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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第四話 工房と職人
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第四話 工房と職人 エピローグ

「ニーナ」


 夕飯の後片付けも終わり、食堂でぼんやりしていたニーナにガノスは声をかけた。何かあったのだろうかと思い、ニーナは頬杖をついていた顔を父親のほうに向けた。


「お前、もうイスト君に弟子にしてくれと頼んだのか?」


 ――――ガタンッ!!


 ニーナは思いっきりテーブルに頭をぶつけた。


「え?ええ?え?ええっ?」

「なんだ、まだだったのか」


 早くしたほうがいいぞ、とガノスは椅子を引きニーナの正面の席に座った。


「お父さん!!」

「何だ?」


 あまりにも予想外の展開に狼狽し叫ぶニーナに対し、ガノスはどこまでも冷静だった。いや、ワタワタと取り乱す娘を見て楽しんでいるフシさえある。


「何だって……、いいの?」

「なりたいのだろ?お祖父ちゃんのような魔道具職人に」


 もちろん、なりたい。それがニーナの子どものころからの夢だ。そしてそのためにはイストの弟子にならなければならない。現状彼しかツテがないのだから。しかし彼の弟子になるということは、この家から離れるということだ。一人父を残していって、本当に大丈夫なのだろうか。


「なに、なんとかするさ。それが男という生き物だ」

「でも…………」


 ガノスは不器用におどけてみせた。しかしニーナの心配は尽きない。現状ただでさえ零細で、微妙なバランスの上に「ドワーフの穴倉」の経営はある。自分が離れたことで一気に崩壊に向かってしまわないか、ニーナは心配だった。


「イスト君から受け取った八シク(金貨八枚)を元手に、新しい魔道具を作ってみようと思っておる」


 その新しい魔道具をイストが旅立つ春先までに完成させ、ニーナが安心してイストに付いて行けるようにする、というのがガノスの腹積もりだった。いつ完成するかは正確にはわからないが、そのメドだけは意地でもつける気でいる。


「なあ、ニーナ………」

「なに、お父さん?」


 ガノスの目が、ふと優しいものになる。


「『ドワーフの穴倉』は、好きか?」

「うん、好き。大好き」


 ニーナは即答した。その一瞬の迷いもない返答に、ガノスは微笑をもらした。


「そうか………。ならお前が帰ってくるまで、工房はワシが守っておく」


 新しい魔道具の製作を始めれば、これまでにも増してニーナを魔道具職人として育てることなどできなくなる。ならば娘が一人前の職人になって帰ってくるまでこの工房を守ること、それがガノスに出来る唯一にして最大の事のように思われた。


「本当に………、いい………の?」


 ニーナの声が震えている。だが彼女の目は輝いており、その震えが歓喜ゆえのものであることは誰が見ても明らかだった。


「ああ、もちろんだとも。だから早くイスト君に頼んでくるといい」


 きっと彼は断らないだろうから、とガノスが言い終えるより前に、ニーナは飛び上がり足をもつれさせながら駆け出していった。


 その後姿に、ガノスは一人独白を投げかける。


「巣立ち、か………」


**********


「弟子にしてください!!」

「いいよ」

「………はい………?」

「どうした。呆けた声出しやがって」


 ほとんどドアを蹴り破るようにしてイストの部屋に入り弟子入りを願い出たニーナは、頭を下げたその格好のままで固まってしまった。ガノスの言ったとおり、イストが驚くほど簡単に彼女の弟子入りを承諾したからだ。


「えっと……、いいん……です………か……?」

 体の硬直が未だに解けていないニーナは、上目遣いにイストを見た。


「うん、いいよ」


 機嫌よく「無煙」を吸い白い煙(水蒸気らしいが)を吐き出しながら、イストはもう一度弟子入り承諾を伝える。


「しっかし、決意するまでに随分時間がかかったな~」


 時間は有効活用しなきゃいかんぜ、と「無煙」をクルクルと回してもてあそびながら、イストは偉そうにのたまった。


 その言葉で自分が魔道具職人になりたがっていることが、かなり早い段階からイストにバレていたことをニーナは知った。だとするならば現状を鑑みるに、ニーナが魔道具職人になるためにはイストの弟子になるしかない。その結論に至った瞬間から、イストは彼女が自分から言い出すのを待っていたのだろう。


 逆を言えば、自分で言い出さない限りは弟子にするつもりはなかった、ということだが。


 ――――徐々に、体の奥底から歓喜が湧き上がってくる。


「師匠!よろしくお願いします!!」

「あいよ」



 大陸暦一五六三年、にわかに歴史が動き出したこの年の暮れ、ニーナ・ミザリは魔道具職人イスト・ヴァーレの弟子となり、その夢への第一歩を踏み出すこととなる。


 しばらく後に師弟はこのときのとこを思い出してこんな会話をかわす。


「どうしてわたしを弟子にしようと思ったんですか?」

「そうさな。向いている(・・・・・)、と思ったから、かな」

「向いている………?」

「そ。才能の有無はともかくとして、姿勢というか態度というか、まあそういうものが魔道具職人に向いている(・・・・・)と思ったから、だな」



―第四話 完―






というわけで第四話「工房と職人」どうだったでしょうか。


今回の話は職人としてのイストにスポットライトをあててみました。

第三話のときと比べると、主人公が随分マイルドな気がしますねぇ。

まあ第三話のときはワザとやってたところもあるんですけどね。


次回はまた幕間を挟もうと思っています。


それではまた。


あ、あと感想いただけるとうれしいです。

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