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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第六話 そして二人は岐路に立ち
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第六話 そして二人は岐路に立ち⑥

おかげさまでお気に入り登録件数が1500件を突破しました!


読んでくださっている方々に、心から感謝したいと思います。

本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

 千年の昔、エルヴィヨン大陸は大小さまざまな国々が入り乱れた戦国時代でした。


 戦いに疲れた人々は、神々に救いを求めました。


 大陸のほぼ中央にあるアナトテ山にある、とある教会の神殿にも多くの人々が救いを求めてやって来ました。


 神殿の門前にはパックスの街がありました


 神殿と、そして神殿に入りきれない人たちはパックスの街で、神々に乱世からの救いを求めて祈りました。


 そして、ついにその祈りは聞き入れられたのです。


 人々の敬虔な祈りに心を動かされた神々は、神界の門を開きパックスの街とそこにいる人々を神界に、争いのない世界へと引き上げたのです。


 それから神々は神子を選んで世界樹の種をはめた腕輪を与え、こう言われました。


 「あまりに多くの人が肉体の器をつけたまま神界の門をくぐることは良くない。神子が敬虔な人々の魂を伴ってその門をくぐる。一度にただ一人、神子だけがその門をくぐるのである。そしてその腕輪を受け継いだものが次の神子となる」


 世界樹の種が赤く光る頃、神子は御霊送りの祭壇で祈りをささげ、神界の門をくぐるのです。


 神界に引き上げられたパックスの街は、今は大きな湖になっています。


 その湖を望む御霊送りの祭壇は、今日も神界の門が開くのを待っているのです。


 ………「御霊送りの伝承」、カルバン・キャンベル記す。


**********


「賛成四、反対二、棄権一でこの議案は可決されました」


 議長役の枢機卿のその声が議場に響き渡ると、枢機卿の一人カリュージス・ヴァーカリーは深い深い嘆息のため息をついた。


 ポルトールの西にラトバニアという国があり、そのさらに西にジェノダイトと言う国がある、と言う話は前にした。そのジェノダイトの北にはサンタ・ローゼンが位置し、その東つまりラトバニアの北にはサンタ・エルガー、その北にはサンタ・シチリアナ、その西にサンタ・パルタニアがそれぞれ位置している。


 この「(サンタ)」の名を冠した四ヶ国こそ世に言う「神聖四国」である。この「(サンタ)」の名こそが神聖四国と教会の深い結びつきを内外に示すものであり、これによってこの四カ国は国力でも武力でもなく尊厳や敬意、簡単に言えばエルヴィヨン大陸中の信者から支持を得られると言う点で、他の国々と太い一線を画している。


 神聖四国はエルヴィヨン大陸のほぼ中央部に位置している。そのためか大陸における歴史の主役となることも多く文明の成熟も、たとえばアルテンシア半島やアルジャークなどと比べると早かったが、そのためか今は腐敗し腐臭を放ち始めてさえいた。


 そして、その腐敗と腐臭の源ともいうべき場所が、教会ひいてはその最高意思決定機関「枢密院」なのである。


 枢密院は本来教会の象徴たる「神子」の補弼機関なのだが、神子が組織運営に口を挟むことはまずないため、事実上の最高意思決定機関となっている。歴代の神子の中には枢密院の決定に異を唱えた人物もいたらしいが、当代の神子であるマリア・クラインがそれをすることは考えられない。そもそもかの人は組織運営などから意図的に身を引いている感がある。


 枢密院は七人の枢機卿から構成されている。議長役は持ち回りで、なったからと言って何か特権があるわけではない。強いて言うならば、議題を選べることだろうか。それにしても結局全て扱うことになるので、有って無いようなものだろう。


 さて、今回の議案は「アルテンシア半島への十字軍派遣について」である。その内容について簡単に説明するならば、神聖四国および周辺諸国に号令をかけて十字軍を組織し、アルテンシア半島に派遣するというものだ。その大義名分として掲げられた文句は、


「教会の教えを受け入れないアルテンシア半島の住民を改宗させ正道をなす」

 というもので、これは翻訳すると


「アルテンシア同盟が弱っているこの好機に半島を侵略し甘い汁を吸おう」

 となる。


(なんとも情けない………)

 カリュージスは頭を抱えて嘆息した。


 どれだけ大仰な大義名分を掲げようとも、やろうとしていることは強盗や盗賊となんら変わらない。しかもそれを宗教組織である教会が旗振りをして、率先してやろうとしているのだ。もはや救いようがないと言っていい。


(そもそもその理由からしてまともではない………!)


 アルテンシア半島での計画的強盗行為が画策された理由は、ひとえに遊ぶ金欲しさである。


 教会はこれまで年間の活動予算のおよそ三割を聖銀(ミスリル)の売却益でたたき出してきた。しかしあろうことかその聖銀(ミスリル)の製法がどこからともなく漏洩してしまったのだ。しかも気がついたときには大陸中の不特定多数の工房に製法がばら撒かれており、もはや手の付けられない状態であった。


 しかし、この状態でもまだ教会は優位にあったといっていい。


 いくら製法がばら撒かれたとはいえ、教会には今まで蓄積してきたノウハウと流通網がある。その二つを駆使すれば、たとえ聖銀(ミスリル)の価格が下がったとしても市場で大きなシェアを独占し、大きな利益を上げることは十分に可能なはずであった。


 しかし、それも今となっては時すでに遅し、である。


 監査という名の魔女裁判と醜い責任の押し付け合いに、教会は時間を費やしすぎた。さらに言えば一部の者は、各々の工房の利ザヤをはねて「濡れ手に粟」を企んだりもしたが、如何せん範囲が大きすぎ上手くいかなかった。


 後に歴史家たちが分析するところの「過去の栄光にすがりつき現実を直視しなかった」がゆえに、教会は時間を浪費し自らその優位性を崩してしまった。しかも「教会の威光があれば高くとも売れる」と高をくくって値下げを行わなかった。もちろん他と比べて明らかに高い聖銀(ミスリル)が売れるはずもなく、教会は年間活動予算のおよそ三割を丸ごと失ったのである。


 しかしこの三割、言ってしまえば遊ぶ金である。清貧を旨とする教会の教えに立ち返り、豪遊を自重すればそれで問題はなかったのである。


 だが教会は、その僧職者たちはそうしようとはしなかった。


「お金がないから遊ぶのは我慢しよう」

 と考えるのでなく、


「お金がないなら他から奪えばいい」

 と彼らは考えたのである。


 考えただけではない。その考えはまたたく間に広がった。一介の僧職者のみならず枢機卿までもが、神聖四国の重臣たちに働きかけアルテンシア半島への十字軍の派遣を形にしていった。神聖四国にしても教会が旗振りをする遠征に乗っかれば、自然と多くの兵が集まり容易に征服ができるという思惑がある。まして今アルテンシア半島は混迷を極めており、まさに千載一遇の好機ではないか。


 教会も神聖四国も、そして同調してくるであろう周辺諸国も、誰も彼もがアルテンシア半島を狩場としてしか見ておらず、そこで他人の犠牲の上にわが世の春を謳歌することを心に決めていた。


(あるいは教会はもう駄目かも知れぬ………)


 個人の欲望に組織が振り回されているのである。まともな状態であるとは到底いえない。仮に十字軍の派遣が上手くいったとして、そこで得られる富は結局「一時的な収入」でしかない。いずれは尽きることが目に見えており、そうなったときに教会は再び流血を求めるのであろうか。


(話しにならぬ………)


 そうなれば教会はもはや盗賊となんら変わらない。他人の戦力を当てにした遠征がそう何度も成功するとは思えないから、最後に待っているのは敗北、それも「教会が旗振りをした十字軍の敗北」である。尊厳と信頼を失った教会に、国土と国民を持たない教会に何が残るのだろう。


(あるいはその敗北、今回訪れるかも知れぬな………)


 アルテンシア半島を征服していったその先に待っているのは、かの英雄シーヴァ・オズワルドその人である。そして彼が率いるのは追い詰められたアルテンシア半島の人々だ。欲望で結びついただけの烏合の衆が、さてどこまで拮抗できるか。


 はぁ、とカリュージスは三度嘆息のため息をついた。


「悩み多き昨今ですな、カリュージス卿」

「これはテオヌジオ卿」


 後ろからカリュージスに声を掛けてきた男の名はテオヌジオ・ベツァイ。年の頃は五十半ばだっただろうか。少々痩せすぎで頬がこけているせいか年齢よりも老けて見えた。彼もまた枢機卿の一人で、枢密院にあっては珍しい宗教家というのがカリュージスの評価だった。


「枢密院にもまともな枢機卿が残っていると分り、少し安心いたしました」


 さきの議決で反対票を入れたことを言っているのだろう。反対票を入れたのはカリュージスとこのテオヌジオの二人である。


「いえ、そのようなことは。それに議案は可決されてしまいました。否決できなければさして意味はないかと」

「そう、そこです」


 テオヌジオの穏やかだった目が、若干鋭くなる。


「良し悪しは別として十字軍の派遣は大きな動き。それに便乗してよからぬ事を考える輩もいましょう。カリュージス卿におかれてはくれぐれも神子様に危害が及ぶことのなきように」


「それは無論のこと。我が職責にかけて必ず」


 カリュージスがそういうとテオヌジオは満足したように微笑んだ。

 カリュージス、というよりもヴァーカリー家は代々神殿と御霊送りの祭壇の警備を担当している。当然、神子の身辺警護もその職責の範疇内だ。そしてその家業が、カリュージスを若くして枢機卿の地位につけたともいえる。


「そういえば、知っておりますかな」


 今思い出した、と言った感じでテオヌジオは話題を変えた。なんでもジェノダイトとサンタ・ローゼンの国境付近、トロテイア山地の巡礼道を少しそれたところにあるハーシェルド遺跡の地下に新たな遺跡が発見されたという。


「その遺跡はどうやら千年近く昔の、しかも教会に関係する遺跡らしいのですよ」

「およそ千年前、ですか。御霊送りの神話が生まれたのも、ちょうどそのころと言う話でしたな」


 御霊送りの「神話」といったが、神話と言うには御霊送りの儀式はあまりにも現実味がありすぎる。なにしろ現在進行形で多くの人々から信じられており、ほんの十数年前にも行われている。そしてこの御霊送りの儀式こそが、教会の教義と信仰の基礎を成しているのである。


「カリュージス卿もご存知の通り御霊送りに関する伝承は、あるものは欠落しあるものは改ざんされ本来の形ではなくなっています」


 御霊送りの伝承は大陸中に広がっており、大きく分けても数種類、細かく分類すれば数十種類が存在している。それはある意味で仕方のないことだ。千年に及ぶ伝言ゲームの中で単語が欠落したり、悪意はないにせよ改ざんを受けることはかえって自然でさえある。大元である教会に原本が存在しないことも大きい。


「それで、そのハーシェルド地下遺跡になにか御霊送りに関する情報があれば、と期待しているのですよ」


 テオヌジオは嬉しそうにそういった。枢密院の中にあって敬虔な信仰というやつを持っているのは彼ぐらいなもので、そんな彼だからこそ信仰の基礎となる教義が正しくされるのはそれだけで嬉しいのだろう。


「我々としても何か援助をしたほうがいいかもしれません」


 遺跡の発掘調査への援助程度であればわざわざ枢密院に諮る必要もない。枢機卿たるテオヌジオ一人の裁量でできる。


「そうですな………」


 カリュージスは曖昧に返事をした。彼としてもその新たに見つかった地下遺跡とやらには興味がある。その興味はテオヌジオとはまた方向のものだが、それだけに切実で必死でさえある。


(探らせてみるか………)


 御霊送りと関係ないならばそれでよし、関係あるのであれば必要な手を打たねばなるまい。事実だの真実だのというヤツは、すでに起こったことであるから動かし難くそれゆえに厄介だ。明らかになっては困るものもあるから、なお性質が悪い。


(アレは、アレだけは明らかになっては困るのだ………!)


 そう、とても困るのだ。



次からはイストのターン!

お楽しみに。

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