第三話 糸のない操り人形 エピローグ
第一話のプロローグに加筆しました。よろしければそちらも見てください。
とはいってもアバサ・ロットの説明を加えただけなので、面白くなっているかは微妙なんですけどねぇ~。(オイッ!)
夕食を終えて宿に戻ると、辺りはすっかり夜の帳が下りていた。窓からは月明かりが差し込み、フロイトに「糸のない操り人形」を渡すか渡さないかを悩んでいたあの時と雰囲気が似ている。
そして今また、自分は悩んでいる。
「悩んでばかりだな、わたしは」
苦笑する。
それでもともかく悩まねばならない。これからの身の振り方を。これから自分がどう生きていくのかを。
カンタルクに残るのか、それとも国を出るのか。残るならばそれはウォーゲンの副官になるということとほぼ同義だが、出国するならばどこへ行き何をするのか。
物思いにふけりながら明かりをつけようと思い、ランプに手を伸ばす。その時、風がアズリアの髪を揺らした。
(…………!?)
驚いて窓に目を向けると、閉まっていたはずの窓は開け放たれ、窓枠に一人の男が腰掛けていた。
「こんばんは」
おどけたように男が挨拶する。その人物に、アズリアはいやと言うほど見覚えがあった。いつもの杖は持っておらず、またあの煙管(無煙と言うらしいが)もすっていない。代わりにかなり大き目の黒いケースを抱えている。
「イスト・ヴァーレ・・・・」
驚くよりも先に呆れた。なぜわざわざ窓から入ってくるのだろう。しかもこの部屋は二階だと言うのに。
「どうして窓から」
とは聞かない。まともな答えが返ってくるとは思えないから。だからさっさと本題に入ることにした。
「それで、何のようだ?」
「あらら、ツッコミはなし?」
恐らくはこの状況についてだろう。あいにくとツッコむと話が無駄に長くなるのが目に見えているので、心を鬼にして可能な限り機械的に素早く素っ気なくスルーする。
「なしだ。さっさと用件を言え」
そう言うとイストは情けないような苦笑いするような顔をして、肩をすくめた。だんだんとこいつの扱い方が判ってきた気がする。
「こいつを渡そうと思ってな」
そういってイストは抱えた黒いケースを叩いた。入っていいか、と聞かれたので許可すると、彼は身軽に飛んで部屋の中に降り立った。
備え付けの机の上にケースを置く。
「これは・・・・・!」
中身を見てアズリアは絶句した。
ケースの中に入っていたのは一張の魔弓だ。色合いは白銀で統一されており、造りはシンプルでどことなく無骨な印象を受ける。
(ただの魔弓ではない)
それどころかこれほどの一品、仮に魔道卿の情報網を駆使して探したとして、それでも見つかるかどうか。魔力を込めてみるどころか、まだ手にとってさえいないのにアズリアはそう確信した。
そこに込められた力と、その存在感が他の魔弓とは格が違う。アズリアがもっている魔弓もかなりいい品なのだが、この白銀の魔弓はそのさらに二、三段は格が上だろう。ほんの一握りの魔道具にしかない、魔道具それ自体が放つ存在感をアズリアは肌で感じ、しばし呆然とした。
「魔弓『夜空を切り裂く箒星』。気に入ってもらえたかな」
期待通りの反応が見られて満足したのだろう。ニヤリ、とイストは笑った。とりあえず説明な、といって彼は「夜空を切り裂く箒星」を指差した。
「知ってると思うけど魔弓には矢を使うものと使わないものがある。こいつは兼用。ただし使う矢は専用のものだ」
そういってイストは二段になっているケースの下の段を見せた。そこには銀色の矢が十本ほど矢筒に納められている。
「矢も魔道具だ。名は『流れ星の欠片』。消耗品だから設計図を一緒に入れておいた。なくなったら、どこか適当な工房に依頼して作ってもらうといい」
行き届いている、とアズリアは感じた。同時に消耗品とはいえ、こうも簡単に魔道具の設計図を明かしてしまうイストに驚きを禁じえない。普通、魔道具職人は自分の作った魔道具に関する情報を、どんな些細なものであろうとも、すべて秘匿する。なのに設計図を開示するということは、つまりそれだけ自分の腕に自信があるということなのだろう。
「同じものなんて作れっこない」
と言うことではなく、
「技術を盗まれてもなんら問題ない」
と言うことだ。
「後は実際に使ってみてもらうしかないが、結構な威力だからな、試し撃ちは人がいなくて壊れると困るものがない場所でやることをお勧めする」
その何気ない言葉から、彼の自分の作品に対する自信が窺えた。過大評価や色眼鏡ではないだろう。実際に「夜空を切り裂く箒星」を目の当たりにして、その存在感を肌で感じたアズリアとしては、彼のその自信を疑うことなど決してできない。
「最後に注意点。矢を使わないとき、つまり魔力を束ねて放つだけならそうでもないんだが、『流れ星の欠片』を使うと魔力の消費量がハンパじゃない。だから一日に使えるのは三本まで。それ以上使ったら命の保証はしない」
恐ろしいことを、イストはさらりと言った。魔力とはすなわち生命力だ。魔力を使いすぎたことで、魔導士が死に至る例は決して少なくない。アズリアは神妙に頷いた。
「さて、何か質問は?」
「・・・・・・お前は一体何者なんだ・・・・?」
ずっと気になっていたことをアズリアはついに口にした。
実を言えば、「糸のない操り人形」を受け取ったときから気にはなっていた。どれだけ優れた職人であろうとも魔道具をたった二、三日で、しかも一から作り上げるなど、尋常ではない。あのときはストックしておいたものがあったのかもしれないとも考えたが、今こうして一般のレベルからは逸脱しすぎた魔道具である「夜空を切り裂く箒星」を手にするにあたり、目の前の人物に対する疑問は深まるばかりだ。
「最初に会ったときに言っただろう。オレはイスト・ヴァーレ。しがない流れの魔道具職人さ」
「それは偽名だろう?ただの流れの魔道具職人が、これほどの魔道具を作れるとは思えないな」
これほどまでに秀逸な魔道具を作れる職人ならば、引く手あまただろう。考えうる限り最高の条件で工房を任されるはずだ。言い換えれば、それは厚遇されると同時に囲われ管理されると言うことなのだが、それが普通だし、むしろそうでなければならないとアズリアは考えている。
強力な魔道具を作ることのできる優秀な魔道具職人は、魔導士たちよりもはっきりと稀有で危険な存在だ。例えばこの「夜空を切り裂く箒星」と同レベルの魔道具を無作為にばら撒かれたら、このカンタルクのパワーバランスなど、あっというまに崩壊してしまう。
魔道具職人は厚遇される代わりに管理される。職人が優秀であればあるほど、この傾向は強い。
翻ってこのイスト・ヴァーレという職人はどうだろう。彼が秀逸な職人であることは間違いない。にもかかわらず、彼はいずれの工房にも属していないと言う。そんな人物に対して不審や疑問を感じるのは至極当然のことだろう。
「いやいや、イスト・ヴァーレという名前は本名さ。少なくとも魔導士ギルドのライセンスにはそう記載されている」
そういってイストがアズリアにみせたプレート状のライセンスには、確かに「イスト・ヴァーレ」の名前が刻まれている。しかしアズリアは納得しない。
「だからと言ってそれが、本名だとは限らないだろう」
確かにその通りではある。だが、ではどう本名だと証明すれば良いのだろう。しかしイストはそのことには触れなかった。
「だがまあ、偽名じゃないが、受け継いだ二つ名ならある」
「・・・・・まさか・・・・・」
神がかり的な腕と二つ名を持つ流浪の魔道具職人。そんな存在は、一つしか思い浮かばない。
「・・・・・アバサ・ロット・・・・?」
イストの口が、ニヤリ、とつり上がった。
アバサ・ロット。その名は恐らく世界で最も良く知られた魔道具職人の名である。性別年齢一切が不明。だがかの者が作る魔道具はどれも超一級品ばかりで、しかも気に入った相手にだけ譲ることで知られている。アバサ・ロットは千年近く昔からその存在が知られているが、これは「アバサ・ロット」という名前が一種の称号として親から子あるいは師から弟子に受け継がれているためだと考えられている。
いつの時代もアバサ・ロットの存在は噂の域を出ない。しかしその一方でその存在が虚構のものになることもまた決してない。なぜならば彼(彼女?)の作品がいつの時代にも存在しているのだから。
これだけ有名であるにも関わらず、アバサ・ロットの偽者が出てくることはまずない。なぜならばその名に見合うだけの腕がなければすぐに偽者とばれてしまうからだ。さらに言えばアバサ・ロットは流浪の魔道具職人だ。名門工房に入りたいがために、あるいは為政者たちから厚遇を受けたいがために、その名を騙ったとしても、そもそもアバサ・ロットはどこかの工房に属すると言うことはなく、すぐにウソだとばれてしまう。それどころか世間知らずのモグリだと評価を落とされるのがオチだ。
気に入った相手にしか魔道具を作らず、しかも決して代金を受け取ろうとしない。これもまた偽者が現れない理由の一つだ。
あらゆる意味で伝説の魔道具職人。それがアバサ・ロットだ。
「誇るがいいさ、アズリア・クリーク。家名の力でもなければまして血筋でもない。お前はお前の力で、自分をアバサ・ロットに認めさせたんだ」
ほんの一握りの偉人たちしか成し遂げたことのない偉業だ誇るがいいさ、とイストは、いやアバサ・ロットは尊大に笑った。
その様子をアズリアは、半ば呆然として眺めていた。アバサ・ロットに自分を認めさせたというが、何をどうして認めさせたのだろう。
「フロイトに『糸のない操り人形』を渡したからか・・・・?」
思い当たる節はそれしかない。渡すかどうかが試験だったとすれば一応の筋は通る。
「いや、渡すかどうかは、実際にはどーでも良かったんだ」
しかしイストはその可能性をあっけらかんと否定した。
「じゃあどうして・・・・・」
「お前、ちゃんと悩んだだろう?」
確かにあの時、アズリアは悩んだ。悩みぬいた、といっていい。どちらを選んだとしても結局いつかは後悔するであろうその選択を、しかし目を逸らすことなく真正面から見据えて悩み、そして結論を出したのだ。
「それは賞賛に値する」
イストがそう言う。今まで聞いたことがないくらい、穏やかな声だった。
「・・・・・・イスト・・・・・・」
「ん?」
名前を呼ばれた男が振り向く。その顔に、いや顔はまずい。とりあえず腹に・・・・・。
――――ドスッ
アズリアの握り締めた拳がイストの腹筋にめり込んだ。鳩尾を狙わなかったのは彼女なりの温情か。
「とりあえず一発殴らせろ」
「・・・・・殴ってから・・・・・言うな・・・・・」
殴られた腹を押さえながらイストがげっそりとした顔でこちらを睨む。
「せっかくいい事言ったのに・・・・・・」
「もとはといえば、すべてお前が仕組んだことだろうが」
当然の報いだ、とアズリアはイストの恨み言をばっさり切り捨てた。
「だからその舞台の中でしっかりと悩んだお前をこうして褒めに・・・・・」
まだグチグチ言っているイストから、アズリアは、ふん、といってそっぽを向いた。そして、
「・・・・ありがとう・・・・・」
とてもとても小さな声でそういった。その声がイストに届いたのかどうかは分からない。彼はただ肩をすくめ、
「おう」
と言っただけだった。
アズリアは思う。これから先の人生の中で、どんな道を歩もうとも多くの難題に直面するだろう。そしてそのたびに選択と決断を迫られる。正しい答えや、すべての人が幸せになれる選択肢のない問題を前に、わたしはまた苦しむのだろう。
それでもきっと大丈夫だ。わたしはきちんと悩むことができた。目を逸らさず問題を真正面から見据えて苦しみ、その上で悩み決断を下すことができた。そしてそれが大切だと言ってくれる人がいた。
(だから、わたしはきっと大丈夫だ・・・・・)
アズリアはそう思う。
アズリア・クリークが大将軍ウォーゲン・グリフォードの三番目の副官として正式に任命されたのは、この日から三日後のことであった。その手には白銀の魔弓があったという。
―第三話 完―
というわけで「第三話 糸のない操り人形」楽しんでいただけたでしょうか。
今回は「アバサ・ロット」を意識して書いてみました。
「アバサ・ロットは気に入った相手にしか魔道具を譲らない」
そのエゴのために結構エグイことやってますね。
「うわ~イスト嫌なヤツ」と思われた方もいるのではないでしょうか?
実際著者も書いててそう思うことがありましたし。
本編を読まれた方は既にご存知と思いますが、今回タイトルに使った「糸のない操り人形」というのは魔道具の名前です。
ですが、それに加えて「自分ではどうしようもない状況に流される人」みたいな意味も込めたつもりです。
気づいていただけたでしょうか?
次はちょっと幕間を挟もうと思っています。