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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第九話 硝子の島
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第九話 硝子の島⑤

 セロンの家は代々ガラス工房を営んできた。今の彼の家の生活水準は平均的なシラクサの家庭とだいたい一緒だが、何代か前には大陸との交易で一財産を作り上げそれなりの生活をしていたとも聞く。


 そのおかげで、彼の家は生活水準のわりには大きい。どのくらい大きいかと言えば、家族四人に加えて客人を三人泊められるくらいには部屋数がある。さらに言えば部屋数があるだけではない。池のある大きな庭がセロンの家にはあった。


 もっとも、「広すぎるのも考えものだ」というのがヒスイの意見である。広すぎて掃除が間に合わないし、古い家だからあちこち修繕も必要である。広い庭の手入れには多くの時間がかかり、結婚している暇もない。まあこれは自業自得のような気もするが。


 それはともかくとして。


 朝早く、日が上る前の朝露の湿度が心地よい時間に、その広い庭で二人の男が向かい合っている。イスト・ヴァーレとジルド・レイドである。シラクサに来てからもジルドは朝の鍛錬を欠かすことはなく、彼以外適当な人物もいないということでイストは毎朝ジルドにつき合わされていた。ちなみにこれまでの対戦成績はジルドの全勝、イストの全敗である。


 ジルドは鞘から刀を抜き正面に構える。古代文字(エンシェントスペル)が刻まれた銀色の刀身が、明けきらない朝の静謐な空気の中で青白く輝いた。豪壮なその長刀は、体格に恵まれたジルドに良く似合っている。


 魔剣「万象の太刀」


 シーヴァ・オズワルドとの仕合で砕けてしまった「光崩しの魔剣」の代わりに、最近イストが作り上げたジルドの新しい愛刀である。


 ジルドに相対するイストの手には、彼の身長よりも少し長いくらいの杖が握られている。その杖の先端部は歪曲していて、ところどころに金属のコーティングがなされている。イストが愛用している魔道具「光彩の杖」である。


 ジルドが太刀を構えたのを見ると、イストは杖に魔力を込め空中に魔法陣を描いた。その数、全部で十二。攻撃用と防御用を六つずつである。


 魔法陣の展開を確認したジルドは、腰をわずかに落とし四肢に力を込める。両者の間に緊張が溢れ、鋭い視線が擦れて不可視の火花を散した。


 イストがわずかに口元を歪ませ、攻撃用の魔法陣魔力を込める。それが合図となった。一斉に発射された光線は全てジルドに向かって殺到するが、それが彼に触れることはなかった。ジルドが「万象の太刀」を一閃すると、光線は全て形を失って散乱し、ただ彼の周りで淡く輝きそして消えた。


 光が全て消える一瞬前、ジルドは地面を蹴って前に出た。イストもそれを迎え撃つべく、でたらめに光線を乱射してジルドの行く手を阻む。


 イストの攻撃のほとんどは地面に当たっている。しかしその結果、土がえぐられたりとすることは少しも無い。これまでの対戦の経験上、自分の攻撃がジルドには当たらないことを悟ったイストは、威力度外視の低出力で魔力を節約する方向に切り替えたのだ。つまり、今彼が放っている光線には物理的破壊力というものが皆無なのである。仮に当たったとしても、指でつつかれた程度の痛みも感じることはあるまい。


 イストが乱射する光線を、ジルドは「万象の太刀」で無効化することなく、縦横無尽に動き回って回避していく。ときには空中で体を捻ったり方向を変えたりして、まさに三次元機動で攻撃を回避していく。


 ジルドは乱舞する光線を全て紙一重でかわしていく。次に彼が足をつけたのは、なんと庭に設けられた池の水面であった。


 わずかな波紋のみつくって、ジルドは水面を滑る。イストは池に向かって光線を乱射するが、ジルドはなめらかに水面を滑ってそれを全てかわしていく。水面に当たった光線が反射して、池は黄金色に輝いた。


 ジルドのありえない動きには、無論理由がある。

 魔道具「風渡りの靴」


 かつてイストがニーナの父が営む工房「ドワーフの穴倉」を間借りしていた時に作った魔道具である。これは風の上を滑るようにして移動できる魔道具で、イストはこれをアルテンシア半島にいたときにジルドにわたしていたのである。


 この魔道具を自分のものにしたジルドは、もともとの神速に加えて圧倒的な機動手段と機動空間を手に入れ、その動きはもはや人の域を超えている。この余人が決して真似することのできない機動性は、優れた剣術と共に今や彼の大きな武器となっていた。


 その機動性を駆使して、ジルドはイストとの距離を瞬く間に縮めていく。イストもただそれを見ているだけではない。火力(当たっても傷一つ付かない火力だが)を集中して迎え撃ち、さらにあらかじめ展開しておいた防御用の魔法陣を移動させてジルドの進路を塞ぐ。しかし………


「ハァ!!」


 気合のこもった声とともにジルドが「万象の太刀」を一閃させると、放たれた光線と展開されていた魔法陣が全て一瞬のうちに斬りかされた。


 あらかじめ拡散させておいた自分の魔力に干渉して、相手の魔力を散して攻撃を阻害する。「光崩しの魔剣」を使っていた頃から得意とし、ジルド自身が「霞斬り」と名付けた刀術である。


 イストが用意していた策を全て潰したジルドは、一気に間合いを詰めようとして四肢に力を込め、しかし反射的に横に飛びのいた。一瞬前まで彼がいた空間を、渦を巻いた圧縮空気の砲弾が大気を引き千切りながら飛んでいく。イストのほうに視線を向けると、新たな魔法陣が三つ、すでに展開されていた。


「展開のスピードが速くなったではないか」

「いつまでも同じ展開でやられるのはシャクだからな!」


 イストは展開した魔法陣にさらに魔力を込め、圧縮空気の砲弾を次々に打ち出していく。ジルドはそれを「万象の太刀」で切り裂くことはせず、「風渡りの靴」を駆使してかわしていく。かわされた空気の砲弾はそのまま風に溶けていくか、あるいは地面に当たって草を揺らした。やはり威力は意図的に低く設定してある。


「やはり厄介だな、これは」


 イストが撃ち出す空気の砲弾は「万象の太刀」では無効化することは出来ない。なぜならそれを構成しているのは純粋な空気だからだ。魔法陣で空気を圧縮し、指向性を持たせて打ち出しているのだ。魔力を含まない純粋な空気に対して、「万象の太刀」は干渉することが出来ない。


「不可視のこの攻撃をあっさりと回避しているアンタが言っても説得力がない」


 圧縮空気の砲弾は当然のことながら目には見えない。しかしジルドはまるでそれが見えるかのようにたやすく回避していく。


「そうか?魔法陣の向いている方向と風の流れにさえ気をつけていれば、それほど難しくはないぞ。連続性と速度は光線のほうが上だしな」


 凡人に天才の感覚が分らないように、天才も凡人の感覚は分らないものなのだろう。戦闘に関しては凡人を自認するイストはため息をついた。そうしている間にもイストは空気の砲弾を撃ち出し続け、ジルドはそれを軽々と回避していく。


「とはいえそろそろ朝食の時間だな。終わりにするぞ」


 そういってジルドは足に力を入れて飛び上がり、「風渡りの靴」に魔力を込めて、イストが撃ちだした圧縮空気の砲弾を足場にしてさらに前に出た。


「はあ!?」

「ふむ。うまくいったようだな」


 ジルドが履いている「風渡りの靴」は、風の上を滑るようにして移動するための魔道具である。つまり空気を足場に出来るのだ。この魔道具を作ったのはイストだから、彼自身そのことは承知している。しかし元来不可視で、しかも襲い掛かってくる空気の砲弾を足場にするという発想は彼の中にはなかった。


 空気の砲弾を足場にして、ジルドは瞬く間に間合いを詰める。そしてそのままイストの頭上を飛び越えて彼の背後に着地した。


「にゃろ!」


 慌ててイストは体を捻りそのまま「光彩の杖」を振りぬこうとするが、ジルドのほうが圧倒的に速い。イストが体を半分ほど捻ったところで「万象の太刀」の切っ先が下から突きつけられ、イストは降参したのであった。


 対戦成績は、今日もジルドの全勝、イストの全敗で推移する。


**********


「相変わらず凄いわねぇ………」


 感嘆とも呆れともとれる声で、翡翠(ヒスイ)は呟いた。


 ヒスイの部屋には、庭に面した窓がある。彼女はその窓からジルドとイストの朝の鍛錬を見ているのだが、その派手さにはもはやため息しか出てこない。


 光の線で描かれた魔法陣が幾重にも展開し、そこから放たれる閃光が幾筋も重なって乱舞する様はまさに圧巻である。仮に時間帯が夜であったなら、さぞかし幻想的であったろう。


 しかしそれ以上にヒスイの目を奪ったのはジルドの動きである。彼の動きは非常に滑らかで、まるで舞いでも見ているかのような錯覚を覚える。その上、宙や水面を翔るその移動術はすでに人の域を超えており、刀を振るうその姿は戦神にも思えた。


 ちなみにイストは稽古の間ほとんど動いていない。それも仕方がないだろう。仮に動き回ってジルドと戦ってみても、稽古の時間が短くなるだけで、長くなることはない。素人のヒスイがそう断言できてしまうほどに、ジルドの動きは常軌を逸している。


 ヒスイが見守る先で、ジルドがイストの背後に回り、低い位置から刀の切っ先を突きつけている。一瞬の静止と沈黙の後、二人はゆっくりと離れて力を抜いた。


 ジルドは満足そうな顔をしているが、イストは不満げで悔しそうな顔をしている。きっとジルドが勝ってイストが負けたのだろう。イストはアレで負けず嫌いな性格みたいだから、毎日毎日負け続けるのはシャクであろう。ただド素人のヒスイの目から見ても、イストがジルドに勝つ術があるようには思えなかった。


「あれだけ動けたら楽しいだろうなぁ………」


 鳥のように空を飛んでみたい、という様な子供っぽい空想を抱いているわけではないが、ジルドのように風に乗って空を駆け回れたさぞかし気持ちがいいだろう。さっきは水面を滑ってもいたから、もしかしたら海の上を散歩したりもできるかもしれない。


「今度、ねだってみようかしら?」


 ジルドの人間離れした動きには、無論理由がある。彼が足に履いている靴は「風渡りの靴」という魔道具で、これのおかげであの空を滑るような動きが可能なのだという。あの魔道具を作ったのがイストであるという話はすでに聞いている。頼めばもう一つぐらい作ってもらえないだろうか。


「最近、運動不足なのよね………」


 店番を任されている直営店までの往復はもちろん歩きだし、家事だって結構な重労働なのだが、逆を言えばそれ以外に体を動かすことはあまりない。


(二の腕と太ももが………!)


 最近、気になっている。二の腕をさすってみると妙に柔らかい。前はもっと固かったと思うのだが………。


 運動しなければとは思うのだが、闇雲に動き回るのもなんだか虚しい。かといって日々の生活の中では、これ以上激しい運動をすることはたぶんないだろう。「風渡りの靴」はいいきっかけになるのではないだろうか。


 いや、きっかけなどなくともそろそろ運動しなければまずい、気がする。


「………とぉ」


 控えめな掛け声とともに、寝台の上に飛び乗る。柔らかい寝具の上は床の上に比べれば不安定で、それがなんとなく風に乗って雲の上に立ったように思わせる。


 腕を広げ、さっき見たジルドの動きを真似て、寝具の上を撫でるようにして足を動かす。なんだか気分が乗ってきてその場で一回転してみたりして、狭い寝台の上を動き回る。風に乗るのはこんな感じなのだろうか。


「………何してんだ?お前」


 呆れたようなその声に、思わず飛び跳ねて寝台から落ちてしまう。慌てて起き上がり部屋の入り口を見ると、呆れ顔のイストが笑いをかみ殺していた。


「ななな、なになになに………!」

「朝食ができたから呼びに来た」

「いいい、いついついつ………!」

「お前が深刻な顔して二の腕を擦ってる辺りから」


 それではほとんど全てではないか。ヒスイは顔が真っ赤になるのを自覚して俯き、それでもまだ恥ずかしくイストに背を向けた。


「なにか………、言いたいことは?」

「ちなみに贅肉は腹回りから付くらしいぞ」


 それはつまりどういう意味なのか。それを問う前にヒスイのお腹が控えめだが無遠慮に自己主張をする。


「クッ………!」


 堪えきれなくなったのか、とうとうイストが噴き出す。


「しねぇぇぇぇええええええ!!!!」


 羞恥心で顔を真っ赤にして、目じりに涙を溜めたヒスイが大声で叫ぶ。そして部屋にあるモノを手当たり次第イストに投げつける。


「ちょ……!まて!それはヤバイって!!」


 逃げるイストめがけてヒスイが物を投げ続ける。二人の追いかけっこは、騒ぎを聞きつけたシャロンに一喝されるまで続くのであった。


**********


 結局、二人の追いかけっこはシャロン仲裁のもと、イストが「風渡りの靴」をヒスイに作ることで決着した。


 この件に関するメンバーの反応は次の通りである。


 ジルド、セロン、紫翠(シスイ)のイストを除いた男性陣は賢明にも沈黙と非干渉を保った。実際のところ火の粉が降りかかるのが嫌だったのだろうが、ともかくこの件には関わろうとしなかったわけだ。


 一方、ニーナは積極的にヒスイを援護しイストを追い詰めた。恐らく詳しい事情はわかっていなかったと思われるが「師匠(イスト)とヒスイならば、何かしでかすのはイストのほうだろう」という独断と偏見にもとづき、容赦なくイストを口撃したのである。師匠を師匠と思わないその苛烈さは、日ごろの“教育”の賜物であろうか。もっともイストのほうがまだまだ上手で、やり返されたうえにやり込められていたが。


 シャロンは控えめにイストを援護していたが、仲裁している以上どちらかに肩入れしすぎることも出来ず、立場的にはおおむね中立であった。


 当事者二人の反応は対照的であった。ヒスイが一時の激怒が過ぎ恥ずかしそうに俯いているのに対して、イストは面白いものが見れたと笑い反省の欠片すら見せない。もっともその“面白いもの”の中身を話そうとはしなかったが。


 代わりにイストはこんなことを問いかけた。


「『風渡りの靴』、欲しいのか?」


 そういわれてヒスイはさらに赤くなって顔を俯かせた。つまり自分が何をやっていて何がしたいのか、イストには完全にバレてしまったということだ。


 とはいえチャンスであることは確かである。俯かせた顔は耳まで真っ赤に茹で上がり湯気が上がりそうで、とてもではないがイストの顔を見ることなどできず膝の上で握り締めた手ばかり見ていたが、それでもヒスイはわずかに頷きその魔道具が欲しいことを肯定した。


 それを見たイストが大笑いしながら「了解了解」と言う。笑われたヒスイはさらに顔を俯かせた。ニーナがイストを怒鳴っているが、彼はどこ吹く風である。


「それはそうと、イスト」


 話が一段落着いた頃、それまで傍観を決め込んでいたジルドが口を開いた。


「実は仕事でな、大陸のほうに行くことになった」


 アルジャーク海軍では現在、貿易の振興策として大陸とシラクサの間を行き来する商船の先導と護衛を行っている。何隻かの商船で船団をつくり、その先頭と最後尾に海軍の艦が付くのだ。


 これは海賊対策であると同時に、船団をつくりまた航海に熟練した海軍が先導することで安全性を高める目的があった。


 それはともかくとして。護衛をする海軍が臨時の戦闘員を募集しており、ジルドはそれに応募したのだという。


「期間はどれくらい?」

「さて、三ヶ月から四ヶ月程度、といっていたが………」


 航海は天候に大きく左右される。正確にどのくらい、と予測するのは難しい。もしかしたら四ヶ月以上かかるかもしれないし、逆に三ヶ月もかからないかもしれない。なにはともあれ、ジルドは長期間シラクサを離れることになる。


「いつ出航?」

「天気さえよければ明後日にも」


 急な気もするがジルドはシラクサでなにかやっているわけでもない。彼が明後日からここを離れたとして、なにか仕事が滞るようなことはないだろう。


「ん、了解」


 イストが軽い調子で答える。もとより共振結晶体の合成実験や“四つの法(フォース・ロウ)”の解析でシラクサにはしばらく留まることになる。どれ位かかるかは分らないが、それでもジルドが行って帰ってくるくらいの時間は必要になるだろう。


 その日と次の日、ジルドがシャロンとヒスイからやたらと力仕事を頼まれていたのは、きっと余談に類するのだろう。


**********


「さて、と」


 朝食の後、部屋で準備を整えたイストはそう呟いて気を引き締めた。


 机の上には天秤や乳鉢、匙などが用意してある。買ってきた合成石はその日のうちに砕いて粉末にして、今は種類ごとにビンに入れてラベルを貼ってある。


 これから共振結晶体の合成実験を始めるのだ。


 とはいってもやることは地味である。まず共振現象を起こす配合比率を調べ、それをもとに結晶体を合成するのだ。今日はとりあえず配合比率だけ調べて、後日「狭間の庵」で合成するつもりだ。


「じゃ、やりますか」


 気負いなくそういってから、イストは懐から片眼鏡(モノクル)を取り出しそれを右目に装着した。この片眼鏡(モノクル)は「鑑定士の片眼鏡(モノクル)」という魔道具で、魔力の流れを可視化する「目利きのルーペ」という魔道具を改造したものだ。“目利き”と“鑑定士”で言葉を変えたのは、たぶんイストがそういう気分だったのだろう。


 まず一種類目の粉末を天秤で一定量はかり乳鉢に入れる。乳鉢を通して魔力を込めると、右目に装着した「鑑定士の片眼鏡(モノクル)」の効果で、青白い魔力の流れが見えた。


 それを確認してから、イストは二種類目の粉末も同じ量だけはかり、今度は乳鉢ではなく乳皿に移した。ここから匙ですくって乳鉢にいれ、そして最後に全体の重さを量って、二種類目の粉末をどれだけ入れたかを割り出すのだ。ちなみに乳鉢の重さはあらかじめ計測してある。


 さて、と呟いてからイストは匙で二種類目の粉末をすくい、乳鉢のところまで持ってきて、そこで動きが止まった。


「………腕がもう一本欲しいな………」


 決まり悪そうにイストは呟く。


 匙ですくった粉末は一度に全部入れるのではなく、指で“とんとん”と軽く叩いて少量ずつ入れ魔力の流れ方の変化、つまり伝導率の変化を見るのだが、右手には匙を持っているし、左手は乳鉢に添えて魔力を注いでいる。匙を指で軽く叩いてやるには、腕がもう一本必要だった。


 当然、イストは三本目の腕など持っていない。仕方がないので、最新の注意を払いながら乳鉢のふちを匙で軽く叩くようにして二種類目の粉末を少しずつ混ぜていく。


 少し入れてはよく混ぜて魔力の流れに変化がないかを観察し、また少し混ぜて観察する。地味で派手さなど皆無だが、細心の注意と集中力を要する作業だ。


「この組み合わせでは駄目だったか」


 乳皿に取った二種類目の粉末を全て乳鉢に入れ、つまり二種類の合成石の粉末を一対一になるまで混ぜ合わせてその伝導率に目立った変化がないことを確認すると、イストはそう呟いた。そしてその結果をノートに記録する。


 乳鉢の中身を用意しておいた小瓶の中に移し変え、さらに良く拭く。それからもう一度同じ粉末を同じ量だけはかる。ただし乳鉢と乳皿の中身は先ほどとは逆だ。


 そしてまた同じようにして匙で乳皿から粉末をすくい、少しずつ乳鉢に入れていく。延々と同じことの繰り返しだ。面倒だがしかしこれをしないことには何も始まらない、基礎的で重要な作業なのだ。


 少なくとも、イストはそう思っている。



今回の話では、新しい魔剣の能力全ては明かされていません。


新しい魔剣の固有の能力が明かされるのは、多分次になる、はず………。

お楽しみに。

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