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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第十話 神話、堕つ
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第十話 神話、堕つ⑧

「父上!お話がございます!」


 神聖四国の一国、サンタ・シチリアナの王城の一室の扉が勢い良く開けられた。その部屋はサンタ・シチリアナの国王アヌベリアス・サンタ・シチリアナの執務室である。彼はすぐには頭を上げずサインをして印を押した書類を侍従にわたし、少し冷めてしまった紅茶を一口飲んでから開け放たれた扉のほうに視線を向けた。そこにいたのは、思ったとおりの人物であった。


「シルヴィアか。何のようだ」


 シルヴィア・サンタ・シチリアナ。アヌベリアスの長女で、今年で十七歳になる。王族や貴族の姫は十四・五で嫁ぐことも珍しくなく、十七ともなれば嫁いだ先で子供の一人や二人産んでいてもおかしくはない。行き遅れといわれるような年齢ではまだないが、そろそろ婚約を決めなければ、と父親のアヌベリアスは思っていた。


(いや、婚約はしていたのだがな………)


 シルヴィアはもともと、王家とも遠い姻戚関係にある公爵家の嫡子との婚約していた。政治の世界にありがちな政略結婚であり、当人たちの意思や好みとはまったく関係のないところで決められた話であったが、二人ともそれほど忌避してはいなかった。小さいときから決められていたことで、そうなるのが当然と感じていたのだろう。


 しかし、その婚約者殿が第一次十字軍遠征の時に戦死してしまった。当然、シルヴィアの婚約は解消になり、今年挙げるはずであった式は取りやめになってしまった。


「統一王国が、シーヴァ・オズワルドが軍を率いアナトテ山を目指していると言うのは本当でございますか」


 ちっ、と舌打ちしたくなるのを眉間にシワを寄せることでアヌベリアスは堪えた。いずれ耳に入ることとはいえ、もう少し手を回し外堀を埋めてからにしたかった。


「………事実だ」


 とはいえ嘘をつくわけにもいかない。苦い表情のままアヌベリアスはそう答えた。


「シャトワールとブリュッゼは戦わずして降伏したとか」

「………そこまで知っているのか」


 シルヴィアの得ている情報は事実であった。半島の付け根辺りに位置し、アルテンシア統一王国と直接国境を接しているこの二カ国は、宣戦布告がなされアルテンシア軍が国土に足を踏み入れた直後に戦わずして降伏したのだ。


 シャトワールとブリュッゼが降伏した第一の理由は、単純にアルテンシア軍と戦って勝てる見込みが無かったからだ。この二カ国は二度の十字軍遠征、特に第二次遠征のさいに物資を強制的に供出させられたことによる疲弊がひどく、とてもではないがシーヴァと正面切って戦うだけの戦力を集めるのは無理であった。戦えないのであれば、降伏するしかないではないか。


 しかしシャトワールとブリュッゼが降伏した理由はそれだけではない。より大局的な理由として、彼らは教会と手を切りたかったのである。


 第二次遠征のさいの物資の強制的な供出は、これらの国家とその国民の双方に教会に対する反感を抱かせた。その上、第三次遠征を行なおうというだ。その時にも金とモノをせびられるのは目に見えている。このままでは教会に食いつぶされてしまう、という危機感が国内に漂っていた。


 それを避けるには教会と手を切らなければならない。しかし下手にその勢力下から逃れようとすれば、今度は自分たちが十字軍の餌食になってしまう。そうならないためには、教会勢力に匹敵するかそれ以上の庇護者が必要になる。


 シャトワールとブリュッゼが選んだその庇護者こそ、アルテンシア統一王国でありシーヴァ・オズワルドであったのだ。


「異教徒に、しかも戦わずして降伏するとは何たることか!」


 そういう非難の声は確かにあったが、実はそれほど大きくは無い。シャトワールとブリュッゼの信者たちは教会のせいで生活が厳しくなったことで、はっきりと反感を抱いている。それに彼ら自身、信仰まで捨てたという意識は無い。国も国民に対し、「アナトテ山にいて無茶な要求ばかりしてくる枢密院を見限ったのだ」と説明している。


 シーヴァも信仰を捨てろとは要求せず、その分野に関しては口出ししなかった。つまり敵は教会の教義や信者たちではなく、その信者を戦いに向かわせる枢密院、あるいは神子であるという立場を明確にしたのだ。


 この二カ国の選択は正しかったと言えるだろう。シーヴァは降伏したそれらの二カ国に対して領土と主権を安堵することを保障し、そのうえ友好国として遇することにしたのである。はっきり言って破格の対応でだ。


 さて、今度は教会の側からこの二カ国の降伏について、少し考えてみたい。今回の件は、教会にしてみれば身内から造反者が出たということになる。つまりそれだけ教会の威光に陰りが生じ、勢力全体としても力が低下し結束が乱れてきているということだ。


 しかし事態はそれだけに留まらない。シーヴァ率いるアルテンシア軍はさらに東へ東へと進んできている。そしてなにより、降伏したシャトワールとブリュッゼの扱いが破格であったことが問題だ。降伏しても失うものが無い、あるいは少ないというのであれば、シャトワールとブリュッゼに続く造反者が出ることは十分に考えられる。


 降伏したその二カ国の内部から、その判断に対する非難があまり出なかった、と言う話はつい先ほどした。それに加えて、表向き教会よりの立場を取っている国々からも、そういう非難の声は多くは上がらなかった。それはまるで降伏するタイミングを見計らっているかのようにも見える。


 つまり、教会勢力は楔を打ち込まれてしまったのだ。教会は、次は誰が造反するのかと疑心暗鬼に捕らわれている。そして疑われていると知れば、そのまま統一王国の側になびく国も出てくるだろう。打ち込まれた楔は確実に亀裂を生じさせ、教会勢力は分裂しようとしている。


「それで、我がサンタ・シチリアナはいかように動くおつもりですか?」

「知れたこと。十字軍に参加しアルテンシア軍と雌雄を決する」


 アヌベリアスはそう言い切った。「(サンタ)」の名を冠する国家してそれ以外の選択肢などありえない。神聖四国の一国としてサンタ・シチリアナは最後まで教会の味方となり、その勢力の分裂を防ぐために尽力しなければならないのだ。


「父上………」

「ならん」

「………まだ何も言っておりませぬが」

「言わずともわかる」


 父親にそういわれてしまったシルヴィアは、どこか拗ねたような顔をする。王族として教育された彼女は普段から大人びているが、そういう顔だけは歳相応だった。しかしその顔はすぐに消して、シルヴィアは両手を机につくと父親に迫る。


「でしたら話は早い。わたしをサンタ・シチリアナ軍の総司令官にしていただきたい」


 サンタ・シチリアナの王女たるシルヴィアが十字軍に参加するということは、そのまま十字軍全体を率いることにも繋がる。しかし、アヌベリアスの答えは否定的だった。


「ならんと言った」

「ですが………!」

「それよりも、お前はアルジャークに行け」


 シルヴィアの次の婚約相手としてアヌベリアスが考えているのは、最近急速に版図を拡大したアルジャーク帝国の皇帝クロノワ・アルジャークである。神殿の御前街で会談したストラトス大使にその旨を伝えたから、そちらから話は伝わっているだろう。またこちらからも正式な使者を立てたが、いまだ正式な婚約には至っていない。どうにも返事をはぐらかされている、というのが現状だ。


(流れを見極めたいのか、あるいは見限られたのか………)


 どちらにしても、今はまだ動きたくないというのがアルジャークとクロノワの意思だろう。しかしサンタ・シチリアナとしては、いや教会勢力としては今動いてもらわなければ困るのだ。


 そこでアルジャークを引っ張り出すためにアヌベリアスが考えた手が、娘のシルヴィアを送りつけることだ。


 分りやすく言えば人質である。人質を差し出し、サンタ・シチリアナひいては教会勢力に対するアルジャークの影響力を保障することで、アルテンシア軍に対抗するための武力を貸してもらおうと言うのである。


 サンタ・シチリアナの王女シルヴィアが人質にいくのだ。人質であったとしても、彼女ならばアルジャークも粗略には扱うまい。さらに正式な婚約はしていないとはいえ、彼女はクロノワの妃候補である。その彼女をアルジャークに送り込むことで他の候補たちを牽制し、婚約話を先に進めてしまおうというアヌベリアスの思惑もある。


 将来的に正式にクロノワとの婚約がまとまり同盟関係が結ばれれば、人質を出したサンタ・シチリアナは、しかしアルジャークに“恭順”するのではなく“協力”して国を立て直して行くことができるだろう。


 アヌベリアスとしては今回の戦争のみならず、その後のことも見越してこの策が最善であると判断した。しかしシルヴィアの意見はどうも違ったようだ。


「それは承服いたしかねます」

「なに………?」


 アヌベリアスの眉が不快げにピクリと動く。父の視線をシルヴィアは真っ直ぐに受け止めた。


 シルヴィアは自分の身可愛さに人質に行くことを拒むような姫ではない。王女としての自分に求められることならば、政略結婚だろうが人質だろうが全て受け入れよう。しかしそれは国のためになるならば、だ。


「我が国が単独でアルジャークに接近すれば、他の三国はこう思うでしょう。『サンタ・シチリアナは自分だけが助かるつもりなのではないか』と」


 他の三国、とは無論サンタ・シチリアナ以外の神聖四国のことである。アルジャークと同盟を結ぶことでサンタ・シチリアナは今回のアルテンシア軍の侵攻に傍観を決め込むのではないか。自分が人質に行けば、他の三国がそういう疑念を持つとシルヴィアは指摘した。


 アルテンシア軍の目的があくまでも教会である以上、アルジャークの後ろ盾がある状態で傍観を決め込めば、シーヴァとてそう簡単に手は出してこないだろう。しかもサンタ・シチリアナはアナトテ山よりも東に位置している。アルテンシア軍にしてみれば、神殿を落とすためにどうしても戦わなければならない相手、というわけでもない。


「そのような疑念をもたれれば、神聖四国は割れてしまいましょう」


 そうなれば十字軍を結成できるかも危うい。シルヴィアはそういった。それだけならばまだ良い。疑念が排斥へとつながり、サンタ・シチリアナは裏切り者として十字軍の標的にされてしまうかもしれない。そして、そうなったときにアルジャークが助けてくれる可能性は、現状では低いと言わざるを得ない。


 無論、アヌベリアスに教会を見捨てるような意思はない。教会の権威が失墜すれば、「(サンタ)」の名を冠していることで今まで得ていた特権的地位を失うことになる。それはアヌベリアスにとっても、望む未来ではなかった。


 ちっ、とアヌベリアスは舌打ちを漏らした。これまで神聖四国は平等であった。平等であったがゆえに神聖四国という枠組みの中で共存して来られた、とも言える。しかし同時に平等であるがゆえに足並みが乱れたり、どこか一国が突出したりするのを嫌う傾向がある。今はそれが裏目に出ているようにアヌベリアスには思えた。


 しかしシルヴィアが言うような神聖四国が割れてしまう事態は、なんとしても避けなければならない。それは教会勢力存続のためには必須の事項だ。


「………分った。お前をアルジャークにやるのはひとまず保留にしておこう」


 アヌベリアスはそう判断を下した。そして、嬉しそうに微笑むシルヴィアが「では」と言うよりも前に、「だが」と言葉を続ける。


「それとお前が戦場に出ることは別問題だ。大人しくしておれ」


 反論は許さぬ、と言う思いを込めてアヌベリアスはシルヴィアに視線を向ける。しかし彼女は臆することなくその視線に対峙した。


「十字軍が寄せ集めのままでは、アルテンシア軍には決して勝てませぬ。国軍という枠を超えて十字軍を一つにまとめるには、神聖四国の王族の誰かが先頭に立って導くほかありませぬ」


 シルヴィアの言うことには確かに一理ある。神聖四国の王族から誰かが立てば、それは十字軍を一つにまとめるためのこの上ない象徴になるだろう。


「それは男の仕事だ、シルヴィアよ。それとも四国のうちに誰一人として男の王族がいないがために、女の身であるお前がやらねばならぬとでも言うのか」

「それは………」


 シルヴィアは言葉に詰まった。これまでの歴史の中で女性が戦場に出た例は、無いわけではない。しかしそれはあくまでも例外で、多くの場合無視され先例とはみなされない。戦場に立つのは男の仕事。やはりそれが常識的な価値観だ。


 団結のための象徴、と言う意味では女という性別はデメリットにはならない。甲冑を纏った姫というのは見栄えがするし、実務を取り仕切る人材が揃っていれば問題はない。


 しかし十字軍となると、少々話が異なる。当然のことながら十字軍にはサンタ・シチリアナ以外からも軍が参加している。サンタ・シチリアナの将兵たちは、自国の王女であるシルヴィアを粗略に扱うことは無いだろう。しかしそれ以外の軍ではそうもいくまい。早い話が、女性であるがゆえに嘗められるのだ。何か目立った武功でもあれば違ってくるのだろうが、あいにくとそんなものはない。


 シルヴィアは決して愚昧な姫君ではない。しかしだからこそ自分が十字軍をまとめることは恐らくできない、と分かってしまう。


「分ったならば大人しくしておれ」

「………承知しました」


 不承不承といった感じで、ついにシルヴィアは折れた。その様子にアヌベリアスはそっと忍び笑いを漏らす。


「暇ならば、この機会に花嫁修業でもしたらどうだ?クロノワ殿は淑やかな女性が好みと聞くぞ」


 無論これはアヌベリアスの冗談で、そのような話は聞いたことが無い。


「それでしたら心配はご無用」

「ほう?分厚い猫の皮はすでに用意してあるか」

「いえ。わたくし如きじゃじゃ馬を御しきれぬ方が、東方の覇者になれるはずもございませんので」


 いけしゃあしゃあとシルヴィアは言った。あまりに堂々とした娘の言葉に、アヌベリアスも苦笑を漏らす。


「まったく、口の減らぬ娘だ」


**********


「………報告は以上です」

「ご苦労。下がれ」


 報告を終えた部下が一礼して下がるのを見送ると、シーヴァは一人になった部屋の中で窓際に立ち、そこから見える城下町を眺めた。


 アルテンシア統一王国建国以来初めてとなる遠征が始まり、シーヴァがゼーデンブルグ要塞を出立してから今日で十二日目。アルテンシア軍はブリュッゼの王都で三日ほどの足止めをくっていた。


 とはいっても、何か問題が起きたわけではない。むしろ遠征としては幸先が良い。シャトワールとブリュッゼ。統一王国とも国境を接しているこの二カ国が、早々に降伏を申し入れてきたのである。


 この二カ国が戦わずして降伏してきた理由や背景というものを、シーヴァは正確に見抜いている。それを踏まえたうえで、彼はこの二カ国を統一王国の友好国として遇し、将来的には同盟を結ぶことも考えていた。


 これは、はっきりと破格の扱いであると言える。思惑や理由はどうあれ、シャトワールとブリュッゼは二度の十字軍遠征に協力している。つまり統一王国にしてみれば、因縁の怨敵ともいえる。普通そのような相手が降伏してくれば、屈辱的な要求をしたくなるものだが、シーヴァはそれを全て腹の中に収め表には出さなかった。


 無論、シーヴァにとて思惑はある。先例を作っておくことで、これから戦う敵が降伏しやすい環境を整えておく。この遠征において、それは大きな意味を持ってくるだろう。ともすれば教会勢力を分裂させることも可能かもしれない。


 だがしかし、シーヴァは遥か先をも見据えている。アルテンシア半島が十字軍に狙われたのは、そこが混乱していたこともあるが、それ以前の問題としてそこが大陸中央部とは異なる宗教や文化を持っていたためだ。人間は自分のとは異なる価値観を排除することを躊躇わない。しかもその際には、普通では考えられない蛮行さえも正当化されてしまうのだ。


 だからこそシーヴァはシャトワールとブリュッゼを完全に併合するのではなく、主権を保障し友好国として扱ったのだ。似ているとはいえ微妙に異なる文化を持つ国を無理に従わせようとすれば、必ずや軋轢を生む。それは将来、必ずや戦乱を巻き起こす火種となるだろう。


 それに加え、シーヴァは半島の入り口を友好国で固めておきたいと考えたのだ。それらの友好国を間に置くことで、大陸との接触を緩やかに行おうと考えたのだ。それに半島の入り口に統一王国の友好国があれば、シーヴァが半島から出てまで版図の拡大を目指してはいない、ということを各国に伝えることもできる。


「まあ、そう全てが上手くいくことなどないだろうが………」


 問題が起こらず全てが上手くいく、と夢想できるほどシーヴァは子供ではない。問題は必ず起こる。それを一つ一つ片付けていくことで、国同士の関係は成熟していくものなのだろう。


「先のことをこれ以上考えても仕方があるまい。今は遠征のことだ」


 そう呟き、シーヴァは頭を切り替える。友好国として遇することを決めたとはいえ、降伏したばかりのシャトワールとブリュッゼを放任しておくわけにもいかない。補給線が通る以上、少なくともこの遠征の間中は監視役の人間を置いておく必要がある。そこでシーヴァが選んだ人物が、五公爵の一人でもあるイルシスク公であった。


(これで遠征軍についてこられるのは二人だけか。少ないがまあ、仕方がない)


 最年長であるアベリアヌ公は王都ガルネシアでシーヴァの代わりに内政を取り仕切っている。ゼーデンブルグ要塞で補給や予備部隊といった、後方部隊の全てを預かっているのはウェンディス公である。ここでイルシスク公が抜ければ、シーヴァと共に行けるのはガーベラント公とリオネス公の二人だけである。


 言うまでもないことだが、アルテンシア統一王国の歴史は浅い。そのせいか人材不足が否めない。シーヴァはもともとアルテンシア同盟の将軍だったから、武官についてはそれなりの数と質を維持することができている。しかしその反面文官が不足しており、今回のように内外を問わず国単位の物事を監督できる人材となると、五公爵ぐらいしかいないのが現状だ。そこがシーヴァの数少ない弱点と言えるかもしれない。


「人材も育てねばならぬな………」


 復興とその先の発展へと進むにつれ、仕事と問題は山ほど出てくるだろう。それを遅滞なく片付けていくためには、どうしても人材を集めてさらに育てることが必要だ。どれだけ有能で力があろうとも、一人の人間にできることなど限られている。


「そのためにも………」


 そのためにもこの遠征に長々と時間をかけて、労力と資金を無駄遣いするわけにはいかない。短期間のうちに「教会を無力化する」という目的を達成しなければならない。


 しかし、どうやって教会を無力化するのか。


「神子をアルテンシア半島へと連れて帰る」

 それがシーヴァの出した結論であった。


 ようは、神子と教会を切り離そうと言うのである。神子がいなくなれば、教会は信仰の対象としてその正当性を失う。そうなれば信者たちは教会から離れていくだろう。


 偽者の神子を仕立て上げることは出来ない。なぜなら、「世界樹の種」がはめ込まれた腕輪が無ければ、御霊送りの儀式を行うことが出来ないからだ。そのような“神子”を信者たちは神子とは認めないだろう。


「神子を奪還すべし」


 と言う声が上がり、そのために十字軍が結成されるかもしれないが、そこに軍を出す各国が疲弊している現在であればさほどの脅威にはなるまい。さりとて戦力が回復するまで待っていては、教会の権威はその間に失墜してしまう。


 それにアルテンシア半島がまずいのであれば、これまで教会の勢力下にあり、宗教や文化が同じであるシャトワールかブリュッゼに置いておくという選択肢もある。そもそもシーヴァに宗教を弾圧しようという気は無い。統一王国に敵対的な教会が、信者全体に対する影響力を失えばそれでいいのである。


 無論、これは今現在シーヴァが思い描いている、遠征の終着点の一つに過ぎない。最も良いと思ってはいるが、かといってこれに固執する必要もない。重要なのは、アルテンシア半島が再び狙われるような憂いを後に残さないことである。


「それが最も難しい」


 まったく、ただ敵を叩き潰すだけでよいのならどんなにか楽だろう。そう思いシーヴァはそっと苦笑を漏らした。


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