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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第三話 糸のない操り人形
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第三話 糸のない操り人形 プロローグ

第三話です。


今回はアバサ・ロットを意識した話にしたつもりです。

でもそのせいか、やっぱり主人公は出番が少ないような・・・・・。


楽しんでいただけたら嬉しいです。



名は存在のために

姓は血筋のために

そして、

決断は未来のために


**********


第三話 糸のない操り人形


「納得できません!!」


 若い女性、というよりまだ少女だろう。少女の声が校長室に響き渡った。


 カンタルク王国という国がある。

 エルヴィヨン大陸の中央部からやや東、オムージュの西南に位置している国で、版図は六三州。大国というほどではないが、他国からの一方的な圧力に屈しない程度の国力を保持している。


 その王都フレイスブルグにカンタルク王立士官学校がある。ここで育成された軍人たちは、いわゆる「叩き上げ」の兵士たちとは異なりエリートであり、組織の運営や運用に関わっていくことになる。


 この学校に入る生徒たちはさまざまな階級や生活背景をもっているが、大別すれば大きく二つのグループに分けることができる。


 まず第一に貴族の子弟たち。固有の領地を持たない下級貴族の子弟や、大貴族でも家督を継がない次男・三男などは、士官学校に入り軍での栄達を目指すことが多い。


 第二に貧しい者たち。士官学校の学費は基本的に無料だ。タダで学問を学べ、しかも少ないながらも小遣いまでもらえる士官学校には、苦しい生活をしている平民の子供たちが多く入学を希望する。人買いに非合法に売るよりはずっといいと思うのだろう、女子の生徒数が多いのも特徴の一つだ。あくまで、他国に比べて、だが。


「なぜ魔導科首席卒業のわたしが、志望部隊に配属されないのです!?」


 カンタルク王立士官学校には幾つかの科があるが、中でも最も人気があるのが魔導科だ。この科は卒業すると自動的に「カンタルク王国認定魔導士」の資格を得ることができる。


 卒業後の部隊配属の希望は成績上位者が優先される。しかし、大陸暦1561年度の魔導科首席卒業生、アズリア・クリークは志望部隊への配属を拒否されたのだ。


 アズリア・クリークは母子家庭で育った。母は若い頃に貴族の屋敷で下働きをしており、そこで御手つきになって彼女を身ごもったのだ。アズリアは自身の出生についてある程度知っているが、父親に当たる貴族の名前と家名は知らない。


「それについては(わたくし)からご説明いたしましょう」


 目の前の校長は一向に口を開こうとしない。声のしたほうを見ると、燕尾服を一部の隙もなく着込んだ初老の男が立っていた。


(わたくし)はヴァーダー侯爵家の執事でエルマーと申します」

「ヴァーダー侯爵家・・・・・」


 いきなり出てきた大貴族の名にアズリアは驚いた。


 ヴァーダー侯爵家は代々カンタルク王国の魔導士を統率する立場にあり、その当主は「魔導卿」と呼ばれている。その立場ゆえに当主も優秀な魔導士であることが求められており、そのため血筋よりも実力を重視する家風がある。


「ヴァーダー侯爵家が一学生に何の用でしょうか」


 自身の生まれのせいか、アズリアは貴族というモノが嫌いだ。自然、言葉も刺々しくなってしまう。


「アズリア様の部隊配属の件ですが、侯爵家が裏から手を回させていただきました」

「なっ!?」


 今度こそ、アズリアは言葉を失った。確かに軍に発言力のあるヴァーダー侯爵家ならば、学生一人の部隊配属に介入して握りつぶすぐらい、わけないだろう。


「ですから、アズリア様が正規の手続きでどこかの部隊に入ることは不可能とお思いください」


 淡々とそう告げるエルマーの目は、濁ってはいない。濁ってはいないが輝いてもいない。鏡のようにただ目の前にあるもののみを映している。どこまでも冷たいその瞳からは、一切の感情が窺えない。


「なぜです!?」


 アズリアは叫んだ。なぜ大貴族のヴァーダー侯爵家が平民の一学生であるアズリアの部隊配属に関与してくるのか。


「当主のビスマルク様がお会いになられます。馬車を表に用意してありますので、説明は道すがらにいたしましょう」

「お断りします!」


 反射的にアズリアは拒否した。それは頭で考えたものではなく、ひどく感情的な判断で、生理的嫌悪ともいえるものだった。


「学費はどうするのかね」


 無情な校長の一言が、彼女の感情のうねりに歯止めをかけた。カンタルク王立士官学校の学費は基本的に無料だ。しかし、対価として卒業後は一定期間軍務に付かなければならない。逆を言えば、軍務に付かない場合は学費を全額納めなければならないのだ。


 アズリアはこぶしを握り締め、悔しそうに俯いた。


 母は二年前に他界しており、彼女は天涯孤独の身だ。学費を全額など、払えるわけがない。彼女に残った理性はそれを十分に理解していた。


「貴女に拒否権はないのです」


 エルマーが静かに、そういった。


**********


 馬車に乗り込んでからずっと、アズリアは無言だった。現状は不満だらけだが、それゆえに子どもっぽい抵抗を試みているわけではない。起こった事柄を、ひとまず感情は抜きにして自分の中に収めようと必死なのだ。


 それが分かっているのか、エルマーも何も話しかけてこない。


 ふう、とアズリアは一つ息をついた。泣くのも憤るのも絶望するのも喚くのも、全ては事態を完全に把握してからだ。


「教えていただきたい、エルマー殿。ヴァーダー侯爵家の魔導卿がわたしに一体何のようがあるというのです」


 まるでアズリアから言い出すのを待っていたかのように、エルマーは静かに目を開き彼女を見た。


「では、結論から申し上げましょう」


 そういってエルマーは一拍おいた。そして、


「貴女には次期当主となり、ヴァーダー侯爵家を継いでいただきます、アズリアお嬢様(・・・)


 アズリアの予想をはるかに上回ることを告げた。絶句し、もはや何もいえなくなっている彼女に構わず、エルマーは言葉を続ける。


「ヴァーダー侯爵家が血筋よりも実力を重んじる家風なのはご存知でしょう」


 ヴァーダー侯爵家は、代々カンタルク王国の魔導士を統率する立場にある。しかし、魔導士という連中は、その性質上集団としての修練よりも個人を鍛えることが重視され、そのためか我が強く扱いにくい者が多い。


 ゆえにそれを統率する魔導卿たるヴァーダー侯爵は、自身も優秀な魔導士であることが求められるのだ。そのため外から力のある魔導士を当主に迎えるということが、ごく普通におこなわれてきた。現ヴァーダー侯爵であるビスマルク・フォン・ヴァーダー卿も、もとは辺境の下級貴族の出身だし、その妻であるノラ夫人も他の貴族の家から嫁いできた身だ。つまり今のヴァーダー侯爵家は一世代前のヴァーダー侯爵家とは、血縁的なつながりが全くないのである。


 ヴァーダー侯爵が魔導卿になるのではない。魔導卿がヴァーダー侯爵になるのだ。


「それは知っています。ですが、なぜわたしが・・・・・」


 なぜそこで自分が関係してくるのか。


 いくら王立士官学校の魔導科を首席で卒業したからといって、所詮はただの学生である。実力を示したこともなければ、当然実績もない。将来はともかくとして、現状の自分にそのような話が舞い込んでくるのは、いかにも不可解だ。


「旦那様と奥様のあいだにはお子様が一人おられます。長男のフロイトロース様、今年で七歳におなりになります」


 だったらなおのことわけが分からない。そうであればアズリアよりもその子どもに期待するのが筋ではないだろうか。


「左様でございます。普通でしたらそれが筋でございます。ですが・・・・」


 エルマーは痛ましげに嘆息した。


「フロイトロース様は生まれつき足が不自由なのです」


 それを聞いたとき、アズリアが感じたのはどうしようもない不快感だった。


「わたしは、そのご子息の代わりということですか」


 気に入らなかった。自分が誰かの身代わりとして選ばれたこともそうだし、そんなふうにして自分の子どもを切り捨てる親もそうだ。何もかもが気に入らなかった。


「でしたら、わたしなどよりも魔導卿にふさわしい魔導士はたくさんいると思いますが」


 アズリアの口調は苦々しい。だがエルマーは気にせず続けた。


「いえ、貴女でなければいけないのです。アズリアお嬢様(・・・)


「お嬢様はやめていただきたい。わたしはまだヴァーダー侯爵家とはなんの関わりもない」


 たとえ近い将来養女になるとしても今現在は法的にも血統的にも無関係のはずである。小さいといえば小さいことだが、不快感も重なりアズリアはかたくなにそう主張した。しかし、


「いえ、貴女にはそう呼ばれる資格がございます。なぜなら・・・・」


 エルマーはアズリアにあの鋭い視線をぶつける。


「なぜなら、貴女はビスマルク・フォン・ヴァーダー卿の実のご令嬢なのですから」




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