表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第二話 モントルム遠征
14/187

第二話 モントルム遠征 プロローグ

第二話です。


何を隠そうこの話、ほとんどイストが出てきません!


主人公なのにねぇ・・・・・・。


で、誰のお話かと言えば、それは読んでのお楽しみ。


楽しんでいただけたらうれしいです。

決断に必要なのは決意ではない

覚悟である



**********


第二話 モントルム遠征


 クロノワ・アルジャークは私生児である。ただし、彼の父親はエルヴィオン大陸の北東部に位置する大国、アルジャークの皇帝ベルトロワ・アルジャークであった。


 彼の出生は一向に劇的でない。侍女として宮廷に上がっていた娘が皇帝の御手つきとなり子を身ごもったという、掃いて捨てるほどによくある話である。


 クロノワの母の懐妊が発覚したとき、皇帝は彼女に暇を出し宮廷から去らせた。ただし身一つで放り出したわけではなく、辺境ではあるが小さな家と母子二人が慎ましく暮らしていくのに十分な金銭を与えている。


 これが父である皇帝ベルトロワの愛情だったのか、それとも単に厄介払いをしただけなのか、クロノワはついに結論を得ることがなかった。恐らくはその両方であり、厳密に言えばそのどちらでもないのだろう。


 なにはともあれ、クロノワの幼少期は静かなものであった。彼は自分が皇帝の血を引いているなど思いもしなかったし、母もおくびも出さなかった。さらにこの時期に、彼は1人の友を得るのだが、その話はまた別の機会にしよう。


 平凡ながら静かな人生が一変したのは、クロノワが十五のときであった。前の年の冬から母の具合が悪かったのだが、年が明けてから容態が急変し、春を待たずにこの世を去った。


 一人残され途方にくれる少年クロノワの前に現れたのは皇帝が遣したと言う一団であった。そしてこのとき初めて彼は自分が皇帝の血を引いていることを知ったのだった。


 母の死の悲しみも果てぬうちに彼の生活の場は辺境の小さな家から帝都ケーヒンスブルグの宮殿へと変わった。そこで彼を待っていたのもまた、掃いて捨てるほどによくある話であった。


 陰湿なイジメ、あからさまな陰口、公然とされる侮辱。彼の教師たちは隠すことなく軽蔑の視線を彼に投げつけ、同年代の子弟たちとの交友は一方的な暴力をもってなされた。自分をここに呼んだはずの皇帝は何もしてくれなかった。その妻である皇后はむしろ悪意の急先鋒であった。嬉しい誤算があったとすれば、クロノワの腹違いの兄であるレヴィナス・アルジャークが彼に無関心であったことだろう。ただこれは決して弟を気遣った結果ではない。レヴィナスの心情としては道端の石ころを無視するのと同じ感覚であったろう。


 なによりも彼の内腑に突き刺さったのは母への侮辱であった。


「下賎な女の子供」


 というレッテルはいつもクロノワに付きまとい、そして彼を苦しめた。彼に味方はおらず、彼の周りにあるもの(・・)は、敵意と消極的無視だけであった。


「ここは寒いな、イスト」


 暖かいはずの部屋で彼がこぼした独り言は、歴史書には残っていない。


 このように精神的に劣悪な環境の中でクロノワはまず味方を作ること(決して増やすことではない)から始めた。


 まず、常に笑顔でいるように心がけた。誰に対しても挨拶し、失敗を犯せば許し時には庇ったりもした。教師たちには敬意を払い授業はまじめに受けた。嫌がらせ同然の仕事を頼まれても喜んで果たした。


 とても十五の少年がたどり着ける境地ではない。自力でたどり着いたとすれば「悟りを開いた」とでも言うべき精神的な脱皮が必要である。その境地にたどり着いたのが自力にせよ他力にせよ、彼がとった味方を作るための行動は成功した。


 この時期のことを後にクロノワはこう述懐している。


「私がいつ腹芸を身に付けたかといえば、間違いなくあの時期だろう。そして最も使ったのも。まったく、皇帝になってこんなに楽でいいのかと拍子抜けしたくらいだよ」


 幾分冗談の成分が混じっているとはいえ、この時期は彼にとって最もつらい期間だったのだろう。


 少しずつではあるが、クロノワの周りには人が集まるようになった。元々の人柄もあったのだろう。宮廷で働く人々はこの突然現れた第二皇子を徐々に受け入れていき、噂やさまざまな情報を教えてくれるようになった。教師たちも彼が優秀で敬意を持った生徒であることを理解すると、その態度は好意的なものになっていった。教えがいのある生徒だったのだろう。


 比較的高い地位にいる人々もクロノワを受け入れ始めた。その筆頭ともう言うべき人物がアールヴェルツェ・ハーストレイトであった。彼はアルジャークの一軍を預かる壮年の将で、兵士からの信頼も厚い。彼が味方となったことでクロノワを取り巻く宮廷内の状況はかなり好転した。クロノワの警護をアールヴェルツェの部下が担当することになり、こうしてクロノワは少なくとも物理的に安全な空間を宮廷内に確保したのであった。


 味方ができても敵が減ったわけではないので、向けられる悪意の量に大した変化はない。しかし少なくともクロノワは、その狂ってしまいそうな精神状態からはどうにか解放されたのであった。


 転機が訪れたのはクロノワが十八のときのことであった。この年、彼は皇帝の勅命により国内をくまなく巡る視察に出ることとなった。一見すれば左遷である。しかし彼の感想は違っていた。


「うれしかった。その一言に尽きる。私にとってあの宮殿は悪意の巣窟だったからね。視察だろうがなんだろうが、離れられるならなんだってよかった。それに旅をしてみたいとずっと思っていたから」


 とは言っても、いくら「下賎な女の子供」と軽蔑されているとはいえ皇子である。護衛も付けずに一人で視察に行けるわけもない。三〇人ほどの護衛が付いた。皆、アールヴェルツェが選んだ者たちで、クロノワに対しては好意的だった。


 この護衛隊を率いたのがグレイス・キーアという女騎士だった。士官学校を一桁台の席次で卒業した秀才で、また優秀な魔導士でもあった。彼女は元々アールヴェルツェの幕僚の一人なのだが、少々がんばりすぎて上から睨まれた。上、といっても将たるアールヴェルツェ自身が彼女を疎んだわけではない。彼女を白眼視したのは先輩に当たる幕僚たちであった。


「小娘が何を偉そうに」

といったところであろうか。


 クロノワの護衛隊長として彼女を推したアールヴェルツェの思惑としては、「世界を見て回って大人(・・)になってきなさい」といったことを考えていたのかもしれない。


「不満ですか?」


 出立に当たって顔を伏せ悔しそうにしているグレイスにクロノワはそう声をかけた。彼女は数瞬の沈黙の後、問いには答えずこういった。


「殿下は嬉しそうですね」


 自らの問いの回答が得られなかったことをクロノワは特に気にしなかった。


「そうですね。実際嬉しいです。ずっと旅に出てみたいと思っていましたから」


 余談であるが、この当時クロノワは誰に対しても、それこそ宮廷で働いている侍女に対しても、敬語を用いて話しをしていた。三年に及ぶ修行(・・)の成果と言えるだろう。


 クロノワの言葉を聞き、グレイスは彼がこの三年間迫害され続けてきたことを思い出した。クロノワはグレイスたちといるときにはそのことをおくびも出さないから忘れがちではあるが、彼の精神は圧迫され続け休まることを知らない。


(強い方だな)


 グレイスは素朴にそう思った。同時にこの視察の間に刺客に襲われるかもしれない、と思った。が、すぐにその可能性は低いと思い直した。


 クロノワへの迫害の急先鋒といえば皇后であるが、この人が彼を迫害する理由はただ単に「憎し」という感情的なものであって、政治的な思惑はまったくといっていいほど絡んでいない。


 なぜなら、次の皇帝は彼女の子供であるレヴィナスに決まっているのだから。皇太子として既に後継者としての地位を確保している以上、「下賎な女の子供」に付け入る隙などどこにあろう。であるならばわざわざ刺客を放ってクロノワを排する必要などない。視界に入らなくなれば忘れ去るだけだ。


 大した見送りもないまま彼らは出立した。そして彼が現れるのはそのおよそ三週間後であった。


**********


 その日は一日中移動に費やして、暗くなる前に野営の準備をしているところであった。クロノワは決して快適とは言いがたい野営にも文句を言わず、むしろ積極的にその準備を手伝っている。始めはグレイスたちも恐縮していたのだが、今では慣れてしまい好きなようにやらせていた。


「やれやれ、困ったお方だ」


 そうこぼす愚痴には、隠すことなく親愛の情がこもっている。


 そんな時であった。不審な男が近づいてきたのは。


「よう、クロノワ、いるか?」


 そういってグレイスに話しかけたのは、クロノワ殿下と同じくらいの年の男だった。身長は一七〇半ばで赤褐色のローブを羽織、右手には身長より少し長い杖を持っている。顔立ちは整っているが、取り立てて美形というわけではない。だがその瞳には無視できない輝きがある。


「貴様、殿下を呼び捨てにするなど・・・・・!大体貴様は何者だ!?」


 グレイスが好意的な反応を示さなかった原因は多分にして男のほうにある。が、当の本人はといえばまったく気にした様子もない。こういう図太いところは、クロノワに通じるものがあるのかもしれない。


「イスト・ヴァーレ。あいつの友達」

「友人だと・・・?貴様のような得体の知れない輩と殿下に面識があるわけが・・・・・」

「あいつがまだ辺境にいた頃に知り合ったのさ」


 そういってもまだグレイスは信用しきれないように、イストと名乗ったこの男を疑いの目で見ていた。ちょうどその時、騒ぎを聞きつけたクロノワ本人がやってきた。


「イスト・・・・・!なんでここに」

「や、久しぶり」


 この先、影に日向に歴史を動かしていく、友人同士の久方ぶりの再会であった。




「ホント、久しぶりだな・・・・・」


 感慨深そうにクロノワは呟いた。場所は彼の天幕の中だ。二人は向かい合って晩酌を楽しんでいた。野営ということもありたいしたものはないが、それでもクロノワは上等な食料を選んでこの友人をもてなした。ちなみに二人が飲んでいるお酒はイストが持ち込んだものだ。


「最後にあったのが宮廷に入った直後だったから、かれこれ3年ぶりか・・・・・」


 早いのかな、とイストはクビを傾げた。そんな、常人とはちょっと異なる感性をもつ友人にクロノワは苦笑した。


「オーヴァさんはどうしている?できれば礼を言いたいのだけど」


 オーヴァはイストの師匠だ。クロノワが宮廷で暮らし始め陰湿な迫害に会い始めた頃、イストとオーヴァは彼に会いに来たのだが、そこでオーヴァはクロノワに味方を作るための「策」を授けたのだ。


「感謝してもしきれないよ。あの助言のおかげで生き延びた。そう思っている」

「師匠とは別れたよ。どこかの工房に落ち着くつもりだ、といっていたけど」

「そうか、残念だな」


 それからクロノワはふと思い出したように尋ねた。


「じゃあ、名も継いだのか」

「ああ、オレが今の『アバサ・ロット』だ」


 おめでとう、といってクロノワは杯を掲げた。どうも、といってイストも杯を掲げる。そして二人は同時に杯の中の琥珀色の液体を飲み干した。芳醇な香りと味が広がり、喉が焼かれたように熱くなる。


 それから他愛もない話をした。お互いの近況、噂話、くだらない冗談。話題は次から次へと変わり、尽きることがない。


 一本目の魔法瓶(魔道具。中の液体を任意の温度に保つ)を空にして二本目を飲み始めたとき、やおらイストの口調が真剣なものになった。


「クロノワ、オレと旅に出ないか」


 昔、まだ少年だった頃、そんな約束をした。


「いつか一緒に世界を回ろう」


 そんな約束をイストがまだ覚えていてくれたことが、素直に嬉しい。


 確かに、今ならば可能かもしれない。自分が失踪したところでこの国の政は小揺るぎもしないだろう。心配してくれる人より、手をたたいて喜ぶ人々のほうが多い。気心の知れた友人と世界を旅する。それは甘美な誘惑だ。だが・・・・・。


「・・・・・いや、やめておくよ」


 答えるまでに、クロノワは数瞬の沈黙を先立たせた。


「そっか」


 軽く肩をすくめてイストは杯をあおった。


「理由、聞かないのか」

 クロノワの声は暗い。


「ま、な。なんとなく分かったから」


 イストの声はいつもと変わらない。チーズを一切れ口に放り込み杯を傾ける。


「おまえ、満足してるだろ?そんなヤツ、どうたきつけたって無駄さ」


 自分が満足しているとイストは言った。そうだろうか、とクロノワは内心クビをかしげた。不満は多々ある。しかし、現状それはあまり気にならない。というより割り切ることができている。それを満足というのだろうか。


「だとしたらそうかもしれないな」

「ま、お前を誘いに来たのはついでだしな」


 そういってイストは腕輪を取り出した。聖銀(ミスリル)製で細かい装飾が施されており、小指の爪くらいの大きさの青い結晶が埋め込まれている。


「魔道具、『ロロイヤの腕輪』。小部屋一つ分くらいの亜空間が固定されていて、まぁいろいろ放り込める」


 何も入ってないけど便利だぞ、といってイストは腕輪を投げてクロノワに渡した。


「お前の道具袋と同じか?」

「オレの道具袋は空間拡張型だけど、まぁ用途としては同じだな」


 イストの道具袋は師匠であるオーヴァから貰ったもので、空間拡張型魔道具「ロロイヤの道具袋」という。


 ロロイヤは初代アバサ・ロットの本名で、彼は空間拡張や亜空間といった類の魔道具製作で群を抜いていた。歴代のアバサ・ロットたちが工房として使ってきた「狭間の庵」も彼が作ったものだ。この類の魔道具に「ロロイヤ」の名前を冠すのは歴代のアバサ・ロットたちの一種の慣例らしい。


「これを渡すためにわざわざここまで?」

 クロノワは若干呆れ気味だ。


「ああ、名を継いだからそれらしいことをしたくてな」


 アバサ・ロットは自分の気に入った人物にしか魔道具を作らない。イストが「アバサ・ロット」であることを知っているクロノワに魔道具を贈るということは、それは彼がクロノワのことを昔と変わらず大切な友人だと思っているということだ。


 こそばゆい。が、同時にとても嬉しい。あるいは恥ずかしさを紛らわすためにイストは酒を出したのかもしれない。


「大切にするよ」


 二人だけの宴は続く。





第二話は第一話よりも長くなる予定です。


誤字・脱字、ありましたら教えてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ