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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第六話 そして二人は岐路に立ち
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第六話 そして二人は岐路に立ち エピローグ

 涼しい風が吹いている。

 北国であるアルジャーク帝国の冬は、早くまた長い。それはつまり夏が短くすぐに涼しくなるということだ。


 昼間はまだまだ温かくともすれば汗ばむような陽気だが、このごろは夜になれば肌寒い風が吹くようになってきた。


「デザートはいかがいたしますか、陛下」

「そうだな、では果物だけいただこうか」


 アルジャーク帝国帝都ケーヒンスブルグにある皇帝の住まう宮殿、その一角に設けられた皇后の私的な中庭で、帝国で最も高貴な夫婦が食事を楽しんでいた。言うまでもなく、皇帝と皇后の二人である。会場が皇后の私的な空間であることから分るように、皇后が皇帝を昼食に誘ったのである。


 何気ない食事の誘いのように思えるが、実はそれなりに意味がある。

 皇帝と皇后はこのところ不仲になっていた。原因は南方遠征軍総司令官の人選だ。皇后はレヴィナスを推したが、結局はクロノワがその役を拝命した。


 もちろんレヴィナスがこの件を断りクロノワを推し、そして皇帝がそれを了承したのは理由があってのことだが、皇后にしてみれば面白くない。皇帝の執務室に怒鳴り込んで喚き散したりもした。しかし決定は覆らずクロノワは今、総司令官として遠征軍を率いカレナリアにいる。


(ここら辺りが潮時、そういうことなのだろう)


 皇帝ベルトロワは妻の心情についてそう洞察する。

 彼女が皇帝の執務室に怒鳴り込んだことは、その日のうちに宮殿中に知れ渡っている。皇帝と皇后の仲が不穏になっている、などという噂は醜聞に属するし、なによりも事実であるからたちが悪い。


 つまりこの食事会は「もうこの件は終わりにしましょう」という、皇后からの終戦の意思表示なのだ。


 その胸の内の本当のところはどうか分らない。しかし表向きはこれで終わりであり、この先なにか文句を言うことはない、ということなのだろう。少なくともベルトロワはそう解釈した。


 二人は今大理石で作られた東屋にいる。柱にはつる草が巻きつき、天井は緑の葉で覆われ陽光を優しく遮っていた。


「そういえば最近、おいしいハーブティを手に入れましたの」


 デザートの果物も食べ終えちょうど食後のお茶が欲しくなったころ、皇后が見計らったようにそういった。なんでも最近愛飲しているという。


「そうか。では、是非いただきたいな」


 皇帝としてはそう答えるのが礼儀というものだろう。皇后は優雅に微笑むと、白磁器のティーポットに乾燥したハーブを入れお湯を注いだ。ハーブティはブレンドされたものらしく、何種類かの葉やベリーを認めることができる。


「どうぞ」


 皇后が二つのティーカップにお茶を注ぎ、その一つを皇帝に差し出した。お茶の色は薄い黄緑といったところだろうか。


「ふむ。清々しい、良い香りだな」


 程よく蒸されたのか、ティーカップからは鼻に抜けるような爽やかな良い香りがした。ベルトロワはまずその香りを楽しんだ。


 本来ベルトロワはもっと重厚で芳醇な香りのお茶やお酒を好む。臣下も彼の好みを良くわきまえていて、お茶を要求してもこういった類のティーカップを持ってくることはない。そのせいか、皇后が用意したティーカップは新鮮に感じられた。


 ティーカップに口をつける。毒見の必要はない。これは皇后が手ずから入れたお茶で、彼女が愛飲しているものだ。なによりも先に彼女が口をつけている。


 ハーブティは少しクセのある味だった。だが飲みにくいわけではない。クセの強い、薬っぽい味のする紅茶などもあるが、そういったものと比べれば断然飲みやすいだろう。


「もう一杯、いかがですか」

「そうだな、いただくとしよう」


 空になった皇帝のティーカップに皇后が二杯目のお茶を注ぎ、そのまま自分のティーカップにも二杯目を注ぐ。


 それから他愛もない話をした。

 どの時代いずれの国でも同じなのだろうが、話すのは女性で聞くのは男性だ。話題はころころと取りとめもなく変わっていく。宮中で囁かれている噂話から最近流行りのドレスまで、話の種は尽きることがない。


 ベルトロワはよき聞き役に徹していた。頷き相槌をうつ。時には質問をして話しを振ってやる。


 皇帝と皇后の二人ともが優れた話術を持っている。そんな二人の会話は、途切れることなくまるで流れるように続いていった。


「さて、そろそろおいとまするとしよう」


 そういってベルトロワはティーカップに残ったハーブティを飲み干し、立ち上がった。それを見た皇后は残念そうな表情を見せる。


「あら、もうそんな時間ですか?名残惜しいですわ」


 と言いつつも無理に引き止めるような事はしない。ベルトロワの一歩後ろについて、中庭の入り口まで彼を送っていく。


「そういえば今日の午後は何をなさいますの?」

 さも今思いついた、と言った感じで皇后が尋ねた。


「時間が空いたのでな、久しぶりに馬で遠乗りをしようかと思っている」

「左様でございますか………」


 それを聞いて皇后は内心でほくそ笑んだ。事前に調べたとおりである。

 皇帝の仕事は激務であるが、決して休みが無いわけではない。不定期にではあるが仕事の合間というものがあり、そういった時間を活用してベルトロワは馬で遠乗りをしたり、演劇や演奏会を楽しんだりしていた。


「落馬など、されませぬよう………」


 皇后のその言葉は心配と言うよりは挨拶に近いものだった。第一ベルトロワは乗馬の名手で、滅多なことでは落馬などしない。それゆえ彼は微笑をもって挨拶に代え、食事を楽しんだ中庭を後にしたのであった。



 そのおよそ一時間後、アルジャーク帝国皇帝ベルトロワ・アルジャークは遠乗りの最中に落馬し、意識不明の重体に陥る。その同じ頃、皇后はと言えば午睡のまどろみの中にあったという。

 歴史の歯車の一つは壊れ、一つはずれ、そして一つは動き出した。



―第六話 完―



というわけで「第六話 そして二人は岐路に立ち」、いかがだったでしょうか。

少し、いえ、かなり不完全燃焼な終わり方ですが、この先のことを考えるとここで切るのが妥当かな、と。

第七話はもちろんこの続きですので、そちらを楽しみにしてもらえると嬉しいです。


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