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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第七話 夢を想えば
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第七話 夢を想えば エピローグ

 あの戦い、ギルマード平原でのクロノワ軍とレヴィナス軍の戦いは、レヴィナスの戦場からの逃走をもってその勝敗が決した。


 本陣の崩壊に敗戦を悟ったアレクセイは一度軍を引き、戦闘行為を完全に停止させてから降伏を申し出た。


 本来ならば降伏を申し出てから順次戦闘行為を停止させていくのが普通なのだろうが、このときアレクセイはそうはしなかった。その際の見事な引き際から、彼が動転して冷静な判断が下せなかったということは考えにくい。


 アレクセイはその理由を語らずに自決したから本当のところは分らないが、あるいは降伏しても完全に戦闘が停止するまでの間に多量の血が流れることを憂慮したのではないだろうか、と言われている。特に命令系統がもはや機能しなくなっていたレヴィナス軍本陣は個人による無益な抵抗が続いており、仮に白旗を揚げたとしても距離が開いてしまっている本陣では無駄な血が多量に流れただろう。それをアレクセイは嫌ったのではないか。


 ことの真偽について、歴史書は黙して語らぬ。アレクセイ・ガンドールは白旗をあげる前に兵を引いた。それが史実である。


 さらにそれまで優勢であったにも関わらず兵を引いていくアレクセイの後を、アールヴェルツェは追わなかった。その理由について、彼は後にこう語っている。


「あの状況でアレクセイ将軍が引くということは、戦う理由がなくなったのだと、直感的に思った。無論、白旗をまだあげていなかった以上、追撃をかけるべきだったのかもしれないが、なんというか将軍が信頼してくれている気がしたのだ。その信頼を裏切りたくなかった」


 味方であったときには誰よりも頼りにされ、敵になっても尊敬された男。それがアレクセイ・ガンドールであった。


 本陣と合流したアレクセイは白旗を掲げさせ、降伏の意思を示した。それから単騎で進み出、後ろで座り込んでしまっている兵士たちを示して声を張り上げた。


「クロノワ殿下!戦場で相対したとはいえ、彼らもまたアルジャークの民!どうか寛大な処置をお願いしたい!」

「委細承知!武装解除が終わり次第、故郷に帰すことをお約束する!」


 この戦いは内戦である。つまり敵は同国民である。併合から日が浅く、アルジャーク人もオムージュ人も同じ国の民であるという意識はまだあまりないかもしれないが、これから国を安定させていく上で、この認識は非常に重要なものだ。


 あるいはこれがアレクセイのクロノワに対する、最初で最後の教えだったのかもしれない。クロノワの答えに彼は満足したように穏やかな笑みを浮かべた。


「将軍!貴方もです!戻ってきて力を貸していただけませんか!」


 あの時もう少しマシな言葉はなかったものか、と後にクロノワは悔やんだという。彼の言葉を聞いたアレクセイはもう一度穏やかに微笑み、それから愛剣を自分の首筋に当て自らの首を刎ねて自決した。


 それが彼なりの責任の取り方であったのだろう。偉大な将を惜しみすすり泣いたのは、勝ったはずのクロノワ軍の方であった。


「あの、陛下。将軍の遺体は………」


 言いにくそうにしているのはアールヴェルツェである。彼にとって、いやクロノワに従った全てのアルジャーク兵にとって、アレクセイはいまだに「アルジャークの至宝」であり、その遺体を捨て置くことなど考えられないことである。


 しかしその一方で、アレクセイは最後に敵となった。しかもベルトロワの遺言、つまり最後の勅命を無視してクロノワに相対した反逆者である。彼がどれほど事情を把握していたか、それを確認する手立てはもうないが、だからと言って軍を統率する者が「知りませんでした」で責任を逃れられるわけがない。その遺体は無残にさらし、見せしめにすることだって考えられる。


 「アルジャークの至宝」として尊敬する一方で、正統な皇帝に刃向かった反逆者。それが今のアレクセイ・ガンドールである。この辺りが、アールヴェルツェが言いよどまねばならない理由であろう。


「丁重に埋葬してください。特に葬儀を行うつもりはありませんが、最後の見送りをしたい者にはさせてやってください」


 クロノワのその言葉に、アールヴェルツェは深々と頭を下げた。

 この日の夕刻前、アレクセイ・ガンドールの“葬儀”が行われた。喪主はおらず、別れの言葉をかける者もいない。場所も荘厳な式場などではなく冷たい風が吹き荒ぶ雪原で、立派な墓や棺が用意されることもない。


 しかし、クロノワに従って彼と戦った全てのアルジャーク兵が、アレクセイ・ガンドールの最後を見送った。ある者は槍を掲げ、ある者は剣を捧げ、偉大な将を見送ったのである。


 この時の様子について、後の歴史書はこう描写している。

「勝者であるはずの兵士たちが泣いている。彼らは整然と隊列を組み、死者を見送った。見送られる死者は、先ほどまで敵であったはずの男だ。その男を見送るために、兵士たちは誰に命じられるでもなく最上位の敬礼を行った。槍を掲げ道を作り、剣を捧げて冥福を祈る。敵にこれほどの敬意を持って見送られた男は、アレクセイ・ガンドールの他にはいないだろう」


 さて、降伏したレヴィナス軍の兵士たちについてである。レヴィナスが逃走しアレクセイが自刎した今、金で雇われた傭兵を含め全ての兵士たちにもはや戦う気力は残っていなかった。また彼らはクロノワの「武装解除が終わり次第、故郷に帰すことを約束する」という宣言を聞いており、生きて故郷に帰れるならばここで戦う理由はもはやなく、消極的ではあるが従順な態度で武装解除に応じた。


 クロノワにとって意外であったのは、降伏した者たちの中にレヴィナスの妻であるアーデルハイト姫がいたことである。


 クロノワがアーデルハイト姫に会うのは結婚式以来これで二度目だが、彼女がここにいるということはレヴィナスに置いていかれたということである。両者にとって思いがけずまた不幸な形での再会であったわけだが、二人ともそれを表情に出すことはしなかった。クロノワの前に現れたアーデルハイトは落ち着いているというよりは淡々としていた。ただ以前に同じ状況になった皇后のように喚きたてることはせず、それがクロノワの好感を上げた。クロノワは貴婦人としての待遇を約束すると、彼女は何も言わずただ一礼のみを返すのだった。


 ギルマード平原における再編と戦後処理を終わらせると、クロノワはそのまま進路を西に取った。戦場から逃走したレヴィナスを追うためである。オムージュとの境にあるリガ砦にいるのではないかと思われたが、いざ砦についてみると門は開いており事を構える意図がないことを主張していた。


「どうやらレヴィナス殿下はいないようですな」


 アールヴェルツェはレヴィナスに対して「殿下」という敬称をつけたが、それ以外には敬語を用いなかった。レヴィナスは今や皇帝に反抗する反逆者であるから、本来ならば敬称や敬語を用いる必要はない。が、それでも彼はさきの皇帝ベルトロワの長子であり、アールヴェルツェなどにしてみれば呼び捨てにするのは心苦しい、ということなのだろう。クロノワはそう思っていた。


 もっともクロノワにしても、レヴィナスのことをまだ「兄上」と呼んでおり、人のことは言えないが。


 リガ砦にいた兵士たちについてだが、クロノワは彼らを断罪しようとは思わなかった。彼らにしてみれば、アレクセイ将軍に命じられれば従わざるを得ない部分が確かにあるからだ。ならばわざわざ内戦の傷を大きくする必要はない。


 さて、リガ砦に入ったクロノワはそのままオムージュ領の総督府がおかれているベルーカに行き、行政機能を掌握するつもりでいた。が、彼がリガ砦にいる間に、思いもしなかった知らせが舞い込んできた。


 レヴィナスが死んだという。討ち取ったのは、なんと数人の農民であるという。その知らせを聞いたとき、クロノワが感じたのは喜びではなくなぜか脱力であった。


 クロノワがベルーカを目指そうと思ったのは、オムージュ領の行政機能を掌握するためであったが、同時にそこを拠点としてレヴィナスを探すためでもあった。探し出し捕らえたならば、つぎは処刑しなければならない。そこまでしてはじめてクロノワの治世はスタートラインに立てるのである。極端なことをいえば、レヴィナスの首が落ちるのと同時に、クロノワの治世が始まる。


 つまりクロノワにとってレヴィナスは、いずれは死んでもらわねばならない相手であり、そのことについて覚悟はとっくの昔にできているはずであった。


(甘かった、ということでしょうか………)


 達成感も何もない、ただの倦怠感に全身を蝕まれながらクロノワはぼんやりとそう考えた。


 とはいえクロノワはそうやって脱力していられる立場ではない。レヴィナスを討ち取ったという農民たちとも会わねばなるまい。


「貴方たちですか?兄上を討ち取ったというのは」

「へ、へぇ!そうでございます」


 クロノワの前で地面に額をこすりつけて平伏している農民たちの数は五人。あるいはもっと大勢いるのかもしれないが、ともかくこの五人が代表なのだろう。


「兄上の遺体は?」


 クロノワが尋ねるとそばに控えていた兵士が「こちらに」と言って、白い布が被せられた担架を示した。その布をのけると、血にまみれたレヴィナスの遺体があらわれた。


 遺体の状態は悲惨だった。腐敗が進んでいるわけではない。全身が傷だらけなのだ。恐らくだが、なぶり殺しにされたのだろう。


 ただ、それもある意味では仕方がない。農民たちは槍や剣のような武器は持っていないだろう。武器代わりになる、例えば鉈や手斧を持っていたとしても、訓練を受けていない素人がそれで人間を、しかも抵抗する人間を殺すのは手間だろう。結果として一つでは致命傷とならない傷ばかりが増え、遺体は傷だらけの悲惨な状態になる。


 クロノワは開きっぱなしになっているレヴィナスの目を閉じてやる。死顔が少し穏やかになったと思うのは、彼の自己満足だろうか。


 クロノワはレヴィナスを殺さなければならなかったし、また遠からず殺すことになったであろう。つまり農民たちがレヴィナスを殺してくれたことは、彼にとって本来は喜ばしいことであるはずだった。が、そういった感情は一切湧いてこない。変わりに胸にあるモノは怒りにも似ていた。


 兄レヴィナスはクロノワの目から見ても美しい麗人である。クロノワの知っているレヴィナスは、いつも自信にあふれて堂々としそして輝いていた。


 それにレヴィナスはクロノワを積極的に迫害したことはない。彼の母親である皇后はクロノワに対するイジメと悪意の急先鋒であったが、レヴィナス自身はそれに加わったことがない。レヴィナスにしてみればクロノワなど眼中になく、ごく自然に無視していただけなのだろうが、当時まだ日陰者であったクロノワにとってはそれだけでも十分にありがたいことであった。


(もう少しふさわしい死に様はなかったのでしょうか………?)


 殺そうとしていた相手にそんなことを思うのは自己満足に過ぎないと、クロノワは知っている。知っているが、感情や思考というものはなんとも御しがたい。自然とその矛先はレヴィナスを討ち取ったという農民たちに向いていく。


「あ、あの!!」


 クロノワの胸のうちに黒いのもが生まれ始めたとき、それまで平伏していた農民の一人が頭を上げた。「無礼者!」と怒鳴る兵士を制し、クロノワはその農民に声をかけた。


「どうかしましたか?」


 クロノワの声は少しばかり冷たい。その声に農民は怯えたように身をすくませたが、意を決し顔を上げた。その目が思いがけず強い光は放っていることに、クロノワは内心で驚く。


「オムージュを、お願いしますっ!!」


 その短いが強い言葉で、クロノワはなんとなくだが理解してしまった。

 レヴィナスがオムージュ領の総督になってから、領内の生活は一気に苦しくなった。増税したことや、それを過去にさかのぼって適用したこと、また貴族たちのもとに転がり込んだ聖職者たちの豪遊費を負担させられたことなどが主な原因だが、他にも色々と要因はあるだろう。


 モントルム領の総督であったクロノワは、自分の領内になだれ込んでくるオムージュからの流民が激増したことで、その生活がいかに苦しいのか想像できる。また十五になる年まで一般市民として暮らしていた彼は、その厳しさについて実感もできるのだ。


(兄上は、恨まれていたのですね………)


 そしてその責任は、最終的に全て総督であったレヴィナスのものなのだ。民草にとって為政者の容姿が麗しいかなど、どうでもいい問題だろう。それにふさわしい死に様など、さらにどうでもいい問題である。もちろん恨んでいたからなぶり殺しにしたわけではないだろうが、


「こいつが生きていたら、自分たちに未来はない」


 と、それくらいのことは考えていたかもしれない。それほどまでに彼らも追い詰められていたのだ。


「はい。任されました」


 努めて穏やかな声音で、クロノワはそう応じた。胸の中にある黒いものはなくなってはいないが、それは表に出すべきではないと考えられるようになっていた。目の端に涙を浮かべた農民が再び頭を垂れると、クロノワはそばにいた兵士に命令を出した。


「彼らには金貨で一万枚を与えてください」


 それから平伏している農民たちに視線を移し、


「分配は貴方たちに任せます。いいですね?」

 と聞いた。彼らの返事を聞いてから、クロノワはその場を後にした。


 次にクロノワが向かったのはリガ砦内の一室、アーデルハイトが軟禁されている部屋であった。彼女の部屋の前には、護衛と監視をかねた兵士が二人控えている。


 クロノワは部屋の扉をノックし、返事を待ってから中に入る。アーデルハイトは窓辺に座り、ぼんやりと外を眺めていた。クロノワが部屋に入っても視線を動かそうとはしない。クロノワはその無礼を咎めはしない。ただ、単刀直入に用件を切り出した。


「兄上のご遺体が届けられました」


 その話を聞いたとき、アーデルハイトの表情には一切の変化がなかった。首を軽く回して顔をクロノワから隠した。


「お会いになられますか?」

「………結構です。光を失ったあの方に、会いたくはありません」


 アーデルハイトは、声だけを聞けば平静だった。そしてクロノワには回り込んでその表情を確認するだけの勇気はなかった。見えていないことを承知で一礼してから、彼女の部屋を出た。


 アーデルハイトが自決したという報告がクロノワのもとにもたらされたのは、それからおよそ三十分後のことであった。髪を止めていた(かんざし)で喉を突いたのだという。


(まさか後を追うとは………)


 このタイミングでの自決は、それ以外には考えられない。人払いをして一人になったクロノワは、虚脱感にさいなまれながら天上を見上げた。


(愛していた、愛し合っていた、のでしょうか………?)


 レヴィナスとアーデルハイトの結婚は第三者的に見れば政略結婚であったし、クロノワもそう思っていた。だが当人たちの関係は、あるいはアーデルハイトの見方はそうではなかったのかもしれない。


「それにしても………、みんな死んでしまいましたね………」


 母もベルトロワも皇后のレヴィナスもアーデルハイトも、家族と呼べそうな人はみんな死んでしまった。無論、母を除けば彼らとの間に家族らしい情があったわけではないが、それでも縁者が皆死んだという事実はここにある。


「『玉座は孤独なり』か………」


 さして独創的でもない歴史書の一節を思い出す。さて、玉座に座ると孤独になるのか、玉座に座るために孤独になるのか。


「無性に、君に会いたいよ。イスト」


**********


 コンクリフト・クルクマスがイストから託された品物をオリヴィアに手渡せたのは、彼らがベルラーシを発ってから三日後のことであった。できればイストたちと別れたあとすぐにでも手渡したかったのだが、タイミングと気力の折り合いが付かず、ずるずると時間だけが過ぎてしまった。


 さすがにこれ以上間を空けるのはまずい、と危機感を感じたクリフは、なけなしの気力を振り絞ってオリヴィアに話しかけたのである。


「あの、これイストから『オリヴィアに渡してくれ』って預かったんだけど………」

「イストから?なんで自分で渡さないのよ、あいつは」

「さ、さあ。そこは聞かなかったから………」


 まさか会話を始めるきっかけにしろ、といわれたなどと言えるわけもなくクリフは言葉を濁した。


 クリフから綺麗に包装された手のひら大の包みを受け取ると、オリヴィアはすぐに中身を確認した。その中に入っていたのは………。


「義眼………?いや、でも………」


 このとき、クリフは初めて中身を知った。木箱の中に収められていたのは、深紅の瞳を持った義眼であった。だがオリヴィアの瞳の色は青だ。瞳の色が違っていては、義眼として役に立たないのではないだろうか。


「まったく、意地悪な人ね」


 クリフが疑問に頭を捻っている隣で、オリヴィアは手を口元に沿えて苦笑していた。


「でも、優しい人」


 一緒に入っていた紙に、その義眼の詳細について書かれていた。

 義眼の名は「妖精の瞳」。なんでも人の感情の揺らぎを可視化する魔道具らしい。つまり人が隠す内心の嘘や動揺を見抜けるということだ。普段の生活では使い道はあまりなさそうだが、商談の場では重宝しそうな魔道具である。


 だが義眼である以上、使うためには顔の火傷痕をさらさなければならない。眼帯を外すだけではない。恐らくは前髪もどかさなければいけない。つまりこの魔道具はオリヴィアが火傷痕をさらすことを前提にしているのだ。


「疲れるくらいなら、もう隠さなくたっていいじゃないか」


 そう言われた気分である。なんとも意地悪なメッセージの伝え方だ。今までは顔を見られる恐怖のほうが勝っていた。しかし同時に早く楽になりたいという気持ちも確かにあったのだ。この魔道具はそのきっかけを与えてくれる。


 ただその与え方が優しい言葉などではなく、商人にとって重要な実利を全面に押し出したやり方なのだ。乱暴で意地悪。それがオリヴィアの評価だ。あの幼馴染はもう少し女の子の扱い方を学んだほうがいい。


 そしてあの瞳の色である。義眼の瞳の色は深紅。繰り返すがオリヴィアの眼の色は青である。左右の瞳の色が違っていれば、それは珍妙な光景だろう。いらぬトラブルの原因になることも考えられるから、普段は隠しておくのが得策だろう。


 義眼を隠すのなら眼帯がよい。そうやって眼帯で義眼を隠せば、なぜか火傷痕も隠れてしまう。そう、あくまでも結果論的に。眼帯の大きさは好みのものを選べばよい。大きいのを選んだっていいではないか。


「火傷を隠すのではない、義眼を隠すのだ」


 なんとも言い訳じみていて遠まわしで皮肉れた優しさだ。隠すなといいたいのか、それとも隠せといいたいのか。しかしその両方を両立できるようになっている。


「そうね………。これも一つの区切りなのかしら」


 まさかこの義眼一つで全ての問題が解決するとは、イストだって思ってはいまい。だからこの義眼は彼が与えてくれた一つの区切りでありきっかけだ。


 立ち直るだの歩き始めるだの傷を癒すだの、それらしい言葉は数多い。しかしその主体は全てオリヴィアだ。厳しいかもしれないが、自分から動かなければ状況は何も変わらない。あるいはイストは、そう言いたかったのかもしれない。


(そしてきっと、自分にもそう言い聞かせているんでしょうね………)


 きっとイストは義眼を作りながら自分のことも考えていたに違いない。オリヴィアにトラウマから抜け出して欲しいと願う彼は、自分自身だってトラウマから、あの赤い悪夢から抜け出したいともがいているはずなのだから。


(わたしは先にいくわ。早くしないと、置いていっちゃうわよ?)


 解放への道のりはまだ遠い。恐怖が勝る時だってあるだろう。けれども一歩を踏み出した先にある景色は、今とは違うものだと信じたい。




 オリヴィア・ノームは次の日、火傷痕を隠していた前髪を切った。動揺したのはむしろキャラバン隊のメンバーで、彼女自身は慌てる彼らを眺め苦笑していたという。ちなみに髪の毛を切った後のオリヴィアの第一声は、

「軽くなった」

 だったそうな。



―第七話 完―



というわけで第七話「夢を想えば」いかがだったでしょうか。


さて、今回書いていて気づいたことがあります。それは

「恋愛ネタって難しい………!」

ということです。


いえ単に新月の力不足なのですよ。この先も恋愛ネタが出てくるので予防線張っておこうなんて考えてないですよ?ホントウデスヨ?


………。


これ以上やると、いえもう十分に墓穴は掘った気がしますが、さらに掘るとまずいのでこの辺りで終わりにします。


つぎの話は、「第八話 王者の器」。

お楽しみに。

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