歯車
二条宗親は仕事を終え、居酒屋の暖簾をくぐった。席にこだわりは無く、カウンターに腰を下ろした。
「生と、たこわさと唐揚げで」
メニューを見ず、適当に注文をする。
二条は何気なく右横に目を向けると、居酒屋が似合わない雰囲気をした男が座っていた。
「──…何?」
つい男を、ジッと見てしまっていた。
「いや、えらく綺麗なお兄さんだな、と」
二条は狐のように笑った。笑っているのに、目だけが妙に静かだった。
「そりゃどうも」
男──吾妻龍臣は職業上、顔については女達から飽きる程言われてきたが、綺麗とは、初めて言われた。残念だが、昔の名残で顔には傷が残っている。
(傷があるのに綺麗とか、意味分からねぇ)
口先だけの甘い言葉の筈なのに、妙に耳に残った。
「お兄さん、ここよく来るの?」
二条がそこから話を振ってくると思わず、吾妻は箸を止めた。
「まぁ、たまに」
「食べ物、何が好きなの?」
何なんだ、と思いながら、吾妻は箸を少しだけ動かした。
示された先には、たこわさと唐揚げ。
「……これ」
好物が同じだと分かり、二条は嬉しそうに話題をどんどん振っていく。
「──なんだけど、君はどう?」
「さぁな…(うるせぇ野郎だな…。よくそこまで話を続けられるもんだ)」
そう思うのに、言葉を切る気にはなれなかった。声が、やけに耳に残る。
吾妻は唐揚げを一つ口に運び、ゆっくり噛んだ。
二条の話は止まらない。それでも席を経つ気にはなれなかった。
二人は居酒屋を後にした。
二条が「もう少し一緒に飲もう」と誘う。翌日が休みだった吾妻は、つい誘いに乗ってしまった。
コンビニで酒とつまみを買い、距離として近い吾妻の自宅で飲み直す事に。
ソファに座り、軽く酒を煽る吾妻。
「──アンタも、そう、おも…」
視線がふとぶつかり、吾妻は言葉を途切れさせた。
近い。気付くのが一拍遅れた。
煙草と酒の匂いが混じって、胸の奥がざわつく。
手のひらが、微かに汗ばんでいた。
そして、気付けば二条の顔がぐっと近付いていて、唇が軽く重なった。
世界が一瞬、静止したようだった。
互いに息を詰め、唇の感触だけが鮮明に残る。
「……!」
吾妻は咄嗟に唇を押さえ、顔が熱くなる。動揺している。二条を追い出すという選択肢だけが、最初から頭になかった。
「可愛い顔」
薄く笑みを浮かべた二条の頬を掴む吾妻。文句を言おうとしたが、言葉は胸の奥に沈み、唯その瞬間の感触が残るだけだった。
二条は吾妻に挨拶をしてから、吾妻の家を後にしたのは翌朝だった。
「あー可愛いお兄さんだったなぁ(──こんな気分になるの、久しぶりだ)」
二条は何処か楽しそうだった。
──その笑みの裏に、金と嘘が幾つ重なっているか、その時の吾妻は、まだ知らなかった。




