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嘘と煙の仮面舞踏会  作者: 男鹿七海
5/31

余白

 吾妻は、結局二条の誘いを断らなかった。何故断らなかったのかは、本人も判っていない。

「何だ、ジロジロ見て。食いづれぇ」

「龍臣君の食べてる姿、好きなんだよね」

スパゲティを口に運ぼうとして、手が止まる。一週間も経てば聴き慣れた声になっているが、呼称が変わると違和感がある。

 吾妻にとって、自身の食べている姿が好きは、到底理解出来るものではなかった。

「戯言抜かすな」 吐き捨てるように言い、吾妻は再びフォークを動かした。

 ミートソースが跳ねないよう、妙に慎重になる自分に気付いて、内心舌打ちする。

「照れてる?」

「照れてねぇよ」即答だった。

 だが視線は、二条から僅かに逸れていた。 二条はそれ以上踏み込まず、グラスに口を付ける。 氷の溶ける音が、やけに大きく響いた。

「でもさ」 何でもない話をするみたいな口調で、二条が続ける。「夜の顔と、今の顔、全然違う」

 吾妻は咀嚼を止めない。止めたら、相手を意識しているのが露骨になる気がした。

「仕事だ」

「知ってる」

 短く返され、少しだけ間が落ちる。

「だから今の方が、面白い」

 その言葉に、吾妻のフォークが止まった。 ほんの一瞬。二条の方を見てしまう。 笑っていない。からかう時の目でもない。

「……そういうの、店で言われ慣れてる」

「言ってる奴等と、俺を一緒にしないで」 低く、静かな声だった。

 感情を乗せないようでいて、逆に逃げ道がない。その言葉が、仕事の台詞と同じ筈なのに、妙に胸に残った。

 からかわれた時とは、明らかに違う温度だった。

 

 ──好きだとか、付き合うとか、 そういう話に、これはならない。なる筈がない。

 

 吾妻は舌打ちし、フォークを皿に置く。

「飯、冷めるだろ」 話を切る為の言葉だった。

 それに対して二条は、素直に頷いた。 「そうだね。じゃ、食べよ」

 それ以上、口を挟まなかった。 その“引き際”が、逆に吾妻の胸に引っ掛かる。

(……何なんだよ)

 昼のファミレスで、理由もなく、ペースを乱される。その違和感を、吾妻はまだ名前で呼べずにいた。

 店を出て二条がバイクに跨り、ヘルメットを差し出した。「帰るでしょ」

 吾妻は一拍だけ間を置き受け取る。 エンジンがかかり、低い振動が足元から伝わる。吾妻は一瞬迷ってから、シートの端を掴んだ。 走り出すと、風が昼の匂いを運んでくる。 街の音が遠のき、考え事が出来なくなる。

 カーブで身体が流れ、仕方なく二条の腰に腕を回す。指先に伝わる体温に、眉をひそめた。

(……何で慣れてんだ)

帰り道は、行きより短く感じた。バイクが停まり、吾妻はヘルメットを外す。

「送る必要なかっただろ」

 二条は振り返らないまま、エンジンを切った。

「でも、来る時も乗ってたし」

 それだけだった。 吾妻は何も返せず、鍵を取り出す。 背後で、エンジン音が遠ざかる。 部屋に戻ってから、昼のファミレスと、背中越しの振動が、遅れて胸に残った。

 

 ──それなのに、席を立たなかった。 これは恋愛じゃない。そう決めないと、俺はこの場に居られなかった。




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