ランドセルなわたしに前世の騎士が付きまとってきます【後編】
10/07 瀬尾先生の話に矛盾点があったので、一部話を差し替えました。先端恐怖症から、ウサギ恐怖症です。すいません。
「秋吉さんて、暇なの?」
タイムセールのある特売日。
今日も秋吉さんは小学校の校門前、いつもの黒服に黒いサングラスの格好でわたしを待っていた。
最近は家の前じゃなくて、学校前まで迎えにきてくれる。
二人で家に帰って、のんびり過ごして後に、スーパーという名の戦場に赴くのだ。
しかし、母さんは毎日深夜まで働いているのに、同じ会社の秋吉さんはどうしてこんなに自由に動いているんだろう。
それがわたしには不思議でしかたなかった。
「私の部署は、与えられた仕事を終わらせることができれば、いつどこでやろうと自由なのです。心配しなくても大丈夫です」
「なら母さんはどうして帰ってくるのが遅いの?」
歩きながらぶつけた疑問に、秋吉さんは少し困ったような顔をした。
「姫の母上の部署は、私の部署とは大分勝手が違います。ですが、噂に聞くところによると、姫の母上は他の人の仕事まで請け負って残業をしているそうです。なぜそんなに働くのか、皆が不思議がっていました」
あぁ、やっぱりとわたしは思った。
父さんの借金を返すために、母さんは無理して仕事を自分から詰めてる。
本音を言えば、体を壊してほしくないし、あまりそういう無茶はしてほしくなかった。
でも育ててもらっている身で、そんな事はいえない。
それに、これはきっと、わたしのためでもある。
わたしはちゃんとわかっていた。
「早く大人になりたいな」
「どうしてですか?」
「そうしたら、母さんを助けられる。それにわたしが嫁にいけば、母さんの負担も減るだろうし」
隣を歩いていた秋吉さんが立ち止まる。
どうしたのかなって振り返ると、秋吉さんは苦しそうな顔をしていた。
この顔は以前にも見たことがある。
姫の婚約者の王子の話をした時だ。
「生まれ変わってもあなたは、誰かのために結婚をするつもりなのですか?」
真っ直ぐ目を見つめられて、戸惑う。
そこには非難するような響きがあった。
「秋吉さん?」
「出すぎたことを言ってしまいました。すいません、忘れてください」
呼びかけると、秋吉さんはわたしを通り過ぎて歩いていく。
「ちょっと早いよ秋吉さん。どうしたの?」
いつもは歩幅を合わせてくれるのに。
その日の秋吉さんは、なんだか様子がおかしかった。
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「秋吉さん、遅いなぁ」
今日は特売の日なのに。
いつもなら、この時間には校門前に来ているはず。
もう一時間くらいすぎていて、携帯電話にも連絡がなかった。
メールして家で待っていようと思ったとき、後ろから声をかけられた。
「なんだ、またあの黒服のお兄さんを待ってたのか?」
担任の瀬尾先生が、からかうようにそう言ってくる。
すでに秋吉さんは有名で、先生方も知っていた。
遠い親戚のお兄さんで、親が遅いわたしの面倒を時々見てくれている。
そういうことになっていた。
「そういえば、授業参観のプリント、ちゃんとお母さんに渡したか?」
「……はい、それはもちろん」
「嘘つくな。すぐにわかるぞ」
瀬尾先生に嘘を見抜かれてしまう。
最近かなり忙しいお母さんに、授業参観のプリントを見せたら、無理してでもこようとするだろう。
さらに仕事を前倒しにして、体を崩しかねない。
それに、自分の頑張っているところを見て欲しいなんて、子供っぽいことをわたしは全く思っていなかった。
「渡したくない理由があるならそれでいいけど、お母さんにばれないようにしろよ。傷つくと思うからな」
「先生なのに、そこを強く言わなくていいんですか?」
「先生的には駄目だな。でも、何か考えがあってのことだろう? 他のやつなら言うかもしれないけど、若槻には必要ない気がする。もっと甘えてもいいとは思ってるけどな」
そう言って、瀬尾先生は優しく頭を撫でてくれた。
大学を卒業してすぐこの小学校にに配属されたという瀬尾先生は、二十代半ばの男の先生だ。
さらさらした金の混ざる茶髪。ハーフで少しちゃらく、おまえホストだろといいたくなるような容姿。
しかしその見た目に反して、勉強を教えるのも上手ければ、子供たちに対して気遣い持ち合わせている、とてもいい先生だ。
男女ともに慕われていて、人望がある。
頭をなでられるのが心地よくて目を細めていると、瀬尾先生がピタリと手を止めた。
「おっ、お迎えがきたようだな」
その声に振り向くと、そこには黒服じゃない普通のスーツ姿の秋吉さんがいた。
サングラスもしていないし、服装も息も乱れている。
遅れたからと走ってきたのだろう。
「秋吉さん!」
わたしが声をかけると、まるで瀬尾先生からわたしを引き剥がすように、秋吉さんは手を引いてきた。
「ど、どうしたの?」
戸惑いながら見上げると、秋吉さんはキッと瀬尾先生をにらみつけた。
「なんであなたがここにいるんですか」
「あれ、お前秋吉? 久しぶりじゃん!」
気さくにバンバンと瀬尾先生は秋吉さんの背を叩く。
話を聞いていると、どうやら同じ大学の先輩後輩だったらしい。
軽い感じの瀬尾先生が苦手なのか、秋吉さんはずっとむすっとしていたけれど、逆に瀬尾先生はとても楽しそうだった。
「俺あれから先生になったんだよ。しかし、まさか秋吉と俺の教え子が親戚だったとはな。まさかとは思うけど、まだお前前世だとかなんだとか言ってるの?」
「それは……」
言いにそうにする秋吉さんに構わず、瀬尾先生はわたしに向き直った。
「若槻、このお兄さんな前世を信じてるんだ。俺も前世の知り合いだとかいいだして、それで仲良くなったんだけどさ。皆から変な奴扱いされてるけど、基本的にはいい奴だから、これからも仲良くしてやってくれな」
「余計なお世話です! 先輩に付き合ってられません!」
怒った秋吉さんは、わたしの手を引いて歩き出す。
瀬尾先生は、ひらひらとこっちに向かって手を振っていた。
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「仕事が長引いてなかなか抜けられなくて、遅刻してしまいました。すいません。それに、あんなに騒いでしまって」
家に着いて飲み物を出すと、秋吉さんは決まり悪そうにそんな事を言った。
「秋吉さんと瀬尾先生知り合いだったんだね。瀬尾先生とは前世でどんな関係だったの?」
「……しいていうなら、ライバルでしょうか」
少し躊躇ってから、秋吉さんはそう口にした。
だからフレンドリーな瀬尾先生に対して、あんな態度だったのかと、少し納得する。
「前世ではライバルでも今は違うんだから、そんなにツンケンしちゃ駄目だよ。瀬尾先生、人をからかうところはあるけどいい人だよ」
「……今も関係はあまり変わらないと思うんですけどね」
小さくぼそっと秋吉さんが呟いたので、聞き取れなかった。聞き返したら、なんでもないですといわれたので、大したことじゃなかったんだろう。
「それで、なんで先輩に頭をなでられていたんですか?」
秋吉さん、ちょっと怒っている?
声色が固い。けれど、怒られるようなことをした覚えもなく、むしろ遅れてきたのは秋吉さんなので、気のせいだと思うことにした。
授業参観の事を話すと、秋吉さんは思ったとおりの提案をしてきた。
「なら、私が参加してもいいでしょうか?」
「秋吉さんだって、仕事あるでしょ」
「私は大丈夫です。姫の晴れ姿を見たいですし。それに、先輩ばかりが普段の姫を見てるというのは、とても不公平ですから」
瀬尾先生に対する対抗心も、そこにはあるらしかった。
すっと秋吉さんがわたしの頭に手をのばして、髪をなでる。
「どうしたの?」
「少し髪が乱れています」
「そう? ありがとう」
そういって秋吉さんは、しばらくの間わたしの髪をなで続けていた。
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普通のスーツでという約束で、秋吉さんが授業参観に来た。
ちゃんとしていたら、秋吉さんは格好いいし、目立つ。
いいなあのお父さん格好いいなんていわれて、わたしはちょっぴり得意げな気持ちになった。
「しかし、あの秋吉が甲斐甲斐しいな。誰にも興味ないって感じで、一人でいつも行動してたのに。若槻って何者なんだ? 本当は親戚ってわけじゃないんだろ?」
授業参観が終わって、瀬尾先生に話しかけられた。
「前世でわたしは秋吉さんの姫で、秋吉さんは騎士だったそうです」
前世の話を瀬尾先生は知っているっぽかったので、素直に話す。
すると、瀬尾先生は目を見開いた。
「まさか、若槻が秋吉の姫さんだったのか。どうりであんな目でお前を見てたんだな」
「あんな目ってどんな目ですか」
「そうか、黒板見てたから見えなかったんだな。いつも仏頂面のくせに、凄い優しい目をしてたぞ秋吉は。いつも眉間にシワ寄せてるあいつのあんな顔、初めて見たよ」
知らなかった。
それは恥ずかしくて、ちょっと嬉しいかもしれない。
「瀬尾先生は秋吉さんの前世の話、信じてるんですか?」
「俺は信じてる、かな。なんとなく前世ってある感じがするんだよな。あいつがいうには俺って、前世で大切にしてたウサギを殺されたらしくてさ。それで今でもウサギが苦手みたいだし」
瀬尾先生はそう言って笑う。
そういえば、前にウサギのエサやり当番だったときに、瀬尾先生はウサギを怖がっている様子だった。
「でもさ、前世で若槻が姫さんってことは、俺と昔」
先生が何か言おうとした瞬間、教室のドアが大きな音を立てて乱暴に開けられた。
「あれ、秋吉。まだ帰ってなかったんだ?」
「えぇ。一緒に帰ろうと思って、校門で待っていました。なかなかこないので、迎えにきました」
教室に入ってきた秋吉さんが、わたしの手を掴んで、帰ろうと促した。
「怖い騎士が迎えにきたか。それじゃ、またな」
ひらひらと瀬尾先生が、からかいの笑みを浮かべて手を振る。
「行きましょう」
「ちょっと秋吉さん、痛いってば!」
秋吉さんに手を引かれて、わたしは校舎の外へと連れ出された。
「秋吉さん、瀬尾先生がいるとちょっと変になるよね」
「すいません」
自分でもわかっているのか、秋吉さんが謝った。
「ですが、姫にはあの人にあまり近づかないで欲しいのです」
「なんで? 瀬尾先生良い人だよ?」
「それは知っています」
認めたくはないのですがというように、秋吉さんは溜息をつく。
「これは私の個人的なお願いなので、聞いてくれなくても構わないのですが、できればそうして頂けたらなと」
「なんで? 瀬尾先生に、前世で酷い事とかされたりしたの?」
「……そういうわけではないんですけど。あの人が姫の側にいると落ち着かないんです」
物凄く秋吉さんは言い辛そうにしている。
「近づくなと言われても、担任の先生だしね」
「そうですよね。変なことを言いました。忘れてください。次からは冷静に対処するよう心がけるので、許してはもらえませんか」
叱られた大型犬のような、しゅんとした雰囲気をまとって秋吉さんが言う。
「しかたないなぁ。じゃあ、ソフトクリームで許してあげる」
「ありがとうございます、姫」
姫と呼ぶ秋吉さんの声は、甘くて優しかった。
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ある日、わたしは風邪を引いてしまった。
朝ごはんをつくって母さんを送り出して後、なんか変だなと思っていたら、くらっときてそのまま倒れた。
しばらく床でじっとしていたけれど、体が思うように動かない。
どうやら熱があるみたいだ。
どうにかはいつくばって、ベッドに移動する。
学校に連絡を入れるまでは頑張った。
辛い、苦しい。
誰かに側にいてほしい。
お母さんに連絡しようか。
悩んでやめる。心配はかけたくない。
きっと寝てれば治る。そうは思えなかったけど、そう思い込むことにする。
息がつまる。頭がぼーっとして、この状態から抜け出したいのに、その方法が見当たらない。
一人の部屋は広くて、静かだ。
このまま、ずっと一人で苦しいままなんじゃないか。
「助けて……秋吉さん」
そう思ったら、無意識に口から秋吉さんの名前が出ていた。
呼べば、秋吉さんは来てくれるだろう。
何故か確信を持ってそう思った。
でも、迷惑だと思われてしまったら。
秋吉さんは、わたしの身内でもなんでもないし。
姫と呼んで慕ってくれてはいるけれど、秋吉さんが好きで大切なのは、姫であってわたしではない。
そう思ったら、秋吉さんに電話なんてできなかった。
苦しさと戦っているうちに、いつの間にか寝ていたようで、チャイムの音で目を覚ます。
「姫、開けてください」
この低くよく響く声は、秋吉さんのものだ。
わたしはどうにか起き上がって、部屋のドアを開けた。
秋吉さんは何も言わずに、わたしを抱き上げて、ベッドの上に寝かせた。
「特売の日なのにいつまで待っても出てこないので先輩に聞いたら、風邪だと聞いて驚きました。こんなに熱を出して。辛いなら、どうして私を呼んでくださらなかったのですか」
大きくて冷たい手が、わたしの額に当てられる。
その温度に、ほっとしている自分がいた。
「迷惑、だと思った」
「そんなわけないでしょう。私はいつだって姫に、頼って欲しいと思っているのですから」
秋吉さんは怒っていた。
でもそれが、心配からくるものだってことくらいはわかった。
「そうだよね。わたしが、姫様の生まれ変わりだから、秋吉さん心配してくれてるんだもんね」
嫌味っぽい言い方になってしまった。
来てくれて嬉しかったのに。
ずっと、思っていたこと。
熱のせいで、蓋をすることができなかった。
秋吉さんがわたしに向けてる愛情のようなものは、わたしじゃなくて、わたしの中のお姫様に向かってる。
そんなの最初から知ってたのに、なんで今日に限ってこんなに面白くない気分なのか。
違う。本当は、結構前から面白くなかった。
秋吉さんが、わたしを通して、わたし以外の誰かを見ていることが。
それがどうしてなのかわからないけど。
「たしかに、きっかけはそうでした。でも……今は」
さらりと秋吉さんが、汗で張り付いたわたしの髪をかきあげる。
秋吉さんの真っ直ぐな瞳が、わたしを見つめていた。
「お腹空いたでしょう。今、お粥を作ってお持ちしますね」
そういって、秋吉さんは台所へと立って行ってしまう。
お粥か。食べたこと無いんだけどな。
どうしてだか、ああいうぷとぷとした食べ物がわたしは嫌いだった。
味噌汁はオッケーだけど、コーンポタージュのスープとかは飲めない。飲んだり食べたりする前に気分が悪くなってしまう。
けど、それを言う前に秋吉さんは台所へ向かってしまった。
食わず嫌いみたいなものだから、大丈夫だろう。
そんなことを考えていたら、秋吉さんがお粥を持ってきた。
少し冷ましてから、わたしの口元まで持ってきてくれる。
「どうしたんですか? 食べてください」
そういわれても困る。
お粥自体に抵抗があるのもそうなのだけど、これってあーんというやつだ。
「自分で食べる」
「いいですから。ほら、あーんしてください」
余計に熱が上がりそうだった。
秋吉さんが引きそうになかったので、覚悟を決めて食べた。
意外といけるじゃないか。
味はしなかったけど、そう思った。
「っ、あ!」
でも次の瞬間、得体のしれない感覚がわたしを襲った。
急に喉が焼け付くように熱くなって、苦しい。目の前が白くなって、頭の中がかき回されるようだった。
「どうしたんですか!」
驚いた秋吉さんが、上半身を丸めて苦しむわたしを心配そうに見ていた。
その光景が、違う誰かと重なる。
『大丈夫ですか、姫様! どうして! もう病状は良くなったと医者は言っていたのに!』
見慣れない装飾の施された、高い天井。こちらを見てるのは、顔立ちが全く違うのに秋吉さんだとわかる。
苦しい。水を。
でも声がでない。体が動かない。
それに、水を飲んでも、この焼け付くような苦しさが薄まらないことくらい、わたしは知っていた。
水くらいで、口に含んだ毒は消えはしない。
――あぁ、そうかわたし。
前世では、毒入りの粥を食べて死んだのか。
唐突にその事を思い出して。
わたしの意識は遠のいた。
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目を覚ますと、わたしは病院のベッドの上にいて、横では秋吉さんがわたしの手を握って眠っていた。
わたしが目覚めたのを敏感に察知したのか、秋吉さんが目を開ける。
「おはよう、秋吉さん」
「よかった。もう元気そうですね」
心底安心したようにそういって、秋吉さんが私の頬をなぞった。
「すいません。食べる事ができないほど、気分が悪かったとは思わなかったんです」
「違うよ秋吉さん。そうじゃなくてね。どうやらわたしは前世で、粥に毒が入っていて死んだみたい。それでさっき気分が悪くなったの」
その告白に、秋吉さんは目を丸くしていた。
「……姫が死んだのは、熱のせいではないのですか?」
「違うと思う。さっき一瞬、過去の映像みたいなものが見えたんだ。その時に、なんとなく粥を食べたせいだってわかった」
「なんてことだ……私は姫に毒が盛られたというのに、全く気づかずに。わかっていれば、姫の命を救えたかもしれないのに」
秋吉さんはもう過去のことだから、なんていえないくらいに後悔していた。
言って後で、黙っていればよかったと思う。
そんな顔をさせたかったわけじゃなかった。
「でも、ほら。今度の秋吉さんはわたしを助けてくれた。もうこんなに元気だし。ありがとうね、秋吉さん」
笑いかけると、秋吉さんは困ったような顔になる。
「前世を思い出したというのに、毒をしこんだ奴に対する恨みとかは姫にはないのですか?」
「だって、今恨んだところで仕返しもできないし。過去に囚われて暗い顔するよりも、楽しいことを考えてるほうが幸せじゃない」
「……あなたには敵わないですね」
秋吉さんは、肩の力を抜いて微笑んでくれた。
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「お姫様の相手は王子様って、どうして最初から決まってるんでしょうか」
唐突にそんな事を言い出した秋吉さんの手には、わたしが友達から借りてきた本があった。
今学校で流行っているやつだ。
「うーんどうしてだろ。女の子の憧れだからじゃないかな」
「あなたも、この本のような王子に憧れたりするんですか?」
「王子様の妻って大変そうだから、パス」
「そういうことではなく。あなたは、こういう男性に惹かれるかってことを聞いているんです」
秋吉さんに言われて考えてみる。
「困ったときやピンチになった時は助けてくれて、いつだって手を差し伸べてくれる人ってこと? そんな人がいるなら、そりゃ誰だって惚れちゃうんじゃないかな」
「そうですか……」
そこまで口にして、この前風邪で心細くなっている時に、秋吉さんが駆けつけてくれたことを思い出す。
「まるでわたしにとっての秋吉さんみたいだね」
さらりとそう口に出したら、なぜか暗いトーンを纏っていた秋吉さんが、驚いた顔で固まった。
「どうしたの?」
「えっ、いや……なんでもないです」
なんでもないわりには、秋吉さんの耳は赤かった。
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瀬尾先生と校門前で話していたら、秋吉さんが不機嫌な顔でやってきた。
「よぉ、秋吉。また今日もお迎えか」
「そうです。それでは失礼します」
わたしを連れてさっさと行こうとする秋吉さんを、瀬尾先生が引きとめた。
「まぁまぁそう急ぐなって。俺、お前に確かめたいことがあったんだよね」
「なんですか」
「もしかしてだけどさ、前世の俺の奥さんって若槻?」
「……奥さんではなく、婚約者です」
「あはは、やっぱりそうか。どうりでお前の反応がおかしいと思ったんだ」
不機嫌な顔で訂正した秋吉さんに対して、瀬尾先生は楽しそうだった。
「それって、瀬尾先生が前世で王子様だったってこと?」
「若槻はその話聞いてたんだ?」
「いえ。王子様も生まれ変わってて、それが瀬尾先生だったのは知りませんでした」
首を横にふると、瀬尾先生は意味深な視線を秋吉さんへ送った。
「そっかそっか。俺が王子ってことに気づいて、若槻を取られるのが怖かったんだな。安心しろ秋吉。俺にロリコンの気はないからさ」
ロリコンってそれはちょっと酷い気がする。
確かにわたしはまだ四年生だけど、精神的には十六とか十八くらいのつもりでいたので、ちょっと納得はいかなかった。
「私だってロリコンではありませんよ」
秋吉さんがそう言い返す。
なんでだろ。瀬尾先生と同じ事を秋吉さんが言っただけなのに、わたしは興味の範囲外だと宣言された気がして、傷つく自分がいた。
「それを聞いて安心した。それで相談なんだけど、秋吉彼女いないだろ。一緒に合コンいかねぇ? 大学時代の知り合いがお前気に入っててさ、呼ぶなら合コン企画してくれるって言うんだ」
「そんな話を生徒の前でするんですか、あなたは」
「先生って意外と出会いの場がないんだよ。それにメールしたところで、秋吉無視するだろうが。まぁ合コンがないなら、しかたないんで若槻とデートにでも行くかな」
「……わかりました。詳細を送って下さい」
「さすが秋吉。話がわかるな」
溜息をついて携帯を取り出した秋吉さんが、送られてきたメールを確認したところで、瀬尾先生はようやく解放してくれた。
「ありがとな、秋吉!」
上機嫌な瀬尾先生を残して、わたしたちは家へと帰る。
今日はおやつを用意していたのだけど、その甘いものですら、なんだか味がしないし、空気が重かった。
「秋吉さん、合コンにいくの?」
「はい。次の日曜に行くことになりました。正直気は乗りませんが」
なんだか嫌だなとわたしは思った。
「ねぇ、秋吉さん。次の日曜日に遊びに行こうって言ったら、怒る?」
こんなの子供のわがままだ。
普段のわたしなら、絶対言わないようなことが、口から出ていた。
「いえ、喜びます。一緒に遊んでくれるんですか?」
思っていたよりもいい反応が帰ってきた。
期待に満ちた眼差しで、秋吉さんがこっちを見つめていた。
「でも秋吉さん、合コンだよね?」
「そんなのどうだっていいです。あなたと遊ぶほうが重要ですから。初めての誘いを、断るわけがありません」
その言葉を聞いて、瀬尾先生に悪いなって思うよりも先に、嬉しいなって思ってしまった。
日曜日の十時。
わたしの部屋のチャイムが鳴った。
秋吉さんとの待ち合わせよりも、一時間早い。
もしかして時間間違えたのかな。ぱたぱたしながらも準備を整えてドアを開けたら、そこには瀬尾先生が立っていた。
「おはよう。今日はおめかししたんだ? よく似合ってる」
「どうして瀬尾先生がここに?」
「あれ、俺言ったよな? 合コンがないなら、若槻とデートに行くって」
てっきり冗談だと思っていたら、本気だったようだ。
「でもわたし今から、秋吉さんと遊びに行くんですけど」
「あれ、秋吉から連絡ない? 俺が代わりにいくって話がついてたんだけどな」
先生がそう言った瞬間、部屋の奥で携帯電話が鳴った。
「ちょっとお邪魔するね!」
そういって先生は部屋に入って、携帯電話を手に取ると勝手に出てしまう。
「秋吉? そうそう俺だ。うん、ちゃんと話しておいたから。心配すんなってじゃあな!」
電話の向こうで秋吉さんが叫ぶ声が聞こえたけれど、お構いなしに先生は電源を切ってしまった。
「秋吉がよろしくってさ。デートの邪魔になるし、電源は切っておくな」
絶対嘘だ。
そう思ったけれど、強引にわたしは家から連れ出されてしまった。
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「うわー綺麗!」
瀬尾先生に連れ出された先は、水族館だった。
海の中にできたトンネルのように、頭上を魚が泳いでいく。
「ちゃんと前もみないとな、若槻。ぶつかるぞ」
「あっ、すいません」
「いいよ。俺につかまって歩けばいい」
言われて瀬尾先生の服の裾を掴みながら歩く。
ついつい、わたしは夢中になっていた。
「若槻は水族館初めてだよな?」
「はい! 一度行っては見たかったんですけど、両親も忙しくて。今日はありがとうございます」
「いやいや、楽しんでもらえたならよかった」
お礼を言ったところで、ふっと我に返る。
楽しんでいる場合ではなかった。
「なんで先生はこんなことをしたんですか?」
「若槻とデートしてみたかったから」
「嘘ですよね。こんな小学生とデートして、楽しいわけがありません」
「そんな事はないぞ。小学生といるのが楽しいから、この職業についているわけだしな。まぁ、正直俺は若槻に興味があったんだ」
フードコートでお昼を食べながら、瀬尾先生はそう切り出した。
「秋吉には前世を覚えてないって言ったけどさ。俺、実は覚えてるんだわ」
「えっ?」
突然の告白に驚く。
「俺が王子で、若槻が姫さんで、秋吉が姫の騎士だったときの話。あいつは絶対言わないだろうからさ。聞きたくない?」
「……聞きたいです」
わたしがそういうと、瀬尾先生はゆっくりと語りだした。
小国のお姫様だったわたしは、大国の王子だった瀬尾先生の元に嫁ぐことになった。いわゆる一種の政略結婚だった。
姫と過ごすうちに、瀬尾先生はどんどん姫に魅かれていったらしい。
「俺も騎士である秋吉も、間違いなく姫さんのことが好きだった。表向き政略結婚なんてことになってるけど、実は俺が一目ぼれして妻にしたいって申請したんだ」
前世の瀬尾先生は情熱的だったらしい。
「でも、秋吉は身分違いだから言い出せずに、嫁ぎ先まで着いていって守ることを決めていた」
切ない思いを秘めて、秋吉さんは姫に仕えていたのかもしれない。
瀬尾先生の話を聞いて、わたしはそんな事を思う。
「結婚式の前日に、不幸にしたら許さないなんて、面と向かって言われたよ。俺王子だから、不敬だって殺されても文句言えないのにな」
そこまでしてきっと、姫のことを好きだったんだと瀬尾先生は言った。
「なのに、俺は姫さんを不幸にしちゃったんだ。姫が死んだのは、俺の継母――つまり女王が粥に毒を仕込んだからだったんだ。このことは公にはされないで、姫さんは病死扱いになったけどな」
「そうだったんですか」
やっぱりとわたしは思う。
どうして女王がそんなことをしたのかは知らないけれど、政治的なしがらみとか色々あるんだろう。
「あまり驚かないな。そりゃ、前世なんていきなり言われても、ぴんとこないよな」
「そうじゃないですよ。粥に毒を入れられて、死んじゃったんだなってことは、この前お粥を初めて食べた時に気づきました。ただ、今のわたしにはあまり関係ないかなって」
瀬尾先生は面白そうに笑った。
「秋吉も俺も、そんな風に割り切れたらいいんだけどな」
「もしかして、割り切れないから秋吉さんや先生は、前世を覚えてるんですか?」
わたしの問いかけに、先生は少し悩んでから、そうかもしれないと答えた。
「生まれた頃から前世を覚えてるって、結構辛いぜ? 周りにはそんなもの気のせいだと否定されて。俺はなかったことにして生きてきたけど、秋吉はそれを貫いてた。自分以外に前世の記憶を持つ奴に会った時は、嬉しかったな」
しみじみと先生は語る。
「あいつさ、俺に言ってたんだ。きっと姫もこの世界に転生しているはずだから、今度こそ幸せにしてやって欲しいって。何度もな。それが姫さんの幸せだって信じて疑ってないみたいだった」
「それはつまり、秋吉さんはわたしと先生の仲を応援してるってことですか」
思いがけず不機嫌な声が出たわたしに、瀬尾先生は面白そうに目を細める。
「不満そうだな」
「別にそんなことはありません」
「秋吉は、姫さんが俺のことを好きだったと思ってるんだよ。小国にお金がなくて、無理やり嫁がされて。それでも姫さんは笑顔を絶やさなかったからな」
明るい太陽みたいな姫だったのだと、瀬尾先生は言う。
それは本当にわたしの前世なんだろうか。
今のわたしは結構じめじめとしている。
最近はよくわからない気持ちで、ぐちゃぐちゃになることが多い。
「認めるのは悔しいけど、姫さんは俺のこと恋愛的な意味で好きじゃなかったと思う。ただ、国のためにそうあることを決めただけだ。姫さんが好きなのは、あいつだった。俺はさ、今度は間違えずに幸せになって欲しいんだ。姫さんに。そして秋吉にもな」
ほらと言って、瀬尾先生はわたしにデザートのケーキをくれた。
それを食べるわたしを、慈しむような目で眺めてくる。
少し食べ辛い。
「瀬尾先生はそれでいいんですか? 好きだったんですよね、姫様のこと」
「まぁな。でも、俺は姫さんである若槻の気持ちを尊重したいと思ってるんだ。今のところな。惹かれてるんだろ、秋吉に」
わたしは危うくお茶を噴出すところだった。
「おいおい、汚いぞ。そんなに動揺しなくてもいいだろ」
「な、なんでそんな話になるんですか。わたしまだ小学生ですよ! それに、秋吉さんが好きなのは、わたしじゃなくて姫様です!」
「ここには身分の差なんてないし、年の差なんて大した問題じゃない。騎士だった頃も含めて秋吉のように、姫様もふくめて若槻なんだと俺は思うけどな」
瀬尾先生は涼しい顔でそんな事を言う。
「それに、あいつの合コンを邪魔したってことは、嫉妬したんじゃないのか?」
わたしは何も言い返せずに、うっと言葉を詰まらせた。
それをみて、瀬尾先生はにやりと笑った。ほら見ろというように。
「あいつも若槻も、とっとと素直になればいいのに」
「なんで瀬尾先生は、秋吉さんに合コンをさせたり、わたしたちをくっつけたがったりするんですか」
「複雑な男心ってやつだよ。さっさと二人がくっつけば、前のように横恋慕しなくて済むし、秋吉が他の女に行くようなやつなら、遠慮なく若槻を口説ける」
どこまで瀬尾先生が本気なのか、わたしにはよくわからない。
でもふざけている感じでもなかった。
「まぁいいや。秋吉に脈がないなら、元王子の俺だってまだつけいる隙があるってことだよな」
「正気ですか。わたしまだ小学四年生ですよ」
「あと六年くらい経てば問題なく結婚できるだろ。前の俺が一目ぼれしただけあって、素質は十分ありそうだし。なんたってあの堅物の秋吉をメロメロにしたんだからな」
「わたしが瀬尾先生を選ぶとは限らないじゃないですか」
「どうだろうな。わからないぜ? 俺って結構いい男だから」
虚勢を張っていう私に、瀬尾先生は余裕ある態度だ。
耳元で囁いた瀬尾先生からは、大人な香水の香りがした。
「生徒に手を出そうとする先生が、いい人とは思えないんですけど」
「ははっ、言うよな。まぁゆっくりくどかせてもらうよ。とりあえずはお迎えが早くきちゃったみたいだし、俺はここでさよならだ」
そう言って、先生はわたしの頬に軽くキスをした。
その瞬間、風を切るような音がして、瀬尾先生が後ろに飛びのく。
「っぶねぇな。いきなり殴りつけることはないだろ」
「黙れこの誘拐犯。ロリコン教師」
「こういう人がいるところでそういうこと言うのはやめろよな。それに、王子と姫が結ばれるものだって言ったのは誰だったかな、騎士様?」
瀬尾先生の言葉に、秋吉さんは黙り込んだ。
それからわたしの手を掴む。
「立場も前世も関係ありません。私は彼女を、未来を誰にも渡さない。たとえそれがあなたでも」
初めて秋吉さんが、わたしの名前を呼んだ。
姫じゃなくて、未来と。
それだけで、体中に血が巡って、心臓がドクドクとうるさく高鳴った。
「行きましょう」
手を引かれるまま、わたしは秋吉さんとフードコートを後にした。
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「えっと、秋吉さん?」
フードコートから大分離れた公園まできて、秋吉さんは立ち止まった。
それからゆっくりとわたしの方を向き直る。
ずっと探してくれていたのか、折角の服も髪も少し乱れてしまっていた。
「なんであの男とデートに行ったりなんかしたんですか! あの人は王子で、あなたのことが好きなんですよ? もしも何かあったら!」
「それは瀬尾先生が無理やり……それに瀬尾先とは王子だって知る前から知り合いだし」
わたしが困った顔をしたのに気づいて、秋吉さんはバツが悪そうな顔になった。
「……すいません。あなたと王子がデートして、あなたが前世のように王子に惹かれたらと思うと、気が気じゃなかった。だから、瀬尾先輩が王子の生まれ変わりだと言えなかったんです。本当ならあなたと王子の仲を祝福するべきなのに」
そういって、秋吉さんはわたしを抱きしめた。
まるで瀬尾先生の痕跡をわたしから消すように、強い力で。
「秋吉さんがわたしを気にしてくれるのは、姫だから?」
「最初は確かに、姫だからという理由であなたに魅かれたのかもしれません。でも、今の私が好きなのは姫じゃなくて、あなたです」
秋吉さんはしゃがんで私の手をとると、目線を合わせた。
「あなたは、泣いている私にハンカチを差し出してくれた。前世を持って生まれて、孤独だった私を否定しないで、側にいることを許してくれた。それだけで、私は救われたんです」
そこからあなたを好きになりましたと、秋吉さんは口にした。
「夕食をご馳走になって、決して裕福とはいえない環境なのに、日々を楽しんでいるあなたを見て、ますます惹かれてく自分がいました。けどあなたには王子がいる。そう言って自分を抑えてきました。けど渡したくはないんです」
言葉を切って、秋吉さんが取り出したのは、小さなリングのついたネックレスだった。
「好きです、未来。姫としてではなくて、わたしはあなた自身を大切にしたいと思っています。どうか私の思いを受け止めてくれませんか?」
秋吉さんのその言葉に、全身がかーっと熱くなるのを感じた。
「で、でも。わたし小学生だし」
「こんなおじさんでは、やっぱり嫌ですか?」
「そんなことない! 秋吉さんは格好いいよ!」
思わず出たわたしの言葉に、一瞬秋吉さんはきょとんとしてから、はにかんだ。
「……ありがとうございます。それは、これを受け取ってもらえるということでいいんでしょうか?」
わたしは小さく頷いて。
秋吉さんは、わたしにネックレスを付けてくれた。
「よく似合っています。これからは前世の姫ではなく、未来がわたしの主人です」
「あれ、恋人じゃなくて?」
さらりと言われた一言に、思わずわたしは呟いた。
ちょっと待って。
これってもしかして、恋人になろうとかそんなんじゃなくて、秋吉さんの中では主従契約を結んだことになってるの?
「……」
秋吉さんは目をぱちくりとさせて、黙ってしまう。
「ち、違うの。ネックレスも指輪だったし、ただちょっとそういうことなのかなって思ってただけで!」
あれ、何これ。わたしの勘違い?
恥ずかしくて穴があったら入りたくなった。
「私なんかが恋人でもいいと、思ってくださったんですか?」
「えっと、それはその……」
真顔で秋吉さんが尋ねてくる。
恥ずかしくて視線を逸らそうとしたのに、答えてくださいと顔の位置を固定されてしまった。
「恋人になってもいいと思って、それを受け取ってくださったんですね?」
いつもは察しがいいくせに、こんな時は察してくれない。
わたしが小さくうんと頷くと、秋吉さんはがばっと私に抱きついてきた。
「嬉しいです。未来! これから段階を踏んでゆっくりと手続きを踏むつもりだったのですが、こんなに早く思いが届くなんて!」
「痛い、痛いよ。秋吉さん!」
抱きしめる力加減が容赦ない。
わたしの小さな体がみしみしと音を立てそうだった。
「こうしてはいられません。ネックレスではなく、ちゃんとした婚約指輪を買ってきましょう!」
秋吉さんはわたしを軽々と持ち上げると、走り出す。
「落ち着いて秋吉さん! 小学生の身でそれは早いからっ!」
ランドセルなわたしと騎士な秋吉さんの関係は、これから先も続きそうです。
8/31 主人公の名前と細かい所を修正しました。報告ありがとうございます!
12/03 秋吉さんと瀬尾先生の合コンのやりとりを修正しました。
12/10細かい修正をしました。