第五話 傾国の一撃 エピローグ
戦場に突如として現れたカンタルク軍はラディアント軍の側面を強襲し、最初の一突きで戦線を崩壊させ、二突き目で敗走させた。
その後は一方的な展開である。もはやただの集団に成り下がったラディアント軍をカンタルク軍は日が暮れるまで追撃し続けた。ちなみにランスローもアポストル軍を率いてその追撃に加わっていたのだが、付いて行くだけで精一杯だったと言うから、その勢いたるや凄まじいものである。
この戦いでラディアント公は派閥に属する貴族の当主三分の一と旗頭にしていたラザール王子を失った。ラディアント公自身は逃げ延びたようだが、この一戦でポルトールの趨勢は決まってしまった。
ラザール王子の戦死については、アポストル公も複雑そうだった。敵対派閥に担がれていたとは言え、彼もまた王族であることに変わりはない。生きている間はむしろ邪魔でしかなったはずだが、死んでしまうとやはり臣下としては思うところがあるらしい。後日、国葬を執り行うと発表した。
その後の動きは、呆れるくらいに速かった。
戦いの次の日には、略式ではあったがマルト王子の戴冠式が行われ、マルト・ポルトール国王陛下が誕生した。お飾りの王であることについては十人中十人の意見が一致しており、実質的にアポストル公がこの国の実権を握ったのである。
戴冠式のすぐ後、新国王の名前で勅令を出させ、宰相位についたアポストル公はすぐさまラディアント公の討伐命令を出した。もちろん彼の派閥の軍だけでは対処しきれないのは目に見えているため、討伐軍の中核をなすのはカンタルク軍である。身内の問題を片付けるのに因縁の敵国の力を当てにしなければならないとは、なんと情けない体たらくであろうか。
ランスローも一軍を任されてこの討伐軍に参加したのだが、なによりも彼を驚かせたのはカンタルク軍を率いるウォーゲン・グリフォードの掌握能力であった。彼の命令は末端の兵士に至るまでもれなく伝えられ、そして実行されていく。組織としての差を見せ付けられ、ランスローとしては唸るしかない。
またウォーゲンは進軍するに際し、一般住民に対する一切の暴行と略奪を禁じた。彼にしてみればここポルトールは敵国でしかなく、しかもその敵国の政治闘争に巻き込まれて戦っているような状況なのに、である。
「流血は戦場にとどめておかねばならぬ」
ウォーゲンがポツリともらしたその言葉は、ランスローに深い感銘をあたえた。
「困ったことになった」
ウォーゲン・グリフォードはポルトールを内戦に放り込んでくれた張本人である。それなのにランスローは彼を尊敬し始めている。やれやれ困ったことだと、ランスローはさして困っていない声でぼやいてみせるのだった。
ただウォーゲンにしてみれば、単純に道徳的人道的な理由で略奪や暴行を禁じたわけではない。彼の最大の目的はポルトールを属国にすることであるから、属国化して長期的に富を搾り取るためには、ここで短気を起こして略奪や暴行を行い住民のカンタルクへの感情を悪化させるのは良くない、とそういう思惑がある。
カンタルクにしてもポルトールは因縁の敵国であり、ウォーゲン個人もこの国に何度となく煮え湯を飲まされているのだ。そういう打算がなければ、理性的に行動するのは難しいのかもしれない。
ただカンタルクと同じくここポルトールでも貴族の力が強く、一般の平民たちの扱いがよくないこともウォーゲンは知っている。平民の出から叩き上げで将になった身としては、そんな彼らにある種の仲間意識を感じてしまうこともまた確かであった。
討伐自体は、さしたる問題もなく簡単に進んだ。
ラディアント公はあのゼガンの門の戦いで戦力を失っている。よって領地に戻って再起を図ろうとしたのだが、いかんせん討伐軍の動きが速すぎた。まともに兵を集める前に攻め込まれ自決した。他の軍閥貴族にしても似たようなもので、ここにおいて軍閥貴族の派閥は名実共に消滅し、ポルトールにおける貴族の数は主観的にも客観的にも半減したのであった。
ティルニア領は無事であった。ラディアント公はティルニア領に残っていた戦力を警戒して押さえの兵を置いていたが、領地に攻め入ることはなかった。なるべく多くの戦力を王都に連れて行きたいと思ったのだろう。
ランスローは領地と妻カルティエの無事を確認すると、何も言わずただ大きく息を吐き出した。彼は領地には戻らず、そのまま軍閥貴族の討伐を続けた。このときカルティエの顔を見に戻らなかった理由を、後に彼はこう語っている。
「貴族として言えば、ポルトールの問題をカンタルク軍に任せておくわけにはいかなかった。個人として言えば、人殺しの顔を彼女に見られたくなかった」
ラディアント公の、軍閥貴族の討伐は、さしたる被害もなく終わり、ここにポルトールの内戦は終結したのである。
戦いが終わったのであれば、次は論功行賞をしなければならない。ありがたいことに分け与えるべき土地は山ほどある。無論、もともとラディアント公の派閥に属していた貴族たちの領地である。
意外なことにカンタルク軍は土地を一欠けらも要求してこなかった。その代わりにウォーゲンが求めてきたのは以下のことであった。
十五州分の租税を毎年貢としてカンタルクに収めること。塩の関税の九割引き下げ。今回の遠征費の全額負担。さらにカンタルクから監査団を派遣し、今後ポルトールの政は彼らと協議した上で行うこと。
事実上の属国扱いであった。アポストル公もそれは重々分かっていたが、今まで散々力を借りてきた以上、嫌とも言えない。頬を引きつらせながら了承した。
カンタルク軍の次は自分の派閥の貴族たちに恩賞を与えなければならない。もっとも自分の土地を与えるわけではないし、アポストル公も大盤振る舞いするつもりでいた。ただ、何かにつけて考えてから行動しなければならないのが政の世界である。
今回の戦いで最大の功労者は間違いなくランスローである。彼がゼガンの門を使えるようにし、さらに前線指揮を執ったおかげでアポストル軍は劣勢ながらもカンタルク軍が来るまで持ちこたえられたのだ。もっともカンタルク軍は早めに到着し、機を窺っていたわけであるが。
最大の功労者がランスロー、というかティルニア伯爵家であるからといって、あまりに大きな恩賞を与えると、今度は身内びいきのそしりを受けかねない。アポストル公爵家の取り分はまた別にあるのだから。
そんな感情問題に配慮しつつ、アポストル公がティルニア伯爵家に与えた恩賞は、国の最南部の「沿岸地方一帯、ただし塩田を除く」であった。これを知ったときランスローは「そう来たか」と苦笑をもらしたものである。
沿岸地方一帯は複数の州にまたがっており、その面積を合計すれば二州強といったところである。面積だけを考えれば広大であるが、この恩賞で貰い過ぎだと感じる貴族はほとんどいないであろう。
ポルトールの第一の敵国は、仮想するまでもなくカンタルクであり、そのカンタルクは内陸国であるから当然陸軍しかない。そうなると自然にポルトールも陸軍に力を入れるようになり、その結果海軍、ひいては海辺の開発自体が軽視されるようになった。つまりポルトールの沿岸部は大して発展していないのだ。
塩田の管理は他の貴族たちが行うようだし、これでは本当に広い土地をもらっただけである。ただ広いことは間違いなく、言ってみればポルトールの海を手に入れたようなものである。その点ティルニア伯はともかくランスローに不満はなかった。
「軍閥貴族が溜め込んでいた財産も分配されて、ちょうど開発資金が手に入った。いっそゼロから始められてやり易いさ」
ランスローはすでに新しい領地の開発計画を考え始めている。それは反面、国政に関わりたくないという彼の願望の裏返しでもあった。
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八月の暮れ、全ての仕事を終えたランスローはティルニア領に凱旋した。カルティエは屋敷の前で夫を出迎えたが、ランスローは彼女の異変にすぐに気がついた。
――――お腹が、大きくなっている。
「………カルティエ………、まさか………!」
「はい、ランスロー様。身籠りました」
数瞬の衝撃の後、ランスローはカルティエを優しく抱き寄せた。
「よくやった………。よくやってくれた………!」
父親となる喜びは深く大きく、そして真剣なものであった。内戦を止められず、あまつさえその舞台で一役買った身として、ランスローは言い様のない罪悪感にかられることがある。そんなときに聞いたこの知らせは、まるで天が慰めてくれているかのように、ランスローは感じるのであった。
大陸暦一五六四年。この年、ランスロー・フォン・ティルニアは二つの宝を手に入れる。その一つ、海岸部の新たな領地が、後にアルジャーク帝国皇帝クロノワ・アルジャークと彼を結びつけることになるのを、このとき歴史はまだ知らない。
―第五話 完―
というわけで「第五話 傾国の一撃」、いかがだったでしょうか。
今回の構図は、「第二王子と第一王子の子どもの後継者争い」という、結構色々なところで使い古されたものです。
ただ多くの場合、内戦に他国の勢力が関わってくることはほとんどありません。(もっとも新月の読書不足のせいかも知れませんが)
というわけで他国の軍が関係してくるとしたらどんな場合だろう、と考え始めたのがこの話の始まりです。
新月なりに頭を捻ってみたこの話、楽しんでいただけたのであればうれしいです。
それではまた次回。
次のお話は「第六話 そして二人は岐路に立ち」
お楽しみに。