逗留
夜半過ぎ、静まり返った部屋にインターホンの音が響いた。煙草を咥えスーツ姿のまま、ドアを開ける。
「龍臣君、久しぶり。仕事から帰ってきたばかりっぽいのに、ごめんね」
一週間振りに姿を見せた隣人──二条宗親は、相変わらず軽い口調だった。
だが、その左手には見慣れない包帯が巻かれている。手のひらから手首にかけて、雑に処置されたそれは、新しい傷だと一目で分かった。
「アンタ、傷作るの趣味か。よくこの短期間で、そこまで増やせるな」
「そんなわけないじゃん。名古屋でちょっと面倒なのに巻き込まれて。あ、これお土産」
そう言って差し出された紙袋を受け取る。
用はそれだけだと言わんばかりに、二条は踵を返そうとした。
その手を、掴んでいた──。
自分でも意味が分からない。気付いた時には、二条の手首を握っていた。
「え、たつ……おみくん?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、二条がこちらを見る。
「もう少し居ろよ」
言葉にした瞬間、煙草の灰が床に落ちた。それでも手は離さなかった。
一瞬の間の後、吾妻はドアを開けたまま一歩下がる。二条は戸惑いながらも、その意味を察したように室内へ足を踏み入れた。
部屋に上がるのは、これが初めてではない。それでも二条は、妙に落ち着かない様子だった。まるで、初めてここに来た夜のような顔をしている。
吾妻は新たな煙草を咥え、二人分のグラスに酒を注いでいた。
氷が触れ合う乾いた音が、やけに大きく響く。二条はソファに腰を下ろし、クッションを抱えている。普段なら、口を塞いでやりたい程に話を振ってくる男が、気持ち悪い位静かだった。
何度か視線を感じる。それでも二条は、何も言わない。
グラスを持ち、吾妻は一口、酒を煽った。
静まり返った部屋に、酒を飲む音だけが残った。




