露見
二条は吾妻と別れた後、取り引き中の仕事に向かった。
商談や取り引き、直接金を受け取る際は、鞄を持ち歩いてる。その鞄の中身の一部に、化粧ポーチとウィッグが入っている。
偽物の商品や偽の情報だって見抜かれて追い掛けられるのを避ける為のもの。服はその場しのぎだから、現地調達でどうにかしている。
仕事も終わり飲み歩いていたら、骨董品を買ったヤクザから、追い掛けられている姿を、仕事が終わり帰ろうと店を出た吾妻が目撃してしまった。
「伊達伊吹テメェ待ちやがれッ!!ぶっ殺すぞ!」
「(何でよりによって鞄持ち歩いてない時に鉢合わせしてしまうんだ…!)だからあれは本物だと云ったでしょう!」
(今の二条…?何してんだアイツ)
怒鳴り声と二条の訴え続ける声は、段々と遠退いていく。
二条は走りながら、自身で制作した鑑定書を手から離すと宙を舞い地面に落下する。それを男は拾った。
「今回の骨董品は古賀雪眞氏のもの。貴方は古賀雪実氏、一文字違いのコガユキザネ氏と、勘違いしておいでです。だから、その鑑定書は正式なものです(アルコール回ってきた…。これ以上走らされたら流石に吐くかも)」
男が鑑定書に目を通しているうちに、荒い息を整え、少しでも距離をとる。
「ああ、確かにそう書いてあるな。俺が確かにお前から買ったのは“眞”の方の古賀雪眞だ。もう一つ、何か寄越しな。そうしたら今回の件は、チャラにしてやる」
男は鑑定書を指で弾き、図々しくももう一品寄越せと言うのだ。
「──分かりました。では日時は明日で、どうですか?」
「きっちり持って来い。明日だ。場所は俺が指定する」
「ええ、それでは──」
二条は何者かによって物陰に引き摺られ、背後から口を塞がれた。
「(舎弟か誰かか…?)ンンンッ」
遂に潮時か、と、一瞬死を悟った二条。
「シッ。静かにしろ」
だが、聞き覚えのある声がした。
サングラスで目は隠れているが、吾妻龍臣だった。
密着しているせいなのか、走ったせいなのか、否どちらもか。心臓が早鐘を打っている。
「あの野郎、話の途中で何処消えやがった。明日ぜってぇぶっ殺してやる」
(行ったか…?)物陰から顔を出し、誰も居ない事を確認する。「アンタ何やらかしたんだよ」周囲には誰も居ない。静寂が逆に、不穏さを増幅させていた。
「いやぁ、まぁ、ハハ」軽く笑って誤魔化す。「お兄さんこそ、何でこんな所に?」
低い声が、普段よりも一層重く沈んで聞こえた。
「さぁな」二条を助けようとは思わなかった。何故か体が反射的に動いてしまっていたのだ。
二条は一歩、物陰から外に出た。さっきまで自分を追っていた気配は、もうない。
呼吸を整えようとして、上手くいかない事に気付く。胸の奥が、まだ落ち着く場所を探している。
「……じゃ」
それだけ言って、先に歩き出した。
吾妻の返事は聞かない。振り返りもしない。
並んで歩く距離でもないし、かといって、完全に離れる程でもない。
中途半端な間合いのまま、同じ方向へ進む。
アスファルトに落ちる自分の足音が、やけに揃いすぎている。意識していないのに、歩幅も速度も一定だった。
──まずいな。
そう思った瞬間、右手が僅かに震えた。
止めようとしても、指先が言うことを聞かない。
酔いのせいじゃない。走ったからでもない。
解っているから、余計に腹が立つ。
(……阿呆な相手だった)
言葉も理屈も通じない。それだけで、人は殺す理由を持てる。
経験はある。こういう相手も、何度か相手にしてきた。
なのに──。街灯の下を通った時、その震えが、視界の端に入った気がした。
二条は、反射的に手をポケットに突っ込む。
隠す程の事じゃない。唯、見せる理由もなかった。
アパートの灯りが見えてくる。見慣れた外観。逃げ場じゃない、本当の帰る場所。エントランスを抜け、階段に向かう。エレベーターは使わない。今は、狭い箱に閉じ込められる気分じゃなかった。
段を上る音が、後ろと重なる。
振り向かなければ、確かめなくて済む距離。
踊り場で、鍵を出す。指がほんの一瞬だけ、鍵を落としそうになる。舌打ちを噛み殺し、鍵穴に差し込むが一度で入らない。
──ちくしょう。
力を入れ直すと、漸く回りドアを開ける。振り返らない。何も言わない。
ドアが閉まる音だけが、廊下に残った。鍵を掛けて、背中を預ける。
そこで初めて、深く息を吐いた。まだ手が震えている。二条はそれを見つめ、ゆっくりと拳を握りしめた。
(……次は、もう少し慎重にやろう)
そう思えた時点で、今夜は、確かに“露見”してしまったのだと悟る。




