旅路003 分かれ道は大体正解外すよね
さて、歩き始めたはいいが。
モンスターなんかも出るのであろうか。
見渡せば、恐らく一つの町であったのだろう痕跡が残っている。
ただ、至るところが陥没しているのが分かる。
倒壊したビルの隙間からは草木が芽吹き、見通しも悪い。
「どわっ」
歩いている途中、草に隠れていた段差に躓いた。
転びこそしなかったものの、思っていたより足元が見えない。
「あぁ、そりゃあ穴が空いとんなら、草木で隠れることもあるかぁ」
持っていた木の枝を杖代わりにして、前の地面を確かめながら歩く。
「なんか出てきても分からんよなぁ……」
そろりそろりと歩きながら、周囲を見渡す。
五十メートルも動いていないはずなのだが、じんわりと疲労が溜まっていく。
体力というより、神経が疲れる。
がさり。
「ん?」
途中の草木が揺れたように感じた。
足を止め、周りを見渡す。
何かいる気配はしている。
気がする。
ただ、いまいちよく分からない。
「神経使うなぁ……」
振り返れば、初期スポーンした場所はまだ普通に見えている。
最悪、何かあればあそこまで戻ればいい。
そう思いながら前を向き、再び歩き始める。
少し気になって、先ほど音のした場所まで歩いてみた。
枝で草を避けながら辺りを探してみる。
足跡らしいものはない。
草が踏み荒らされているわけでもない。
「……なんもないな」
結局、何かがいたのか。
そもそも本当に音がしたのかすら分からない。
「まぁ、ええか」
別に、わざわざ見つけて戦いたいわけでもない。
元の道へ戻り、アスファルトが舗装されていたであろう道を辿る。
しばらくすると、道端に折れ曲がった看板が残っていた。
文字の大半は消えている。
「市……所?」
市から始まり、所で終わる場所……。
少し考える。
「あぁ、市役所か?」
読み取れたはいいものの、その先で道は二手に分かれている。
右か。
真っ直ぐか。
「まぁ、とりあえず真っ直ぐか」
特に深い理由はない。
市役所なら、町の中心に近いだろう。
そのくらいの考えだった。
道なりに進んでみれば、存外アスファルトが雑草に隠れているくらいで、大きな障害物はない。
無いが、やはり歩きにくい。
長い時間を経て倒壊したビル群から、瓦礫が道路へ転がり出ている。
完全に道を塞ぐほどではない。
跨いだり、避けたり。
その程度ではある。
「本当に知らん場所からのスタートなんだなぁ」
正直、そうはいっても何かしらヒントがある状態で始まるものだと思っていた。
町の方向を示すものだとか。
アンカーまでの距離だとか。
せめて方角くらいは。
が、そんなヒントもない。
今のところ、道が残っているから辛うじて進めているだけだ。
「にしても、現実と大差ないってのもすごいもんだね」
意識して五感を澄ませてみる。
時折風に揺れる木々。
葉の擦れる音。
足元で草を踏む音。
最初よりも少しだけ、周囲の音を拾いやすくなったように感じる。
そのまま、また少し進む。
道沿いには、崩れた建物が並んでいた。
その中に一軒。
店だったのだろうか。
外壁は半ば崩れているものの、店先のショーケースだけは辛うじて形を残していた。
ガラスはひび割れ、土埃で随分とくすんでいる。
その表面に、人影が映った。
「……ん?」
一瞬、誰かいるのかと思った。
が。
自分だった。
「そういや、ちゃんと見とらんかったな」
くすんだガラス越しに、自分の姿を見る。
背丈も体格も、現実とそう変わらない。
少し違うのは、その色くらいだろうか。
錆青銅色の髪。
その下には、深緑の瞳。
初心者用の簡素な上着とズボン。
右手には木の枝。
左手には拾った石。
そして背後には、草に呑まれた道路と崩れた町。
「……なんとも言えんな」
旅人というには、まだ何も持っていない。
装備らしい装備すらない。
まぁ。
始めたばかりなのだから、こんなものだろう。
ショーケースから視線を外し、再び道を進む。
道は緩やかに曲がりながら続いていた。
真っ直ぐ進んでいるつもりではある。
ただ、戻っていると感じるほどではないものの、少しずつ向きは変わっているようだった。
途中、道路を塞ぐ瓦礫を避け。
陥没した場所では少し迂回し。
草が深くなれば枝で足元を確かめる。
時折聞こえる物音には足を止めたが、結局何かが姿を見せることはなかった。
「……何も出んね」
安心していいのか。
残念がるところなのか。
少なくともクロネとしては、前者だった。
別にモンスターと戦うために、このゲームを始めたわけではない。
そこからまた歩く。
崩れた家。
錆びた街灯。
草に埋もれかけた横断歩道。
倒れた標識。
歩いているうちに、それら一つ一つを気にすることも減ってきた。
「慣れるもんだなぁ」
枝で前を突く。
固い。
一歩。
また突く。
時々迂回。
また歩く。
そんなことを繰り返しているうちに。
「……結構歩いたな」
時間を確認する。
ゲームを始めてから、既に一時間近く経っていた。
最初の設定やら何やらを考えれば、歩いていた時間はもう少し短いだろう。
それでも、随分歩いた気がする。
「チュートリアルで一時間使うゲームも珍しいじゃろ」
誰に言うでもなく呟く。
道はまだ続いていた。
緩やかに曲がり、その先で建物の密度が少し薄くなる。
草木の向こう。
少し開けた場所が見えた。
「お?」
枝で足元を確かめながら進む。
元は広場だったのだろう。
ひび割れた舗装。
倒れた街灯。
端の方には、何かの像だったらしい台座だけが残っている。
その中央。
そこだけ、妙に綺麗なものがあった。
「……あれか?」
低い台座。
その上に、四角い物体が浮かんでいる。
地面にも、台座にも触れていない。
宙に浮いたまま、微かに揺れている。
表面には蒼い線。
直線。
円。
いくつもの図形が重なり、幾何学模様を形作っていた。
淡い光が、その模様の中をゆっくりと巡っている。
周りには崩れた建物。
伸び放題の草木。
ひび割れた道路。
その中で、それだけが時間の影響を受けていないようだった。
「アンカー……でええんかな」
近づく。
一歩。
また一歩。
それに合わせるように、蒼い模様が僅かに明るくなる。
「おぉ」
どうやら反応しているらしい。
周りを一周してみる。
ボタンらしいものはない。
端子もない。
説明書きもない。
あるのは、宙に浮く四角形だけ。
「接続してください、しか書いとらんかったしなぁ」
しばらく眺める。
そして。
「まぁ、触るか」
木の枝を脇へ抱える。
空いた手を伸ばした。
指先が触れる。
ピロン。
蒼い幾何学模様が一気に広がった。
四角形の周囲に、いくつもの線と円が浮かび上がる。
一瞬だけ。
それらが重なり。
そして消えた。
《アンカーに接続しました》
続けて。
《チュートリアルを完了しました》
「……終わり?」
待つ。
何も出ない。
「ほんまに?」
もう一度触る。
今度は何も起こらない。
どうやら、本当に終わりらしい。
「一時間近く歩いて、これかぁ……」
まぁ。
目的は達成した。
クロネは小さく息を吐き、改めて周囲を見渡す。
広場。
崩れた建物。
草。
そして。
「……ん?」
少し離れた場所。
倒れかけたビルの向こうに、見覚えのある景色があった。
「……あれ」
初めてこの世界に降り立った時。
正面に見えていた建物。
その下に広がる草地にも、見覚えがある。
数歩移動する。
建物の隙間から、その向こうを覗く。
「…………」
初期スポーンした場所が見えた。
近い。
思っていたより。
ずっと。
クロネはしばらく黙る。
頭の中で、最初の分岐を思い出す。
右。
真っ直ぐ。
自分は真っ直ぐを選んだ。
そこから道なりに。
瓦礫を避け。
陥没を迂回し。
気づけば一時間近く。
そして。
ここに着いた。
「……右」
少し間を置く。
「右かぁ……」
誰も答えてはくれなかった




