試探
夜の冷えた空気を切るように、二条は最初のバーの扉を押した。
落ち着いた照明と低いピアノの旋律。カウンターの奥、壁際のテーブルに中峰貴之の姿がある。
多岐から紹介したい人物が居ると言われたが、距離を誤れば一瞬で警戒される相手だ。二条は自然な足取りで近付き、軽く微笑んだ。
「こんばんは、由紀です。お時間頂きありがとうございます」
中峰はグラスを置き、穏やかな視線を向ける。
「多岐から聞いた可愛い子、君か」
声音は落ち着いているが、目は静かに値踏みしている。
二条はその視線を受け止めながら、カウンターに腰を下ろす。
「この辺り、夜は空気が澄んでいて好きなんです。ネオンも少し控えめで」
中峰は肩の力を緩める。
「派手すぎない店の方が落ち着く」
会話は天気、街の雰囲気、酒の話。あくまで自然に、ゆっくりと。
二条はグラスを指でなぞりながら、中峰の飲み方や視線の動きを観察する。
(口数は少ない。でも間を嫌がらない。沈黙に強いタイプ…不用意には喋らない)
「お酒は強いんですか?」
「普通だな。酔う為に飲むわけじゃない」
その一言で十分だった。
(理性優先。感情より管理。帳簿向きの性格…)
仕事の話題には触れない。あくまで“雰囲気を楽しむ女性”を演じる。
二十分程の穏やかな時間。二条は立ち上がる。
「今日はありがとうございました。またゆっくりお話出来たら嬉しいです」
中峰は短く頷く。
「多岐に礼を言っておいてくれ」
バーを出た瞬間、二条の表情から柔らかさが消える。
(中峰は堅い。直接は崩れない。でも観察は出来た)
街を数ブロック移動し、二条は二軒目のバーへ向かった。こちらは先程よりも少しだけ賑やかだが、それでも落ち着いた空間だ。
カウンター中央に、羽島悠雅がいる。グラスを回しながら、周囲をよく見ている。
二条はにこやかな表情を作る。
「こんばんは」
羽島は一瞬目を細め、それから軽く笑った。
「多岐に聞いたよ。こんばんは」
隣に座る許可を目で確認し、自然に腰を下ろす。
バーテンダーに軽く注文し、会話は酒の好みの話から始まる。
「ウイスキー派なんですね」
「味がはっきりしてる方が好きでね」
中峰よりも、羽島は少しだけ饒舌だ。
二条は相槌を打ちながら、笑みの出方や視線の流れを読む。
(視線がよく動く。観察型。でも承認欲求が少しある)
「この辺り、よく来られるんですか?」
「まあ、たまに。静かすぎない店の方が性に合う」
二条は軽く笑う。
「確かに、少し人の気配がある方が落ち着きますよね」
羽島は肩の力を抜く。仕事の話は一切出さない。組の話題も触れない。
あくまで“酒と夜の空気を楽しむ女性”。だが二条は、グラスを持つ指の動き、話題を変えた時の間、多岐の名前を出した瞬間の反応まで記憶していく。
(羽島は利に聡く、理屈より状況を見るタイプ。崩すなら感情ではなく“信頼”から)
一時間程の軽い雑談をし、切り上げる。
「今日は楽しかったです。またどこかで」
「そうだな」
羽島は穏やかに答える。
バーを出た瞬間、二条は夜風に当たりながら小さく息を吐く。




