第四話 工房と職人⑥
ニーナに連れられてやってきたのは、なんてことはない普通の宝石店だった。この店は「エバン・リゲルト」ができて、パートームが村から街に発展するその過渡期にできたのだと言う。奥は小さな工房になっており、選んだ宝石を指輪や首飾りにはめ込んだりといった加工もしているらしい。
「人工石を見せてくれ」
店に入ると、イストはカウンターの向こう側にいた品のいい中年男性の店員にそう声をかけた。
「合成石(人工石のこと)が目当てと言うことは、お客様は『エバン・リゲルト』の新しい職人さんでしょうか?」
天然石に比べて廉価な合成石は、装飾品としても広く流通している。だがこの街では装飾品としてよりも、魔道具の素材としての需要のほうが多いのだろう。後で知った話だが、この店で取り扱っている商品の実に八割が人工石だという。
「ハズレ。オレは流れの職人だよ。今は『ドワーフの穴倉』に厄介になってる」
流れの職人なんているんですねぇ、と妙なところに感心して、店員はカウンターの上に箱を幾つか並べた。その中には色とりどりの石が納まっている。言うまでもなくすべて合成石だ。
「さすがにクオーツはないか・・・・・」
並べられた人工石を眺めながら、イストはそうもらした。
「クオーツ?水晶でしたら、ございますが・・・・・」
「あ、いや。オレの言うクオーツってのは『エレメントクオーツ』のことだ」
そういってイストは商品を取り出そうとする店員を制した。
「エレメントクオーツ?」
聞きなれない単語にニーナは首を捻る。
「ん?親父さんの工房では使わないのか?」
「ということは魔道具の素材ですか?」
宝石にはその種類ごとに特性があり、一つ一つがくせをもつ。これはすでに説明した。だがそれはあくまでも術式を刻んだ後に現れるのもであって、その前はただの宝石でしかない。
エレメントクオーツとは、言うなれば「自前の術式をもった結晶体」だ。
例えば炎のエレメントクオーツは、魔力を込めるだけで炎を生み出すことができる。こうして刻む術式を簡略化できるのだ。
「確かにそのような商品は、当店では扱っておりませんね・・・・・」
「ま、人工石と違って魔道具にしか使い道のない素材だからな。当たり前か」
間違って魔力を込めたときに、いちいち炎を吹いたり雷が奔ったりしていては危なすぎる。イストは特に気落ちするでもなく、目の前に並べられた合成石に意識を戻した。
「いいのが揃ってるな」
「ありがとうございます」
「とはいえ一応は、だけど」
そういってイストは懐からルーペを取り出し右目に装着した。
その横でニーナが展開についていけず、首を捻っている。並べられた合成石は確かにどれも綺麗だ。しかしイストは魔道具の素材として合成石を見に来たわけで、見た目は関係ないはずだ。どこを見て「いいもの」と判断したのだろう。
今イストは人工石を一つ一つルーペで鑑定している。ジャマをするのは気が引けたが、とても気になるのだ。
「ん?どうかしたか」
気が付くと、ニーナは彼の服を引っ張っていた。こうなってはもう腹をくくって聞くしかない。
「どこを見ればいいのかな~って・・・・・」
少々誤魔化しながらそういうと、イストはすぐに、ああ、といって得心したようだった。
「結晶体を選ぶ際の第一条件は『見た目』だ。綺麗にカッティングされているものは魔力の通りがいい。ちなみに大きさは特に関係ない」
これは天然石と人工石の両方とも同じな、とイストは説明した。それから右目に付けていたルーペをニーナに渡す。
「そいつは魔道具『目利きのルーペ』。魔力の流れを可視化してくれる魔道具だ」
この結晶に魔力を流してそいつで見てみ、とイストはニーナに結晶体を一つ手渡した。言われたとおり結晶体に魔力を流して「目利きのルーペ」で見てみる。
「うわぁぁ・・・・・」
それは、はじめて見る光景だった。結晶体の中を、筋状の青い光が幾つも流れるように奔っている。魔力を見たのが初めてということも重なり、それはとても幻想的だった。
「今度はこっち」
そういってイストはもう一つ結晶体を手渡す。そちらも同じようにして見てみると、
「ん?」
さっきの結晶よりも、青い光が少ないように思われる。ルーペを外して二つの結晶体を比べてみると、大きさや色、形に特に差はない。
「青い光の量が違っただろう?」
「はい。最初に見たほうが多かったです」
「つまり最初の人工石のほうが、魔道具素材としてはいいってことだ」
なるほど、とニーナは感心した。それら、ふと疑問が浮かぶ。
「どれだけ魔力を通せばいいのか、基準みたいのはあるんですか?」
「ないな。経験積んで自分なりの基準をつくるしかない」
ニーナからルーペを受け取ると、イストは鑑定を再開する。
(やりたい・・・・・!)
とても、とてもやりたい。経験を積むしかないのであれば、この場でその経験を積みたい。やりたくて、やりたくてウズウズしているのが自分でも分った。
あるいは、その空気が伝わったのかもしれない。
「やってみるか」
「いいんですか!?」
ニーナのあまりに嬉しそうな様子に、イストは苦笑した。是非やらせてください、と迫るニーナに「目利きのルーペ」を渡す。
「じゃ、五・六個選んでみて」
イストと同じように右目にルーペを装着し、ニーナは結晶体を一つ一つ鑑定してくる。そして魔力の通りがよさそうなものを取り分けていく。一回りしたら、今度は選り分けた物の中からさらに選別していく。それを繰り返し、最後には色も大きさもまばらな五つが残った。
「・・・・・終わりました・・・・・」
「ん、じゃ、みして」
ニーナから「目利きのルーペ」を受け取ると、イストは彼女が選んだ五つの人工石を確かめていく。その様子を見守るニーナは妙な緊張感に包まれていた。
「大丈夫だな。じゃ、これお願いします」
イストがそう店員にいったとき、ニーナは自分の目利きが間違っていなかったことを知った。彼女のうちに、じわじわと歓喜と安堵が湧き上がってくる。
代金は三十ミル(銀貨三十枚)だった。イスト曰く、
「これが天然石だったら、銀貨が金貨になる」
とのこと。もはや年収だ。合成石が普及した理由が良く分る。
カウンターの向こうで店員が合成石を手早く包装していく。彼らが現れたのは、そんなときであった。
「おやじ、人工石を見せてくれ」
そういって若い男が三人ほど、店内に入ってくる。
「いらっしゃいませ。いつも御贔屓にしていただいてありがとうございます」
店員はそういって頭を下げた。どうやら見知った客らしい。
「品物はこちらに出ておりますので、ご自由にご覧ください」
先ほどまでイストたちが見ていた合成石をさして、彼はそういった。既に買い物を終えているイストとニーナは、端によって男たちに場所を空けた。
「ん?お前たちも人工石をみていたのか」
「まあな。とはいえもう選んだから、気にしてくれなくていい」
イストがそう答えると男たちは了解したようで、それぞれが「目利きのルーペ」を取り出して鑑定を始めた。
(あいつら、「エバン・リゲルト」の職人か・・・・・・)
この街で「目利きのルーペ」を使って人工石を鑑定する人間など、それ以外にいるまい。ニーナには気づいていないみたいだから、「ドワーフの穴倉」にいたという職人たちではないのだろう。
「なんだこれは!?」
「どれもこれもクズばっかりじゃないか」
「かろうじてこれが平均くらいだが、いやしかしなぜ・・・・・・。今までこんなことはなかったのに・・・・・・」
男たちの目線が、先ほどまで同じ商品を見ていたイストたちに向かう。
「お前が買ったのか?」
「何を?」
イストはとぼけてみせた。それが勘にさわったのか、男たちの雰囲気が険しくなる。
「魔道具素材として優れている人工石を、私たちより先に買ったのはお前か?」
ことさら詳しく丁寧に言ってみせたのは、苛立っていることの裏返しだろう。とはいえ既に確信しているのだろう。イストが何か言う前に、別の男が声をあげる。
「それは我々が使うものだ。代金は払うから、渡してもらおう」
「おやじ、その包んであるヤツはいくらだ。こちらで払う」
「おいおい」
先に買った人間の意見を無視して勝手に話を進めようとする男たちに、イストは怒るよりもむしろ呆れた。職人としての腕は分らないが、先に人が選んだものを横からシャシャリ出てきて掠め取るとは、礼儀以前に常識をわきまえているのだろうか。
「お客様・・・・・」
店員も困った様子でこちらを見ている。
「お前が買った人工石、見せてもらっていいだろうか」
最初に質問してきた男が、イストにそう尋ねた。イストは軽く頷いて了承してみせと、男は店員から包みを受け取り、中に入っている人工石を先ほどと同じように「目利きのルーペ」を使って鑑定していく。
「お前、魔道具職人か」
鑑定を終えた男が、疑問系ではなく断定するようにそういった。あれだけの質の人工石を選んで買っているのだ。それ以外には考えられないだろう。
「ご名答」
イストが短く肯定すると、男の視線が鋭くなった。
「そうか。ウチでないとすると『ドワーフの穴倉』の新しい職人か?」
そう言いながら男は包みを店員に返す。受け取った店員は簡単に包装しなおすと、それをイストに渡した。
「ハズレ。オレは流れだからな。とはいえこの冬の間、間借りするつもりではいるが」
いいながらイストは店員から包みを受け取り、そのまま懐にねじ込んだ。横から掠め取ろうとしていた二人が声を上げるが、目の前の男がそれを押しとどめた。
「先客が居たんだ。仕方ないだろう」
どうやらこの男がリーダー格らしい。そういわれて二人は押し黙った。それでも不満で一杯らしいことは見れば分る。
「流れの職人など聞いたことがないが、それなら『エバン・リゲルト』に来る気はないか。腕相応の待遇を約束できるが」
腕が未知数であっても、一人でも多くの職人を囲い込みたいのが一般的な工房の本音だろう。今までも何度か工房に誘われることはあった。とはいえイストの答えはいつも同じだ。
「お断りするよ。オレは流れのほうが性にあってる」
肩をすくめながら軽い調子で答える。すると後ろの二人は小ばかにしたように嘲笑を浮かべた。
「ふん。たいした腕じゃないから、流れをやるしかないのだろう」
「寂れて自分のことで手一杯な『ドワーフの穴倉』なら、技術なり知識なり、盗まれる心配もないもんなぁ?いや、逆に盗むつもりで入り込んだんじゃないのか?」
だったら無駄足だったな、あそこには盗むほどの技術も知識もない、と二人は嗤った。イストとしてはこういう馬鹿な手合いが何を言ったところで、相手をしてやる気はさらさらない。だがニーナはそうではなかったようだ。頭に血が上っているのが、傍目にも良く分った。
(ここで言い争いになっても、面倒なだけだしな・・・・・)
そう思ったイストはさっさと機先を制することにした。
「何か問題があるのか」
「なに?」
面倒くさそうにそういうと、男たちとニーナの視線がイストに集まった。
「知識や技術の十や二十、盗まれたところで何の問題がある?」
「・・・・・・・!」
イストのその発言にその場の一同は絶句した。
知識や技術の流出は工房にとって最大の悪夢であり、それゆえにどの工房でも情報は厳重すぎるほどの厳重さで管理されている。当然だろう。なぜならそれこそが工房と職人にとって富と名誉の源泉なのだから。
ゆえに、それを盗まれてもかまわないというイストの発言は、ニーナも含めたその場にいる人物たちにとってあまりにも不可解なものだった。
「その程度のことでオタオタしているようでは、『エバン・リゲルト』も大したことはないな」
そう言い放つと、イストはさっさと出口に向かって歩き始めた。ニーナがその後を慌てて追う。
「ま、まてっ!」
店から出ようとする二人を「エバン・リゲルト」の職人たちが呼び止める。
「盗まれてもかまわないというなら、教えてもらおうじゃないか!」
「そうだ!どれほどの腕を持っているのかみせてもらおう」
未知の知識と技術は新たな富と名誉への最短コースだ。彼らが目の色を変えているのも当然だろう。だがしかしイストはそこまでお人よしではない。
「阿呆。オレは盗まれても問題はないって言ったんだ。教えてやるなんて一言も言ってない」
白い煙(水蒸気らしい)を吐きながら「無煙」を吹かし、そう冷たく突き放す。そして、今度こそ二人は店の外へ出て行ったのであった。
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