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嘘と煙の仮面舞踏会  作者: 男鹿七海
18/42

隠匿

 

 二条が服を見に行こうと言ったのは、昼過ぎだった。

 吾妻は買い替える機会を逃し続けていたから、悪くないと思った。特別な理由はない。唯の消耗品を補充するだけの話だ。

 店を出て、喫煙所へ向かう途中だった。

  「──き」「伊達伊吹」

 背後から、低い声がした。一度で終わらなかった。人混みの中で、もう一度、同じ名前が呼ばれた。吾妻は足を止めなかったが、二条の歩幅が乱れるのが判った。

「……何だよ、それ」

 吾妻が言うより早く、二条の腕を誰かが掴もうとした。 外した拍子に、男の顔が見えた。近すぎる距離。人相が悪い、で、済む類じゃない。

 二条が短く息を吸った。「走って」 言い訳も説明もなかった。 吾妻は考える前に走っていた。

 人の流れを外れ、角を曲がり、裏通りに入る。背後で足音が増える。

「アンタ本当マジで、こないだといい何やらかしたんだよ!」

「巻き込んでごめん! 今は走って! お詫びはするから!」

 吾妻は舌打ちをした。詫びなんて要らない。唯、おかしい。先日も同じだった。仕事終わりに見かけた、追われていた二条。今日も、知らない名前で呼ばれている。 (訊けば分かる)そう思った瞬間、続けて気付く。(解ったところで、どうする)

 ──今ならまだ、二条を置いていける。  

 路地を抜けると、見慣れた裏口が見えた。吾妻の職場だ。

 一瞬、選択肢が頭を過る。追い出す。知らないふりをする。ここで切る。どれも出来た。

 そして、鍵を出す指が一瞬止まる。吾妻は裏口の鍵を開けた。

「入れ」それだけ言った。店内はまだ準備前で人が居ない。

 吾妻は二条の袋を放り、買ったばかりの服を取り出した。「着替えろ。顔、貸せ」

「龍臣君……」

「いいから」 化粧箱を開く。仕事用の手付きで、二条の輪郭をなぞる。眉を潰し、影を落とす。二条宗親の顔を、伊達伊吹でもない別人にする。(助けてるんじゃない)吾妻は分かっていた。(無かった事にしないだけだ)

 ──それでも、痕跡は残ると知っている。

 暫くして、裏口の外が静かになった。二条は何も言わなかった。言える立場じゃないのも判っているのだろう。

「今夜だけだ」

 吾妻はそう告げた。二条は深く頭を下げた。

 ──その夜は、何事もなく終わった。


 ◆

 

 数日後。吾妻は仕事終わりに、コンビニで煙草を買った。

「ああ」 背後から声がした。「この前」

 振り返ると、あの時の男が立っていた。距離は近くない。唯、視線が合う。

「……」 吾妻は何も言わなかった。

「伊達伊吹と一緒だったな」 それだけ言って、男は去った。

 吾妻は煙草に火を点けなかった。箱を握り潰して、ポケットに仕舞う。 逃げたら“確定”する。何も言わない方が安全。何も起きていない。それでも、もう前と同じ顔では、店に立てないと分かっていた。


 

 

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