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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
外伝
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外伝 ロロイヤの遺産6


 ポルトールの北にカンタルクという国がある。東にはオルレアン、北東には旧オムージュ(現在はアルジャーク帝国の一部)、北にはラキサニア、西には旧神聖四国が位置している。つまり、カンタルクは内陸国なのだ。


 この国の今の情勢はよくない。オルレアンでアルジャークに敗れ、属国化していたポルトールを失った。それだけならばまだよい。本来の領土はまだ無傷で残っている。だがこの国は現在、経済的にも政治的にも孤立しつつあった。


 その理由を一言で説明するならば、「ポルトールと長年因縁の関係にあったから」とでも言えばいいのだろうか。ともかく順を追って説明するとしよう。


 エルヴィヨン大陸のパワーバランスは、〈大崩落〉の後にほぼ固定化されたといっていい。大雑把に言うならば、東はアルジャーク帝国、西はアルテンシア統一王国がそれぞれ盟主となったのである。そしてカンタルクは大陸の中央より少し東側に位置していたので、アルジャークの影響を強く受けることになった。


 実際、カンタルクはアルジャークの勢力に囲まれていたと言っていい。南のポルトールはアルジャークと蜜月にあるし、東のオルレアンも似たようなものである。北東のオムージュは併合されて久しいし、北の小国ラキサニアは国体の保持のため必死に尻尾を振っている。さらに西の旧神聖四国は、シチリアナ王国の姫シルヴィアが皇帝クロノワに嫁いでいるため丸ごとアルジャーク寄りである。


 当然、カンタルクもアルジャークに接近しようとした。その時クロノワが交渉に入るための条件として出したのが、「ポルトールにブレントーダ砦を返還せよ」というものだった。


 ブレントーダ砦はカンタルクとポルトールの国境にある砦で、もともとはポルトールが管理していた。これを〈大崩落〉の少し前に奪い取ったのが、カンタルクの大将軍ウォーゲン・グリフォードである。以来、この砦はカンタルクのものとなっていた。


 アルジャークは、それをポルトールに返せ、という。明らかな内政干渉であり、カンタルクの王宮内は大いに荒れた。


 アルジャークにしてみれば、カンタルクがブレントーダ砦を保有している状況は、安定した交易を行う上でのリスクだった。カンタルクとポルトールは因縁の間柄。さらにポルトールは内戦の影響もあって国力、とくに軍事力が大幅に低下している。カンタルクに攻め込まれればひとたまりもないだろう。そしてカンタルクとポルトールが戦争状態になれば、サンサニアを拠点にしているアルジャークの交易に影響がでるのは必至である。アルジャークは、というよりクロノワはそれを懸念していた。


 もちろん、カンタルクとポルトールが戦争状態になればアルジャークは軍を動かすだろう。それどころか、オルレアンにラキサニア、シチリアナを始めとする旧神聖四国も黙ってはいないだろう。カンタルクは四方から攻め込まれ、滅びることになる。


 それが分かっているから、カンタルクも軽々しくは動けない。しかしクロノワにしてみれば戦争状態になることそれ自体が嫌だったのだ。だからこそ、侵攻の拠点となるブレントーダ砦を手放すよう求めたのだ。ある意味で戦争をしないと言う確約を求めた、ともいえるだろう。


 しかしカンタルクは、というより国王のゲゼル・シャフト・カンタルクは砦を手放すことを嫌がった。それは当然、将来的にポルトールに侵攻することを視野に入れてのことである。


 もちろん、アルジャーク勢力に囲まれている今この状況で動くことなどできない。しかしもし、情勢が変わるならば。その時には軍事的に弱っているポルトールを一息に飲み込み、因縁の関係を終わらせてくれる。ゲゼル・シャフトはそんな考えを抱き続けていた。


 実を言うならば、カンタルクの王宮内には「砦を返還すべき」と主張する者たちもいた。そうするほうが現時点では圧倒的に利があるからだ。しかし王がそのような考えであるから、最終的に大勢はそちらに流れた。そしてカンタルクは周辺諸国から孤立していくことになる。


「ゲゼル・シャフトは乱世が終わったことに気づかなかったのだ」


 ある歴史家はそんなふうに書いている。彼にとって乱世はまだ終わっておらず、そのため野心の残り香であるブレントーダ砦を手放すことができなかったのだ。


 ちなみにブレントーダ砦はゲゼル・シャフトが暴飲暴食の果てに脚気で死んだ後、ポルトールに返還されている。このときにはすでに因縁の二カ国の力関係は歴然としたのもになっており、ゲゼル・シャフトはカンタルクを没落させた暗君として歴史に名を残すことになった。



**********



 カンタルクに入ると、途端に空気が悪くなった。それはもちろん雰囲気と言う意味であり、つまり経済が滞っていて治安が悪いと言う意味だ。カンタルク領内の、周りに人気のない道で賊に襲われたカスイとソウヒの二人は、その空気の悪さを肌で感じていた。


「カンタルクの治安が悪いって、本当だったのね……」


「まあ、この状況を治安がいいとは言わないだろうね……」


 まるで他人事のように話す姉のカスイに、弟のソウヒは呆れたような口調でそう応じた。どちらにしても、二人とも緊張感が無いこと甚だしい。そしてその緊張感の無い態度は、二人の回りにいるガラの悪い連中の機嫌を逆なでした。


「フザけんなよっ、ガキどもが!!」


 二人の周りを取り囲む一人が大声でそう叫ぶと、他の連中も口々に二人に罵声を浴びせる。なかには手にした剣を振るうものもいたが、その刃が二人に届くことはない。そしてその事実が、こうして賊に囲まれているにも関わらずカスイをソウヒが落ち着いていられる理由だった。


 二人の周りには半球形の光の壁が展開されている。この光の壁が、賊と二人を隔てていた。ソウヒが発動している魔道具で、「ネットシェルター」という。実際には壁ではなく細かい網目になっていて、そのため壁の向こう側の様子もはっきりと見ることができた。


 賊たちは魔道具を持っていないらしく、「ネットシェルター」のおかげで二人は全ての攻撃を防ぐことができている。しかし「ネットシェルター」も完全ではない。一度発動すると、そこからその中から移動することができないのだ。移動するには一度魔道具を停止するしかない。だからこそ、二人は逃げることなく賊に囲まれるままになっていた。


「いつまで魔道具を使い続けられる? 魔力が切れたときがお前たちの最期だ!」


 賊の頭らしい男の言葉に、「いやまったくその通り」とソウヒは声に出さず同意した。魔道具である以上、永遠に発動し続けることはできない。どこかで魔力が切れてしまう。そうなったら、確かにおしまいである。


「どうする、姉さん?」


「まったく……、しょうがないわね……」


 焦った様子のないソウヒの問い掛けに、カスイは面倒くさそうにそう応じた。そして右の手首につけていた、細い鎖を束ねたデザインの腕輪を外す。それをみてソウヒは「げっ」と声を上げた。


「『げっ』って何よ、『げっ』って」


「いや、姉さんがそれを外すときは大抵ロクな事が起こらないから……」


 カスイが外したのは「安全腕輪(セーフティー・ブレスレット)」という魔道具で、その効果は使用できる魔力の制限だ。一種の封印魔道具だと思えばいい。子供の頃カスイが魔道具に悪戯をしまくっていたためにイストが作った魔道具だが、デザインが気に入って彼女は今でも普段からこの腕輪を身につけている。そして「安全腕輪」を外すと言うことは魔力の制限がなくなるということで、つまりカスイが本気になったということだ。


 外した腕輪を懐にしまうと、カスイは代わりに一本の煙管を取り出した。それを見てソウヒは「うわぁ」という顔をする。その煙管は彼が知るなかでも飛びきりに凶悪な魔道具の一つだった。


 ただ、それを知らない賊たちは煙管をくわえて吹かすカスイを見て下品な笑みを浮かべた。この時代、タバコを吹かすような女は商売女と相場が決まっている。そのため男たちは「なんだぁ? 誘ってんのかぁ?」と卑下た猫なで声で話しながら、ねっとりと絡みつく不快な視線をカスイに向けた。


 その全てを無視しながら、カスイは「ふう」と白い煙(水蒸気だが)を吐き出す。さらに煙管の火皿からも白い煙(水蒸気らしいが)が立ち上っている。不思議なことにそれらの白い煙(水蒸気)は消えることなくカスイの周りに留まっていた。


「さあ、行きなさい」


 冷たい声でそう命じると同時に、カスイは手に持った煙管に魔力を込めた。すると彼女の周りに漂っていた白い煙が一斉に動き出し、「ネットシェルター」の小さな網目を通って外に出ていく。その光景に賊たちは首をかしげ、またある者は馬鹿にしたように笑ったが、次の瞬間、彼らはそろって悲鳴を上げていた。


「ぎゃあああぁぁああ!!?」


 白い煙が彼らの身体をまるで鋭利な刃物であるかのように突き刺したのである。男たちは慌ててその煙を振り払おうとして、しかし唖然とした。剣で、盾で、腕で、煙を振り払おうとしても触れられないのである。いや、煙とはそもそもそういうものだが、しかし身体に突き刺さっているものに触れられないとは一体どういうことなのか。


「くそっ! なんだよ、コレ!?」


 賊たちは悪態をつくが状況はなにも変わらない。それどころかカスイは白い煙の量を増やしていて、彼らにとって状況は悪くなるばかりだった。


「に、逃げろ!」


 頭らしき男が上ずった声でそう命令する。部下たちは待っていたとばかりに逃げ出そうとして、愕然とした。足が動かないのである。足を見れば煙がまるで鎖のように足に絡みついている。


「何なんだよっ、何なんだよっ、この煙はぁあ!?」


 相手は触れられず、しかし相手には触れられる煙。それはつまり、一方的に攻撃できると言う意味だ。これこそがソウヒ曰く「エゲつない」魔道具「無形」だった。


 もちろん対策はある。この煙を制御しているのはカスイの持つ煙管であることは一目瞭然。だから彼女を何とかしてしまえばいい。だが、現状それは机上の空論だった。なぜならカスイは「ネットシェルター」によって守られ、賊たちには手が出せないからだ。


「逃がさないわ」


 煙を振り払おうとする男たちを冷たく見据え、口の端に酷薄な笑みさえ浮かべながらカスイはそう言った。煙の量は時々刻々と増していき、賊たちは煙に拘束されてついには身動きが取れなくなった。


「た、助け……!」


 助けを求めた男は、次の瞬間に血を吐いた。心臓を煙で刺されたのだ。絶命した男が力なく地面に倒れる。仲間が死んだのを見て、同じく身動きが取れなくなっている賊たちはみっともない悲鳴をあげた。間違いなく、自分の姿を重ねたのだ。


「姉さん! なにも殺さなくても……!」


 賊の一人が死んだのを見て、ソウヒも流石に顔色を変えた。しかしカスイは相変わらず酷薄な笑みを浮かべながら賊たちを冷たく見据えている。


「姉さん!!」


 ソウヒが声を上げるのとほぼ同時に、賊がもう一人死んだ。今度は首筋を貫かれている。止めるつもりはない、というカスイの明確な意思表示である。


 その後もカスイは一言も喋らず淡々と、しかし酷薄な笑みを浮かべたまま、賊を一人ずつ片付けていった。なまじ時間がかかったせいで賊が感じた恐怖は増大したらしく、多くの者が失禁し、なかには脱糞した者もいた。


「お、俺たちが悪かった……! だ、だから……!」


 最後に一人残った賊の頭が、血の気の引いた顔で命乞いをする。カスイはやはり一言も話そうとはしなかった。代わりに彼女はさらに「無形」を操作し、余っていた煙を寄せ集めて巨大な狼の頭部だけを作り出す。


「ひっ……! ひぃぃ……!!」


 賊の頭が悲鳴を漏らすその前で、煙でできた狼の頭部が大きく口を開く。芸が細かいことに、牙の一本一本から舌にいたるまでちゃんと造形されている。しかし賊の頭にはそれに感心している余裕などなかった。


 大口を開けた煙の狼が勢いよく口を閉じる。それ以後、賊の頭の声がすることはなかった。カスイが「ふう」と息を吐くと、白い煙は形を失い風に吹かれて散っていった。そして一瞬遅れて「ボトリ」と音を立てて賊の頭の首が落ちる。


「姉さん……、なんで……」


 賊が全滅し、必要なくなった「ネットシェルター」を解除しながら、ソウヒは恐るおそる姉のほうを見た。カスイは賊たちの死体を冷めた目で眺めていた。まるで「つまらない」とでも言いたそうであった。


「……さ、いきましょう」


 何事もなかったかのような口調でカスイはそう言った。そして青い顔をしているソウヒに近づき、「しゃんとしなさい!」とその背中を遠慮なくぶっ叩く。その顔や声音に、人を殺したことへの忌避や後悔、あるいは恐怖といったものは少しも感じられない。


(分かってる、分かってるけどさ……)


 ソウヒだって分かってはいる。あの賊たちを生かしておいたところでロクなことにはならない。また別の人たちを襲うだけだろう。それどころか二人が再び襲われる危険性だってあるかもしれない。つまり殺してしまうのが最も後腐れが無いのだ。まして向こうだってこちらを殺そうとしていたのである。殺されたとしても自業自得だ。


 それでも。ソウヒの中にはやはり人を殺すことに強い禁忌を覚える。そして、それをいとも簡単に蹴飛ばしてしまった姉が、彼には信じられなかった。


(ああ、そうか……。だから……)


 その瞬間、ソウヒは唐突に理解した。なぜ父が自分ではなくカスイを次のアバサ・ロットに選んだのか。それはきっとこういうことなのだ。職人としての腕だけの問題ではないのだ。


 アバサ・ロットは気に入った人間にしか魔道具を渡さない。しかし渡すときには一切の対価を求めない。そういうアバサ・ロットのあり方は、あちらこちらで軋轢を生む。


 見方を変えれば強力な魔道具をばら撒いているのだ。パワーバランスの変化など、問題が起こることは容易に想像できる。そうでなくとも、自分も強力な魔道具が欲しいと思う人間は多いだろう。そういう人間に付きまとわれれば、やはり問題が起こる。


 そういう問題を笑いながら蹴り飛ばしていける人間でなければ、アバサ・ロットは務まらないのだ。そして姉はそれができる人間で、自分はたぶんできない人間だ。ソウヒはそう思った。


「ソウ、どうしたの? 早く行くわよ?」


 カスイが振り返ってソウヒにそう声をかける。今さっき賊を皆殺しにしたとは思えない、いつも通りの彼女の声だった。姉のその声を聞いて、ソウヒは何かを振り払うように頭を左右に振った。


「今行くよ」


 そう言ってソウヒは歩き出した。その足取りは思いのほかしっかりしている。その様子をイストが見ていればあるいはこう言って笑ったかもしれない。


『なんだ、結構大丈夫そうじゃないか』


 ソウヒもまた、イストの子供なのだ。


ではまた来週。

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