虚実
薄暗いバーの奥、青と赤のネオンが壁をぼんやり照らし、グラス同士が触れる乾いた音が響いている。
煙草の煙が僅かに漂い、ウイスキーの甘い香りと混ざって鼻をくすぐる。
腕を組んで椅子にだらりと座る男の目は冷たく、笑みなど一切ない。
その隣のテーブルでは、低く笑う声とグラスを傾ける音が絶え間なく続く。
二条の目的は一つだけ──誰が金を出すか、見極める事。情報を渡す価値があるかどうか、今夜ここで試すつもりだった。
「おい、伊達伊吹。名前は聞いた事あるぜ。けど、お前みたいな奴に金を出す理由はねぇ」
伊達伊吹──二条宗親は笑った。肩の力は抜けている。
寧ろ楽しんでいるように見える。
「金を出させるつもりはありません。今日は、貴方の判断力を試しに来ただけです」
男は鼻で笑い、グラスの氷を指で弾く。
「ほう……試す?で、どうやって?」
「一つ質問していいですか?」
「言ってみろ」
二条は手の中の小さな紙を見せる。
中身は空白。何も書かれていない。
「ここに書かれているのは、貴方にとっての利益です。ただし、読めるかどうかは──貴方次第」
男は一瞬眉をひそめ、紙を掴む。
その手つきには力がこもっているが、表情は読めない。
「……ふん、面白い事言いやがるな」
二条はゆっくり立ち上がる。
距離は近いが、一歩も踏み込まない。
「私は売りません。選ぶのは貴方です。でも選ばないなら、後で後悔しますよ」
男は紙を握りつぶしかけるが、結局その手を止めた。
──今夜も、誰を騙すかを楽しむだけだ。
二条の胡散臭い笑みだけが、場に残る。
後日、男から直接金が手渡された。二条は小さく笑みを浮かべ、紙幣の手触りを確かめる。
その足取りは軽く、まるで鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌ぶりだった。
(さて、次は誰を騙してやろうか──)と、心の中で密かに呟いた。




