らないままでいてほしかった。
しかし、未来の母上から重大な用事を承った以上、そちらの方が優先だ。
なにより、私自身が未来の誕生日を祝いたかった。
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誕生日ということは、プレゼントが必要だ。
けれど、未来に何をあげれば喜ぶのか、さっぱりわからなかった。
女性に関することならと、頭の中に相談相手がすぐに思い浮かんだ。
前世の王子である瀬尾隆弘。
彼に相談するのが一番だろうと思ったが、気が進まなかった。
姫が見つかったというのに、私は彼に教えたくなかったのだ。
本来はそうするのが正しいのにも関わらず、今の今まで、連絡するのを伸ばし続けていた。
悩んで、結局プレゼント選びには同僚の女性に付き合ってもらった。
行った先の雑貨屋で、小さな指輪のネックレスを見つけた。
ネックレスの飾りとしてついている小さな指輪は、未来の指にはまりそうなサイズをしていて、つい目が行った。
小さな石がついているのも可愛い。
「これなんかどうでしょうか?」
「うーん。アクセサリーって着ける子と着けない子がいるからなぁ。その子、何か着けたりしてるの見たことある?」
「ない……ですね」
「なら無難にヘアアクセサリーくらいがいいんじゃないかな」
確かに同僚の女性の言う通りだと思った。
未来が自分で髪を切っていて、前髪を切りすぎたと嘆いていたことを思い出して、髪留めを選ぶ。
初めてのプレゼントなので、大分吟味するのに時間がかかったが、プレゼントをあげると未来は喜んでくれた。
「ところで、秋吉さんはなんでわたしの誕生日を知っていたの?」
ケーキを食べて後、恐れていた質問を未来がしてきた。
私は覚悟を決めて、全てを話した。
以前に借りたまま、ずっと返す機会を失っていたひよこのハンカチを渡す。
「いつかは返さなければと思っていたのですが、遅れてしまい申し訳ありません」
「別にいいよ。それは秋吉さんにあげる」
謝った私に、未来はそう言った。
未来の事をずっと知っていたのに黙っていたことも、ストーカーまがいの事をしていたことも、怒ってはいないようだった。
「ですが……」
「秋吉さんに貰ってほしいな」
そう言った未来は、ちょっと照れくさそうにはにかんでいて。
嫌われていないのだとわかって、嬉しくなる。
「ありがとうございます」
このハンカチは一生の宝物にしよう。
そう決めて、私はそれを胸に抱きしめた。