第八話 王者の器④
「それでフィリオさん、『例の計画』って何なんですか?」
クロノワの執務室から退室し、少し歩いたところでリリーゼは前を行く男に問いかけた。話の流れから自分がその「例の計画」とやらに携わることになるのは分ったのだが、肝心の中身をまだ聞いていない。
振り返ったフィリオは、そういえばまだ話していませんでしたね、とバツが悪そうに頬をかいて苦笑した。
「まあ、立ち話もなんですし、話は部屋に着いてからにしましょう」
フィリオの執務室に戻ると、かつて総督府でやっていたようにお茶を入れるために部屋の隅に用意されていたティーセットのほうに向かった。その様子を見て、フィリオはなぜか苦笑している。
礼を言ってからリリーゼの淹れてくれたお茶を啜って喉を潤し、さて、と前置きしてからフィリオは話し始めた。
「リリーゼは“シラクサ”という名前に聞き覚えはありませんか」
「あります。確か大陸の南にある島の名前ですよね」
リリーゼがその名前を知っているのは当然のことだ。なぜならオルドナスと共にまとめた報告書の中にその名前が出てきたのだから。
「正確には港の名前です。もっとも最近では地域名としても使われていますけど」
エルヴィヨン大陸の南、というよりも大陸の南東に位置するテムサニスの南、といったほうが正確だろう。そこにローシャン島とヘイロン島という二つの島がある。ちなみにローシャン島の方が大きい。“シラクサ”は厳密に言えばそのローシャン島の北側に位置する港街の名前だ。この島から大陸に来る船はこのシラクサ港から来るためか、“シラクサ”という名前はこの二つの島をまとめた地域の名前としても知られている。
「今私がやっている仕事は、このシラクサをアルジャーク側に引き込むための準備です」
クロノワの野望、それは「世界を縮める」こと。では具体的にどう「縮める」のかといえば海運事業、つまり海上貿易によってである。
世界を自由に旅することはもはやできない。ならば世界中に船を走らせて人とモノと情報の流れを加速させる。それが、クロノワがイストに約束した「世界を縮める」ということであった。
シラクサはそのための海上拠点である。シラクサと大陸間の交易は、現在のところ決して盛んではなく、いわば海上に新規参入するクロノワにとって都合が良かったのだ。
「ただ、どういう形にするのか、それはまだ決まっていません」
併合してアルジャーク帝国に組み込むのか、はたまた独立都市ヴェンツブルグのように宗主権を認めさせた上で自治に任せるのか、あるいは通商条約的なものを結ぶのか、それはまだ決まっていない。しかしリリーゼが持ってきてくれた報告書のおかげで、必要としていた情報が随分と揃った。
「近いうちに現地視察もできるかも知れませんね」
その時には恐らくリリーゼも同行することになるだろう。
「これから忙しくなります。お茶くみをしている暇はなくなりますよ?」
茶化すようなフィリオの言葉に、リリーゼは期待を膨らませるのだった。
**********
「さて、シラクサのほうはフィリオに任せておけばいいとして………」
来客が去り再びひとりになった室内でクロノワは独り言をもらした。そのまま立ち上がり、壁にかけてある地図のところへ向かう。その地図にはエルヴィヨン大陸とその南に位置する島々が記されている。かなり精巧なもので、もともとモントルムの国宝であったものの模造品だ。地図において重要なのは現物の真贋ではなく、そこに記されている情報なので模造品でも何も問題はない。むしろ変な気を使わなくていいので、使い勝手はこちらのほうがいいだろう。ちなみに本物は宝物庫に厳重に保管してある。
とん、と地図上のシラクサの位置にクロノワは指を置いた。そこから曲線を描きながら指を独立都市ヴェンツブルグまで動かす。
「やはりヴェンツブルグは遠い」
地図から離した手を、今度は顎のところへ持っていく。クロノワが考えごとをするときのクセだ。
「やはりカルフィスクが欲しいですね」
クロノワの視線が、地図上テムサニスの南端にそそがれる。
カルフィスクは大陸東部においては最大の貿易港だ。大陸の中心部、つまりこれまで文明の中心であった神聖四国から距離があるため規模としては十指にはもれるだろうが、その地形だけを見れば大陸でも五指に入るほど理想的な地理条件を満たしている。
ヴェンツブルグはヴェンツブルグで得がたい条件を満たしている。第一に不凍港の北限であり、また新帝都オルスクに最も近い港がヴェンツブルグだ。しかしこことシラクサを直接結ぶのは机上の空論であろう。
「そういえばカレナリアはどうなっているのでしょう?」
遷都や戴冠などでゴタゴタしていたとはいえ、宰相のラシアートに任せっきりにして報告を聞いていない。
「少し話を聞いておきますか」
そういってクロノワは足取りも軽く執務室を後にする。どうやらこの新皇帝には臣下を呼びつけるという発想がないらしい。
「お呼びたていただければこちらから伺いましたものを」
突然執務室に現れた若い主君を、ラシアートは苦笑気味に迎えた。「よいですか?皇帝たる者………」とお小言が始まりそうなのを察したクロノワは、彼にしては珍しく人の言葉を遮って用件を切り出した。
「今、カレナリアはどうなっていますか?」
「………カルフィスク、ですか。確かにシラクサから直接ヴェンツブルグでは距離が有りますからな。船乗りの心理としても、陸地が見えれば港に入りたいでしょうし」
流石はラシアートである。たった一言でクロノワの考えていることをほとんど全て洞察して見せた。もともとシラクサに関する計画はクロノワの肝いりとはいえ形式上は宰相ラシアートの管轄であり、彼がフィリオに割り振って仕事を任せるという形になっている。フィリオのほうから順次報告を受けていたのだろう。
「カレナリアのほうは残してきた文官たちが上手くやっているようです。大過なしとのことでしたので、宰相権限で当面の現状維持を命じておいたのですが………」
どうやら近頃の激務のせいで報告を忘れていたらしい。とはいえついさっきまで忘れていたクロノワも人のことは言えない。
「いえ、ラシアートがそれで問題なしと判断したのであれば、それでいいのです」
ラシアートは優れた政治家であり、くぐり抜けてきた修羅場と積み上げてきた実績の数と質において、クロノワのような若造は及びもつかない。ストラトスやアーバルクにとってそうであるように、ラシアートはクロノワにとっても教師のような存在なのだ。
「また頭の上がらない人が増えてしまいました」
冗談めかしながらクロノワはそうボヤいたことがある。とはいえそれは若造の宿命であろう。
「とはいえ問題はカレナリアではなくテムサニスのほうですな」
「ええ、カレナリアで特に問題が起こっていないというのなら、テムサニスの情報を集めてもらいたいのですが」
テムサニス国王ジルモンドが捕囚の身となってから、意図しなかったこととは言え随分と時間がたってしまっている。国王不在のテムサニスでなんらかの政変が起こっている可能性は低くない。少なくともジルモンドの身柄に関して、テムサニス側から何らかのアプローチが行われているはずだ。
「後で私のほうから情報収集を命じておきましょう」
「お願いします」
「報告はどうしましょうか。私のほうで一度情報を集約してからお伝えすることもできますが………」
「いえ、私も直接聞くことにします」
報告は「共鳴の水鏡」を使って行われることになるだろう。あの魔道具は双方向通信が可能だから、不明な点があれば質問をすることもできる。
「その時はラシアートも同席してください」
百戦錬磨の政治家である彼の意見は貴重だ。特に今回は、事と次第によっては軍を動かすこともありえる。判断を下す責任から逃れるつもりは毛頭ないが、助言者は多いほうがいい。
「承知しました」
ラシアートもすぐに承諾した。宰相と三大臣を兼務している身としては、隣国の近況は是非とも知っておきたい重要な情報であろう。
「アールヴェルツェ将軍にも話をしておいたほうがいいかもしれませんな」
アールヴェルツェは今、戦死したアレクセイ将軍の変わりにアルジャーク軍全軍の再編を行っている。
「そうですね。海軍の再編状況も聞いておきたい」
陸軍に限って言えば、アールヴェルツェに任せておけば何も問題はない。しかし海軍は完全に畑違いで、流石の彼も苦労しているという話を聞いていた。
それも仕方がない。もともとアルジャークには海軍という組織はなかったのだから。これまで海戦(と呼べそうな戦い)も国史上数えるほどしかなく、その際には陸軍の兵士を船に乗せて戦っていたという。そもそも地理的にみても大規模な港を造ることができる地形はアルジャークには存在しておらず、造ったとしても冬の間は凍りついてしまう。海に目が行かなくとも仕方がないであろう。
しかしこれからは違う。アルジャーク帝国はすでにヴェンツブルグと以南にあるカレナリアの港を全て手に入れている。これらの港は不凍港であり、つまり一年と通して使うことができる。アルジャーク帝国はこれまでとは比べ物にならない海上権益を手に入れたのであり、それを守るために海軍はどうしても必要なのだ。
ましてクロノワはこれから海上に進出しようというのである。海軍力の整備は必須であるといえた。
(まあアールヴェルツェには頑張ってもらいましょう)
仮にテムサニスを併合するという話になれば、当然かの国の海軍も再編しなければならない。そうなれば彼の仕事はさらに増えるであろう。そのことを承知しつつ、クロノワは無責任なエールを送るのであった。
「それと別の件なのですが………」
カレナリアとテムサニスの話が一段落すると、ラシアートは別の案件を持ち出した。どれもこれも重要な案件だ。いやこの時期、重要な案件しかないといってもいい。
版図拡大にともなう「共鳴の水鏡」の通信網の再整備。法制度の統一と必要箇所の改正。各地でばらばらになっている税率を一本化し、全ての国民が公正な裁判を受けられるようにしなければならない。
特に役人と軍の仕官の登用制度の改革は今すぐにでも着手しなければならない。
アルジャーク帝国の気風は実力主義である。名家名門と呼ばれるものは確かに存在するが、かといって国の中枢がすべてそこの出身者で独占されているわけではない。実際歴代の三大臣の中では、貧しいながらも苦学しその地位に上りつめた人のほうが多い。現在の宰相であるラシアートもそんな苦労人の一人である。
アルジャーク帝国において役人や軍の仕官になるには、そのための試験に合格しなければならない。試験は目指すべき位に応じていろいろと種類があるわけだが、全てに共通している点として、受験資格に一切の縛りがない。性別・年齢・出身地などが原因で、試験が受けられないということはがまずないのだ。
その結果アルジャークにおいては学問が盛んになった。あちらこちらで私塾や学校が開かれ、国としてもそれをバックアップするための制度が整えられている。またこうして根付いた「学ぶこと」への意識は、政治や軍事だけに留まらずさまざまな分野において結実しているのである。
国としても有能な人材を数多く確保できるし、加えて他の分野の発展はそのまま国の発展にも直結している。アルジャークを強国たらしめている一つの要因であろう。
だがオムージュやモントルム、カレナリアといった新しく併合された国においては、多くの場合そうではない。それらの国では政治や軍事に関わり、また動かすことができるのは貴族と呼ばれる一部の特権階級だけであり、教育を受ける特権は彼らに限定されるのが普通であった。一般の庶民は親から簡単な読み書きと計算を教わるだけで、学校に通うことはほとんどない。そもそも庶民が教育を受けるための制度がまったくないのが現状である。
無論、アルジャークとて全ての国民が十分な教育を受けられているわけではない。しかし国民の教育に対する認識の高さはこの時代大陸でもトップクラスで、立身出世を目指す志の高さがこの国の根底を支えていた。そしてその意識を支えているのは、間違いなく国の教育と仕官登用のための制度であった。
クロノワはこの制度を広大になった版図全体に広げるつもりでいる。成果が現れるのは五年先か十年先か、それは分らない。しかしやらねばならないとクロノワは決意していた。
「征服者が被征服民に対して無責任であっていいはずがない」
それは民に対する責任でもあるし、歴史に対する責任でもある。簡単に言ってしまえば、クロノワはそこで暮らしている人々に対して何かを残したいのだ。アルジャーク帝国が崩壊し、治める国の名前が変わってもそこに根付いて残るような何かを。
「少なくともこの時期に併合したのがアルジャーク帝国であってよかった」
そう言ってもらえるような何かを。そして教育とそれに対する意識は、その「何か」足りえるのではないだろうかと思ったのだ。人の生まれは不平等だ。しかしせめてつかむことのできるチャンスは平等であると一人一人が考えられるような、そんな気風と理念を残してみたいのだ。
もちろん実施すべき政策はこれだけではない。他にも重要な案件が山のようにある。そのなかで優先順位を定め、そして人材と予算を割り振っていかなければならない。しかしこれはやる価値のある仕事だろう。国としても広く有能な人材を集めることができるし、学問が盛んになればこの国はさらに発展していける。
(これも一つ、私の野望かもしれませんね………)
クロノワとしての野望が「世界を縮める」ことだとすれば、教育と仕官登用制度の改革は皇帝としての野望になるかもしれない。そんなことを頭の片隅で考えながら、クロノワはラシアートと案件を詰めていくのだった。
*********
カレナリアからの連絡が入ったのは、ラシアートと話をしてから三日後のことであった。報告すべき事柄をこの短時間で調べ上げることはできないであろうから、あらかじめカレナリア側で情報を収集していたことが窺える。どうやら仕事をサボっていたわけではなさそうだと、クロノワは満足した。
「端的に申し上げると、テムサニスは今混乱の最中にあります」
「それは内戦状態、ということでしょうか」
「いえ、そうではないのですが………」
「共鳴の水鏡」の向こう側で、文官が言いよどむ。その様子は言いづらいことがあるというよりは、適切な言葉を探している風だった。
「では、ことの最初から説明してくれ」
一緒に話を聞いていたラシアートがそう助け舟を出すと、その文官はほっとした様子を見せ「分りました」と答えてから説明を始めた。
「クロノワ陛下が本国にお戻りになってから、捕虜にしたジルモンド陛下の身柄のことでテムサニス側からたびたび接触がありました」
とはいえ自分たちだけでそんな大それた交渉を行うわけにもいかないから、のらりくらりと返事をはぐらかしておいたという。
「それがあるとき、接触が止みました。不審に思い調べてみたところ、第二王子のゼノス殿下が第一王子のフェレンス殿下と王妃エルセベート陛下を殺害し、クーデターを起こしていました」
そしてゼノスは即位を宣言し、そのままルーウェン公爵との内戦に突入した。ちなみにアルジャーク帝国はジルモンドこそがテムサニス王だという立場なので、ゼノスの即位は認めないという方針でいくことになる。
「では、今はその内戦が継続中、ということか」
「いえ、ルーウェン公爵は最初の戦いで戦死しており、公爵の派閥の貴族たちも多数戦死しております」
つまり、ゼノスに反抗する勢力は現在テムサニスには存在しない。では混乱の原因は何か。
「ゼノス殿下が、敵対した貴族の領地を襲っているのです」
「なんと愚かな………!」
ラシアートが非難の声を漏らした。わざわざ「領地を襲っている」というふうに言葉を選んだのだから、敵対貴族の粛清以上の事がそこで行われていると考えていいだろう。
クーデターを起こして肉親を排除し内戦に勝利したゼノスは、今やテムサニス国内における最有力者である。アルジャーク帝国はまだ認めてはいないが、名実共に王になったといっていい。それなのに王となったはずの彼は、治めるべき土地と民を自らの手で虐げ、新たな秩序を作り上げるという責任を果たそうとしない。そんなゼノスに対して、クロノワも個人としては憤りを感じる。
「好機、でしょうね………」
だが今は皇帝として判断を下す。混乱が広がり、新秩序がいまだ築かれていない今の状態は、派兵を行いテムサニスを完全に併合してしまう好機といえる。
「ご苦労様でした。引き続きテムサニスの情報を集めてください」
報告を行っていた文官が「共鳴の水鏡」の向こう側で頭を下げるのを認めてから、クロノワはラシアートをともないその部屋を出た。
「軍を動かすおつもりですか」
廊下を歩いていると、ラシアートがそう尋ねた。
「ええ、そのつもりです。あなたはどう思いますか?」
「………テムサニスは隣国です。こちらがどう動くとしても、かの国の動向と無関係ではいられません」
ラシアートは少し言葉を濁した。アルジャークにおいても新体制はいまだ本格的には動き出していない。今は国内を固めるのに徹する時期だと彼は思っている。ましてや前皇帝ベルトロワの時代から遠征が相次ぎ、ラシアートなどからすれば少しやりすぎに感じていた。しかしだからといって対岸の火事を放っておけば、いつこちらに飛び火してくるかも分らない。現に土地を捨てたテムサニスの民の一部は難民となって国境を越え、カレナリアに逃れてきている。これは放置しては置けない問題である。
軍を動かすことに積極的に反対する気はないが、かといって諸手を挙げて賛成もできない。それが、宰相ラシアートが言葉を濁さねばならない理由であろう。
ただ皇帝であるクロノワがやる気である以上、軍は動かすことになるのだろう。ラシアートも積極的に反対する理由がない以上、この方針を支持することになる。
「なんにせよ、もう一度アールヴェルツェ将軍に話をしておいたほうがよろしいでしょう」
ラシアートの言葉にクロノワも頷く。アールヴェルツェには「軍を動かす事態になるかもしれない」という話をすでにしてある。しかし今日の報告を聞いて、ほぼ確実に軍を動かすことになった。ならばアールヴェルツェにはそのための準備をしておいてもらわねばならない。
クロノワはそのままアールヴェルツェのところへ足を伸ばすことにした。またお小言をもらいそうな気もするが、最近は執務室にこもりっぱなしでどうにも運動不足なのだ。
「少し意外ですな」
近々軍を動かすことになる、という話を伝えるとアールヴェルツェはそうもらした。
「陛下は内政を重視されると思っておりましたので」
即位早々遠征を行うことになるとは、思っていなかったという。
「欲しいものがありますから」
クロノワがそう答えると、アールヴェルツェは「ほう」と呟き軽く目を見張った。以前は軽々しくそのようなことを言うことはなかった。いや、できなかった、といったほうが正しいだろう。よくよく観察してみれば、クロノワの表情は以前よりも柔らかい。仕事は激務のはずだが、どこか余裕が感じられる。
(解放された、ということか)
日陰者の第二皇子という立場、そして降りかかる悪意と中傷と迫害から。精神的な余裕が表情にも表れているのだろう。追い詰められていた頃のクロノワを知っているアールヴェルツェとしては、感慨深いものがある。
「ところで陛下、もしやと思いますが、今回も親征されるおつもりですか」
「ええ、そのつもりですが」
クロノワは当然といわんばかりに答えたが、それを聞いたアールヴェルツェは途端に眉間にシワを寄せ、これみよがしに盛大なため息をついた。その否定的な反応に、クロノワは思わずたじろぐ。
「な、なんですか………」
「陛下、それだけはお止めください。今陛下の御身にもしもの事があればこの国はどうなります?今は国にとっても御身にとっても大切な時期。親征はご自重ください。よろしいですね?」
「そんな、大げさですよ………」
「よろしいですね!?」
アールヴェルツェの剣幕に、クロノワは思わず頷いてしまう。言質を取って満足したらしいアールヴェルツェは晴れやかな表情だが、それとは対照的にクロノワは疲れたような、それでいて恨めしいような、そんな顔をしている。
どうにも頭の上がらない人間が多い新皇帝であった。