接触
クラブのフロアは低い重低音とカラフルな照明で熱を帯び、酒の香りと喧騒が混ざり合っていた。
二条は多岐の隣に立ち、軽く乾杯した。
「お兄さん、お名前何ですか?私は由紀」
「俺は侑仁だ。へぇ、同じユキって名前で超運命じゃん」
グラスを傾けるその瞬間、多岐の手が腰に回ってきた。尻を軽く触るかの距離感に、二条は思わず肩が跳ねる。
(……落ち着け、冷静になれ)
手をそっとどかそうとするが、多岐は自然に体を引き寄せ、二条の表情を観察する。
(…距離が縮まった。逆に好都合だ)
酒を口に含み、二条は柔らかく笑みを浮かべながら話題を振る。
「この店、初めてなんですか?」
「そうそう。雰囲気いいだろ?フロアも広いし、VIPルームも予約してあんだ」
多岐は軽く肩をすくめ、笑いながらグラスを傾ける。
「俺は普段、こういう店あんまり来ないけど、たまには気分転換だな」
二条は相槌を打ちつつ、微妙に腰の位置を調整し、触れられる距離感を保ったまま話を続ける。
話は自然に組の些細な動きへと移る。
「最近、組の奴等も妙に神経質でさ、細かい金の流れとか気にしてる奴が居るんだよな」
由紀は軽く笑いながら訊ねる。
「へぇ…どんな人ですか?」
多岐は軽くグラスを傾け、ぽろりと名前を口にした。
「中峰貴之とか羽島悠雅…金の扱いに妙に神経質で」
二条は眉を少し寄せ、慎重に質問する。
「その人達、悪い人なんですか?」
多岐は肩をすくめ、にやりと笑った。
「悪いっていうか…まだ組長にはバレてないだけで、ややこしい奴等だな」
立ったまま、酒を傾けながら雑談と軽い触れ合いで情報を引き出す。
二条は内心で分析しつつ、グラスを傾ける振りをして多岐の動きに注意を払い続けた。
やがて多岐が「じゃあ、あっちに行こうぜ」と声をかける。
二条は軽く頷き、自然な流れで後を追った。
VIPルームの扉を開けると、フロアの喧騒から切り離された静かな空間が二人を包み込む。
二条は息を整え、これからの会話で確実に情報を引き出す計画を頭の中で組み立てた。
◆
多岐はソファにどっしりと腰を下ろし、二条を隣に誘った。
「ここならゆっくり飲めるし、話もしやすいだろ?」
二条は軽く笑みを浮かべ、グラスを手に取る。多岐はその距離感を保ちつつ、腰や背中に軽く触れながら酒を傾ける。
二条は一瞬肩が跳ねるが、冷静に呼吸を整え、手の動きをそっと調整した。
「(……手を出せば終わりだ)そういえば、先程話してた中峰貴之さんや羽島悠雅さんだけど…」
二条は穏やかに質問する。
「いや、別に悪さしてるってわけじゃないけど、金の流れとか妙に気にしててな」
多岐の言葉の端々から、普段の組内事情を少しずつ聞き出す。酒を重ねるうち、多岐は次第にリラックスしていった。
二条は体勢を調整しつつ、手元のグラスで自然に視線を合わせ、微妙なニュアンスから情報を拾う。
(…よし、想定通り)
夜が明けかけ、窓の外に薄明かりが差し込む頃、テーブルには溶けた氷と空になったボトルが転がっていた。
鏡に映る自分の口紅は、端だけが少し落ちている。多岐はソファに沈んだまま、満足そうに寝息を立てていた。
二条は静かにヒールを履き直し、ポケットの中の録音機に指先で触れる。
(……触られ損じゃなくてよかったな)
窓の向こうに朝の光が差し込み、フロアでの熱気とは対照的な静けさが、任務の一区切りを告げていた。
二条は深呼吸をし、これからの行動を改めて頭の中で整理した。
◆
VIPルームを出た後、二条は静かにホテルへ戻った。
部屋に入ると、荷物を置き、深呼吸をひとつ。昨夜の情報を整理しながら、ポケットから録音機を取り出す。
多岐がぽろっと出した中峰貴之、羽島悠雅──二人はどこまで黒で、どこまで柏木組長に利用されているのか。少しずつ輪郭を描き出す必要があった。
資料やスマートフォンを前に、組内での立ち位置や過去の動き、金の流れに関する些細な噂まで確認する。
(中峰は帳簿操作、羽島は金の流れに監視…どちらも黒幕の手先だけど、組長にとって重要な駒だな)
多岐はあくまで白、利用されただけ。焦らず慎重に進めれば、次の段階で本筋に迫れる。
整理を終えると、二条は新たに姿を変えた。ゴシックタイプの襟付きシャツを身に纏い、女の姿として机に座る。
派手さを抑えつつも、詐欺師としての威圧感と観察力を秘めた雰囲気を漂わせる。
化粧を整え、スマートフォンで二人の居場所や予定を確認する。簡単な接触プランを頭の中で組み立て、どのカフェやバーに誘導すれば自然かをシミュレーションした。
録音機のボタンを押し、フロアで拾った会話を再生しながら、頭の中で会話例や反応のパターンを反復する。
(ここからは心理戦…油断させるのが鍵だ)
準備が整うと、二条は軽く上着を羽織り、静かに部屋を出た。外の空気はまだ冷たく、街の雑踏が少しずつ目覚めていく。
今日の接触は、表向きは雑談。だが、情報を引き出す為の第一歩である。二条は歩きながら、頭の中で接触相手の性格と癖を再確認する。
昼間の光に照らされた街路を進みつつ、今日一日で組の内部構造と黒幕の意図の輪郭をつかむ──それが目標だった。




