境界線
きらびやか店内。
各テーブルには女を挟み、男がニ、三人ずつ席についてる。
グラスの音と甘ったるい香水が混じり合う。ここは金と嘘が当たり前に流れる場所だ。
吾妻にとっては、息をするのと同じ位慣れた世界だった。
二条は立ち入る事のないであろう店に来ていた。
──理由は、大金が手に入った。
たまには、いつもと違う店で食事をしようと街を歩いていた。
その時、ホストクラブが視界に入り込んだ。外観には何枚もの写真が並んでいて、その中に見覚えのある顔が一つ。
これは面白そうだと、来店を決めたのだ。
「こんばんは、玖礼です。隣失礼するね」口が勝手に笑みを作る。
次の瞬間、目が合った。
(げ、コイツ…!何でよりによってこんなとこに来てんだよ)
横に座る人物により、キラキラとした笑みが、引きつっていた。
「玖礼さん、昨日は怖い人達から助けてくれて、ありがとうございました」
勿論、嘘だ。
昨夜の記憶が、否応なく脳裏を掠める。
「玖礼、姫の事助けるとか格好良いじゃん」
「玖礼やる〜ッ」
先に席についていた、綾斗と紫羽からヤジが飛ばされる。
「凄く格好良かったんです。玖礼さんより少し背が大きいのに、一発で殴り飛ばしたんですよ」
「うるせぇ、やめろ」
笑って流せばいい。
何時も通り、適当に相槌を打っていればいい。
笑えない冗談程、仕事の場では厄介だった。
「いいじゃん。騎士様の話もっと聞きたいなぁ」
「そうだよ。こうして姫が無事だったのは、騎士の玖礼様のおかげなんだからさ」
綾斗と紫羽は別に嫌いではないが、今は相手をする気分じゃなかった。
面倒な客に当たる事はあれど、ここまで調子を狂わされるのは初めてだ。
──全部、二条のせいだ。
「はは、騎士様は一晩限定な。現実に期待されても困るでしょ」グラスを軽く鳴らし、笑みを貼り付ける。「それより姫、次は何飲む?甘いの?強いの?」
「ウイスキーのロックを」
閉店後に出た二条は、壁際に寄りかかってしゃがみ込み、煙草に火を点ける。
向こうから吾妻が出てくるのが見え、煙草を咥えたまま軽く手を振った。
「お兄さん」
「…チッ。まだ居たのか」
仕事のリズムを乱してきた元凶。視界に入るだけで、吾妻は鳥肌が立った。
「どうせなら、一緒に帰ろうかなって」
「お前、あの法螺、どういうつもりで吹いた」
握った外套の襟が、自然と力を帯びる。
「さぁ、なんでかな。…たまには違う店でご飯食べようと思って。この店の前通りかかったら、お兄さんがホストなの知って、興味湧いただけ」
二条は煙草の煙をゆっくり吐き、目だけで挑発する。「それとも、キスした相手に会いに来た、なーんて言ってほしかった?」
『キスした相手に会いに来た』の部分だけ、二条は声色を少し柔らかく、中性的に変えた。男の顔をしているのに、声だけ女の面影を漂わせ、吾妻の心をくすぐるように──挑発するように。
「てめ…っ」
吾妻が襟を掴み、身体ごと二条を引き寄せる。
「ハハ、冗談冗談」
二条は両手を顔の高さまで上げ、無防備に降参のポーズを取る。だが目は、微かに笑っていた。
吾妻は乱暴に襟を離し、二条の横を通り過ぎようとする。
「着いて来るなよ」
「まぁまぁ、途中まででも」
それ以降、吾妻は言葉を続けなかったが、二条の話には耳を傾け、相槌は打っていた。
「お前何処まで着いて来る気だよ」
「俺も方角こっちだから」二条は困ったように笑い、そう言って歩みを止めなかった。
二人はエレベーターに乗り、自宅のある階で降りる。
(まさか──)
「あー…」
(隣人かよ)
「隣、だったね」
二条の表情は、どこか嬉しさを含んでいるように見えた。
「ちょっと待て。アンタまさか、俺ん家来た時わざと言わなかっただろ」
「言わない方が面白いでしょ?」
盛大に大きなため息が漏れた。「面白くねぇよ」
「お兄さん、連絡先こ──」二条の言葉をさえぎり「しねぇから」と、即答した。
「お兄さんと、又ご飯食べたいんだけどなぁ」
「駄目だ」
「じゃあ奢るから、それならどうかな?」
スマートフォンを取り出し、吾妻の反応も待たずに画面を開いた。
「……勘違いすんなよ」
止めるでもなく、吾妻は視線を逸らす。
「ありがとう。で、早速なんだけど、今日の昼って空いてる?」
「は?」




