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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第四話 工房と職人
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第四話 工房と職人②

 ニーナ・ミザリは魔道具職人に憧れている。


 ニーナを知る多くの人はあるいは否定するかもしれない。しかし父親であるガノスはそのことを確信していた。


 ガノスの妻はニーナを産んだ後、産後の肥立ちが思わしくなくニーナが二歳のときにこの世を去った。以来ガノスは彼女を男手一つで育ててきた。


(いや、ワシは育てることしかできんかった・・・・・)


 ニーナは幼い頃から工房に出入りしていた。それも仕方が無い。幼い子どもを家で一人にしておくわけにもいかなかったのだ。ガノスの父が始めた工房「ドワーフの穴倉」で、彼女は職人たちの仕事を見ながら成長していった。


 彼女が最も憧れた職人は、まず間違いなく創業者であるその祖父であろう。彼の仕事を、目を輝かせながら魅入っているニーナの姿を、ガノスは良く覚えている。祖父もまた、孫が自分の仕事に興味を持ってくれているのが嬉しかったのだろう。時間を見つけては色々と教えていた。古代文字(エンシェントスペル)も彼がニーナに教えたのだ。


 だが祖父が他界し、「エバン・リゲルト」ができて状況は一変した。弟子たちは工房を去り、「ドワーフの穴倉」は一気に落ち込んだ。ガノス自身もまた「エバン・リゲルト」から勧誘を受けていたが、死んだ父の遺したこの工房を畳む気にはどうしてもなれなかった。


(ワシのくだらないプライドのせいで、ニーナに不自由をさせている・・・・・)


 魔道具職人になる方法は主に二つある。


 一つは専門の学校に通って知識を得ること。

 そしてもう一つはどこかの工房に弟子入りして、そのイロハを学ぶこと。


 工房主の娘であるニーナは、本来ならばごく自然にその知識を得られるはずであった。しかし「ドワーフの穴倉」の経営が傾いたことで、ガノスはその日の糧を稼ぐだけで精一杯の状態で、とてもではないが娘を教えることなどできない。新しい魔道具を作りたくとも先立つものがない。


 当然、専門の学校に通わせるだけの余裕も無い。


 別の工房である「エバン・リゲルト」に弟子入りするという手段もあるが、ガノスがこの街で「ドワーフの穴倉」を経営している以上、先方が受け入れないであろう。


 どうにも、打つ手が無い。


 ニーナ自身は、魔道具職人になりたいとは言わないし、またそのそぶりも見せない。だがニーナがイスト・ヴァーレと名乗る流れの魔道具職人を連れてきたとき、ガノスは彼女がまだ夢を諦められないでいることを悟った。


(この一冬の間に、色々と教わりたいのであろうな・・・・・)


 自分ではなく、イストから。


 恐らくは気を使ってくれたのだろう。ガノスは教えたくとも、教えてやることができない。そう考えれば、仕方ないともいえる。しかしそれでも、


(なんとも情けない親だ・・・・・)

 そう思わずにはいられなかった。


**********


 ニーナに連れられてイストが案内されたのは、工房の二階にある一室であった。さして広くも無い部屋ではあるが、ベッドと机それにタンスが用意されていた。


「もともとはお弟子さんの部屋なんですけど、空いちゃっているのでここを使ってください」

 そういってニーナはさらに説明を続ける。


「わたしとお父さんは工房の隣の家に住んでいます。ご飯はそっちで用意するので、食べに来てくださいね」

 それから、といって彼女は指を折りながら細々とした説明をしていく。


「何か足りないものがあったら言ってください。すぐ用意しますから」

「ん、ありがと。そうさせてもらう」

 そう礼をいってからイストは、ああそれから、と思い出したように付け加えた。


「八シク(金貨八枚)でいいか」

「えっと、なんでしょう?」


 本当に分からないのか、ニーナは首をかしげた。そんな彼女に対しイストは「食費部屋代その他諸々のお金」と答えた。


「三・四ヶ月ここにお世話になるんだ。八シクなら不足はないと思うんだが」


 そういって財布を取り出すイストに、ニーナのほうが慌てて声を上げた。


「そんな!いくらなんでも八シクなんて頂きすぎです!」


 しかしイストはそんなことは気にしなかった。財布から金貨を八枚取り出すとニーナの手に握らせた。


「イスト!」

「気にすんな。オレとしても金払っといた方が、心置きなく迷惑かけられるからな」


 冗談めかしてそういうことで、イストはニーナの気持ちを軽くした。

 イストが「食費部屋代その他諸々」として八シクの金額を提示したのは、決して感傷や安っぽい同情ゆえではない。工房という専門的な施設を借りる以上、それくらいの金額を払うのが筋だと考えているのだ。


「少し前に、まとまった金も入ったことだし」


 当然、独立都市ヴェンツブルグで聖銀(ミスリル)の製法を売りつけた際の一万シクのことだ。もっとも実際に受け取ったのは四つの勢力から五百シクのみで、残りの八千シクはレニムスケート商会も加わっている商業ギルドの預金口座に振り込まれている。それでもイストの懐には二千シクの現金が舞い込んだわけで、確かにその金額に比べれば八シクなどさして気にはならないのかもしれない。それに現在リリーゼが持っている「水面の魔剣」を売却したお金もまだ残っている。


「それじゃあ、頂いておきますね・・・・・」


 そういうと、ニーナはおっかなびっくり手のひらの金貨を懐にしまいこんだ。それから何か思いついたように、パッと顔を輝かせた。


「それじゃあ!今晩のお食事は豪華にしますね!」

「いいな。そうしてくれ」


 イストがそういうと、ニーナは嬉しそうに返事をして部屋から出て行った。その後姿を見送ると、ふいにイストの表情が鋭くなった。


「さて、今のうちに庵から必要なものを取り出しておかないとだな」


 さすがにアレを見られるわけにはいかない。手早く済ませる必要がある。

 左の手首にはめられた古い腕輪に魔力を込める。何も無いはずの空間に突如として現れた石造りで蔦の絡みついた扉、その扉の奥にイストは消えていった。



 その日の夜の食事はガノスが目を丸くするほど豪華なものだった。共に酒(イストが持ち込んだ)を酌み交わしたせいか、ガノスとイストはすぐに打ち解けることができた。

 久しぶりに快酔した夜であった。




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