帰着
『「詐欺師がホストを本気で口説いてみたら」
世の中には落とせない相手がいる。落とせない、というより、落ちる気がない。
今回の検証対象はホストだ。
職業柄、甘い言葉には耐性がある。キスも挨拶、好意は営業、好きは演出。
難易度は高い。
一回目の告白
結果:撃沈
「俺は恋愛が嫌いだ。それで終わりだ」
しかし、終わらなかった。
二回目の告白
結果:再撃沈
「俺は恋愛が嫌いだ。それは変わらねぇ。それでも、アンタが隣に居んのは、嫌いじゃない」
敗北かと思ったが、どうやら席は用意されたらしい。
三回目の告白
言えなかった。これは失敗に入るのか。いや、違う。
検証結果:
キスは拒まれない
隣を歩ける
電話は切られない
勝負は負けた。だが、席は確保した。
詐欺師としては赤点だが、男としては悪くない結果だと思っている。
文・一瀬政宗』
『「京都のおすすめ土産ベスト5」
京都は古い街だ。歴史も、石畳も、そして痛みも残る。
今回は観光客向けに、筆者おすすめの土産を紹介する。
第5位:八ツ橋
甘い。無難。裏切らない。人生の小さな慰めのようなものだ。
第4位:抹茶菓子
苦味の後に甘さが来る。人生に似ている。一口で気持ちがほぐれる。
第3位:清水焼
割れるが、美しい。繊細なもの程、取り扱いは慎重に。守る価値のあるものは、いつの時代も人の手に委ねられる。
第2位:血のついた群青色の外套
深い青に赤が映える。洗っても落ちない。
あまりおすすめはしないが、見た者には強く印象に残る。
どうしても守りたい相手の傍にあるものを思い出す、そんな気持ちになるからだ。』
「ねぇ玖礼」
『第1位:迎えに来た男の手の温度
これだけは京都限定ではない。運が良ければ、手に触れることが出来る。
少々乱暴だが、妙に温かい。
返却不可。
文・片倉伊月』
翌日、二条の書いた二つの記事が三流誌に載っていた。
筆者は違う記事でも、どちらも二条宗親の名前だった。
「これ見て」
紫羽が髪型を整えている吾妻に声をかける。
「こんな雑誌普段見ないけど、何となく立ち読みしてたら、面白い記事あったから買っちゃって」
紫羽は雑誌を広げて見せる。
「京都のおすすめ土産ベスト5…」
「そうそれ!三位までは普通なんだけど、一位と二位に笑っちまって」
「何だこれ、土産ですらねぇ」
吾妻は喉で短く笑う。ほんの僅かに、間があった。
「だろ?書いた人面白よな」
「…そうだな」
吾妻は正直、面白くなかった。二条が記事を書いたと言っていたのを思い出す。内容のせいで、店に立った時、玖礼になれていたのか自信が持てなかった。
仕事を終え外に出ると、会いたいと思っていた影が一つあった。
「お兄さん、迎えに来たよ」
二条は胡散臭さ漂う笑顔で手を振る。
“お兄さん”と呼ばれるのは久しぶりだった。
「二条、アンタに丁度会いたいと思ってたんだよ」
「そんなに俺に会いたかった?」
手に持った雑誌で、照れを隠す口元を押さえる。
「その雑誌の記事、アンタだろ」
「証拠は?」
サングラス越しに吾妻を見据える。
「告白のやつは俺とアンタしか知らねぇからだ。京都のふざけた土産、よくあんな事ネタに出来るな」
「怒ってる?」
「……別に」
「嘘」
「ああいうの、面白いと思って書いてんのか(俺が来た事まで記事にするのかよ。それを笑い話にすんな。でも……あの瞬間をそんな風に覚えてたのか)」
内ポケットから煙草を取り出そうとしてやめ、腕を組んで壁に寄りかかる。
「今回が初めてだよ、あんな記事書いたの。変化球も良いかなって」
「あれ、土産じゃねぇだろ」
「……」
吾妻に向けられた視線は地面に落ちる。
「血のついた上着を勧めんな。笑い話にすんな。あの時、怖かったって言ったよな」
二条は雑誌で口元を隠したまま一瞬止まる。
「怖かったなら、何でああなるんだ」
「……だって、怖かったままじゃ嫌だろ」少し間を置き、考えるように続ける。「確かにあんなギリギリなのは初めてだったけど、書けば怖さも分散できる気がして」
サングラスと雑誌で表情は読めないが、冗談めいた目ではなかった。
「分散って何だよ」
「……」
「アンタの命は紙面で薄めていいもんじゃねぇ。二条宗親の命は大金で量れる値じゃないだろ」
「重いままだと、動けねぇだろ」
視線は再び吾妻に向けられ、漸く表情が見えた。とても軽く流しているようには思えなかった。
「動けなくていいだろ」
二条の瞬きが遅れる。
「止まれよ。重いなら、そのままでいい。紙に逃がすな」
静かな声。怒鳴らず、逃げ道を一つずつ塞ぐような言い方だ。
「アンタの怖さまで他人に配るな。俺が居るだろ」
風が抜け、店の裏口の灯りが揺れる。
二条は笑おうとするが上手くいかない。
「……重いって言ったら」声が掠れる。「重いって言ったら、龍臣君、ほんとに持つ?」
手が力み雑誌の端が折れる。「俺さ、止まるの、慣れてねぇんだよ」
吾妻は即答する。「持つに決まってんだろ」
間を置かない。それが余計に重い。
沈黙が落ちる。抱き寄せない。触れない。だが距離は、確実に近い。
二条はサングラスを外す。目元の赤みを隠さず、ふっと息を吐く。一度、言葉を探すように口を開きかけて閉じる。
「……参ったな」笑っているのに、声は軽くない。「それ、詐欺師泣かせの台詞だよ」
吾妻は何も返さない。視線を逸らさない。
逃げ場がなくなったのは、二条の方だった。
夜風が二人の間を通り過ぎる。それでも、どちらも動かない。
「……龍臣君さ」呼び方が素に戻り、少し笑う。「恋愛嫌いなくせに、やってる事一番タチ悪い」
責めではない。嬉しくて、困ってて、逃げられなくて、でも満たされている。
涙は出ない。息が少し浅くなるだけだった。




