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嘘と煙の仮面舞踏会  作者: 男鹿七海
36/51

帰着

『「詐欺師がホストを本気で口説いてみたら」

 世の中には落とせない相手がいる。落とせない、というより、落ちる気がない。

 今回の検証対象はホストだ。

 職業柄、甘い言葉には耐性がある。キスも挨拶、好意は営業、好きは演出。

 難易度は高い。

 一回目の告白

 結果:撃沈

「俺は恋愛が嫌いだ。それで終わりだ」

 しかし、終わらなかった。

 二回目の告白

 結果:再撃沈

「俺は恋愛が嫌いだ。それは変わらねぇ。それでも、アンタが隣に居んのは、嫌いじゃない」

 敗北かと思ったが、どうやら席は用意されたらしい。

 三回目の告白

 言えなかった。これは失敗に入るのか。いや、違う。

 検証結果:

 キスは拒まれない

 隣を歩ける

 電話は切られない

 勝負は負けた。だが、席は確保した。

 詐欺師としては赤点だが、男としては悪くない結果だと思っている。

 文・一瀬政宗』


『「京都のおすすめ土産ベスト5」

 京都は古い街だ。歴史も、石畳も、そして痛みも残る。

 今回は観光客向けに、筆者おすすめの土産を紹介する。

 第5位:八ツ橋

 甘い。無難。裏切らない。人生の小さな慰めのようなものだ。

 第4位:抹茶菓子

 苦味の後に甘さが来る。人生に似ている。一口で気持ちがほぐれる。

 第3位:清水焼

 割れるが、美しい。繊細なもの程、取り扱いは慎重に。守る価値のあるものは、いつの時代も人の手に委ねられる。

 第2位:血のついた群青色の外套

 深い青に赤が映える。洗っても落ちない。

 あまりおすすめはしないが、見た者には強く印象に残る。

 どうしても守りたい相手の傍にあるものを思い出す、そんな気持ちになるからだ。』


「ねぇ玖礼」


 『第1位:迎えに来た男の手の温度

 これだけは京都限定ではない。運が良ければ、手に触れることが出来る。

 少々乱暴だが、妙に温かい。

 返却不可。

 文・片倉伊月』


 翌日、二条の書いた二つの記事が三流誌に載っていた。

 筆者は違う記事でも、どちらも二条宗親の名前だった。


「これ見て」

 紫羽が髪型を整えている吾妻に声をかける。

「こんな雑誌普段見ないけど、何となく立ち読みしてたら、面白い記事あったから買っちゃって」

 紫羽は雑誌を広げて見せる。

「京都のおすすめ土産ベスト5…」

「そうそれ!三位までは普通なんだけど、一位と二位に笑っちまって」

「何だこれ、土産ですらねぇ」

 吾妻は喉で短く笑う。ほんの僅かに、間があった。

「だろ?書いた人面白よな」

「…そうだな」

 吾妻は正直、面白くなかった。二条が記事を書いたと言っていたのを思い出す。内容のせいで、店に立った時、玖礼になれていたのか自信が持てなかった。

 仕事を終え外に出ると、会いたいと思っていた影が一つあった。

「お兄さん、迎えに来たよ」

 二条は胡散臭さ漂う笑顔で手を振る。

 “お兄さん”と呼ばれるのは久しぶりだった。

「二条、アンタに丁度会いたいと思ってたんだよ」

「そんなに俺に会いたかった?」

 手に持った雑誌で、照れを隠す口元を押さえる。

「その雑誌の記事、アンタだろ」

「証拠は?」

 サングラス越しに吾妻を見据える。

「告白のやつは俺とアンタしか知らねぇからだ。京都のふざけた土産、よくあんな事ネタに出来るな」

「怒ってる?」

「……別に」

「嘘」

「ああいうの、面白いと思って書いてんのか(俺が来た事まで記事にするのかよ。それを笑い話にすんな。でも……あの瞬間をそんな風に覚えてたのか)」

 内ポケットから煙草を取り出そうとしてやめ、腕を組んで壁に寄りかかる。

「今回が初めてだよ、あんな記事書いたの。変化球も良いかなって」

「あれ、土産じゃねぇだろ」

「……」

 吾妻に向けられた視線は地面に落ちる。

「血のついた上着を勧めんな。笑い話にすんな。あの時、怖かったって言ったよな」

 二条は雑誌で口元を隠したまま一瞬止まる。

「怖かったなら、何でああなるんだ」

「……だって、怖かったままじゃ嫌だろ」少し間を置き、考えるように続ける。「確かにあんなギリギリなのは初めてだったけど、書けば怖さも分散できる気がして」

 サングラスと雑誌で表情は読めないが、冗談めいた目ではなかった。

「分散って何だよ」

「……」

「アンタの命は紙面で薄めていいもんじゃねぇ。二条宗親の命は大金で量れる値じゃないだろ」

「重いままだと、動けねぇだろ」

 視線は再び吾妻に向けられ、漸く表情が見えた。とても軽く流しているようには思えなかった。

「動けなくていいだろ」

 二条の瞬きが遅れる。

「止まれよ。重いなら、そのままでいい。紙に逃がすな」

静かな声。怒鳴らず、逃げ道を一つずつ塞ぐような言い方だ。

「アンタの怖さまで他人に配るな。俺が居るだろ」

 風が抜け、店の裏口の灯りが揺れる。

 二条は笑おうとするが上手くいかない。

「……重いって言ったら」声が掠れる。「重いって言ったら、龍臣君、ほんとに持つ?」

 手が力み雑誌の端が折れる。「俺さ、止まるの、慣れてねぇんだよ」

 吾妻は即答する。「持つに決まってんだろ」

 間を置かない。それが余計に重い。

 沈黙が落ちる。抱き寄せない。触れない。だが距離は、確実に近い。

 二条はサングラスを外す。目元の赤みを隠さず、ふっと息を吐く。一度、言葉を探すように口を開きかけて閉じる。

「……参ったな」笑っているのに、声は軽くない。「それ、詐欺師泣かせの台詞だよ」

 吾妻は何も返さない。視線を逸らさない。

 逃げ場がなくなったのは、二条の方だった。

 夜風が二人の間を通り過ぎる。それでも、どちらも動かない。

「……龍臣君さ」呼び方が素に戻り、少し笑う。「恋愛嫌いなくせに、やってる事一番タチ悪い」

 責めではない。嬉しくて、困ってて、逃げられなくて、でも満たされている。

 涙は出ない。息が少し浅くなるだけだった。


 

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