第四話 工房と職人⑤
イストが「ドワーフの穴倉」で間借りするようになってから、およそ一週間が過ぎた。この間、イストは魔法陣の理論構成に精を出していた。工房の二階に設けられた彼の部屋には、資料が散乱し足の踏み場もない状況になっている。(寝るときに蹴落としているのか、ベッドの上はきれいだった)
「ど、どこからこの資料、取り出したんですか!?」
驚愕するニーナにイストは「玩具の本棚」という魔道具を見せた。この魔道具、見た目は本当に玩具の本棚なのだが、魔力を込めると本物サイズの本棚になる。ここに資料を収めてもう一度魔力を込めると、資料ごと玩具サイズに戻る。確かにこの魔道具があれば大量の資料を持ち運ぶことができるだろう。
二階で魔法陣の術式を構成し、下におりてきてそれを試し(さすがに狭いところではやりたくないらしい)、その結果を記録しまた二階に戻って術式の構成を考える。ちなみにイストは魔法陣を試すとき、「光彩の杖」を使って魔法陣を描いているのだが、これにはニーナだけでなくガノスも驚いていた。ただイストに言わせれば、
「紙や地べたに描くよりもよっぽど効率的」
なのだという。たしかに「光彩の杖」を使えば術式の書き換えも容易で、効率的といえるだろう。ただし「光彩の杖」の扱いに熟練していれば、だが。
とはいえニーナはちょっぴり不満である。イストが現在取り組んでいる魔法陣はどれも高度に難解なものばかりで、いくら古代文字が読めるとはいっても、その内容を理解することなどできはしない。部屋に散乱している資料を読んでもみたのだが、さっぱり理解できなかった。魔道具職人としての知識なり技術なりを、この一冬の間にイストから盗もうと画策している彼女としてはなんとももどかしい。
「まったく新しい魔道具を一から作ろうとしたら、魔道具職人の仕事の半分は術式構成だ。技術職っていうよりは、どっちかって言うと理論屋だな」
あるときイストは彼の部屋で資料とにらめっこしていたニーナにそういった。だとすれば彼女にとって由々しき事態である。これらの資料を理解できない彼女は、魔道具職人にはなれないことになってしまう。
なんとか知識を得たいとは思う。しかし忙しくしているイストに、弟子でもない自分が教えを請うのは躊躇われた。悶々とした思いを抱えながら、ニーナはここ数日を過ごしていた。
ニーナがイストに街の案内をすることになったのは、一晩中降り続いた雨が上がり随分と寒くなった朝のことであった。
「合成結晶体を見に行きたいんだが、店を教えてくれないか」
合成結晶体とは魔道具の素材の一つで、主に核として用いられることが多い。本来は自然界に存在する結晶、簡単に言えば宝石を用いていたのだが、如何せんコストがかかりすぎるため、人工的に合成されたものが出回るようになった。
これらの結晶体は「練金炉」と呼ばれる魔道具を用いて合成されるのだが、もともと宝石を模してつくられており、その見た目の美しさから装飾品としても用いられるようになっている。
「結晶のストックが無くなりそうだから買っておきたい」
だから扱っている店を教えて欲しい、と頼んできたイストに対しニーナは自分が案内すると申し出たのである。もちろん彼女の腹のうちには、そうやってついて行けば何か教えてもらえるのではないかと言う思惑がある。
イストは彼女の思惑について、おおよそは察しているのだろう。特に何も言わず好きにさせていた。知識や技術に対して貪欲な姿勢は、彼も嫌いではない。だから、店に向かう道すがら彼がこんなことを言い出したのは、あるいはただの気まぐれではなかったのかもしれない。
「人工石(合成結晶体のこと)と天然の宝石、何が違うと思う?」
煙管型禁煙用魔道具「無煙」を吸い、白い煙(水蒸気だという)を吐き出しながら、ごく自然にイストはそうニーナに聞いた。
「えっと、値段、じゃないんですか」
すっかり見慣れてしまった「無煙」を吸うその姿はどこまでも自然体だ。しかしニーナは欲していた知識を得られる機会が突然やってきたことに驚いた。
「一応正解。確かに人工石と天然石ではコストが違う」
だが、とイストは続けた。その口調はまるで生徒を教える教師のようだ。
「今でも天然石のほうを好んで使う職人さんはたくさんいる。コストがかかることを承知で、だ」
なんでだ、とイストはニーナに問いかけた。
「見栄え、ですか・・・・・?」
それ以外、思いつかなかった。
「三十点」
イストの採点は辛口だった。というより何点満点なのだろう?
「確かに王族や貴族から依頼された品は、見栄えを気にして天然石を使うことが多い。だけどちゃんと技術的な理由もある」
分かるか?とイストは「無煙」を吹かしながら聞いた。
「・・・・・・分かりません・・・・・」
小さな声で、呻くようにしてニーナは答えた。俯き悔しそうに下唇を噛む。自分の無知が恨めしかった。
そんなニーナの様子を、イストは恐らくは意図的に無視して、それまでと一向に変わらない調子で正解を口にした。
「天然石には一個一個、くせとも言うべきものがあるんだな」
「えっと、それはつまり宝石の種類ごとに特性があるってことですか・・・・・?」
横目で窺うようにしてニーナが尋ねた。
「確かに天然石にはその種類ごとに特性がある」
例えば赤い石は炎と相性が良く、青い石は水や氷と、緑の石は風と相性が良い、と言ったふうだ。この場合、「相性がいい」とはすなわち「魔法陣(術式)と相性がいい」と言うことであり、「刻み込んだ術式以上の効果を得られる」ということだ。一種のブースターのようなものだと思えばよい。
「ただ、これは人工石も同じだ。そもそも人工石は天然石を模して作られたものだし」
人工石にもまた、天然石と同様の特性がある。まったく特性を持たない人工石もあるが、これは例外的な存在だ。程度の幅こそあれ、その点では人工石と天然石には差異はないといえる。
「だから、さっきオレが言ったくせってやつはそういう特性とはベツモノだ」
イストは「無煙」を吹かし、白い煙(水蒸気らしい)を吐き出した。
「赤い石、例えばルビーやガーネットは炎と相性がいい。これは種類に共通した特性だ。だが同じ種類、ルビーならルビーでも一つ一つの石が別の特性を持っている。これをくせと言うわけだ」
「・・・・・・良く分かりません・・・・・・」
首を捻るニーナに、イストはさらに説明を続ける。
「例えば『鳳凰の剣』ってあるだろ?」
「鳳凰の剣」とは世間一般に良く知られた炎の魔剣だ。生み出された炎が優美な鳥の姿に似ていることからこの名前が付けられた。
「あの魔剣は大粒のルビーを核に使っているんだが、術式だけ見れば炎が鳥の形になる訳がないんだ」
つまり核に使用されたルビーの特性によってそうなったと言える。
「だけどルビーを核に使っている炎の魔剣なんて、この世に幾らでもあるだろう?」
だがその中でただ一本「鳳凰の剣」のみが、鳥を模した炎を生み出すことができる。これはつまり「ルビーの特性」によるのではなく、「使用されたルビーの特性」によるものだと考えることができる。
「・・・・・つまり結晶体にはその種類ごとに特性があって、その中でも特に天然石は一つ一つの石が異なる特性を持っている、ってことですか?」
分かるような、分からないような。
「そう。もっと簡単に言えば『天然石は特性を二つ持っている』ともいえる」
なるほど、そう言われれば簡単だ。
「あの、一つ質問があるんですけど・・・・・」
とりあえず分った気になったところで、ふとニーナの頭に疑問が浮かんだ。
「ん?」
「そのいわゆるくせって使う前に分るものなんですか」
でないと物凄く使い勝手が悪いような気がする。
「いや、術式を刻んでみるまでは分らない」
ビックリ箱みたいで面白いよな、とイストは笑った。だがニーナとしてはそこまで楽天的にはなれない。
「それじゃあ設計もできないんじゃないんですか」
「特性に反するくせはないし、刻んだ魔法陣と反発するなんてことも聞いたことがない」
完全な予想はできないが、まるっきり想定外のものができ上がるという事もない。そういうものらしい。
そんな講義を聞いているうちに、二人は目的の店に着いたのであった。