早く付き合え!~アルフォンス商会の秘書・アリシアは今日も胃が痛い~
昔々、あるところに、国内有数の大商会で働く若き女性幹部と、その秘書がいました。
秘書は女性幹部の幼馴染。
仕事は完璧ですが、一歩仕事を離れると、もう一人の幼馴染と毎日のように口喧嘩を始める上司。
しかも、その幼馴染は彼女に猛アプローチ中。
・・・なのに、当の本人はまったく気付いていません。
これは、そんな2人に毎日振り回される秘書の、ある日の物語――。
♢♢♢
「おはよう、アリシア。」
「おはようございます、リシエンヌ。」
私は手元にある書類を仕分けながら挨拶を返した。
「今日の予定は?」
そう聞く彼女は私の上司兼幼馴染のリシエンヌ。
最近では、とある婚約破棄騒動で一躍時の人となっている。
まあ、本人はどこ吹く風だけれど。
「本日は、侯爵家との商談、東支部との定例会議、新商品の発表準備、テオドール商会との打ち合わせです。」
「わかった。」
そう言いながらリシエンヌは流れるような黒髪をかき上げた。
この通り、リシエンヌは多忙だ。
その秘書である私ももちろん、それなりに忙しい。
そんな中――
コンコンコンと音が鳴り、扉が勢いよく開いた。
「おはよう、リシー。」
部屋の入り口に立つのは、微笑みを浮かべる長身の男性。
「朝からうるさい。」
リシエンヌが金に輝く瞳を煩わし気に細める。
「挨拶くらいしてよ。」
「したよ?」
毎朝のように繰り返されるこのやり取りをスルーし、私は手を動かし続けた。
「あ、アリシアもおはよう。」
「おはようございます、テオドール。」
私は書類に視線を落としたまま、そう答えた。
私たちの朝は、いつもここから始まる。
「アリシアも冷たいなー・・・。」
テオドールが青色の瞳を伏せ、落ち込んだような声を出す。
「あんたがうっさいからでしょ。」
「そう言うリシーの方がうるさいかもよ?」
「はぁ?」
また、始まった・・・。
子供のように煽るテオドールも、それに乗るリシエンヌも悪い。
私はいつも通り、2人の間に入った。
「そうやっている2人の方がうるさいです。」
「だって、テオが!」
「だって、リシーが!」
同時にそう言い、またもやにらみ合う2人。
黙ってたら、お似合いの美男美女なんだけど・・・。
私は仲裁をあきらめ、慣れた足取りで商会長室へと向かった。
この二人を止められるのは、リシエンヌの父親である商会長だけなのだから。
♢♢♢
私は扉をノックし、部屋に入る。
「おや、アリシアか。」
部屋の奥にある机に座っていたのは、白髪交じりの黒髪の男性。
商会長である、ミカエルさんだ。
「申し訳ございません、商会長・・・。」
「ああ、またかい?」
商会長が苦笑交じりにそう言う。
私も少し苦笑しながらうなずいた。
「呼んできてくれ。」
「ありがとうございます。」
私は軽く礼をしてから、口げんか真っ最中の2人を呼びに戻ったのだった。
♢♢♢
――数分後。
「リシエンヌ。」
「はい。」
「テオドール。」
「はい、おじさん。」
商会長室には、どこか気まずそうにたたずむ2人の姿があった。
「仕事中くらい、仲良くしなさい。」
「テオが悪い。」
「リシーでしょ?」
「は?」
「ほら。」
テオドールが笑いながらリシエンヌをいじる。
・・・そう言うところなのだ。
「よし、2人とも、倉庫の整理に行ってきなさい。」
「「えっ?」」
2人の動きが同時にぴたりと止まる。
私は一瞬、吹き出しそうになるのをこらえた。
「罰だ。・・・行ってきなさい。」
2人はいやそうな顔を隠そうともせず、部屋を出ていった。
「すまないね、アリシア。」
「いえ、仕事ですので。」
「そういえば、君は昔のように呼んでくれないんだね?」
「・・・会長夫人に言いましょうか?」
「冗談だよ。」
商会長は苦笑しながら、「戻っていいよ。」と言って手を振った。
「リシエンヌに似てきたか・・・?」
その呟きは、完全に崩れた予定の立て直しについて考えていた私の耳には入らなかった。
♢♢♢
――1時間後。
ようやく倉庫の整理を終えた2人が帰ってきた。
いや、なんで2人?
まあ、いいか・・・。
「リシエンヌ、今から新商品発表準備の監督に行ってきてください。」
「了解。」
「リシー、それが終わったらデートに――」
「仕事。」
「終わったら?」
「仕事。」
リシエンヌが必要な物をまとめてスタスタと部屋を出ていく。
テオドールはさすがに仕事の邪魔をする気はないらしく、部屋に残っていた。
「ねえ、あれ、どう思う?脈あると思う?」
「ないと思います。」
私は遅れている書類仕事を片付けながら答える。
「えー。」
「まず、気付いているか怪しいと思います。」
「・・・そこから?」
「はい。」
テオドールは椅子に座り、頭を抱える。
・・・頭を抱えたいのはこっちなのだけれど。
「どうしたらいいと思う?」
「仕事で助力ときに、お礼でもお願いしてみては?」
「それ、リシエンヌが一番嫌いなことじゃない?」
「はい。」
テオドールは今度は、私をじっと見つめる。
「昔はもっと優しかったのに・・・。」
私は彼に一瞬だけ視線を向け、呟きを聞かなかったことにして書類をめくった。
♢♢♢
それからも色々とテオドールの愚痴を聞き流しながら書類仕事を進めていた。
というか、この人、自分の家の商会の方は大丈夫なのだろうか。
私がいい加減うんざりしてきたころ、扉がバンッと音を立てて勢いよく開く。
「何ですか?」
少々棘のある口調で入ってきた人物を見る。
「リシエンヌさん、リシエンヌさんはいませんか!?」
在庫管理の責任者だ。
彼は焦ったように部屋の中を見た。
「何事ですか?」
私がもう一度問い返すと、彼はようやく話し始めた。
「東支部の在庫が底をつきました!」
「ここのものを持っていけばいいでしょう?」
「数が足りません!」
「何が足りないのですか?」
「東方の香辛料です!」
それはまずい。
私は頭を巡らせ、在庫を確保する方法を考える。
東方香辛料は最近取り扱い始めた、うちの目玉商品だ。
どこも品薄に決まっている。
どうしたものか・・・。
私があれこれと考えていると、隣から声が響いた。
「それなら、僕が行くよ。幸い、うちの倉庫に予備があるからね。」
いつの間にか、テオドールが立ち上がっていた。
「見返りはなんですか?」
「もちろん、アリシアのサポート。」
「・・・お願いします。」
・・・仕方ない。
在庫はもうないし。
リシエンヌを生贄にしておこう。
さっさとこんな日々から解放されたい。
テオドールはさらさらと紙に指示を書き始めた。
さっきまで恋愛相談をしていた人と同一人物とは思えない。
在庫管理責任者もあっけにとられ、目を丸くしていた。
「それじゃ、行ってくるよ。」
テオドールは軽く手を振ると、そのまま部屋を出ていった。
部屋は一瞬で静かになる。
私はぽつりと呟いた。
「仕事になると、本当に優秀なんですよね・・・。」
私は未だに呆然としている在庫管理責任者に戻るように告げる。
彼は頭を下げ、急ぎ足で部屋を出ていった。
彼と入れ替わるように、またもや部屋の扉がバンッと勢いよく開かれる。
「侯爵家から使者が来ています!」
「なぜですか?約束の時間まであと3時間もありますよ?」
私は少し髪が乱れている女性にそう問い返す。
「とにかく、早く来い、遅い。そう言っています!」
「それなら――」
「私が行く。」
私の言葉を遮るようにそう言ったのは、帰ってきたばかりのリシエンヌだった。
「ついでに、今回の契約について詰めてくる。」
「それなら、私も行きます。」
私は、契約書作成に必要な物や過去の契約書を手早くまとめ、鞄に入れる。
「じゃあ、行こうか。」
リシエンヌは受付の女性の肩をポンッと叩き、外へ出る。
私は受付に戻るように言い、その後を急いで追いかけた。
♢♢♢
「お待たせしてしまい、申し訳ございませんわ。モンフォール侯爵様。」
「いえいえ、こちらこそ申し訳ない。時間を間違えてしまったようだ。」
モンフォール侯爵は人の好い笑みを浮かべた。
使者の発言からどうなることか、と思っていたけれど、思いのほか大丈夫そうだ。
「せっかくだから、このまま商談をしてしまおう。」
「承知いたしました。」
リシエンヌは猫を何重にかぶっているかわからないくらい上品な笑みを浮かべ、柔らかい口調で話す。
「それでは今回の商談ですが、こちらの商品でお間違えありませんか?」
差し出された手に、必要な書類を手渡す。
彼女は書類を指さしながら侯爵に問いかけた。
「ああ、問題ない。」
「金額はこの程度になりますが、よろしいでしょうか?」
リシエンヌがその場でざっと計算し、金額を提示する。
「・・・もう少し安くならないかな?」
「数量を増やしていただければ可能です。」
侯爵が苦笑しながら口を開いた。
「これは・・・一本取られたね。」
彼はリシエンヌが提示した金額で了承した。
「それでは――」
私は新しい契約書を取り出し、今度は机の上に置いた。
「こちらにサインと印章をお願いいたします。」
リシエンヌがサインした契約書に、モンフォール侯爵がサインと印章を押す。
「それでは、商品は後日届けさせます。」
「ああ、ありがとう。」
リシエンヌは少し満足げな笑みを浮かべていた。
♢♢♢
「よく、あの値段で了承させましたね・・・。」
私は馬車に乗り込むと同時に、そう言った。
「何のこと?」
「・・・何でもないです。」
あの金額は相場よりも2割ほど高い。
ずいぶんと吹っ掛けたものだ。
・・・商会長、なんていうかなぁ。
なんて説明しようかなぁ。
たぶんイラっと来たからだと思うんだけど・・・。
私は少々遠い眼で馬車の外をぼんやりと眺めた。
♢♢♢
仕事場に戻ると、すでにテオドールが戻ってきていた。
いや、ここは彼の場所ではないのだが。
「なんでいんの?」
「夕食でもどうかなって。」
「仕事。」
「仕事が終わったら?」
「帰る。」
「今日、在庫補充した僕をねぎらってくれてもいいんだよ?」
リシエンヌはむっとした顔でテオドールを見返す。
というか、私が言ったこと早速利用してない?
・・・まあ、リシエンヌが断ることはないと思うけど。
私はリシエンヌを横目で見た。
『ことわるなー』と念を込めながら。
「・・・わかった。19時でいい?」
リシエンヌは不本意、という気持ちを前面に押し出しながらも、そう言った。
「もちろん。」
「商談だから。」
「デートだよ?」
「違う。」
「はいはい。」
テオドールは満足げな顔で部屋を出ていった。
リシエンヌは不満げだが、どこか楽しそうに椅子に座る。
これで付き合ってないってどうなの?
いや、リシエンヌは無自覚なのだろうけれど。
私はいつも通り、そんなことを考えながらペンを走らせた。
♢♢♢
――翌朝。
私はリシエンヌと共に書類仕事に打ち込んでいた。
今日こそ、平和に・・・
バァンと音が鳴り、扉が開く。
「おはよう、リシー。」
「だ・か・ら!」
・・・いかないみたい。
「リシー!早く仕事して!テオは早く戻れ!」
思わず声を張り上げると、2人はきょとんとした顔で私を見た。
「アリシア、怒った?」
「珍しいね。」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
久しぶりに幼馴染に叱られた二人は顔を見合わせたものの、数秒後にはまた口げんかを始めた。
・・・もう、好きにして。
胃薬、どこ行ったかな・・・。
私は今日もため息をつきながら、『早く付き合えー!』と心の中で叫んだ。
その数分後、商会長室から2人を呼ぶ声が聞こえてきたのは、言うまでもない。
(終)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
短編2作目なのですが、相変わらず緊張しますw
今回の主人公・アリシアを気に入っていただけたら嬉しいです。
また機会があれば、アルフォンス商会の日常のお話も書いてみたいと思っています。
アリシアの活躍がもっと見たい、または婚約破棄騒動について気になったという方は
『婚約破棄?受けて立つ。~ぶちぎれ成金令嬢による経済制裁~』をぜひ!




