幕間 ヴィンテージ 前編
「いっよぉぉおおおお!!レスカ!!嫁さんもらって色惚けてるってブハァアア!!」
突然屋内に押し入った妙にテンションの高い男、イスト・ヴァーレの顔面に木製のコップが直撃した。
「親父から手紙を見せられたときから、いつかはこのときが来ると思っていたがな。からかいたいだけなら帰れ」
コップを投げつけた男、レスカ・リーサルはうんざりしたようにいった。イストとは対照的にローテンションだ。恐らく今までに散々からかわれたのだろう。
「フッ!昔の偉そうな人が偉そうにこう言った!『汝、新婚からかうべし!』故にオレはお前をからかう!これはもはや世界の摂理!お前はからかわれるべくしてからかわれるのだ!」
「おい、人の話を聞いているか」
「プロポーズはなんて言ったんだ!?当然お前からだよな!?女性にそんなこと言わせる男なんてそこらの犬畜生以下だもんな!さあ吐け!」
「地獄に堕ちろ」
「まさに殺し文句!!」
――――ドスッ!
恐らくは意図的に自分に都合のいい解釈をして、楽しそうに叫んでいたイストの鳩尾にレスカのつま先がめり込んでいる。これにはさすがのイストもたまらず、鳩尾を押さえてうずくまった。
「お、おま・・・・。ちょ、みぞおちは・・・・・、マジで・・・・・、地獄に、堕ちるから・・・・・」
「フン」
恨みがましいイストの視線を、レスカはばっさりと切り捨てる。
オルレアン、という国がある。カンタルクの東、オムージュの南に位置する国で、国土は五二州。そのオルレアンにナプレスという都市がある。この地方の英雄ナプレウスから名を取った都市だ。この辺りの地域は農業が盛んで、収穫期には豊かな大地の実りを求めて多くの商人がこの都市を訪れる。
この都市でジノ・リーサルという人物が工房を営んでいる。彼は優れた鍛造の技術を持つ鍛冶師で、先代のアバサ・ロットでありイストの師匠でもあるオーヴァ・ベルセリウスと親交があり、魔道具の素体となる刀剣類をよく作っていた。
その縁でイストは彼の長男であるレスカ・リーサルと親しくなった。ある時などは彼の家に部屋を借りて、一冬を越したこともある。
イストがオーヴァから魔道具製作のイロハを教わったように、レスカもまたその父であるジノから鍛造の技術を学び、鍛冶師としての腕を磨いてきた。
「いやだってジノさんの工房に行ったら、お前、結婚して独立したっていうじゃん。これはもうからかうしかない!って思ったわけよ」
「あのクソ親父め・・・・・」
カンタルクでアズリアに「糸のない操り人形」を渡した後、イストは魔道具の素体として刀を一本ジノに手紙で依頼していたのだが、カンタルクでの一件を終えてその品物を取りに彼の工房に行ったところ、レスカの近況を耳にしたというわけだ。
「それに依頼の品はお前が作ったって言ったし」
結婚を機に父親の工房から独立したレスカは、市街地と農地の境目くらいのところに自分の工房を開いた。工房の名前は「ヴィンテージ」。もともとはブドウの収穫年号やいわゆる「当たり年」を表す言葉なのだが、その派生として名品や一級品を指す言葉としても用いられており、
「いい品物しか作らない」
というレスカのこだわりが現れている。鋳造の技術が発達したこの時代にあって、鍛造での仕事にこだわる彼らしい名前と言えるだろう。
「お客様ですか、あなた」
そういって奥から出てきたエプロン姿の女性こそが、レスカの妻であるルーシェ・リーサルだ。レスカよりも三つ年下で、今年十八になる。もともと二人は幼馴染なのだが、その縁でイストはルーシェとも面識がある。
「まあ、イストさんでしたか。お久しぶりです」
ルーシェの表情が嬉しそうに華やいだ。
「ん、久しぶり。ルーシェちゃん」
そういってからイストは少し首を傾げた。どうやら、人妻に「ちゃん」付けはよくないか、などと考えているらしい。そして、
「ルーシェさん」
と言いなおした。
「ジノさんから聞いたよ。結婚、おめでとう」
「ありがとうございます。イストさん、こっちから連絡取れないから、早くいらっしゃるといいなぁ、って思っていたんです」
ルーシェは満面の笑みでそういった。
「で、プロポーズの言葉、なんて言われた?」
「貴様、まだ引っ張るか」
レスカが顔をしかめる。
「え、えーっと、プ、プロ、ポーズの、こ、言葉、ですか・・・・!?」
ルーシェが顔を真っ赤にしてうろたえる。言われたその瞬間を思い出しているのか、その表情は恥ずかしそうだが、同時にとても幸せそうだ。
「あう、あう、あう」
と、真っ赤に染まった頬に両手を当てて、身もだえしている。
「くそう!無言で惚気られたぜ!」
イストが再びハイテンションになる。その様子は実に楽しそうだ。
「おい」
レスカが口を挟むがイストは無視する。ルーシェにいたっては気づいている様子さえない。
「の、のろけだなんで、わたし、そんな・・・・・」
彼女の赤い顔がさらに赤くなる。湯気が立ってきそうだ。
「いやあ、幸せそうでなによりなにより」
イストが、うんうん、と腕を組んで頷く。
「おい!」
レスカがさっきよりも大きな声で口を挟む。が、イストは再びスルーした。ルーシェはいまだに気づく気配が無い。
「で、プロポーズはなんていわれたのかな!?さっさと吐いて楽になるがよろし!」
「そ、それはですね・・・・・・」
イストの勢いにのまれる形でルーシェがその言葉を洩らそうとしたその時。
「貴様ら!人の!話を!聞けぇぇぇぇぇえええええええ!!」
レスカの絶叫が、その言葉をかき消した。