外伝 ロロイヤの遺産8
「迷いの森」。そこには濃い霧に閉ざされ、さらに最奥を目指して進んでもいつのまにか入り口に戻ってしまうのだという。その森の話をカンタルクの魔導卿であるフロイトロース・フォン・ヴァーダーから聞いたとき、カスイは直感的にこう思った。
「もしかしたら、その森は空間が捻じ曲がっているのかもしれない」
空間を捻じ曲げてループさせる。普通であれば、そんなことは不可能だ。しかし、空間を制御する理論が存在することをカスイは知っている。その論文の名前は「空間構築論」。著者はロロイヤ・ロット。初代アバサ・ロットにして、稀代の変人。そして世界樹の森に何かを隠したと書き残した、まさにその人である。
名前こそ「世界樹の森」ではないが、ロロイヤが関わっているかもしれないと言う点では、動くに値する情報だ。それが、カンタルクの魔導卿フロイトロース・フォン・ヴァーダーから迷いの森について聞いたカスイの感想だった。
その情報をもとに、カスイとソウヒはカンタルクのさらに北、ラキサニアを目指した。言うまでもなく徒歩で。船酔いの危険がなく、有力な情報も手に入ってカスイはご機嫌だった。山賊が出てきたら気持ちよく撃退できそうだ。彼女にとっては山賊よりも船酔いの方が恐ろしい強敵なのである。
ラキサニアに入ったカスイとソウヒはアルジャーク帝国(旧オムージュ領)との国境を目指した。そしてある村で迷いの森について話を聞くことができた。
フロイトが迷いの森と呼んだその森は、現地では「オドの樹海」と呼ばれているそうだ。広い樹海であり、奥まで入り込まなければ獲物が多く実りも豊かで、村の人々の生活には欠かせない森だという。
しかし、少し奥まで入り込んでしまうと途端に霧が出てくる。この霧は年中、季節や時間を問わずに発生していて、それだけでも村の人々は不気味に思っていた。そしてさらに奥に進もうとすると、いつのまにか入り口に戻ってきてしまう。ちなみにこの「入り口」というのは、樹海の入り口ではなく、「霧が発生し始める地点」という意味だ。まあ、そのまま進めば樹海の入り口に出てしまうのだろうから、間違ってはいないのだろうが。
そんな話を聞いてから、二人は「迷いの森」改め「オドの樹海」に入った。村の人たちが日常的に出入りしているらしく、森の中にはちゃんと道があった。その道を通って二時間ほど奥へと進むと、やがてその道は途切れた。二人の目の前には広大な樹海が広がっているが、村の人たちはここから先へはあまり行かないらしい。
「面白くなってきたじゃない」
口の端を釣り上げるようにして笑い、カスイはそう言った。その後ろでソウヒはため息をつきながら肩をすくめる。こうして笑う姉が決して止まらないことを、彼は経験則的に知っている。
「さあ、行きましょう?」
そう言ってカスイは道なき道に躊躇することなく一歩目を踏み出した。その背中を見失わぬよう、ソウヒも歩を進める。
しばらくすると、話に聞いていた通り霧が出てきた。霧が発生するような条件が揃っているようには思えず、たしかになかなか不気味である。
「これ、霧じゃないわ」
霧が出てきたところで立ち止まり、辺りを見渡していたカスイが唐突にそう言った。それを聞いて、ソウヒは思わず姉のほうを振り返る。
「え……、じゃあ、なんなの、これ?」
「魔力よ。少なくともコレを使うとそう見えるわ」
そう言ってカスイは右目にかけたモノクルを外してソウヒに渡した。このモノクルは二人が初めてルティスを訪れた際にカスイが初老の執事に憧れて作ったものだが、どうやらただのモノクルではなく魔道具だったらしい。
カスイから手渡されたそのモノクルを、ソウヒは左目で覗き込む。すると、今まで霧だと思っていたものが細かい光の粒の集まりとして見えた。確かにコレは普通の霧ではない。こういう見え方をするのは、カスイの言うとおり魔力である。
「こんなにたくさんの魔力が集まって、しかも可視化しているなんて……」
呆然としながら、ソウヒは小さく呟いた。魔力というものは、基本的にどこにでもある。だがその量は通常、魔道具を使っても視認できないほど微量だ。加えて、魔力は普通無色透明で目には見えない。
それがこれほど大量に、しかも視認できる形で存在している。これは明らかに普通ではありえない現象だった。
「アタリを引いた、かしら?」
嬉しそうに、ただし獰猛にカスイは笑った。そしてそのまま気負いを感じさせることなく、ズンズンと樹海の奥へと進んでいく。そんな姉の背中を、ソウヒは慌てて追った。
「ちょっと、姉さん! このまま進んでも戻ってくるだけだよ!?」
「いいじゃない。ちょっと“迷って”みましょうよ」
「えぇ……」
迷う、という言葉に肯定的なイメージを感じる人は少ないだろう。しかも今回は文字通りに“迷う”のだ。しかしカスイはむしろ面白そうにして、嫌な顔をするソウヒの腕を掴み嬉々としながら森の奥へと進んでいった。
進むにつれて、話に聞いていた通りだんだんと“霧”が濃くなっていく。そしてついには一面真っ白になり、すぐ前にいるはずのカスイの姿さえソウヒには見えなくなった。つないだ手だけが、お互いの存在を保証している。この“霧”は実際には魔力で、魔道具を通してみると光の粒に見えるから、もしかしたらカスイは今自分が光の中にいるように感じているかもしれない。
やがて“霧”は薄くなり、周りの様子が見えるようになった。辺りを見渡すと、なんとなく見覚えのある場所だ。どうやら無事に戻ってこられたらしい。そう思って、ソウヒは思わず安堵の息をついた。
「ふうん……。これが『迷いの森』、か……」
あまり感情をうかがわせない声で、カスイはそう呟いた。興味深いと思っているのか、あるいはつまらなかっただけなのか、声だけでは判断しにくい。ただ、やったことと言えばまっすぐ歩いただけなので面白くなかったのかもしれない。
「さて、じゃあもう一回行くわよ」
「えぇ……、もう一回……? また“迷って”戻ってくるだけだよ……?」
「大丈夫よ。空間がループしている地点を見つけたの。たぶんそこから先に進めるわ」
そう言うと嫌そうにするソウヒの首根っこを引っつかんで、カスイは構うことなくまた樹海の最奥を目指して歩き始めた。奥に進めば進むほど、当然“霧”は濃くなっていく。そして、“霧”が最も濃くなりあたり一面が真っ白になったところでカスイは足を止めた。
「ここよ、ソウ。ちょっと見てみなさい」
お互いの姿を見失わないようにすぐ近くに立ち、カスイはそう言ってソウヒにモノクルを手渡した。彼がそのモノクルを覗き込むと、周りの景色が一変した。白く塗りつぶされともすれば不気味だった世界が、光の粒で満ちた幻想的な世界に早変わりしたのである。
そんな光の粒で満たされた世界のある一点に、光の粒が集まりより強く輝いている場所がある。しかしモノクルを外してみると、そこに特徴的なものは何もない。恐らくはこれがカスイのいう「空間がループしている地点」なのだろう。
「それで、姉さん。どうするの?」
「まあ、見ていなさい」
ソウヒからモノクルを受け取ると、カスイはそう言って得意げに笑った。そして光の粒が集まって強く輝いていた場所に手をかざす。すると、彼女の手の先に魔方陣が生じた。もちろんこれには仕掛けがあって、カスイが指に嵌めた「光彩の指輪」という魔道具の力である。
魔方陣というのは、簡単に言えば魔道具の理論部分のことである。言い換えれば、魔道具とはこの理論にふさわしい形を与えた道具、ということになる。
カスイが展開した術式は、ソウヒの予想通りのものだった。彼女が展開したのはロロイヤが遺しイストが解析した空間系魔道具の根本をなす術式、つまり「空間構築論」が導く結論たる「根源の法」だった。空間の歪を解析して干渉するために、これほど相応しいものはないだろう。
「さあて……」
挑戦的な笑みを浮かべながらそう呟くと、カスイは早速解析を始めた。ソウヒが見守る目の前で、彼女の展開した魔方陣が次々に書き換わっていく。パラメータを書き換えて反応を見ているのだ。
「これで……、ビンゴ!」
カスイがそう声を上げると、二人の目の前で劇的な変化が起こった。空間が目に見えて歪み、そして口を開けるようにして道が生まれたのである。周りは“霧”だらけだというのに、その道だけは“霧”に隠されることなくはっきりと見えた。
「うわあ……、これは本当に大当たりかもね……」
ここまで上手く行くとは思っていなかったソウヒは、そう感嘆の声を漏らした。カスイも満足げな笑みを浮かべて何度も頷いている。
「さあ、早く行きましょう。早くしないと閉じちゃうわ」
展開していた魔方陣を消し、カスイは歩き始める。そんな姉の背中をソウヒは追った。
「不思議な場所ね……、ここ……」
前を行くカスイがポツリとそう言った。なんでも二人が今歩いているこの場所は、普通の空間からは少しズレた場所らしい。少なくとも、魔道具であるモノクルを通して見るとそう形容する他ないと言う。
「あ、そろそろ“出る”わ」
カスイがそう言った瞬間、強い光がさしてソウヒは思わず目を覆った。そして光が弱まってから辺りを見渡すと、景色が一変していた。そこには巨大な樹木が何本もそびえ立っていたのである。
「すごいわ……、この木。普通じゃ考えられない量の魔力を放出している……!」
巨木を見上げるカスイが興奮気味にそう声を漏らす。モノクルを借りて見てみると、確かに彼女の言うとおりである。その放出された多量の魔力が“霧”として目視できないのは、ここの空間が歪んでおらず安定しているからなのだろう。
「きっとこの木がロロイヤの言う世界樹ね……」
カスイの言葉にソウヒも頷く。これほど多量の魔力を放出する樹木について今まで聞いたことはないし、恐らくイストも知らないはずだ。
「ということは……、ここが世界樹の森で確定ね!」
そう言ってカスイは手を叩きながら飛び跳ねて喜んだ。数多くの世界樹が立ち並ぶ森。確かにここは「世界樹の森」だった。
シラクサを旅立ってカルフィスク、ルティス、統一王国のガルネシア、ポルトールのサンサニアとパートーム、そしてカンタルクのブレイスブルグを経てようやくたどり着いた世界樹の森である。ようやくたどり着いたと思い、ソウヒも拳を握り締めて静かにしかし熱く喜んだ。もっとも、次の瞬間にはカスイに抱きつかれて二人一緒に地面に倒れたが。
「さあ、あとはロロイヤの遺産を探すだけよ!」
興奮冷め止まぬ様子でカスイは右腕を突き上げそう宣言した。そんな彼女の様子に苦笑しながらソウヒは身体を起こす。旅の総仕上げだと思うと、居ても立ってもいられない。そんな思いは、二人とも共通だった。
「行くわよ、ソウ! 早く早く!」
そう言ってカスイは駆け出した。その後をソウヒは慌てて追う。
ロロイヤは遺産をこの森のどこに隠したのか。そのことに関する記述は何もない。そもそも、遺産の中身をうかがわせる記述さえ何もないのだ。大きいものなのか、小さいものなのか、本当に何も分からない状態だ。
だから遺産の隠し場所を見つけることが最大の難関になるとソウヒは思っていた。しかし彼の予想はあっけなく裏切られる。歩き始めて十分も経たないうちに、それらしきものが見つかったのである。
そこは世界樹の森の開けた場所だった。その小さな広場の端には、綺麗な水が湧き出ている泉もあった。その小さな広場で、カスイが空間の歪みを見つけたのである。
「これね。間違いないわ」
興奮を隠しきれない様子でカスイは空間の歪みを見据えながらそう呟いた。何かしらの魔道具を使って遺産をこの歪みの向こう、亜空間に封印してあるのだろう。カスイはそう推測し、その意見にソウヒも賛成だった。
亜空間の維持には魔力が必要だが、ここには世界樹が供給する潤沢な魔力がある。そう大きな亜空間でなければ、維持は十分に可能なように思えた。もしかしたら世界樹の森を覆うループした空間も、その封印用の魔道具の影響なのかもしれない。
そしてそのような魔道具を作れるとしたら、ロロイヤをおいてほかにはいないだろう。ということは、ここに隠されているのは彼の遺産であると見て間違いない。
「じゃあ、さっそく解除するわ……!」
笑みを浮かべながらカスイは右手をかざし、“道”を開いたときと同じように魔方陣を展開した。そして嬉々としながらパラメータを変化させていき、歪みの解析を始める。しかし、解析を進めるにつれて彼女の表情は徐々に曇っていった。
「コレ、ものすっごい難しい……」
時間がかかりそうだ、とカスイは言った。さすがはロロイヤ。一筋縄ではいかない。ソウヒは残念に思うより、むしろ納得してしまった。
「ご飯の用意をしておこうか?」
「うん、お願い。……これ一日で終わるかな……?」
ブツブツと呟きながらカスイは眉間にシワを寄せながら歪みの解析を続ける。結論から言えば、解析が一日で終わることはなかった。それどころかカスイはその日のうちにわずかな取っ掛かりを掴むことさえできなかったのである。
「おのれロロイヤ! 往生際が悪いわよ!?」
ロロイヤ本人はとっくの昔に往生しているのだが、それはそれとして。さすがは初代のアバサ・ロットにして空間系の理論をたった一人でゼロから作り上げた稀代の天才というべきか。カスイと姉を手伝うソウヒは歪みの解析に散々手こずった。
様々な解析方法を試してはその反応を調べて記録する毎日が続いた。二人とも、もう思いついた解析法がたまたま上手くいって封印が解除されるなどと言う甘い展開は期待していなかった。地道にデータを収集して取っ掛かりを積み上げ、さらにそれらのデータを検証して次の解析法を考えていく。そんな地味な作業を延々と繰り返していくしかなった。
「こういう時、『狭間の庵』ってホント便利ね……」
しみじみとカスイは呟いた。「光彩の指輪」で魔方陣を展開するだけでは解析が追いつかず、そのため二人は解析用の魔道具を新たに作ったりもしたのだが、その時に大活躍したのがアバサ・ロットの工房「狭間の庵」だった。
なにしろ「狭間の庵」には大手の魔道具工房に勝るとも劣らない設備が揃っている。歴代のアバサ・ロットたちが「あると便利だから」という理由で用意していったものだ。カスイとソウヒは「へのへのもへじ」しか知らないが、しかしそこと比べても「狭間の庵」のほうが設備が揃っているように見える。しかも素材も大量にストックしてあるおかげで、旅先で思い立ったらすぐに魔道具を試作するというむちゃくちゃなことが可能になっているのだ。もし「狭間の庵」がなかったら、解析にかかる時間は二桁くらい違っていただろう。
それにしても、「狭間の庵」を作ったものロロイヤである。中の設備を揃えたのは歴代のアバサ・ロットたちだが、しかし彼の功績は飛びぬけて大きいと言わざるを得ない。ロロイヤの力を使わなければロロイヤの遺産を手に入れることができないというのは、魔道具職人として、また当代のアバサ・ロットとして、カスイには悔しいところだった。
ソウヒにもその悔しさは理解できる。ただ理解できる反面、彼自身はそれほど悔しいとは思っていなかった。むしろロロイヤが持っていた知識と技術に感嘆するばかりである。千年前の偉人から手ほどきを受けていると思えば、遅々として進まない解析作業もそれほど苦にはならなかった。
「偉人じゃないわ! 変人よ! 問題児よ! 人格破綻者よ!」
目の端に涙を浮かべながら、カスイはそう叫んだ。彼女にしてみればこれは手ほどきなどではなく、千年をかけた壮大な嫌がらせに他ならない。きっとイストも同じことを言っただろう。千年後の末孫(技術の、だが)にこんな嫌がらせをするロロイヤなど、変人で問題児な人格破綻者で十分だった。
さてカスイとソウヒがウンウン唸りながら解析を続けること、実に三週間。ついに空間の歪みの解析が完了した。解析のために作られた魔道具は全部で七つにもなる。しかも解析が完了しただけで、封印が解除されたわけではない。今度はこの解析結果を元に、封印解除用の魔道具を作らなければならないのだ。
「ここまで来れば後一歩!」
そう言ってカスイはヤケクソ気味に気炎を上げた。ここまで来るともうヤケである。なにが何でも封印を解除し遺産の中身を暴いてやると彼女は息巻いていた。
カスイほど頭に血は上っていないが、ソウヒもまた遺産の中身には興味があった。ロロイヤが遺した物と言うだけで興味をかき立てられるが、こうも厳重な封印が施されていると、一体どれほど貴重なものが隠されているのか気になってしまう。要するに、二人とも宝探しに夢中だったのだ。
二人は揃って解析結果の検証を始めた。そしてどうすればこの封印を解除できるのか、喧々諤々の議論を戦わせる。普段はカスイの意見に流されがちなソウヒも、このときばかりは自分の意見をはっきりと言った。「下手な遠慮は、むしろ相手への侮辱である」というのが、魔道具工房「へのへのもへじ」の流儀だった。
そうやって進める封印解除用魔道具の製作は、しかし順調に進んだとは言いがたい。解析が終わった四日後に試作一号機が完成したのだが、結果は見事に玉砕。遺産が封印されているその空間を揺らすことさえもできなかった。
理由は端的にいって干渉力不足。つまり封印の強度が強すぎて、解除しようにも全部跳ね返されてしまったのである。しかし出力を上げようにも限界がある。結局、現実的な方策としては術式そのものを一から見直し、より洗練されたものにするしかなかった。
「ロロイヤの鬼畜ぅ…………」
「頭、痛い……。鬼だよコレ……」
カスイとソウヒは今までにないくらいに頭脳を酷使していた。二人はもちろん、今までに自分の仕事に対して真摯に向き合い、妥協せずにやってきたつもりだ。しかし二人には才能があった分、これまで大きな壁にぶつかることはなかった。そんな中、このロロイヤが遺した“宿題”は二人が初めて突き当たる巨大な壁だった。
カスイもソウヒも、「やめようか」という考えが頭をよぎったことがあっただろう。しかし二人ともそれを口に出すことはしなった。それは意地の問題だったし、もしかしたらプライドの問題でもあったのかもしれない。
なにより二人が匙を投げたら、恐らくイストが解除してしまうだろう。まだ見ぬ遺産を手にイストが高笑いしている姿を想像すると、二人としてはもう決して後には引けなかった。
試作一号機の失敗から三日後、試作二号機が完成した。しかし結果はまたしても失敗。だが封印に干渉し、空間が揺れるその様子を視認して観察することはできた。なんの成果もなかった試作一号機から比べれば、着実な進歩と言える。そしてさらに検証を重ねること五日。ついに試作三号機が完成した。
「これなら……! これなら絶対にイケるわ!!」
そう言ってカスイは自信を見せた。その思いはソウヒも同じである。二人とも術式を限界まで洗練し、また魔道具の造形もそれに相応しいものになっているという自信があった。
「さあロロイヤ、往生しなさいっ!」
ロロイヤの生霊を成仏させるがごとくにそういうと、カスイは封印解除用魔道具試作三号機を起動した。試作三号機は順調に封印に干渉して空間を揺らす。そしてついに空間が歪み始めた。
「行けっ! 行けっ! 行けっ! 行けっ!」
その様子をカスイは両手を強く握って見守り、ソウヒは固唾を呑んで見守る。二人が見守る前で歪みは徐々に大きくなっていく。封印が干渉を受けたことで、今まで安定した空間が不安定になっているのだ。そしてその不安定さが極大に達したとき、封印は解除される。
しかし。ロロイヤ(の封印)はしぶとかった。順調に拡大していると思われた空間の歪みはある時点から目に見えて変化が鈍くなり、そしてすぐにそれ以上拡大しなくなってしまった。それどころかまるで時間を巻き戻していくかのように急速に縮小していき、そして最後には歪みどころか揺らぎもない、ただの安定した空間に戻ってしまった。
やはり、干渉力不足である。歪みを一気に極大まで持っていけなかったために、空間それ自体が安定化を求めて巻き戻ってしまったのだ。考えられる原因はそれしかない。しかし今のカスイとソウヒにそれを考えるだけの余裕はなかった。
「うっぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
自失呆然とするソウヒの横で、カスイは頭をかきむしりながら奇声を上げた。そしてそのまま地面に倒れこんで、さらに転げ周り……。
――――ジャポン。
広場の片すみにあった泉に落ちた。




