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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第五話 傾国の一撃
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第五話 傾国の一撃⑤

 目が覚めると、そこには味も素っ気もない天井があった。


(味や素っ気のある天井も嫌だけど………)


 背中から伝わる感触は、自分が寝ているのが硬い地面の上ではなく、普通のベッドであることを教えてくれた。


(ということは、ここはブレントーダ砦の中か…………)


 体を起こし、辺りを見渡す。アズリアが眠っていたのは、石造りの簡素な部屋だった。ベッドのほかにはタンスと小さな机しかない。ベッドの隣に置かれたその机の上に、白銀の魔弓「夜空を切り裂く箒星(ミーティア)」が矢筒と共に置かれている。どうやら捕虜になったという可能性は排除してよさそうだ。


(どうやらブレントーダ砦は落とせたらしい)


 そのことに歓喜よりもまず安堵を感じる。今回の遠征でアズリアに明確な役割があるとすれば、それは「守護竜の門」の宝珠を砕くことだ。宝珠を砕き、砦を制圧した以上、この遠征における彼女の仕事の八割は終わったといっていいだろう。後はウォーゲン大将軍の副官としていつもどおり仕事をこなせばよい。


(肩の荷が下りたな………)


 それゆえの安堵だ。


「それはそうと、わたしはどれくらい眠っていたんだ?」


 二つ目の宝珠を砕き、意識が遠のいたところまでは覚えている。そのまま気絶して、誰かがここまで運んでくれたのだろうが、一体どれほどの時間が経過したのか。


 窓の外を確認すると、既に日は傾き始め、空は夕方に向かっている。砦の攻略を始めたのが午前中の日の高いころだったから、眠っていた時間は四・五時間といったところだろうか。


「にしても、矢を三本使っただけでこの有様か。なんとも凶悪な魔道具だな」


 専用の矢である「流れ星の欠片」を「夜空を切り裂く箒星(ミーティア)」につがえて魔力を込めたときの、あの全身をねじ切られるかのような暴力的な感覚を思い出し、アズリアは思わず苦笑をもらした。以前試し撃ちをしたときからある程度覚悟はしていたが、いやはやそれ以上だった。


「一日に使えるのは三本まで。それ以上使ったら命の保証はしない」


 そう語ったイスト・ヴァーレの言葉は正しかったわけだが、もう少し安全な魔道具を作って欲しいと思うのは、決して我儘ではないはずだ。


「まあそれでも、感謝しなければなんだろうな………」


 白銀の魔弓の表面を指でなぞるようにして撫でる。この「夜空を切り裂く箒星(ミーティア)」はアズリアにとって間違いなく一番の宝物である。あるいは魔導士としての性かもしれないが、己の分身のように感じることさえあった。


 自分のこの魔弓をめぐり合わせてくれたこと。弟であるフロイトロースを歩けるようにしてくれたこと。イストには色々と感謝しなければならないと思うのだが、あの「無煙」を吹かしている姿を思い出すと素直に感謝する気になれないのもまた事実であった。


(しかもそのことに罪悪感を覚えないし………)


 その原因はもっぱらイストの側にあるだろう。と、アズリアがそんなことを考えていたその時。


 ――――コンコン。


 誰かが、部屋の扉をノックした。


「あ、はい。起きてます」


 扉を開けて入ってきたのは、ウィクリフ・フォン・ハバナであった。アズリアと同じくウォーゲン大将軍の副官で、先輩に当たる人物だ。


「気がついたか、アズリア」


 ベッドの上で身を起こしているアズリアの姿を認め、ウィクリフは安堵したように息を吐いた。が、すぐに眉間にしわを寄せて厳しい顔をつくる。


「まったく、いきなり倒れやがって。心配したんだぞ」

「すみません、先輩。反省しています」

「そうだ。心から反省しろ」


 腕を組み、ウィクリフは偉そうにのたまった。だがすぐに吹き出して自分で笑ってしまった。つられてアズリアも笑う。


「ま、体の調子もよさそうだし、なによりだ」

「ご心配をおかけしました」


 アズリアがもう一度謝ると、ウィクリフは気にするなと言わんばかりに手をひらひらと振った。


「にしても、とんでもない魔道具だな、その魔弓は」


 ウィクリフの視線が「夜空を切り裂く箒星(ミーティア)」に移る。軽いその口調とは裏腹に、彼の目は剣呑だった。


「たった三発ぶっ放しただけで三日も寝込むなんて、まともな魔道具じゃないな」


 まさか一発につき一日寝込むとかそんなんじゃないよな、と彼は軽口を叩いた。しかし、あいにくとアズリアは彼の軽口には付き合えなかった。


「………先輩。今、なんと?」

「いや、だからこいつはまともな魔道具じゃないって………」

「その前!その前に何て言いました!?」


 珍しく取り乱すアズリアを押さえるようにしながら、ウィクリフはその台詞を繰り返した。

「たった三発ぶっ放しただけで三日も寝込むなんて、って言ったんだが………」


 どうやら聞き間違いではなかったらしいその言葉に、アズリアは呆然とした。


「三日も……、寝込んで……いた………?」


 なんという失態だろう。砦を落とした後もろもろの雑事が山のようにあることは、これが初陣であるアズリアでも容易に想像できる。大将軍の副官という立場上、本来ならば忙しく働かなければならないその間中、自分はずっと呑気に寝ていたというのか。


「ま、まあ、気にするな。殺人的に忙しかったけど、お前が頑張ってくれなきゃ、そもそもこの砦落とせなかったんだから」


 すっかり小さくなってしまったアズリアに慌ててウィクリフはそう声をかけた。しかし「殺人的に忙しかった」と言われたアズリアはさらに小さくなってしまう。そんな後輩の様子を見てウィクリフも自分の失言を悟って顔を引きつらせ、かけるべき言葉を求めて目をさまよわせた。


「本当に……ご迷惑おかけしました………」

 消え入りそうな声でアズリアが謝る。


「ああ、うんまあ、なんだ、気にするな」


 うまい言葉が見つからず、結局ウィクリフは当たり障りのない言葉を選んだ。もちろんそんな言葉でアズリアを慰められるわけもなく、二人の間には沈黙が漂い部屋の空気は加速度的に重くなっていった。


「だ、だからそこでだな!ここ三日のことをかいつまんで説明してやろうと、こう思ったわけだ!」


 その空気を打ち破るようにしてウィクリフが声を上げた。ただ、半ばヤケクソ気味だったことは否めない。


「これも仕事のうちだ。ちゃんと聞くように!」


 アズリアの生真面目な性分を把握しているウィクリフは、「仕事」という言葉を使うことで彼女の気持ちを軽くした。それが功を奏したのか、部屋の空気が幾分マシになりウィクリフは胸をなで下ろす。


「ま、お茶でも飲みながらにしよう」

「………そうですね」


 ウィクリフの軽い調子の提案に、アズリアもつい微笑んでしまう。部屋の雰囲気が随分と明るくなったその時。


 ――――クゥゥ………。


「あ…………」


 遠慮のない腹の虫が、可愛らしく自己主張をする。三日間なにも食べていないのだから当然といえば当然だが、このタイミングはあんまりだ。


「お茶じゃなくてメシのほうがいいか」


 ウィクリフが努めて軽い調子でそういってくれたのは、はたして救いか追い討ちか。


「………はい………」


 真っ赤になったアズリアは頷くことしかできなかった。


**********


「それでは、ポルトールのシミオン王子を討ち取ったのですか」

「ああ、そうだ。まあ、あちらはあちらで箔を付けときたかったんだろうな」


 ウチの新国王陛下と同じ思惑だったってことさ、とウィクリフは軽い調子で言った。その遠慮のない物言いに、アズリアは思わず辺りを見渡してしまう。この時間、食堂に人気は少ないとはいえまったくの無人ではない。


「人に聞かれますよ………」


 小声で嗜めて見てもウィクリフは「かまうもんか」と意に介さない。今回従軍したカンタルク軍の兵士の中で、彼と意見を異にする者はアズリアを含めほとんどいないだろう。ただそれを公言するのはさすがにはばかられる。それを気にしないのはウォーゲンただ一人だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「大将軍に似てきましたね………」

「朱に染まればなんとやら、ってやつさ」


 ニヤリ、とウィクリフは笑った。その表情は誇らしげだ。ウォーゲン・グリフォードは間違いなく尊敬に値する上官である。部下に対しては公正で、怒鳴りつけたり暴力を振るったりすることはまったくない。外からの、つまり貴族たちからの圧力に屈することはなく、平民出身の兵士たちからの信頼も厚かった。豪快で大雑把な性格が玉にキズのように思われることもあったが、完全無欠の無味無臭な性格よりよほど親しみやすいとアズリアは思っている。


 そんな大将軍に似てきたといわれて嫌な気分になるものは、この砦にいるカンタルク軍の中、特に一般の兵士の中には一人もいないだろう。


「それで、ポルトールからなにか接触はあったんですか?」


 最後のパンの一欠けらを口に放り込み、ナプキンで口元を拭ってからアズリアは気になっていたことを尋ねた。


「まだ何も。ただ大将軍は『ラザール王子の名前で和平交渉を申し込んでくるだろう』と仰っていた」

「ラザール王子………。確かポルトールの第二王子でしたね………」


 ポルトールの国王ザルゼス・ポルトールは病床にあり政を行えず第一王子たるシミオンが戦死した以上、第二王子のラザールが交渉の矢面に立つのは順当な配役だろう。シミオンにはマルト王子という子どもがいるが、こちらはあまりにも幼すぎる。


「大将軍はその交渉を受けるでしょうか………」

「受ける。だが、タダでは受けない」

「………どういうことですか………?」


 ウィクリフの言い回しが良く理解できず、アズリアは首をかしげた。交渉を受けるにあたって、何か「条件」を付けるということだろうか?だが交渉というのはその「条件」を話し合うものではないのだろうか。


「なに、ウォーゲン・グリフォードの老獪な一手というやつさ」


 ウィクリフはこの一手を「老獪な一手」と称したが、後の歴史家たちは彼とは異なる呼び名を与えている。


 すなわち、「傾国の一手」と。




今回の話を読まれてもうお気づきの方もいると思いますが、第五話のタイトル「傾国の一撃」は「傾城の一撃」と「傾国の一手」をあわせたものです。


これから先、話の比重としては「傾国の一手」のほうが大きくなります。

その中身については、次の話で明らかにしたいと思います。

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