第五話 傾国の一撃⑨
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え?微妙にきりが悪い?すみません、100件のときは素で忘れてました・・・・・。
なにはともあれ、これも読んでくださる皆様のおかげです。活動報告にも載せたのですが、改めてお礼を言わせてください。
いつも読んでくださる方々、感想をくださった方々、ポイントを入れてくださった方々、本当にありがとうございます。
特に感想は、時々読み返してはやる気と気力を頂いております。
頑張っていくので、今後とも宜しくお願いします。
「どういうおつもりですか!?父上!」
ダンッ!と勢いよく執務机に両手を付き、身を乗り出すようにしてランスローは父であるコステア・フォン・アポストルに迫った。その声からは、怒りと焦りが感じられる。
「カンタルク軍の世迷言を真に受けて独自に交渉を行うなど………!父上はこの国を内戦で割るおつもりか!?」
事の始まりはカンタルク軍の通達だった。
「和平交渉の相手としてマルト王子を指名する」
この通達が来るより前に、ポルトールの宮中ではラザール王子を摂政とし、この事態の収束にあたるという対応が決定している。であるならばカンタルクとの和平交渉において顔役になるのは、当然ラザール王子であるべきである。いかにカンタルクがマルト王子を指名しようとも、それは突っぱねるべきなのだ。
なのに、アポストル公はこの申し出を受け入れてしまった。
「これはカンタルクと言う国家が、マルト王子を次期王位継承者として認めたと言うことだ!」
ウォーゲンが予想したようにアポストル公はそう主張し己の予測、いや願望を根拠に独自に交渉を開始した。当然、ラディアント公らには秘密裏に、である。
この対応は三つの意味で間違っていると、ランスローは考えている。
まず第一に相手国、ましてや敵国に要求されて交渉の顔役を変えていては、国家の体面を保てない。交渉役が決まっていない段階であるならばともかく、すでに決まっている交渉役を敵国にいわれて変えるなど、そんな馬鹿な話があるだろうか。それは自国が格下であると認めるようなものであり、将来に対して禍根を残すことになるだろう。
ラザール王子を交渉の顔役にというのが曲りなりも国家の決定である。にもかかわらず一部の貴族がその決定を無視し独自に交渉をまとめてしまえば、「国家の意思を貴族の意思が超越する」という悪しき前例を残すことになってしまう。そうなれば国の体制そのものが揺らいでしまう。これが第二の理由だ。
そして第三に、ランスローは現状これが最大の理由だと考えているが、事が露見するのは時間の問題であり、そうなれば間違いなく派閥抗争が激化する。アポストル公もラディアント公も決して引かないだろうから、行き着く先は内戦である。しかもすぐ横にはカンタルク軍という外敵まで抱えているのだ。もし内戦が起これば、将来に禍根や悪しき前例を残す前に、ポルトールと言う国そのものがなくなってしまう可能性が高い。
「どう考えても悪手です!それがお判りにならないのですか!?」
「これしかないのだ!!マルト王子を玉座に就けるには!!」
アポストル公は片手で頭を抱えている。その指の隙間から、睨むようにして彼は自分の三男を見た。その目に狂気が宿っていることはもはや疑いもない。
「それに、お前、ラディアント公がカンタルク軍に申し出た交渉の中身を知っているか?」
「いえ。使者を立てた、ということは聞きましたが。父上はご存知なのですか」
ラディアント公は交渉の内容をおおっぴらにはしていない。父はどうやってそれを知り得たのか。
「カンタルク軍のウォーゲン・グリフォード大将軍から使いが来た」
曰く「ラザール摂政はこのような条件を提示してきたが、これはマルト王子もご承知のことか」
向こうから交渉の相手役としてマルト王子を指名してきた以上、こうやって確認を取るのは当然にも思えたが、ランスローとしてはどうしても「余計なことをしてくれた」とおもってしまう。こんなことをすればアポストル公がますます調子に乗るのが目に見えているではないか。
「奴らはな、国境際の十州をカンタルク側に割譲するといったのだぞ!?」
妥当な線だとランスローは思った。ブレントーダ砦を落とされた以上、もしこれからカンタルク軍と事を構えるならば野戦が主となるだろう。カンタルク軍がまず手をつけるのは国の北部、つまり文官貴族の勢力圏で、彼らだけで敵軍に抗しきれるとは到底思えない。そうなれば十州以上を切り取られてしまうのは目に見えている。
ならば今のうちに先手を打っておこう、ということなのだろう。ラディアント公にしてみればライバル派閥の土地だし、もっと大盤振る舞いするかとも思ったがなかなかに良識的だ、とランスローは判断した。
「なにを馬鹿なことを言っている!?その中には我が公爵家の領地も一部含まれているのだぞ!?」
「父上………!!」
貴方はこの期に及んでまだそんなことを、という言葉をランスローは飲み込んだ。唐突に理解できてしまったからだ。父が狂っているその理由を。
(なんのことはない。もとから狂っていたのだ…………)
事態の進展にともない、狂い始めたのではない。隠していた狂気が、事態が悪化するに連れて表に出てきた。ただそれだけのことだった。
「………安心せよ、ランスロー」
幾分落ち着いた声で、アポストル公は話し始めた。ただその口調はランスローに話し掛けているというよりは、まるで自分に言い聞かせているようである。
「カンタルク軍が交渉の相手役に指名してきたのは我々だ。条件そのものもラディアント公よりもいい。交渉はすぐにまとまる」
「………提示した条件を、教えてもらえますか?」
嫌な予感がヒシヒシとする。
「国の南部から二十州を割譲する、と提示した。飛び地にはなるが、自前で塩を生産できるようになる。奴らにとってもいい話のはずだ」
半ば以上予想通りの答えに、ランスローは頭痛を感じ始めた。南部はラディアント公の派閥の領地。これでは子どもの仕返しと同じだ。
(ラディアント公が認めるわけがない………)
秘密裏に交渉をまとめるとこができても、ラディアント公がその結果を認めなければ、結局内戦が起こる。
――――内戦。
その未来はどうしようもなく避けがたいのではないかと、ランスローは思い始めた。
**********
「これはどういうことだ!コステア卿!」
ランスローがアポストル公と話をしてから数日後、王宮で緊急に催された会議の席でエンドレ・フォン・ラディアント公爵の怒号が響き渡った。彼は優れた騎士としても知られており、その怒号は聞いている人々の腹に響いた。
「ラザール王子を摂政とし事態の収束に当たると決めたはず!にもかかわらず独自の交渉を行うとは、一体どういう了見なのだ!」
糾弾されたアポストル公は苦虫を数十匹まとめて噛み潰したかのような顔をした。彼が秘密裏に進めていた交渉をなぜラディアント公が知りえたかと言えば、当のカンタルク軍がわざわざ使いを立ててきたからだ。
曰く「当方はマルト王子とこのような交渉を行っているが、ラザール摂政はご承知のことか」。
これを聞いたラディアント公は激怒した。剣を手に暴れまわったと言っていい。けが人が出なかったのは彼が意図的にそうした結果ではなく、周りの人々が「君子危うきに近寄らず」の精神を発揮したからだ。手を付けられず放置されたとも言うが。おかげで彼の屋敷は、局地的暴風にさらされた様相を呈している。
ウォーゲン・グリフォードがわざわざ使いを立てて交渉の進行状況を報告し、またその確認を求めてきたのは、一見して至極当然のことである。最終的に交渉結果を承認するのは摂政の地位にいるラザール王子のはずで、ならば彼に確認を取るのは当たり前のことである。しかしウォーゲン・グリフォードの取った行動に言いようのない悪意を感じているのは、ランスロー一人ではないはずだ。
「カンタルク側がマルト王子を指名してきたのだ!我々の行っている交渉こそが正当なものだ!」
秘密の交渉を暴露してくれたウォーゲンと、立ちはだかり邪魔ばかりしてくれるラディアント公に、苦々しい思いを抱きながらアポストル公はそう主張した。
「そのような申し出突っぱねるべきであろうが!」
言い訳がましいアポストル公の弁を、ラディアント公は一刀両断に断ち切った。
「いつからポルトールはカンタルクの属国に成り下がった!?」
ラディアント公の言葉はどこまでも正論で正しい。しかしその根底にあるモノは道徳や正義などではなく、権力への渇望であることをアポストル公は嗅ぎとっている。それゆえにその言葉がいかに正論であろうとも、そこに説得力を感じることはない。
アポストル公もラディアント公も、お互いここで勝った方が至高の権力を手にすると知っているため決して引かない。終止怒号と暴言をもって行われた会議は、結局平行線で終わった。
ラディアント公を先頭に肩を怒らせて会議室を出ていく軍閥貴族の面々を見て、事態が最悪の結末に至ったことをランスローは知った。回りを見渡せば、同じ結論に至ったのか、表情を硬くしている者たちがちらほらと見受けられる。
ただ彼らが心配しているのは、この国の行く末ではなく、自分たちの富と権力を守れるのか、ということだ。
(それが貴族の習性か…………)
同じ貴族として、またその筆頭を親に持つ身として、ランスローはわが身を自嘲するしかなかった。
**********
「もはや一戦避けることあたわず!!」
屋敷に集めた軍閥貴族の面々を前にしてラディアント公は声を張り上げた。使用人たちの必死の努力により局地的災害からの復興を超短期間で終え、なんとか派閥筆頭公爵邸の威厳を保ちえた屋敷には、いまピリピリと斬りつけるかのような戦場にも似た空気が漂っていた。
「これよりラザール王子をお連れして領地に下る。各々自分の領地で兵をまとめ、我が公爵家の旗の下に集え!」
王都アムネスティアに至る街道上でラディアント公爵家の旗を目印に集結しろ、という意味だ。指示が幾分抽象的に過ぎると思われるが、何も問題はない。これだけ申し伝えておけば後は各自が自分で考えて行動するだろう。それを確信できるほど、特に行軍に関して練度は高い。
「国事を私物化しようとするコステアを排除し、未曾有の危機よりこの国を救わん!」
ラディアント公の前に居並ぶ貴族の面々も「応!!」とおうじる。
「正義は我らにあり!!神々が正道をなされんことを!!」