ランドセルなわたしに前世の騎士が付きまとってきます【前編】
10/07 年齢計算が間違っていたので、姫の学年を一つ繰り上げました。あと姫が初めて秋吉さんに出会った年齢も、上げました。すいません。
秋吉さんはランドセルを背負ったわたしを、今日も校門前で待っている。
「お待ちしておりました、姫」
「人前で姫はやめてって何度も言ってるでしょ」
「そう言われましても、姫は姫です。それでは家までお送りいたします」
秋吉さんは見た目二十代後半くらいで、長身に短く整えられた黒い髪。
黒い服にサングラスをしているから、その筋の人みたいにみえる。
毎日のようにわたしを迎えにきてくれるのだけど、別に私はそんな大層な身分の人間でもないし、秋吉さんと親戚とかそういう繋がりがあるわけでもない。
びっくりするほど赤の他人だ。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
秋吉さんとの出会いは、わたしがちょうど四年生になった時。
当時、小学生を狙った変質者が出没していた。
結構前から学校の周辺で、黒服に黒いサングラスをつけた男をわたしも目撃していて、気をつけなければいけないなぁと思っていたのだけど。
その日、わたしは無用心にも日が暮れてから一人で買い物に出かけた。
わたしの家は母一人子一人で、夕飯の支度はわたしの仕事だった。
この日は七時からの激安のタイムセールが近くのスーパーであって、どうしても手に入れたい食材があった。
変質者のことが頭を過ぎったけれど、特売の卵の方が勝利した。
無事卵を手に入れてほくほくの帰り道、突然後ろから羽交い絞めにされて、口を押さえられた。
パニックになるわたしに、男が静かにしろと言って、車に連れ込もうとする。
抵抗していたら、バキッと鈍い音が聞こえて、男の拘束が緩まった。
後ろを見ると男が地面に伸びていて、その側には小学校の周辺でよく見かける黒服の男の人――秋吉さんがいた。
どこからか走ってきたのか髪は乱れて、男を殴った衝撃で飛んでいったらしいサングラスが、地面には転がっていた。
精悍そうな顔立ち。
すっと伸びた鼻筋に、凛々しい眉。
サングラスの下の顔は、驚くほどに格好よく見えた。
「ありがとう」
そう言ったわたしの前にひざまずくと、秋吉さんは手をとってきた。
「お怪我はありませんか、我が姫」
「大丈夫」
「よかった。姫に何かあったらどうしようかと思いました」
秋吉さんはうやうやしくわたしの手に口付けをして、慈しむような目を向けてくるので戸惑った。
まるで長年の恋人同士に会えたかのような、そんな雰囲気が秋吉さんにはあったのだ。
「助けてくれてありがとう。えっと、手をそろそろ離してくれませんか?」
しばらく待っていたのだけど、秋吉さんは目を閉じて何かを噛み締めるような表情のまま、わたしの手を握りしめていた。
「すいません、姫。ようやく会えた喜びを噛み締めていました」
「えっと、姫って何のことですか?」
この人変わった人なのかな。
折角格好いいのに。
助けてくれて感謝しながらも、わたしはそんな事を思った。
「やはりご自分のことを姫は覚えていないのですね」
残念そうにそう言って、秋吉さんは立ち上がった。
背が高いので、どうしてもわたしが見上げる形になる。
それに気づいて、秋吉さんはまた膝をついて目線を合わせた。
「あなたは前世、とある国の姫君だったのです。そして私はその騎士。この世でもあなたをお守りしようと、馳せ参じました」
前世って……この人、電波なんだね。
なんてことを、わたしは思いはしなかった。
なぜなら、わたしは前世を信じていた。
信じていたというより、前世があったんだろうなってことに気づいていたのだ。
子供の頃から、教えられなくてもなんとなく人付き合いや、日常のことを最初から知っている瞬間があった。
今も子供にしては、落ち着きすぎているとよく言われる。
その前世を具体的に思い出せはしなかったけれど。
あるんじゃないかなって思う程度には、わたしは身近に感じていたのだ。
それに何故か、秋吉さんは危険な人じゃないと、本能的な何かが告げていた。
わたしが秋吉さんに何か言おうと考えている間に、秋吉さんは警察に連絡をとって男を引き渡し、荷物を持ってわたしを家まで送り届けてくれた。
「こんな夜中の一人歩きは関心しません。もしもお出かけになる際は、私を呼んでください」
そう言って、秋吉さんは私に携帯電話を手渡した。
古風なことを言うわりに、その手段はやけに現代的だ。
「そんなもの、見ず知らずの人から貰う理由がありません」
突っぱねたら、秋吉さんは悲しそうな顔になった。
悪い事をしたような気分になったわたしに、それでも秋吉さんは携帯電話を押し付けてくる。
「見ず知らず……あなたにとってはそうかもしれませんね。でも、前世では私はあなたの騎士だったのです。あなたを危険から守る義務がある。ずっと側でお守りすることができない今、せめてこれだけでもお持ちください」
断固として、秋吉さんは譲らなかった。
このままだと母さんが帰ってきて、秋吉さんと出くわすことになってしまう。
そうしたら、今日変質者に会ったことを話さなくてはいけなくなるだろう。
きっと母さんは心配して、もうタイムセールに行くのを禁止するだろう。
そうなると、家計が大打撃だ。
母さんの仕事は割りと給料はいい方なのだけど、すでに離婚したロクデナシの父親が作った借金が、わたしたち親子の経済状況を圧迫していた。
色々考えて、わたしは秋吉さんから携帯電話を受け取ることにした。
「姫、私の願いを聞き入れてくれて、ありがとうございます」
「だから、わたしは姫じゃないって」
そんな感じでその日から、秋吉さんが夜のタイムセールについてくるようになった。
タイムセールのある日になると、六時にはもう秋吉さんがアパートの前で待っている。
秋吉さんを連れてタイムセールに行くと、いつもよりも多く食材が手に入った。
お一人様一パックしか買えない卵が、二パックも買えるし、おばちゃんたちとの争奪戦の中、わたしをガードしてくれる。
時にはわたしを肩車をして、特売の品を巡る波を渡ってくれた。
「秋吉さんも夕飯食べていって」
「いえ、ですが……」
「食材いっぱい手に入ったの、秋吉さんのおかげだから。携帯電話のお礼も全くしてないし、駄目?」
「姫がそういうのなら」
そんなことをしているうちに、わたしは秋吉さんに気を許すようになっていた。
母さんは仕事で帰ってくるのは早くても十一時くらい。
だから、誰かと食べる夕飯は久々だった。
タイムセールのあった日の夕飯は、秋吉さんにも振舞う。
そんなパターンが出来上がっていった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
タイムセールが終わって後の夕飯の時間。
今日はピーマンが安くで大量に手に入ったので、メニューはチンジャオロースにした。
「ねぇ、秋吉さん。前世のわたしってどんな感じだったの?」
黙々とおいしそうに食べてくれている秋吉さんに尋ねてみる。
すると、秋吉さんは少し目を見開いた。
「私の話を信じてくれたのですか!」
「ううん。ただ、聞きたいなって思っただけ」
そうですかと少ししゅんとした秋吉さんだったけれど、ぽつりぽつりと語って聞かせてくれた。
前世でお姫様だったわたしは、明るくてしっかりした子だったらしい。
秋吉さんの一家は、代々王家に使える騎士の一族で、わたしとは幼馴染だったらしく、幼い頃から側にいたのだと秋吉さんは教えてくれた。
優しい表情をしているから、もしかしてわたしと秋吉さんは前世で恋人同士だったとか、そういう話なのかなと思ったら違った。
わたしは隣国の王子と婚約したらしい。
秋吉さんは嫁ぎ先でもわたしに仕えるつもりでいたのだけど、結婚式の日にわたしは熱をだして寝込み、そのまま死んでしまったのだとか。
「秋吉さんは、お姫様のこと好きだったんだね」
そんな事をいったら、秋吉さんはむせた。
「す、好きとかそういうのでは。忠誠心というやつです」
顔が赤い。面白いなぁと思った。
「忠誠を誓っていても、嫌いだったら次の世界に来てまで守ろうとは思わないでしょ?」
「そういわれるとそうですが。言っておきますが、姫には素敵な王子がいるんです。姫と私では、身分も何もかも違いすぎる」
秋吉さんは苦しそうな顔になる。
それが好きってことなんじゃないだろうか。
「この世界では身分とかないし、アタックしちゃえばいいじゃん」
「……あなたは、自分が姫だという自覚があって言ってますか?」
秋吉さんが呆れたような声を出す。
「それはつまり、私にあなたを口説けといっているようなものなんですよ」
「あぁそっか。それってつまり、わたしが口説かれるってことになるのか!」
やっぱりと秋吉さんは溜息をついた。
「あなたは姫としての自覚が足りなさすぎる」
「そういわれても、前世の記憶とかないし」
「ですが、前世があったことを否定しないでしょう。その歳にしては大人びすぎていますし、本当は気づいているのではありませんか?」
じっと見つめてくる秋吉さんの前に、とんとおかわりのご飯を置いた。
「ありがとうございます」
律儀に秋吉さんが礼を言う。
「そうだよね、ちょっと犯罪だよね。わたしと秋吉さんじゃ、24の歳の差があるしね」
「なんですかその具体的な数字は。私はまだ23です」
むっとして答えた秋吉さんに、わたしは驚いた。
「嘘だ!」
どう見たって三十代前半にしか見えない。
「本当です」
眉間にシワを寄せて秋吉さんが呟く。
秋吉さんは結構強面で、表情がわかりにくいのだけど、これはちょっと傷ついているのかもしれない。
「いつもかっちりとしたスーツ着て、サングラスして、前髪上げてるから老けて見えるんだよ」
「ですが、この世界での騎士……ボディガードはこれが一般的だと映画で学びました」
秋吉さんは少々ずれていた。
黒服と黒いサングラスは相手を威圧するために絶対必要だというので、とりあえず前髪だけは下ろすと、どうにか二十代後半くらいには見えるようになった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
秋吉さんて、普段は何をしてる人なんだろう。
歳からいうと、大学卒業したくらいだよね。
そんな疑問を持ちながらも、聞けずにいた夏休みのある日。
久々の休日だった母さんと出かけた街中で、偶然秋吉さんを見かけた。
今日の秋吉さんはいつもの黒スーツではなかった。
清潔感のあるシャツに、ジーンズ。
そういう格好をしていると、普通の若者だ。
待ち合わせをしていたのか、美人な女の人がやってきて、近くにあった雑貨店に入っていってしまった。
デートか。
姫、姫って言ってたくせに、ちゃんと彼女いるんじゃないか。
なんだろう、ちょっとショックだ。
別に秋吉さんだって大人だし、彼女くらいいても当然だ。
あんなに格好いいのだから、いない方がおかしいというものだ。
ただ、秋吉さんは姫の事に一途だったから、意外だったというだけで。
自分の中に生まれたもやっとした気持ちに、なぜか言い訳しながら、わたしはその場を立ち去った。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「これ、誕生日のプレゼントです」
次の秋吉さんと過ごす夕食の時間、手渡されたのはあの雑貨店の包装紙に包まれた箱だった。
「これって……」
「開けてみてください」
そういわれて開けてみたら、中には髪留めが入っていた。
「可愛い」
「気に入ってもらえて良かったです。何を贈ったらいいのかわからなくて、同僚にアドバイスを貰いながら選びました」
秋吉さんが嬉しそうに笑った。
つねに仏頂面というか、周りを警戒しているような顔をしている秋吉さんのそんな顔はレアだ。
「本当はネックレスを贈るつもりだったのですが、子供ならこちらの方がいいと言われたので、これを選んでみました」
それは子供っぽいって事なんだろうか。
子供だから当たり前なのに、それが少し気に入らなかった。
むくれかけたわたしに気づかず、秋吉さんが前髪を髪留めで留めてくれる。
「姫は自分で髪を切っていらっしゃるから、前髪が短いと嘆いていましたよね。これがあれば、気にならないのではないかと思ったのです。ほら、やっぱりよく似合っていらっしゃる」
髪留めをつけたわたしを見て、秋吉さんは嬉しそうに笑った。
それだけで、怒っている気持ちはどこかへと飛んでいった。
「ありがとう」
わたしが言ったことをしっかりと覚えていて、それで髪留めを買ってきてくれたんだと嬉しくなる。
自分がこんなに単純だとは思わなかった。
「ですが、今度からはその髪を私に切らせてください。美容室にいくお金が勿体無いなどと姫は言いますが、私から言わせれば姫の髪を乱雑に扱う方が勿体無いです」
意外な申し出にわたしは驚く。
「秋吉さん、髪切れるの?」
「美容師の友人に頼んで練習してきました。あまりうまくはないかもしれませんが、私のお金では姫はどんなに頼んでも美容室に行っては下さらないでしょう?」
秋吉さんはわたしの性格をもう理解しているみたいだった。
だからと言って、そこまでしてくれなくてもいいのに。
そう思いながらも、秋吉さんの行動がわたしには嬉しかった。
「じゃあ、次髪が伸びたら、お願いしてもいい? 自分で後ろの髪を切るのは結構大変だったんだ。お礼に何か好きなものを作ってあげる!」
「姫の美しい髪を委ねてもらえるだけで、十分にお礼になっています」
そう言って、真顔で秋吉さんはわたしの髪に触れてくる。
大きな手が髪に触れる仕草に、何故だかドキッとした。
「な、なんでもいいから作るよ。ほら言って!」
「なら、姫の作った肉じゃがを食べたいです」
「まかせておいて!」
動揺を隠して後ずさったわたしは、元気よく請け負った。
「ところで、秋吉さんはなんでわたしの誕生日を知っていたの?」
プレゼントを受け取って後に、夕飯を食べて、その後ケーキまで出てきた。
やけに準備が良すぎると思ったわたしは、気になっていたことを尋ねてみる。
「姫の事ならなんだって知っていますと言いたいところですが、姫の母上からお聞きしました」
「母さんに会ったの?」
どうやら結構前から、秋吉さんは母さんと面識があったらしい。
実は秋吉さんは母さんの会社の同僚だったのだ。
部署は違うけれど、顔見知りなのだと白状した。
「どうして黙ってたの」
「いい辛かったのです。前に一度、姫は母上様に忘れ物を届けに、私の務めている会社に来た事がありますよね。その時学生だった私は、会社を見学しに訪れていたんです。そこで姫を見て、前世で仕えていた姫だとすぐにわかりました。泣いてしまった私に、姫はハンカチをさしだしてくれた」
ポケットからハンカチを取り出した秋吉さんは、思い出を噛み締めるようにハンカチをそっと握り締める。
子供用の小さなハンカチは、ひよこの柄。
わたしがお気に入りだったやつだ。
「泣かないで。つらいことがあっても、笑ってたら良いことがあるから。そう言ってくれたあなたに、私は一生仕えたいと思ったのです」
あの時の青年が、まさか秋吉さんだったなんて。
わたしはちゃんとその時の事を覚えていた。
小学校二年生の時に、母さんが書類を忘れていったので、それを届けに行ったのだ。
会社で出会ったその青年は、わたしを見て泣き出した。
何故か放っておけなくて、わたしはお気に入りのハンカチを手渡したのだ。
まさかずっと前にも会っていたなんて。
「もしかしてその時からずっと、わたしのことを見てたの?」
「はい、影ながら見守らせて頂きました。何度か警察に捕まりかけましたが」
それって若干ストーカーだ。
「ハンカチ返すついでに話しかけてくれればよかったのに」
「それも考えたのですが、ハンカチを返してしまえば姫との縁がなくなってしまう気がしたのです。すいません」
ぎゅっと秋吉さんはハンカチを握り締め、別れを惜しむようにしてわたしに手渡してきた。
「いつかは返さなければと思っていたのですが、遅れてしまい申し訳ありません」
「別にいいよ。それは秋吉さんにあげる」
「ですが……」
「秋吉さんに貰ってほしいな」
そういうと、秋吉さんはぎゅっとハンカチを自らの胸に押し付けた。
「ありがとうございます」
大層なものじゃないのに、秋吉さんは家宝を譲ってもらったかのような喜びようだった。