ヒミツ
僕の作る特殊なシャボン玉は、動物の声なき声を聴く。
その効果はこんな感じ。
まずは、いつだったか最近の話。
夕方、近所の商店街の店先で大胆にも腹を出して横になっていたポチの言葉。
ガキ大将・太郎の忠犬として恐れられている彼は、しかし、そのイメージに似合わずひたすら嘆いていた。
「タロー、腹減ったよー。コロッケ買ってきてくれよー。ジャガイモのほくほくしたやつ。早く帰って来いよー。死にそうだよー」
次に、とある日曜日に家族と某サファリパークに行ったときの話。
シマウマのランちゃん・ルンちゃんご夫妻の言葉。
ちょうど昼食の時間だったのか、二頭は仲良く草を食べていた。
「おいしいね、ルンちゃん」
「おいしいね、ランちゃん。あ、ボクの分もたくさん食べていいよ、ハニー。いっぱい体力をつけて、早くボクたちの元気なベイビーを産んでほしいからネ」
「まぁダーリン、うれしいわ」
最後に、昨日の話。
近所にある公園の小さな池の前で、三人の少年少女がアヒルと無言で見つめ合っていた。
僕は彼らに通訳を買って出た。
だが如何せん、アヒルは特徴ある喋り方だった。
「チビたち、池に入っちゃヤーヨ」
どうして、と少年Aが訊いてきた。唇の辺りが少し引き攣って見えたのは、たぶん勘違いじゃない。
それでも僕は構わず続けた。
「ここはアタシたちの領域ヨ。侵すって言うんならタダじゃ済まさないから!」
アヒルのパーコは鋭い目つきで僕を睨んだ。いや、僕は関係ないんですけど。
お金をとるの、と少年Bが小首を傾げた。
こっちの子は普通だった。
「そういう意味じゃないワ。戦争ヨ、戦争! 人間がアタシたちに勝てるわけ――」
そのとき、少年Bが僕の袖を引いた。
「ねえ、お兄さん。何でこんなことしてるの? ミジメじゃないの?」
うっ、とその直向きな眼差しに僕が言葉に詰まっていると、少女が少年Bにヒソヒソ声で囁いた。
「ダメだよ、ショータ。お兄さんはあたしたちに気をつかってくれてるんだから。コラ、リョウくん笑わないの!」
ダダ漏れだ。
「……バカ?」
下校中、中学・高校と四年間同じクラスでなぜか最近一緒に帰ることが多い中嶋京子に、
「これが僕の超能力、というか皆には秘密にしている特技だ」
と打ち明けたら、鼻で笑われた。まあ、信じられないのも当然だった。
しかし、彼女が小バカにしたのは別のことだった。
「ヘタレ声やダメ男、女みたいな裏声に、況してやアヒルのオカマ声を、わざわざ聞かせないでよね」
案外上手かったのはびっくりしたけどさ、と耳の後ろに髪をかけながら、ツンとした表情で中嶋が言う。
伏目がちの横顔が、一瞬綺麗だと思ってしまった。
「なに?」
少しの間見つめてしまった僕を、不審な目つきで中嶋が見上げる。
軽く頭一つ分身長が違うから、必然的に上目遣い……
「いや、何でもない!」
慌てて彼女から目線を逸らす。バカなことしているなと、自分に呆れた。
必死に思考を元に戻した。
「……力についてはバカにしないんだ?」
「清水直人は嘘を吐かないでしょ? 優しすぎるのは玉に瑕だけど」
中嶋は笑った。彼女は時々、人をフルネームで呼んだりする。なんて言うか、そういうところに彼女の性格が表れているような気がする。
情けないことだが、僕は彼女のそんな男っぽさに時々惚れてしまう。
僕が持っていない部分を中嶋は持っていて、そこに惹かれる。
今だってそうだ。
意志の強い揺るぎない眼差し。にっこりと微笑む可愛らしい口許。
女性らしい笑顔、その明るさに目が奪われる……
またバカみたいにぼけっとしていると、中嶋が唐突に声をひそめた。
「……ねぇ、清水の作るシャボン玉の力って、人間にも効くの?」
え、と一瞬僕は、彼女の言っている意味がわからなかった。
こういうことを本気で訊いてきた人は初めてだった。
「いや……たぶん無理だと思う。人には言葉があるし、僕が代弁する必要性ないから」
すると中嶋は、ふうんと意味深に呟いて、何か考えるように顎に手を当てた。
少し下を向いたこともあって、その表情はわからなかった。
「――ちょっと不便だね」
「何が?」
「人の心は覗けないってところ」
ふふ、と楽しそうに笑って、中嶋は人差し指を唇に当てた。
その仕種がまるで、「ヒ・ミ・ツ」と暗に言っているような気がして、ドキリとしてしまった。
「気持ちは言葉にしないと伝わらないから、きっとドキドキするんだろうね」
どういうこと、と僕は首を傾げたが、中嶋は何も答えずに、ただニコニコと笑っていた。
後に、中嶋は僕の初めての彼女になった。
そして思うのが、人の心が読めなくて本当によかったってこと。
大切な人であればあるほどそんなことはしたくないし、何より女の子の心なんて、たとえ読めても理解なんて到底できやしないのだ。
コメディーチックに書いたから楽だった(本音)
読んでいただき、ありがとうございました!