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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第五話 傾国の一撃
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第五話 傾国の一撃⑭

 アポストル公は派閥の軍を率いてゼガンの門に陣を張った。


 余談であるがここから先、アポストル公の派閥の軍を「アポストル軍」、ラディアント公の派閥の軍を「ラディアント軍」とそれぞれ呼称する。


 五日前の情報によると、カンタルク軍はゆっくりと南下しているらしい。今のところ略奪などの無法を働いている様子はないという。彼らにしてみれば、そんなことをしなくとも戦利品は約束されているようなものなのだろう。


(だとすれば我々は彼らに貢物を送る僕といったところか………)


 笑えない役回りだ、とランスローは苦笑した。しかも現状その役回りから逃れられそうにないのだからもっと笑えない。


 アポストル軍とラディアント軍の戦端はすでに開かれてしまった。

 ラディアント軍が街道に現れたのは、昨日の夕方のことであった。既に斥候を放ち状況を承知していたのか、ラディアント軍は躊躇なくゼガンの門に攻撃を仕掛けた。


 ランスローも連れてきた騎兵二千騎を率いて戦った。戦況は終止ラディアント軍有利であったが、街道を急いで駆け上ってきた疲れのせいか夜が来ると軍を引き、今は遠目でかろうじて見える程度の距離に陣を張っている。


 城壁の上からランスローが見下ろすと、昨日の戦いで死んだ兵士たちの遺体がそのまま捨て置かれている。完全武装の兵士や馬に踏まれたせいか、もはや人の形を保っていないもの多々見受けられた。


(いずれ必ず埋葬する)

 敵味方関係なく、とランスローは心に誓った。


 ラディアント軍の士気は高い。彼らにしてみればカンタルク軍が来ようが来なかろうが、ここを落とせば勝ちなのだ。いや、カンタルク軍が来て余計な横槍を入れられる前に落としてしまいたい、というのがラディアント公の胸のうちだろう。嫌でも気合が入る。


 加えて、ラディアント軍の陣頭にはラザール王子が立っている。実際に戦うことはないだろうが、それでも甲冑を身にまとって戦場に立ち命をかけて見せることで、敵兵の士気が上がっている。


 対照的に兵の士気がなかなか上がらないのがアポストル軍だった。このゼガンの門がなければ、とうに瓦解していてもおかしくない。アポストル公は、「カンタルク軍が必ずや援軍に来る!」と言って兵士たちを鼓舞しようとしていたが、多くのものは半信半疑、いや信じていない者のほうが多いだろう。昨日の今日、いや今この瞬間でさえ“因縁の敵国”であるカンタルクをそうそう信じられるものではない。当然だ。


 ランスロー自身の士気も上がりきらない。

 本来籠城とは援軍を期待して行うものだ。しかしこの場合、待ち望むべき“援軍”が本来侵略者であるはずのカンタルク軍であるというのは、どういう冗談だろう?しかも本当に援護に来てくれるか、それさえも分らないのだ。待ちに待ったカンタルク軍が敵として現れたとき、自分たちに残されているのは神々を呪う権利だけだ。


(いかんな、指揮官たるものが自分の士気に左右されていては………)


 昨日、ランスローが率いたのは直属の騎兵二千騎だけであったが、今日からは門の外で戦う前線部隊全ての指揮を任されることになっている。


 理由は至極単純なものが二つある。

 一つは彼以外にまともに指揮をとれる者がいないこと。そしてもう一つは部隊指揮官に相当する文官貴族たちが最前線に出ることを嫌がったからだ。


「無駄飯ばかり食う役立たず共が!飯を食わぬ分死人のほうが役に立つ!!」

 ランスローの腹心であるイエルガは、事情を知ると大声でそう罵った。


「無能者にウロチョロされることなく、かえってやり易い」


 そう言ってランスローは彼をなだめた。ランスローとしても心中はイエルガと同じだが、かといっておおっぴら同意するわけにもいかない。だが言葉に毒が混じるのはどうしようもなかった。


(私は聖人君子ではない。かまうものか…………!)


 もとより聖人君子であれば派閥抗争になど関わるまい。ならば自分は俗物で、俗物であるならその辺りが限界だろうと、彼は開き直るのであった。


「ここにおられましたか、ランスロー様」


 声のしたほうに視線を向けてみると、イエルガが城壁を登ってくるところであった。ランスローが前線部隊全てを預かるに際し、彼にはティルニア軍の騎兵二千とさらに歩兵四千を率いてもらうことになっていた。歩兵四千は弱兵の中でも精鋭と呼べそうなものを集めてある。その役回りは遊撃隊で、恥ずかしい話しだが劣勢に陥っている箇所をひたすら援護して回ってもらうことになっていた。


「悪いがかなり本気で期待している」


 アポストル軍は弱くて脆い。一箇所崩れたのを皮切りに全軍が崩壊しないか、ランスローは危惧していた。そうならぬようにイエルガに全てを押し付けようというのだ。おそらく今日の戦い、最も負担が大きいのは彼の部隊だろう。


「大変なのはランスロー様もご一緒でしょう?練度の低い兵を率いて戦わねばならないのですから」


 二人は顔を見合わせて苦笑した。まったく、敵の強さに頭を悩ませるなら本望だが、味方の弱さに苦慮するというのはどうにもやりきれない。


「………もうすぐ日が昇りますな………」


 イエルガが東の空を眺めながら言った。日の出が狼煙の代わりとなるだろう。恐らく今日は一日中戦うことになる。


「さて、いくとするか」

 戦場へ。まさか指揮官が遅れるわけにはいかない。


 生き残れるのか、勝てるのか、それは神々のみが知っている。ランスローはそう思うことにした。


**********


 分っていたことではあるが、アポストル軍は劣勢だった。後ろにゼガンの門があるから崩壊せずに戦っているような状態だ。あの門を使えるようにした自分を褒めてやりたいとランスローは思った。


 イエルガの率いている部隊だけは敵と互角以上に戦って見せている。しかし、劣勢に立たされている部隊を助けるべく戦場を駆けずり回っているせいか、思うような戦果を上げられないでいる。


(とはいえ、そのおかげで戦線を維持しているような状態だが)


 とはいえ劣勢であることは間違いない。このままではジリ貧である。遅かれ早かれこのゼガンの門は落ちるだろう。その前にカンタルク軍が、しかも味方としてきてくれなければ、ランスローは二度とカルティエの顔を見ることはできないであろう。


(なかなかに厳しい条件だ………!)


 ラディアント軍の騎兵隊が突撃を仕掛けてくる。それを認めたランスローは、短く舌打ちをするとすぐに指示を出した。


「槍兵隊密集しろ!腰を落として盾を構えろ!槍を突き立てて騎兵の足を止めるぞ!」


 アポストル軍の兵士たちは不慣れな様子ながらも、ランスローの指示にしたがって動く。ただランスローとしては命令しなければならないことの多さに苛立っていた。さっきの指示にしてもきちんと訓練されていれば、


「槍兵隊、騎兵の足を止めろ!」


 と言うだけでいいのに、具体的な行動まで指示しなければ兵はどう動いていいのか分からないのだ。今回はランスローの指示が早かったおかげか、騎兵の突撃を許す前に隊列を整えることができた。


 整然と突き出された槍の壁に、敵騎兵隊の足が一瞬止まる。そこに城壁から一斉に矢の雨が降り注ぐ。これもランスローの指示だ。


 弓兵のほとんどが城壁の上に配置されている。理由は至極単純で、高いところから射たほうが遠くまで届くから。その弓兵たちにランスローは騎兵を、特に足を止めた騎兵を優先的に狙うように指示を出していた。その理由も単純で、騎兵は的がでかくて当てやすいからである。


 降り注ぐ矢の雨が敵騎兵隊に出血を強いる。矢が刺さり暴れた馬から落とされ、さらには味方に踏まれる敵兵が見えた。


「前進!押し返せ!!」


 ランスローが指示を飛ばすと、そのまま槍を構え密集した歩兵たちが前進し、敵騎兵を押し返していく。本来ならこのまま反転攻勢に出たいのだが、所詮これは局地戦、全体としてはいいようにやられている。まさかこの部隊だけ突出させるわけにもいかず、追い払うだけになる。


「深追いはするな!すぐに次が来るぞ!」


 今しがた得た小さな勝利はすぐに忘れ去り、ランスローは指揮に没頭する。次の敵部隊が整然と隊列を組み迫ってくる様子を、彼は鋭い目で見据えた。


**********


「よく粘るな」


 それがラディアント公の印象だった。正直なところ文官派閥の脆弱な軍など一戦すれば軽く破れると思っていたのだが、なかなかどうしてよく粘る。アポストル軍がゼガンの門に籠もっていたことは可能性としては考えていたし、斥候を放っていたおかげで早期に知ることができたため、驚きはしなかった。しかし、敵前線部隊のあの粘りは想定外だ。敵ながら天晴れ、というべきだろう。


「ランスロー子爵が陣頭指揮をとっているとか」

「ティルニア家に婿入りしたアポストル公の三男坊か」


 彼の名前は知っていた。しかし、王都で政治工作に走り回っていたのは義父のティルニア伯爵だったし、正直なところラディアント公の辞書の彼の項目にはアポストル公爵家の三男坊としか書かれていなかった。


「ふん。婿入り先で無駄飯を食っていた訳ではないということか」


 どうやらランスロー子爵の項目は書き直さねばならないようだ。しかし、この先さらに書きかえる必要はあるまい。なぜなら彼はここで死ぬのだから。


「どれだけ個人の能力が高かろうとも、率いているのは所詮は弱兵。ゼガンの門が落ちるのも時間の問題よ」


 それはランスローも感じていることであったし、もしこの戦いを他の用兵家が観戦していれば同じ判断を下すだろう。


「とはいえそう時間をかけてもおれぬか」


 これがただの内戦であればそれでもいいかもしれない。しかし今回に限っていえば、カンタルク軍が横槍を入れてくる前に終わらせる必要がある。


「予備戦力を投入するぞ。これで終わりにする」


 戦局は最終局面へと転がっていく。


**********


 ラディアント軍の温存されていた予備戦力が動き出したことを、ランスローはすぐに察知した。あれの突入を許すわけにはいかない。許した時点で敗北が決まると言っていい。ラディアント公もここで決めるつもりなのだろう。


 ランスローはすぐに決断を下した。こちらも残っている戦力を全てつぎ込む。


「弓隊、敵突出部隊に矢を集中しろ!!」


 さらに城壁からの援護射撃を動き出した敵部隊に集中させる。今まで援護射撃の笠を被っていたところが劣勢になるだろうが、こちらが優先だ。


「隊列を密にしろ!押し込まれるなよ!!」


 猛烈な勢いで敵が迫ってくる。その突撃を援護する矢の豪雨と迎撃しようとする矢の豪雨が交錯する。


「防げ!!」


 ランスローが指示するまでもなく、兵たちは盾を重ねるようにして降り注ぐ矢を防ぐ。


「迎撃、用意!!」


 矢の豪雨が一段落すると、ランスローはすかさず指示を飛ばす。敵の勢いは若干弱くなっているようにも思うが、まだまだ勢いがある。


 ――――激突。


「持ちこたえろぉぉぉぉぉおおお!!!」


 ランスロー自身も馬上で槍を振るい群がる雑兵を払いのけながら、檄を飛ばす。被害を出しながら、一歩二歩とじりじり押されながらも兵士たちはよく堪えてくれた。


 敵の圧力がだんだんと弱くなり、力が拮抗したその瞬間、


「弓隊、援護!!押し返せ!!」


 ランスローの命令とほぼ同時に城壁から矢が射掛けられる。その援護を笠に押し込まれていたアポストル軍は敵軍を押し返し、押し戻していく。さらに勢いがなくなった敵軍の側面をイエルガの率いる部隊が絶妙のタイミングで突いてくれ、なんとか一回目は防ぐことができた。


 だが防いだだけだ。イエルガにしても他の援護に回らなければならず、効果的に追撃を仕掛けることができない。


(ここは防いで見せたが他がボロボロだ………!)


 やはりというか、援護射撃がなくなったことで劣勢に立たされている箇所が幾つもある。さらに見れば今しがた退けたばかりの敵部隊が、既に隊列を組みなおし再び突撃を試みようとしている。


(ここまでか…………!?)

 諦めが、ランスローの頭をよぎる。


 彼は振れば兵が出てくる魔法の壷など持っていない。よってあの突撃を防ぐには他からも兵を集めなければならない。だがそうすれば別の箇所を破られてしまう。一箇所破られれば、それで終わりだ。


(すまない、カルティエ………!)

 ランスローが死を覚悟したその瞬間、


 ――――戦場が、ざわめいた。


**********


「はっはっは、弱兵を率いてアレを防ぐか」


 街道から少し離れたところにある小高い岡の上に、戦況を眺めて豪快に笑う一人の老将がいた。老人の名はウォーゲン・グリフォード。言わずと知れたカンタルクの大将軍である。


 実際、先程ラディアント軍が仕掛けた突撃は勢いも凄まじく、ウォーゲンもこれで決まるかと思った。しかしその予想は裏切られ、アポストル軍はなんとかしのいで見せた。遠目に認められるアポストル軍の前線指揮官はまだ若く、それがますますウォーゲンを愉快にさせる。


「ですが次はないでしょう」


 同じく戦いを観戦していたウォーゲンの副官の一人、モイジュが冷静にそう判断を下した。一回目の突撃を防ぐだけで被害を出しすぎている。また援護射撃を集中したため他の場所が劣勢に陥り、下手をすれば戦線全体が崩壊しそうな状況だ。


「さよう。ここらが頃合じゃろう」

「では動きますか」

 もう一人の副官、ウィクリフが尋ねる。


「そうじゃな、兵たちも暇を持て余しておる頃じゃろうし、そろそろ動くとするかの」


 ウォーゲンは顔を巡らせて背後を窺う。岡の陰になり街道からは死角になっているそこには、整然と隊列を整えたカンタルク軍十五万が堂々たる軍容を誇っていた。ちなみに残りの三万はブレントーダ砦に残してある。


 アポストル軍とラディアント軍に対し、カンタルク軍はそのどちらの側面をもつけるような位置にいる。街道を大きく迂回したのだ。


 実を言えばカンタルク軍は夜明けの少し後には既にここに到着していた。だがすぐには手を出さず、機が熟すのを待っていたのだ。そして今まさに機は熟した。


 ウォーゲンが腕を上げる。たったそれだけの動作で場が一気に緊張した。


「全軍出撃」


 腕が、振り下ろされた。


**********


 ――――戦場が、ざわめいた。


 街道から少し離れたところにある小高い丘を埋め尽くすように、甲冑を着込んだ大軍が突如として現れたのだ。どうやらその岡の裏に隠れて機を窺っていたらしい。

 その一団が掲げえる旗には翼を持つ獅子が描かれている。


「………カンタルク軍………」

 その呟きは、さて誰のものか。


 カンタルク軍は一瞬の停滞の後、猛然と動き始めた。津波の如くに岡を下り、そして、ラディアント軍(・・・・・・・)に襲い掛かったのであった。


 カンタルク軍がラディアント軍を打ち払っていく様子を、ランスローは半ば以上放心しながら見ていた。


 だんだんと頭に血が巡るにつれ、音がよみがえり、臭いがよみがえり、痛覚がよみがえる。体中の傷が、これは現実であると伝えている。ランスローの胸のうちにふつふつと湧き上がるのは、勝ったという歓喜ではなく、生き残ったという安堵だった。


 ふらつきそうになる体を、馬上から槍を地面に突き立てて堪える。


「命を拾いましたな………」

 こちらも死を覚悟していたらしいイエルガが馬を寄せてくる。


「お互いに、な」


 ランスローがそういうと、二人はふいに笑ってしまった。無性に酒が飲みたい気分だった。


「何をしている!カンタルク軍と共に敵を駆逐しろ!!」


 振り返ると城壁の上からアポストル公が声を上げていた。他の貴族たちの姿も見える。勝利を聞きつけてはい出してきたらしい。


「勝ちが決まったとたんに元気なことだ」


 今まで必死に戦線を支えてきたランスローとしては苦笑するしかない。夢心地からいきなり現実に戻された気分だが、おかげで体に力が戻ってくる。


「さて、もう一仕事、だな」

「御意」


 槍を引き抜く。ランスローは部隊を纏めると、カンタルク軍の後を追い戦場に駆け出して行ったのであった。




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「はっはっは、弱兵を率いてアレを防ぐか」  街道から少し離れたところにある小高い岡の上に、戦況を眺めて豪快に笑う一人の老将がいた。老人の名はウォーゲン・グリフォード。言わずと知れたカンタルクの…
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