第六話 そして二人は岐路に立ち⑧
「遺跡がぁぁぁぁぁすぅぅぅぅきだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
本日の発掘作業開始を前に、シゼラ・ギダルティは恒例の雄叫びを上げた。周りの人たちは「やれやれ今日もか」といった感じで生温かく見守っている。ニーナもその一人であった。最初これを見たときはさすがに目を点にして唖然としたが、さすがに毎日やられると慣れてしまう。
(慣れって恐ろしい…………)
いつから自分はこんなにも変人に慣らされてしまったのだろう。まあ元凶はおおよそ予想が付くが。ちなみにイストは、
「アレは魂の叫びだから、気にしちゃ駄目だぞ」
と言って、当初からほとんど気にしなかった。さすが耐性が違う。
「さて、開始の合図もかかったことだし、お仕事始めますか」
そういってイストは吹かしていた煙管型魔道具「無煙」を片付け、「光彩の杖」を手にして立ち上がった。現在発掘作業を行っているハーシェルド地下遺跡は、地下にあるため当然中は暗い。イストとニーナという古代文字の解読要員は別々に作業をすることが多く、ランタン型の魔道具である「新月の月明かり」はニーナが使うため、イストは「光彩の杖」を松明代わりに使っていた。
純粋な照明用の魔道具である「新月の月明かり」は、一度魔力を注げば一定時間明りが持続する。しかし“描く”ことに重点を置いている「光彩の杖」は、魔力を込め続けなければ光を維持できない。大した量ではないとはいえ、一日中魔力を込め続けなければならなかったイストは、一日の作業の終わりには流石にヘロヘロになっていた。とはいえこれは最初の頃の話で、今は要領よくやっているのかかなり余力を残している。
ただ「光彩の杖」を使うことにもメリットがある。光の強さや範囲をかなり自由に変えられるのだ。それに火を使うわけではないので、酸欠や大事な壁画やレリーフを焦がしてしまった、などという事態も避けられる。まあこれは「新月の月明かり」を使っても同じだが。
「あ、師匠。今日の昼食はバーベキューですから、忘れないでくださいね」
「ん。了解」
普通昼食は各自が空いた時間に勝手に食べている。だが発掘隊では週に一度、昼食にバーベキューを催していた。これは基本休みなしである発掘作業の合間のレクレーションであると同時に、毎日同じ作業をしているがゆえに希薄になりがちな曜日感覚を整える狙いがある。
まあ細かい狙いは別としても、みんなでワイワイガヤガヤ騒ぎながらご飯を食べるのはなかなか楽しいものだ。そしてご飯はすきっ腹に食べるのが一番おいしいと相場が決まっており、そのためにも午前中忙しく働かなければなるまい。
「んじゃ頑張って働きますかね」
イストは楽しそうだった。というかもともと彼の趣味は遺跡巡りで、バーベキューなど関係なしに毎日楽しそうに発掘作業に勤しんでいる。
(いいですけど………、別にいいですけど………!)
師匠の趣味につき合わされているニーナとしては少々納得のいかない部分もある。彼女がしたいのは魔道具職人としての修行であり、決して遺跡の発掘調査ではない。とはいえ元来真面目な性分のニーナ。不本意とはいえ受けてしまった仕事を、サボったり放り出したりなどできるはずもない。さらにいえば彼女、好奇心も強い。未知を掘り出す遺跡発掘は彼女の好奇心を刺激するらしく、なんだかんだ言いつつも結構楽しんでいるニーナであった。
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ハーシェルド遺跡はトロテイア山地を通る巡礼道から外れて少し山地に分け入ったところにあり、今から三五〇年ほど昔に建てられた遺跡である。遺跡自体、当然のように荒れている。成長した木の根が石畳や壁を壊していたり、雨風による風化も見受けられる。人為的と見られる破壊痕は別としても、かなり痛んでいるといえるだろう。
ならばその地下にあるハーシェルド地下遺跡がさらにひどい状態であることは、想像に難くない。伸びてきた木の根が壁を崩し、また道を塞いでいるなどということは良くあるし、そもそも土に埋もれてしまっている部分もある。障害物を撤去しながら行う発掘調査は思うようには進まなかった。
「障害物が残っているのは盗掘されていない証拠です。嬉しい悲鳴ってヤツですよ」
シゼラが言っていた「状態のいい遺跡」というのはつまりそういうことらしい。頭の悪い盗掘者たちのせいで遺跡の一部が破壊されてしまえば、そこにあったであろう過去からのメッセージを受け取ることは不可能になってしまう。考古学者にとってそれはなによりも悔しいことらいし。イストにしても真新しい破壊痕が残る遺跡は幾つも見てきたため、その気持ちは理解できた。
足元に注意しながら、地下遺跡をすすむ。石畳が崩れていたり、落下してきたであろう天井の一部が転がっていたりと、地下遺跡の足元は劣悪だ。足元に視線を落としながら進むイストは、幾つ目かの“それ”を見つけた。
「ここにもあったか、コレ」
イストのいう“コレ”とは、円の中に古代文字が刻まれた、ただそれだけのものだ。円の内側,その円周に沿うようにして古代文字が彫られている。石畳自体が損傷しているため古代文字には欠落が見られるが残っている文字から察するに、この単語は“炎”という意味の古代文字であったはずだ。
(コレ、見れば見るほど魔法陣に似てるよな………)
とはいえ、さすがにこの単純な図形が魔法陣であるとは思えない。だからイストはこれについて意見を求められたとき、「魔法陣を模したものだろう」と答えた。
(でも数が多いんだよな………)
これが本当に魔法陣を模しただけのものであれば、実用的な意味はなんら無く、純粋に装飾としてここに彫られたことになる。だがそれにしては数が多いし、なにより装飾としては華やかさに欠ける。
「彫られた場所に意味がある、とか?」
それはあるかもしれない、とイストは思った。特定の方角や家の造りのある部分に呪い的な意味を求める習慣は大陸中に存在する。地下遺跡の地図を作り、この“魔法陣モドキ”の位置を記入すれば何か分るかもしれない。
「まあいい。本職の学者さんに任せるとしよう」
それ以上の考察はさっさと放棄してイストは足を進める。見れば照明が来ないために他のメンバーが足を止めてしまっている。軽く侘びを入れてから、一同はさらに奥を目指して行く。
「ここですね………」
足を止めたのはとある部屋の前だ。どんな部屋なのかは分らない。なにしろこれから入って調べるのだ。だが、部屋の入り口は伸びてきた木の根によって塞がれ、人が入れるような隙間は無い。
「じゃ、イストさん、お願いします」
そう言われて、イストは「ロロイヤの道具袋」から一本の大振りなナイフを取り出した。飾り気の無い刀身は漆黒で、しかし鏡のように輝いていた。
魔道具「真夜中の切裂き魔」。
イストが弟子時代に作ったもので、もともとは辺りが暗くなると切れ味が増すナイフを作りたかったのだが、その頃は知識と技術と発想力が足りておらず、仕方が無いので明るいと切れ味が悪くなるナイフにした。「何がしたいのか良く分らん」とは師匠であるオーヴァの談。しかも「切断」の術式も刻印してあるため、もはや「魔力をこめると切れ味が増すナイフ」、つまり魔道具としてはごく一般的なものになってしまっている。ただ魔道具としてはともかくデザイン(素体も既製品だ)は気に入っているのか、こうしてちょくちょく使っていた。
ナイフに魔力を込め木の根を切断し取り除いていく。人が通れるだけの空間を確保すると、イストはまず「光彩の杖」で部屋の中を照らし、様子を確認した。
「ふむ」
中はやはり荒れていた。しかし足元に注意していればさして問題はないだろう。部屋の中には大きな柱が四本立っており、一番奥の壁には壁画が描かれていた。
「ん?これは、壁画じゃなくてレリーフかな?」
近づいて照らしてみると、確かに壁に彫り込まれたレリーフであった。そこに色がぬられていたことで壁画にも見えたようだ。
「これは御霊送りの神話か………?」
壁に描かれているのは、どうやら御霊送りの神話をモチーフにしたものらしい。大雑把に描写すれば、下部に祈りを捧げる人々、上部にそれを見下ろす神々、その真ん中に神界の門と思しきもの、といったところだろうか。さらに所々に古代文字で説明のようなものが付いている。
「え~と、なになに、あ~擦れてて読めないな………。『種』か……?『光』………?『入れよ』………?いや、『込めよ』………か。『園』への………『道』?門じゃなくて?あ~これ以上はよくわからん」
文字の欠けた単語を推測しながら読んでいくのは大変である。それにこの内容、少しばかり気になるところがある。ほとんど思いつきだし、確証もなにも無いので口に出すことはしないが、だが………。
(もしそうだとしたら、ヤバくないですか、コレ)
解釈次第だが、教会が主張する御霊送りの神話を否定することができる。まあ、一つの文でもその解釈は多岐に及ぶ。わざわざ不都合な解釈を教会が認めるとは思えない。まして本職の考古学者でもないイストが何を言ったところで、御霊送りの神話が揺らぐことなどありえまい。
「どうですか、イストさん。読めそうですか?」
難しい顔で壁画と睨めっこしているイストに、発掘隊のメンバーの一人が声をかける。自分が感じた違和感や疑問は表に出さず、彼はただ肩をすくめた。
「いや、劣化がひどくて断片的にしか読めないな」
「そうですか………。まあ、予想の範囲内ですけどね」
どうやらこの壁画のほかに四本の柱にも古代文字でなにか書かれているらしい。そちらの解読も頼まれたイストは、壁画を一瞥してから四本の柱の一本に近づいていった。
**********
発掘作業は基本的に夕飯までである。つまり晩御飯を食べた後は次の朝まで各自の自由時間となる。魔道具職人(とはいってもまだ見習いであるが)であるその自由時間を利用して二つ目の課題のレポートを作成していた。
師匠であるイストから出された二番目の課題は「光彩の指輪」という魔道具である。これは名前からわかるように、イストが使っている「光彩の杖」の指輪版である。実際はイストが「光彩の指輪」を杖にして作り直した、といったほうが正しいが。なぜわざわざそんなことをしたのかと聞くニーナに対し、イストはこう答えた。
「だって指輪じゃ振り回せないし、ぶん殴れないだろう?」
いろいろと残念な回答で、聞かなきゃ良かったとニーナが思ったのも仕方がないことであろう。
ちなみにニーナは後にこの魔道具を使って魔導士ギルドのライセンスを取得する。また、師匠であるイストがしているように、刻印作業もこの「光彩の指輪」を用いて行うようになる。随分と長い付き合いになる魔道具を、今作ろうとしているのだ。
「あ~、駄目だ」
レポートをまとめているニーナと「新月の月明かり」を挟むようにして、座ってなにやらペンを走らせているイストがそんな声を上げる。
「どうしたんですか?」
「設計が上手くいかない」
止めた止めた酒でも飲もうっと、と言ってイストは道具袋から酒の入った「魔法瓶」と杯を取り出す。
「どんな魔道具なんですか?それ」
「なんて言うかな………、灯台と専用のコンパスをセットにした魔道具、かな?」
コンパスは北を指し示す道具だが、イストが今考えている魔道具はあらかじめ目印となる「灯台」を設置しておき、その「灯台」を指し示すコンパスをセットにしたものだ。
「つまり、目的地がどの方向にあるかが分るわけですね」
「まあ、そうだな。だけど使い方はそれだけじゃない」
そう言ってイストは地図を取り出した。そこに描かれているのはエルヴィヨン大陸と、その南方に位置する島々だ。
「例えばこの辺りに灯台、つまり目印となる魔道具を設置しておく」
イストが「光彩の杖」を使って地図上に一つ光点を置く。ちょうど今彼らがトロテイア山地の辺りだろうか。
「そしてコンパスが指し示す方角がこれ」
地図上に置かれた光点から一本の線が伸ばされる。ちょうど極東の港、独立都市ヴェンツブルグを通るような感じだ。
「つまり、コンパスを持っている人間はこの線上のどこかにいるというわけだ」
イストはそう言うものの、ニーナとしてはそれの何処が凄いのか良く分らない。ましてや今見ている地図は大陸の全体図で、そこに引かれた線上のどこかといわれても、それはなにも分からないことと同義ではないだろうか。
「じゃあ、こうしたらどうだ?」
そう言ってイストはもう一つ光点を地図上に置いた。今度はアルジャークとオムージュの旧国境線近く、リガ砦の辺りだろうか。そしてそこからもう一本線を引く。その線の伸びていく先には………。
「あ………!」
地図上に引かれた線が交点を作る。それはすなわちコンパスを持っている人間の位置が特定できたということだ。
「でもやっぱり大陸規模じゃあんまり意味がないですよ」
陸上であれば通ってきた街道や近くにある街、森や山の位置から自分が何処にいるのかは大雑把には分る。それこそこんな魔道具など使う必要などないのではないか。
「陸上だとそうかもな。だけど………」
二本の線が動き、交点を海上に持ってくる。そこでニーナは眼を見開いた。確かになにも目印となるものがない海上で、大雑把にでも現在位置が分るのはありがたいだろう。
「こいつは元々船に載せて使うことを想定してるんだ。だけど………」
そこでイストは言葉を濁した。
「設計が上手くいかない、ですか………」
その言葉をイストは苦笑いを浮かべて肯定した。
問題になっているのは魔道具のサイズだ。通信用魔道具「共鳴の水鏡」をみれば分るように、二つの魔道具の間に距離があればあるほど、そのサイズは大きくなっていく。目印として固定しておく灯台は良いとしても、その方向を指し示すコンパスは小型化しなければ使い物にならないだろう。
「ちなみに今回の設計ではどれくらいの大きさになったんですか?」
「直径3メートル。ワースト記録は更新しなかった」
最も小さいサイズでも、直径は1メートルを越える。しかもこれは設計段階のサイズだ。実際に作り始めたとき、さらに大きくなってしまうことは想像に難くない。せめて30~50センチくらいのサイズにしないと使い勝手が悪すぎる、とイストは言った。
「空間系の理論にも手ェ出してみないとかねぇ………」
やりたくないな望み薄だな、とそんなことをぼやきながらイストは杯を傾ける。と、そこへ………。
「晩酌をご一緒してもよろしいかな?」
つまみをのせたお皿を片手にジルドが近づいてきた。どうやらイストの酒が目当てらしい。持参したつまみは今日の午後、彼が街まで買出しに行ったときに買い込んできたものだろう。
つまみをつつきながらイストから借りた杯を傾け、しばらく他愛もない話が続く。
「そういえばイスト、お主の趣味は遺跡巡りであったな。ここで何か面白いものでも見つけたか?」
「面白いもの、か。まあ、気になるものは二・三個あったけどな」
イストがそういうと、ジルドは興味を持ったようだった。
「是非、聞きたいものだな」
「そうだな………」
さて、どれから話したものか。