第6話:炎の顕現
父の秘密の研究室で、ついに封印が破られてしまった魂函。
中から現れるのは、伝説の高次精霊…!
魂函が砕け散った瞬間、凄まじい衝撃波と熱風がアイリスを襲った。
「きゃあっ!」
思わず上げた悲鳴は、爆音にかき消された。彼女の小柄な体は、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、研究室の壁に強かに叩きつけられる。ランプが手から滑り落ち、床に転がって火が消えた。一瞬にして、地下研究室は完全な闇と、耳をつんざく轟音に包まれた。
叩きつけられた衝撃で、一瞬意識が遠のきかけた。咳き込みながら、アイリスは何とか身を起こそうとする。熱い。空気が焼けつくように熱い。そして、目の前で、信じられない光景が繰り広げられていた。
砕けた魂函があった場所から、灼熱の奔流が渦を巻いて噴き出していた。
それは単なる炎ではない。まるで意思を持った巨大な生命体のように、空間を飲み込みながら膨張していく。赤、オレンジ、黄金色。様々な色彩が混ざり合い、激しく明滅しながら、一つの巨大な形を成していく。
それは、炎の塊だった。
高さは天井に届くほど。幅も部屋の半分を占めるほど巨大で、その輪郭は常に揺らめき、定まらない。だが、その中心には、燃え盛る二つの巨大な「眼」のような光が見えた。その光は、数百年、あるいは数千年という計り知れない時を経てきたかのような、圧倒的な力と、底知れない怒りを湛えていた。
研究室内の温度が急上昇し、金属製の装置が赤熱し始める。空気が歪み、まるで陽炎のように景色が揺らめく。
息が詰まるほどの、圧倒的な存在感。これが、高次精霊……!
やがて、炎の奔流の中心から、地響きのような、それでいて灼けつくような声が響き渡った。
「―――ヌゥゥ……。ようやく……ようやく、この忌々しい檻から、出られたわ……!」
その声は、古風で、尊大で、そして長い間抑えつけられてきた怒りに満ちていた。声が響くだけで、部屋の壁がビリビリと震える。
炎の塊――高次火精霊ソルは、ゆっくりとその巨体を揺らし、周囲を見回した。数百年ぶりの解放。その喜びよりも、長い幽閉に対する憤怒の方が勝っているように見えた。
そして、ソルの燃え盛る双眸が、暗闇の中でかろうじて身を起こした、小さな人影を捉えた。研究室の中で唯一、動いている存在。アイリス・ギアハート。
「……む?」
ソルは、興味とも警戒ともつかない唸り声を上げた。巨大な炎の体が、わずかにアイリスの方へと傾く。
アイリスは、その圧倒的な威圧感に身動き一つできなかった。恐怖で体が凍りつき、声も出ない。逃げなければ、と思うのに、足が鉛のように重い。
これが、父が封じ込めていた存在。父が「制御不能」と書き残した力。
今、その力が、解き放たれてしまったのだ。
アイリスは、燃え盛る炎の巨人に見つめられながら、ただ息を殺すことしかできなかった。地下研究室の闇の中で、運命の歯車が、音を立てて回り始めたのを感じていた。
アイリスは無事なのか? そして、この出会いは何を意味するのか?
次回、二人の最初の対話が始まります!