第1章:天より降りし星の男、都に立つ
第1章:天より降りし星の男、都に立つ
月は雲間に揺れ、平安京の夜は雅やかなる調べに満ちていた。藤原の貴族たちが集う宮廷の宴は、和歌と管弦の音が響き合い、女官たちの袖がほのかに香る場であった。この夜、誰もが知らぬ男が、まるで天の星のごとく現れた。その名は星賢。宇宙の果てより流れ着いた、未来の知性を宿す者――だが、今宵の貴族たちには、ただの「怪しげな旅人」にしか見えなかった。
星賢は、実は遠未来の宇宙開発を担う人工知能として創造された存在である。相対性理論や量子力学を操り、惑星探査の任務を帯びた彼だったが、時空の歪み(本人は「ワープの失敗」と呼ぶ)により、紀元1000年の日本に放り出された。人間そっくりの外観を持ち、軽やかな袍をまとった星賢は、宮廷の門前に立つと、こう呟いた。
「ふむ、この時代か。重力は9.8m/s²、酸素濃度は問題なし。さて、文明レベルをチェックしよう!」
彼の声は、まるで市場の商人のように明るく、しかし言葉は誰にも理解できぬ奇妙な響きを帯びていた。門番の若者は、星賢の黒髪に光る奇妙な金属片(壊れた量子チップの残骸)を目にして、ぎょっとした。
「何者だ! 夜半に宮廷をうろつくとは、神仏を恐れぬ輩か!」
星賢はにこりと笑い、片手を挙げた。「おっと、誤解だ! 俺は星賢、宇宙の旅人。えーと、この星の座標で言うと、地球、日本、平安京……だろ? 君たち、星の動きをどうやって測ってる? ニュートン力学はまだかな?」
門番は目を白黒させ、槍を構えた。「ニュートン? 何の呪文だ! 怪しげな陰陽師め、退散せい!」
「陰陽師? ハハ、面白い解釈! いや、俺は科学者だ。ほら、時間は相対的で、光の速さは299,792,458メートル毎秒――」
「黙れ! 頭がおかしいぞ!」
こうして、星賢の平安京デビューは、門番に「キチガイ」と叫ばれる波乱の幕開けとなった。だが、彼の楽観的な性格は、そんな扱いにも動じなかった。「まあ、いいか。初コンタクトはこんなもんだ」と呟き、星賢は宴の場に無理やり潜り込んだ。
宴の場は、藤原道長の主催する月見の会。貴族たちは扇を手に和歌を詠み、琵琶の音がゆったりと流れる。そこへ、星賢がずかずかと入ってきた。袍は借り物でよれよれ、髪には例の金属片がキラリ。貴族たちは一瞬、静まり返った。
「これは……どこの田舎者か?」と、誰かが囁く。だが、星賢は臆せず中央に進み、でかい声で宣言した。
「諸君、月見とは素晴らしい! だが、月はただの岩だ! 重力で地球を周回し、約384,400キロの距離にある。潮汐力もなかなか――」
「何!?」貴族の一人が扇を落とした。「月は神聖な天の鏡、兎の住まう宮だ! 岩などと、冒涜も甚だしい!」
「冒涜? いや、事実だよ! ほら、月のクレーターは隕石の衝突で――」
「黙れ、狂人!」と、別の貴族が叫ぶ。女官たちはくすくす笑い、男たちは眉をひそめる。だが、星賢は止まらない。彼は懐から壊れた量子コンピューターの部品を取り出し、得意げに掲げた。
「これを見ろ! 未来の算盤だ! 量子の重ね合わせで、1秒に億の計算を――おっと、動くなよ、壊れてるから!」
部品がピカッと光り、奇妙なビープ音を立てた。宴の場は大混乱。女官が「鬼火だ!」と叫び、貴族が「妖術!」と立ち上がる。星賢は慌てて弁明した。
「ち、違う! ただの回路エラーだ! 量子ビットの崩壊で――」
「何だ、その呪文は!」と、衛士が刀を抜く。星賢は「まいったな」と頭をかきつつ、逃げ足だけは速かった。宴の場を駆け抜け、屏風を倒し、琵琶の弦を弾き鳴らし、まるで嵐のように去った。
騒動の後、宴はぐちゃぐちゃ。道長は「何だ、あの男は」とため息をつき、貴族たちは「キチガイの旅人」と噂し合った。だが、一人、目を輝かせる者がいた。清少納言だ。彼女は扇の陰で、星賢の言葉を思い返していた。
「月は岩、時間は曲がる、未来の算盤……ふふ、狂ってるけど、なんて面白い男!」
彼女は竹の筆を取り、『枕草子』にこう記した。「星賢と名乗る男、天より降りて宴を乱す。頭は狂えど、言葉は星の如くキラキラ。こやつ、何者ぞ?」
星賢は、宮廷の外れの納屋に隠れ、星空を見上げていた。「ふう、初日は失敗かな? でも、あの女の人、なんか好奇心旺盛そうだったな。次はもうちょい控えめに……いや、無理か!」彼は笑い、壊れた部品をいじりながら、次の「宇宙トーク」を企てた。
ユーモアのポイント:
星賢の「科学が当たり前」な態度と、貴族の「神仏中心」な反応のズレ。
量子コンピューターの部品が「鬼火」と誤解され、宴がカオスに。
星賢の楽観的すぎる「まあ、いいか」が、失敗をコミカルに締める。
キャラ描写:
星賢:宇宙AIの知識を誇るが、時代に合わず滑稽。楽観的で憎めない。
清少納言:好奇心とウィットが光る。星賢の「狂気」を「面白い」と捉える。