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こころ  作者: しいな
誕生

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2/2

誕生

幼少期の話、思い出しながら書いています。

覚えてる限り書いているので、話が急に飛んだりします。



19〇〇年〇月


わたしは誕生した


赤ちゃんのころの記憶はもちろん無い。



私が記憶として残ってるのは、3歳のころから。


保育園へ通っていた3歳の私は

年長さんからいじめを受けていた。


壁へ押さえつけられ、ボールを当てられて

当時はいまと違って法律も定められていなく

先生は何十人もの子どもたちを1人でみていたので、

私には気づいてくれない。


あの時のわたしは、なんで痛いことするんだろう。

でもみんな笑ってるから、、

わたしも笑っていた。


そして、不登園になった。



父はその時、遠距離トラック運転手で月2~3回しか帰ってこなくて

母は9時~16時までパートをしていた。


保育園へ連れて行こうとすると、

大泣きし、脱走し、連れて行くのを諦めた母は

小さいおにぎりを家に置いて

仕事へ出掛けるようになった。


朝ご飯はなし

お昼ご飯はおにぎり

夜ごはんはふりかけご飯


幼児検診では私は栄養失調

母は育児ノイローゼと診断されたようだ。


それでも私は、保育園で嫌なことをされるくらいならと

頑なに保育園は拒否し

家に一人でいた。


私が4歳くらいのころだったか、父の会社が倒産し

父が家にいるようになった。

しかし、パチンコばかりをするようになり

私の生活は、家から父の車での生活に変わった。


車での生活は大変だった。

トイレも無い、パチンコ屋さんの中へは入れないし

おむつをさせられていたけど、おむつが外れていた私は

極力我慢し、たまに父が様子を見に来た時に

トイレへ連れて行ってもらっていた。


母は仕事が終わると、父と合流しパチンコへ

わたしの夜ご飯が無くなった。


私が風邪をひいても、インフルエンザになっても

毎日、車で一人。


4歳の私は笑うことも、泣くこともなく無表情でお人形さんのように過ごしていた。


そんな私にも希望の光が見えた。


母に、子どもができたのだ。

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