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嘘と煙の仮面舞踏会  作者: 男鹿七海
27/42

介入

 営業終わりの店前は、夜の匂いが濃い。

 ネオンの残光と、アルコールの混じった空気。酔い切れない客達の声が、まだ通りに残っている。

「玖礼君、ねぇ、アフター行こ? 今日ならいいでしょ?」

 吾妻の腕に、細い指が絡む。艶のあるネイルが、スーツの袖に食い込んでいた。

「今日はもう上がりなんで。また今度、な?」

 営業用の笑み。角度も声も、完璧だ。

「また今度っていつよ。今がいいの」

 しつこい。こういう手合いは、強く切れば拗れる。柔らかくかわすのが最善だ。

「明日も出勤なんで。機嫌悪い顔見せたくないでしょ」

 冗談めかす。客は唇を尖らせ、更に距離を詰める。

 その時。視線が、別の温度を捉えた。

 通りの向こう。コンビニ袋を提げた男が立っている。仕事終わりであろう二条宗親がこちらを見ている。

 吾妻と、腕に絡む客を、交互に。

「ちょっと、何見てんのよ」

 客が二条に気付く。対して二条は一歩近付く。

 いつもの胡散臭い笑みを浮かべて。

「お姉さん、そのへんで勘弁してあげて?」軽い声に柔らかい物腰で、二人の間に立つ。

「何よアンタ」

 客が睨み返す。ネイルの指が、吾妻の頬へ伸びる。その瞬間、笑みが消えた。温度のない目が、真っ直ぐに向けられる。

 前髪の隙間から覗く左眉の傷は影に沈み、隠れていない左目の脇の裂傷と、口の端の傷痕だけが、街灯を鈍く反射した。

「触んな」

 声が低い。怒鳴りもしないが、抑揚もない。傷跡の残る目は、何も映していない。唯、排除する声。

「お兄さんが迷惑してんだろ」

 空気が止まる。客の指が止まり、ゆっくり離れる。視線を泳がせ、小さく舌打ちをして背を向けた。

「……感じ悪」

 吐き捨てるように言い、去っていく。

 二条は何も追わない。唯、吾妻から視線を外す。

「……アンタ、何やってんだ」

 吾妻の声は普段より低かった。

「たまたま通り掛かっただけだよ」

 二条は普段の軽い調子に戻る。だが、目は笑っていない。

「余計な事すんな」

「してねぇよ。迷惑してたろ」

 一瞬だけ視線が合うも、吾妻は何も言わない。代わりに煙草を咥え、火を点けた。

「帰るぞ」

 それだけ言って歩き出す。

 二条は少し遅れて隣に並んだ。


 ◆


 ベランダに出ると、冷たい風が頬を撫でた。

 吾妻は手すりに寄り、煙草を吸う。

 少し遅れて、隣の窓が開いた。二条は何も言わないまま、手すりに背中を預け、両肘を掛ける。顎を僅かに引き、夜空を見上げながら煙を、上へ。沈黙が落ちる。

 遠くで車の走る音。吾妻が、視線を横に滑らせた。

「二条、お前女にあんな声出すんだな」

 二条は答えない代わりに、煙をゆっくり吐く。

「普段は出さないよ」

 風が煙をさらっていく。

「龍臣君だからだろ」

 さらりと言いのけた。軽くも、重くもない。

 吾妻は目を細める。煙草を一吸いし、灰を落とす。

「……そうかよ」

 短い返答。それ以上、何も続かない。視線は合わない。触れもしない。

 煙が夜空に溶けていった。



 

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