プロローグ
うっすら目を開けると、目の前には千切れた首があった。首から下は、ない。
そしてそれは、かつて自分の友人だったものに他ならなかった。
首すじからあふれた血液が辺り一面に池を作って、僕の皮膚をひたす。生温い。この感覚は、確かに自分が生きていて、そして目の前の首が死んだばかりだということを証明していた。
体は、動く。全身が痛いが、意識ははっきりしている。僕はとりあえず大丈夫、らしい。
「こいつもダメなの!?」
遠くで声がした。女の声だ。
「これも死んでる」
視界に映った女は死体を軽々と持ち上げると、まるでゴミのように地面に放っていた。腕のないもの、胴のないもの。そして、首なし死体さえも。女は拾っては捨てを繰り返し、死体の山を築いていく。
「どいつもこいつも役立たずなんだから!」
苛立ちを増しながら、女はどんどん近づいてくる。
……でかい。
170……もしかしたら、180近くあるのかもしれない。
「あら」
そのとき、パチリと女と目が合った。ヤバい、と思ったけれど、今さら死んだふりもできない。女は僕の首根っこを捕まえ、持ち上げるとにこりと笑う。
「よかった。生き残ってる人がいて」
「…………」
あまりの恐怖に、声が出ない。
「私はラグリールのパイロット。わかる?」
僕はこくこくとうなずいた。
ラグリールとは、確か最新型の戦闘機だったはず。人型だったか、四足歩行だったか忘れてしまったけど、なんかニュースでやっていたのをぼんやり覚えている。
「今からあなたには、サブパイロットとしてラグリールに乗ってもらうわ」
「えええ!?」
大声を上げた僕は、勢いのままに尻餅をつく。
「僕、操縦も何もしたことないんですけど。ほら、ただの一般市民だし」
「そんなことわかってるわよ」
彼女の声は冷ややかだ。
「でも、仕方がないじゃない。ラグリールは二人いて初めて起動するんだから。そして、ここで生きてるのは私とあんただけ。意味、わかるわよね?」
「あの、元々乗っていた人は……?」
「死んだわ」
何の感情もなく、彼女は言った。
「それに、ラグリールが動かなきゃ、どの道ここで死ぬことになるわよ」
そう言って彼女は、上空を指差す。
上空にうごめく、無数の“ムシ”――と呼ばれる、未確認飛行生物。羽のようなものと肢のようなものを持つそれは、図鑑で見た地球産の昆虫によく似ている。それよりはずっと、大きいそうだけど。
「選択肢はないの」
「…………」
僕よりはるかに高い身長、見下すように刺さるような視線を浴びせられれば、僕に抗う術はもうない。
「ついてきなさい」
そう言って、彼女はくるりと背を向ける。
「そうね。先に、一つだけ忠告しておくわ」
「死んだら殺す」
どっちにしたって、僕が死ぬっていうことだけはわかった。